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出会い

辺境にある森の中。どっぷりとふけた夜の森で、俺は焚火を前に遅めの夕飯の準備をしていた。


俺は、アイクという名の新米冒険者だ。1年ほど前、16歳の時から冒険者をやっていて、今日も街で受けた依頼をこなすために、このロンドワースの森の中に入っている。


俺が冒険者になったのは、手っ取り早く金を稼げるからという理由もあるが、昔読んだ勇者の物語の影響も大きい。


もう伝説になった勇者の物語。300年前まで、この世界には魔王と呼ばれる魔物の王が君臨していた。


魔王は強大な魔物を従えており、特に腹心ともいえるべきブラックドラゴンは、地形すらも変えてしまうほと強大な力を持っていて、竜王と呼ばれていたそうだ。


そんな、魔王と竜王も、一人の勇者によって討伐される。勇者は仲間と一緒に数々の苦難を乗り越えて、竜の王たるブラックドラゴンを倒し、ついには魔王も倒して、世界に平和が訪れました。という話。


子供の頃に読んだ物語だが、17歳になった今でも、その物語は忘れられない。子供っぽいとは思いつつ、そんな勇者に少しでも近づきたくて、俺は冒険者の道を選んだ。


そんな俺が受けた依頼は、畑を荒らすワイルドボアの討伐。普段は森の中に住んでいるワイルドボアだが、夜になると畑に出てきて荒らしまわるということだ。


こいつの厄介なところは、普通の猪に比べて一回りも二回りも大きいということ。農家では太刀打ちできないため、俺のような冒険者に依頼が回ってくるというわけだ。


伝説の勇者の偉業に比べれば些細な仕事だが、村の人を苦しめているのは事実。どちらかと言えば細身の俺だが、昔から腕っぷしは強かったから、ワイルドボアを狩るくらいはわけがない。


今日の戦果は、ワイルドボア一匹。十分とは言えないが、それでも戦果は戦果だ。剥いだ毛皮を持っていけば金に換えてくれる。肉は個人的に食べる。


だから、俺は一部解体したワイルドボアの肉を鍋に入れ、ヤギのミルクと臭み消しの香草をたっぷりと入れたスープを作っているところだ。


残りの肉は、保存用に干し肉にでもする。本格的な処理は明日になってからだ。


「ふぅ……疲れたな……」


ふと溜息と共に愚痴がこぼれてしまう。誰もいない森の中で、一人溜息をついているというのも侘しいものだと、自嘲気味に笑いながら、茶色い髪を掻いた。


武骨なイメージのある冒険者だが、俺は一応身だしなみには気をつかっているつもりだ。髪も耳にかかる程度の長さで切ってある。長すぎず短すぎずといったところ。


と言っても、こんな夜の森の中じゃ、誰に髪型を見せるわけでもない。そう思うと、また溜息が漏れた。そんな時だった――


ビュゥー!


唐突に強い風が吹いた。焚火が勢いよく火の粉を上げて舞い上がっている。


何やら鳥たちも騒いでいるようで、どこからともなく、鳴き声が聞こえてきた。


「こんな夜中に珍しいな……」


頭上の木々を見上げながら呟く。夜行性の鳥が夜に活動するのは分かるが、奴らはこんなに騒がない。音もなく、夜の闇に紛れて獲物を襲う。


だが、今はどうだ。強い風が吹いただけとは言えない、何かザワザワと落ち着かない空気が漂っている。


「大型の魔物がいるような地域じゃないんだがな……」


俺は警戒心を高めた。鳥たちの危機察知能力というのはかなり高い。俺たち冒険者が森の中で頼りにするのは鳥たちだ。何か危ないものがあると、すぐに逃げ出していく。それに便乗させてもらうというわけだ。


だが、この辺りで危険な魔物はワイルドボアくらい。大型で肉食の魔物はいないはず。


それに、鳥たちの騒ぎ方も妙だ。あからさまに危険信号を発しているわけでもなく、ただ、逃げているだけ。しかも、あちこちから。


「とりあえず、火を強くしておくか」


魔物に限らず、野生の動物は火を嫌う。俺は魔物除けのためにも薪を焚火の中に放り込んだ。


鍋を調理するには強すぎる火であるため、仕方なく鍋をずらして火の弱いところにやる。


「これでいいか……。今夜は寝ない方がよさそう――」


ガサッ!


「ッ!?」


警戒を強めている所に、突然の物音。俺は咄嗟に剣を手に取ると、戦闘態勢に入る。


(近いな……)


物音はすぐ傍から聞こえてきた。ウサギやリスといった小動物ではない。ましてや虫でもない。もっと大きな物の音だ。


(ワイルドボアか……? いや、違うな。ワイルドボアならもっと大きな音だ。それに、火に近づいてくるとは思えない……)


小さくはないが、大きくもない。何とも中途半端な音。人間サイズというのが一番しっくりくるか。だが、人影は見当たらない。


俺は音のした方へとゆっくり進んで行く。音はかなり近い距離から聞こえてきた。焚火が照らす範囲でも十分に見える距離のはずだ。


ジリジリと音のした場所へと近づいていく。俺が近づいていっても、まだ何の反応もない。


息を殺して潜んでいるのだろうか? だったら、何が潜んでいるのか?


色々と考えられることはあるが、兎に角、剣に手をかけて、何時でも抜刀できるようにだけはしておく。


俺は茂みを掻き分けて、音のした場所を覗いた。


(何かいる……)


そこには、倒れ込んでいる影が見えた。大きさは人間の子供より少し大きいくらいか。


倒れ込んでいる影を確認するため、俺はもっと奥へと足を踏み入れた。そして、その倒れた影の全貌が見えてくる。


まず見えたのは黒い翼だった。そして、黒い尻尾。


(ドラゴンッ!?)


真っ先に思い浮かんだのは翼と尻尾を持つ魔物、ドラゴン。だが、ドラゴンにしては小さすぎる。


次に見えたのは銀色の髪だった。焚火が照らす淡い光でもはっきりと分かるくらい、艶やかな銀髪。


綺麗な銀髪から覗くのは小ぶりの黒い二本の角。


他は白い肌の人間の手足。着ているのはボロ布の服。


「ドラゴニュート!?」


そこに倒れ込んでいたのは、人間とドラゴンのハーフ。ドラゴニュートの少女だった。


「…………」


俺はその場で固まってしまった。ドラゴニュートなんて見たことがない。昔読んだ勇者の物語に出て来たくらいか。


獣人や亜人が暮らす地域はあるが、ドラゴニュートが暮らしている地域なんて聞いたことがない。ましてや、ここは純粋な人間の領地だ。どちかと言えば、獣人や亜人にとっては生活しにくい場所のはず。


だが、実際に目の前に倒れているのは、ドラゴニュートの少女だ。人間と敵対している獣人や亜人もいるが、それらはほとんど文化というものを持っていない。かなり野生動物に近い魔物だ。


倒れているドラゴニュートの少女は、翼と尻尾、角以外は完全に人間だ。魔物と化している獣人や亜人はここまで人間に近くはない。


それなら助けないわけにはいかない。


「おいっ! どうした? おいっ!」


俺は剣から手を離し、倒れているドラゴニュートの少女へ声をかける。


「………………」


だが、ドラゴニュートの少女は何も返事をしない。


「おい、大丈夫か? 返事をしろ!」


俺は執拗に声をかける。うつ伏せに倒れているその少女を仰向けにし、呼吸を確かめるために口元に耳を当てた。


同時に首筋に手をやる。呼吸と心臓の動きを確かめるためだ。俺が冒険者になりたての頃、同業者から教えてもらった生存確認の方法。生きていれば、首筋が脈打っているし、呼吸の音も聞こえるということだ。


「呼吸は……弱いけど、してるな。脈も弱い……。それに、かなり冷たい……」


首筋に当てた手に伝わって来る少女の体温。死人とまではいかないが、かなり体温が低下している。


夜の森の中とはいえ、ここまで体温が低下している状態なのは、体力的にもまずい状況になっているということだ。


「おい! しっかりしろ! 今助けてやる!」


俺は再び声をかける。だが、ドラゴニュートの少女は反応を示さない。


(兎に角、温めないと)


俺はすぐにドラゴニュートの少女を抱きかかえると、焚火の傍まで運んだ。


小柄で華奢な体つきの通り、かなり軽い。


ドラゴニュートの少女を焚火の傍まで運ぶと、俺と一緒に外套で包みこんだ。


ドラゴニュートとはいえ、少女を抱いて温めるというのは気恥ずかしいが、今はそれどころではない。温めないと、本当に死んでしまう。


ふとドラゴニュートの少女の顔を覗き込んだ。


「うッ!?」


焚火の光からは影になっているが、薄っすらと見える顔はかなり綺麗な顔をしている。年は13歳か14歳くらいだろうか。


体温が低下しているため、青白い顔になてはいるが、長いまつげとサラサラの銀髪。俺の手に触れる少女の銀髪は、シルクのように滑らかで、優しい手触りをしている。


それに加えて、ほのかに甘い香りがするのだ。服装はボロ服で、薄汚い恰好なのだが、それでも、ほんのりと甘い香りがしてくる。


俺はそんな少女を直視することができずに、目を逸らした。


(今はこいつを温めることに集中しろ)


俺はドキドキとしながらも焚火に目をやった。


(焚火の火が消えるとまずいからな)


俺は言い訳がましく焚火の方を見る。でも、実際のところ、焚火は重要だ。魔物除けにもなるし、暖を取る必要もある。


ドラゴニュートの少女の体温はかなり低い。抱きしめている俺の体温まで奪われいくようだ。


俺は、ギュッと抱き直して温めることに専念する。


焚火にかけている鍋の方を見ると、まだ沸いてはいない様子。今は手が離せないので、火の弱いところに移したことが吉と出たようだ。


俺は時折、手元に置てある薪を焚火の中へと放り込んでやる。


それから時間は刻々と過ぎていった。相変わらず森の中は落ち着かない様子。どこからともなく鳥たちの声が聞こえて来る。


(夜に鳴くような鳥じゃないはずなんだけどな……)


俺は鳥の鳴き声を聞きながら、不思議に思う。もしかしたら、今温めているドラゴニュートの少女が原因だろうか? 


そんなことを考えるも、こんな小さな少女相手に、落ち着きを失くす鳥たちっていうものどうだろうと考え直す。


そもそも、こいつが原因なら、今は大人しく寝ているのだから、騒ぐ必要もない。


更に夜が深くなっていく。それでも、たまに鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。何に騒いでいるのか分からないが、鳥たちが騒いでいるということは、俺も警戒をしないといけないということだ。


「うっ……、ううん……」


その時、俺の胸の中で呻き声が聞こえてきた。


「気が付いたか?」


俺は咄嗟にドラゴニュートの少女を体から離した。行き倒れていたとはいえ、13、4歳くらいの少女だ。


年は近いだろうが、目が覚めたらいきなり男に抱かれていたとなっては、パニックになってしまうだろう。


「ううっ……」


薄っすらと目を開けたドラゴニュートの少女。まだ意識がはっきりしないのか、少女は俺にしがみ付いてきた。


「お、おい」


再び離そうとするが、思いの他力が強い。俺にギュッと抱き着いて離れようとしない。


「おい、起きろ!」


俺は外套を外して声をかける。


「ん……」


寝ぼけ眼が俺を見ている。やがて、目が完全に開いて、まじまじと俺の方を見だした。


「ッ!?」


俺はその顔を見て絶句した。言葉が出ないほど綺麗だったからだ。


切れ長の大きな目と、水底のように深く青い瞳。まるで吸い込まれそうなほど綺麗な瞳をしてる。


顔立ちもそうだ。温まったことで血色が良くなり、その綺麗な顔が本来の美しさを取り戻している。


長く艶やかな銀髪と、大きく切れ長の青い瞳。幼さが残る顔立ちだが、驚くほど綺麗な顔が俺の前にあった。


「…………」


俺が何も言えずに、目を見開いていると、ドラゴニュートの少女はバッと俺の胸の中から飛び退いた。


「…………」


ドラゴニュートの少女が不信そうに俺を見ている。


「あ、ああっと……。いや、悪いとは思ったんだが……その……、かなり不味い状態だったしな。助けるためには仕方なかった」


俺は目線を外しながら、言い訳をする。いや、言い訳でもないか。事実そうするしかなかったのだから。


「……助けてくれたの?」


小さな声が聞こえてきた。顔と同じく、なんて綺麗な声なんだろうか。小鳥の囀りなど、この声に比べれば豚の鳴き声に成り下がるくらいだ。


「あ、ああ。そうだ。お前がこの近くで倒れていたのを見つけてな。体温がかなり下がってたから、このままだと死んでしまうと思った……。まあ、その温め方については……。仕方なかったとしか言いようがない……。悪かった……」


「……いえ、あなたが謝ることはない。抱き着いていたのは私だから」


頭を垂れることはないが、ドラゴニュートの少女から謝罪の言葉が出て来た。


どうやら、このドラゴニュートの少女は自分から俺に抱き着いていたと思っているようだ。


そういえば、薄っすらと目を開けた時は、俺の胸から離していた。その後のぼんやりとした記憶から、勘違いをしているのだろう。


「まあ、とりあえず、意識が戻って良かったな。腹減ってるだろ? そこに座れよ。今、飯にするから」


そう言って、俺は放置していた鍋に手をかけた。かなりに煮詰まっているようだが、問題はないだろう。これくらいの方が味も濃くなって美味いだろうし。


「なあ、俺はアイクっていうんだけど、お前の名前は?」


俺は鍋をかき混ぜつつ訊いてみた。


「……私の名前……? 名前は……ティアリーズ」


少女は小さく答えた。




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