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Prologue

 ────15年前。




 新村 陽一(にいむら よういち)は眼下で繰り広げられる喧騒を目の当たりにして、困惑していた。


 それは交通事故の現場で、中型のトラックが運転席をグチャグチャにひしゃげさせてビルの壁にめり込んでいる。ドアだったと見られる場所から夥しい量の赤黒い液体が流れ落ちている様子から、恐らく中は酷い(むごい)状態である事だろう。


 そして、その酷い(ひどい)状態のトラックの傍にスーツを着た男が、全身を真っ赤に染め、四肢の全てがあらぬ方向にひん曲がった状態で転がっている。無論、既に息はしていない。その事切れた男こそ、紛れもなく新村陽一その人であった。自分の死体を、それも俯瞰の視点で目の当たりにしているのだ、困惑も当然の反応と言えるだろう。


 だがそんな困惑も、常識という枠を取り外してしまえば存外簡単に受け止められるもので、陽一は直ぐに答えに辿り着く。


(あぁ、俺は死んだのか。霊とか信じてなかったんだけどな……)


 受け入れる事が出来れば人の思考とは現金なもので、直ぐに25年という平均的な日本人男性の寿命の3分の1程の長さしかない、己の人生を振り返り始めていた。


(思えばあまり良い人生ではなかったな。しかも、最期はコレだ)


 陽一の短い人生はお世辞にも順風満帆とは言えなかった。特に今日この日に至るまでの1ヶ月は酷かった。


 3年付き合って婚約までした彼女を1番の親友だと思っていた男に寝取られる。

 失意に沈んでいるところに会社の不正会計が判明し、その対応に追われた挙句、結局どうにもならず会社は倒産し、救済措置など無いまま失業。

 これからどうしようと呆然としていたら、父方の祖父が陽一の名を騙る詐欺に引っかかり、職を失ったタイミングがタイミングだけに陽一が犯人だと決めつけられて、親から勘当を言い渡される。

 畳み掛けるような不幸の攻勢によって、生ける屍となって街をフラフラと彷徨っている最中、暴走トラックに轢かれて呆気なく死亡。



「なんだってんだよ……」



 あまりにも理不尽な不幸ラッシュを嘆き、思わず言葉がポロリと漏れた。当然、霊体……精神だけの存在となった陽一の言葉は誰の耳に届く事も無く、反応を返してくれる者など………



「辛かったんだねぇ……。まだ君若いし、いっそ新しい人生をエンジョイしない?」



 いた。








 ※※※








「………────。あ、名乗り遅れてしまったね! 俺の名前はアポロン!! 言わずと知れた芸術と光明の神さ!!」

「はぁ………」



 陽一が思わず漏らした呟きに返事をしたのは、燃えるような赤のタキシードに身を包んだ美丈夫であった。その美丈夫からマシンガンの如く発せられた話から辛うじて察するに、どうやら異世界への転生を勧めている様である。しかしながら怒涛の様に押し寄せる情報の波により、陽一はその内容を殆ど呑み込めず呆然としていた。処理が追いつかず、最後の名乗りを聞いても、『え? 何でギリシャ神話の神様が日本に?』などという疑問すら思い浮かばない。



「で、どうかな?」

「いや、どうと言われましても……」



 事態を呑み込めぬまま返答を迫られて、陽一はしどろもどろと言葉を濁す。せめてもう少し情報を整理させて欲しいと、そう考えていると、アポロンと名乗る美丈夫は何かに気付いた様な顔をしてみせた。



「ゴメンゴメン。人間の思考能力のレベルをすっかり忘れてた。あの子(・・・)を基準にしちゃうのは酷だよね。そうだ、必要な情報は君の魂に直接送っちゃうね。という訳で、俺もこう見えて色々と忙しい神だからさ、どうするか30分の内に決めてくれ」



 アポロンは相変わらず捲し立てる様に言うと指を鳴らした。瞬間、陽一の口から「うっ」と呻く様な声が漏れたが、アポロンはそれを気にすることなく、どこからか羽ペンと便箋を取り出して手紙を(したた)め始める。全くマイペースな神様である。


 対する陽一は頭の中に突然流れ込んできた情報の波に意識を持って行かれそうになり、2、3度『うっ』と呻く様に声を吐き出した。程なくして落ち着くと、先程アポロンが捲し立てていた内容を無駄のない形で思い出せる様になっていた。


(成る程。神様から情報を貰うのってこんな感じなんだな……。神託とか御告げとか受け取る人は大変だな)


 貴重な体験に対して割とどうでも良い感想を抱ける様になった位には、陽一は置かれている状況に慣れ始めていた。そう、割と新村陽一という男は状況適応に優れている。まぁ、あくまでも人よりは、という程度であるが。


 陽一は改めてアポロンから受け取った情報を確認していく。


 先ず、転生先は異世界というより、正確には地球を依代にして造られた異界というものらしい。


 次に今世の記憶を持ったままで転生が出来るが、体は赤ん坊からやり直しとなる。


 なにぶん急な話である為、お約束な転生特典を付けたり、転生先の家を選ぶ事は出来ない。


 転生先の世界については、転生してからのお楽しみという事らしく、渡された情報には含まれていない。ただ、アポロンが手を忙しなく動かしながら陽一に言う事には、此方の世界よりも遥かに自分というものを貫き通せる世界だそうである。


 陽一は一頻り自分の人生を振り返り考えると、やがて決意をした様にアポロンへと顔を向ける。


(チャンスを与えられたのに、無駄にするのは勿体ない。俺は新しい世界で生きてやる)

「ふふふ。決断した様だね。じゃ、冥界の使者が君を迎えに来る前に、さっさとやってしまおう」



 アポロンは陽一の決断を短く讃えると、右手を天に翳して言葉を紡ぐ。



「我が名において、救われぬ魂に今一度の慈悲を与えん。願わくば、彼者の新たなる門出に幸多からん事を」



 一瞬、光が世界を包む。しかしながら、この光に気付いた人間(・・)は存在しない。ただ、神の系譜に在る者だけが1柱の神が起こした気紛れに、興味を、呆れを、或いは蔑みの感情を抱くのみであった。






 この日、神造異界グリティアのある夫婦の元に元気な男児が生まれ落ちた。
















 ※※※



 神造異界グリティア、リーマイル諸島の中で最も大きな島───リストエルデ島。殆どを森に覆われたこの島の中央に佇む古めかしい神殿は、俄かに喧騒に包まれていた。




「───様、落ち着いて下さい!!」


「落ち着いてなどいられるか!! あのお気楽馬鹿、とんでもない事しでかしやがった!! 実界からの転生は禁則事項だぞ!? しかも、しかもだぞ!? あの野郎、事後承諾な上に、反省もへったくれもない手紙で知らせてきたんだぞ!? 他の神にどう説明しろって言うんだよ。何が『天照のお茶会の帰りに可哀想な子羊と出会ったから、そっちに転生させちゃった。あとよろしく』だっ!! あぁくそっ! もう冥界神の組合から問い合わせ来てるし!!」


「転生者の捕捉は出来ないのですか?」


「無理だ。転移者なら可能だが、転生者は転生した時点でこっちの世界の人間だ。予め魂にマーカーでも仕込んどけたならまだしも、会った事も無い奴の魂を情報も無しに追っかけるのは不可能だ」


「どうなさるので?」


「どうにも出来ん。仮に探し出せたとしても……だ。禁則事項はあくまで『転生させる事』だ。転生者自身には罰則も何も無い。転生前の魂の時点で捕捉出来れば追い返す事も可能だが、最早どうにもならん。だからあのお気楽馬鹿は事後報告で手紙を寄越したんだ」


「ではアポロン様は?」


「罰は受けるだろうさ。まぁ、そもそも神様方の罰なんぞ有って無い様なもんだから、精々実界の下界へ降りるのを制限されるくらいだろうな」


「はぁ」


「しかーし、俺がこなさなきゃならない仕事は爆発的に増える。くそ、この恨みどうしてくれるか……」


「私、改めて管理人であるシキガミ様の大変さがよく分かりました」


「そうだろう? だが、暫くは補佐たるお前達も激務になる。覚悟しろよ? なにせ今回の事を前例にさせない為に根回しに回らなければならん。でなくば、真似る奴らが絶対に出る。神様方は基本暇だからな。全く、今から頭が痛い」



 管理人・シキガミと呼ばれた17、8程に見える黒髪の男は、不満を隠す事なく垂れ流しながらも、補佐と言われる者達に指示を飛ばすと、そのまま神殿の外へと出て行ってしまった。


 だが、グリティアの管理人である彼は知らなかった。これが所謂序の口であるという事を………。

初めまして、《静丘鐡鍼》と申します。本格的な創作活動は初めてで御座いますが、何卒宜しくお願いします。



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