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誠子と由美江の楽園構想  作者: あおやま渉
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第五話 誠子の目覚め

「おーい、起きろ」

 ジャックにどつかれて、誠子は目を覚ました。あたりをきょろきょろと見回し、ここが中国だということを思い出す。窓の外はすっかり暗くなっている。だいぶぐっすり眠っていたようだ。

 ホテルのラウンジは誠子にとってまさに夢のような場所だった。甘いお菓子に温かい紅茶。空間全体が高級感と優雅な雰囲気に包まれていて、これまでに経験したことのない幸福を味わった。誠子は、この場を提供してくれた“貴族”に感謝した。

「何をヘラヘラしてんだよ!出かけるぞ」

「え?夜は危ないから出ないでくださいってフロントのお兄さんが……」

「いや察しろよ!一ヶ月、毎日若い男がミイラにされてるんだぞ、どう考えたって能力者の仕業だろ。敵か味方かは知らねーけど、止めさせる必要がある」

「私も?ついて行っても何もできないよ」

「何もできねーから来るんだよ。能力者と接触すれば、お前の記憶を呼び覚ますことができるかもしれねーだろ。さっさとしろ!」

 幸せなティータイムとお昼寝ですっかり忘れていたが、誠子は中国に来た本来の目的——能力者と接触すること——をようやく思い出した。由美江に会うためにも、この任務は全うする必要がある。「敵だったら殺す」などと物騒なことを言っているジャックと、この先の展開に恐怖しつつも、誠子は彼の後を追った。



 夜の街は、さすが中国の大都会とあって大変に賑やかだ。一見、吸血鬼事件など無いように思えるほど、人通りも多い。

「……この中から犯人探すの?」誠子がぼやいた。

「ある程度の距離まで近づけば、俺でも奴さんを感知することはできるぜ。そしてそれは向こうも同じだ。楽勝だろ」

「う〜……ん。そっか」

 誠子はしかし、いくら由美江のためとはいえ、この状況についていけていないのが正直なところだ。ジャックは“目覚めている”から当たり前のように動けるのだろうが、自分はさっぱりなのだ。目覚めていない今、事態を理解しようとしたところで無意味なことは承知している。いや、そもそも理解することを最初から諦めているのだが、例の吸血鬼が飛び出してきて、戦闘にでもなれば自分はどうなるのか、考えただけで恐ろしかった。


 

 路地裏の怪しげな通りを歩く。いかにも何かが“出そう”な雰囲気だ。

「おっちゃん、怖いよ〜」

「ばっかお前。俺だってなあ、ムキムキの大男が襲ってくるんじゃないかと考えただけでゾッとするっつうの……あっ」

 ジャックが足を止めた。見ると、およそ100メートル前方に、オレンジ色の街灯に照らされて、少女が一人、ぽつんと立っていた。誠子は、場の空気が変わったのを感じた。明らかに異様な光景だ。

「出た……」ジャックが呟く。

 どうやら、このあたりを騒がせている吸血鬼事件の“犯人”はあの少女らしい。ふんわりとした黒髪のツインテールに、カシュクールデザインの白いワンピースを身につけた少女は、遠目に見ても可愛らしい雰囲気だ。ジャックが言っていたように、ムキムキの大男を想像していた誠子は、まるで違う犯人の姿に驚いた。見た目だけでは、とても件の犯人とは思えない。

 お互いに歩み寄る。いくら可愛らしい少女でも、ジャックが言うのだから犯人に違いない。その違和感と場に漂う緊張感が、誠子を一層ドキドキさせた。


「来たねぇ〜。売女の犬どもぉ」

「あ?誰が売女だって?」

「お前らのボス以外に誰がいるんだよぉ」

「こンの野郎……」

 その見た目とは裏腹に、開口一番穏やかではない雰囲気だ。少女は挑発的な口調だし、ジャックは顔をしかめている。言葉の意味は分からないが、あまりよろしいものではないようだ。


「おっちゃん、バイタってなに?」おそるおそる尋ねる。

「サイテーサイアクの女って意味だよぉ。そんなことも知らないのぉ」

「はっ?」

「だからぁ、由美江とかいう女のことだよぉ。バ・イ・タって〜〜〜」

 瞬間、誠子は全身の血が沸騰するような感覚とともに、尋常ならざる怒りの感情に支配された。顔が大きく歪んでいく。

「由美江がサイテーサイアクの女だって?」

 

「吸血鬼女、お前は許さない!殺してやるぞッ。3分で殺してやるッ!!!」

「お前……」

 先程までとはまるで違う誠子の様子に、ジャックは絶句した。目つきは鋭く、殺意が溢れ出している。誠子の由美江に対する想いの強さは知っていたが、これほどとは思っていなかったのが正直なところだ。

 誠子の周囲を霧が覆う。誠子の意思が宿っているかのように、複雑に動きながら少女を狙いすましている。

「“目覚めてる”ねぇ、そいつ」

 誠子は、無意識のうちに“目覚めて”いた。由美江を侮辱された怒りが、誠子の記憶を刺激したのだ。霧のような能力の発現と同時に、過去の記憶も戻っているはずだが、混乱している様子はない。能力の使い方も、記憶も、全て心得ているようだった。

「由美江をッ!侮辱ッ!するなああああああーーー!!!」

 そう叫ぶや、周囲の霧は一直線に少女めがけて襲いかかり、あっという間に少女をとらえて爆発した。


「すっげえ〜……」

 ジャックはその威力にただただ驚いた。誠子が目覚めたとか、敵を倒したとか喜ぶ気持ちよりも、むしろ恐怖の方が大きかった。


「いやあ、これはスイちゃん死んじゃうって」

 突如、まばゆい光とともに爆風の中から一人の少年が現れた。その少年は、どうやら誠子の攻撃をいなしてしまったようだった。少年の後方で、少女はピンピンしている。

「“手品”……!」

 誠子は少年の正体にいち早く気づいた。雨の日に出会った、光の能力者だ。

「あれ……トーマ。どうしたの?」

「どうしたのじゃないよスイちゃん!あんた何やってんの!ここら一帯吸血鬼の怪奇だって大騒ぎだよ!」

「え、ご、ごめんよぅ!怒らないでよぅ」

「一般人を巻き込んで、挙句の果てには敵に見つかって殺されかけてるし!戦列に加わる前に死んでどうするの!王様もカンッカンだから。謝ってね」

「は、はいぃ……」


「あの、お二人」光の能力者——トーマが誠子たちに近づいて言う。

「今回の件は、このおバカな吸血鬼娘が勝手にやらかしたことですから。我が王の意向に沿ったものではないことをご理解ください。我々は決して一般人を巻き込まない。あなた方とは違う」

「お前、何を言って……」

「また会いましょう。さよならっ!」

 トーマはそう言うと、スイを連れて姿を消した。

「おい手品ッ!待てッ!吸血鬼女置いてけ!そいつ!殺させろ!!!」

「もういねえって。落ち着けよお前」


 ジャックに諭され、誠子は少しばかり冷静さを取り戻した。しかし、誠子もジャックも、トーマの言っている意味が分からなかった。

「あいつ、まるで俺たちが悪者みたいな言い草だな」

「……どういうつもりか知らないけど、由美江を侮辱する奴は絶対に許さない。敵は全員殺すよ。頑張ろうね、おっちゃん」

「いや、怖えーよ」

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