第四話 兆し
由美江の目的は女王として再び君臨すること。従者たちはその達成のため、能力を駆使して敵を排除する——。ルカから教わった転生の理由はこうだ。
かつて由美江に仕えていた従者のうち、もっとも由美江に近しい12人が現代に転生した。すでに7人は目覚めている。ジャックの仕事は、誠子を含む残りの5人を保護し、由美江のもとへ連れて行くことだ。
前世の忠誠心がそうさせるのか、この命令には素直に従える。しかし、なぜ能力を得て現代に転生し、かつての敵と再び戦わなければならないのか、ジャックはいまいち納得がいっていなかった。前世の記憶は曖昧な部分も多く、転生のヒントがそこに隠れされているのではないか、とジャックは考えていた。
「おっちゃん、もうすぐ着くみたいだよ」誠子に言われ、ジャックは飛行機内の表示を確認する。考え事をしていたせいか、約4時間のフライトもあっという間だ。ここから先、待ち受けている能力者が敵である可能性は十分にある。その場合、戦闘は免れないだろう。ジャックは気が重かった。
「着いたら、タクシーでホテルに向かうぞ。朝早かったし、ちょっと休憩しようぜ。眠み〜んだわ」
「うん」
*
「ふわ〜。立派なホテル!貴族みたい!おっちゃんお金持ちなんだね!」
「こら、はしゃぐな。金は俺じゃなくて、マジモンの貴族が出してくれてんだよ。感謝しろよお前」
ジャックは、ルカから仲間探しを依頼された際に、大量の金銭を渡されていた。思わず唾を飲み込むような額に興奮したが、すぐにその出どころを怪しんだ。
ルカ曰く、仲間の一人に貴族として転生した人物がいて、今回の任務遂行に必要な資金は全てその人物が負担してくれると言うのだ。「ジャックよ、世の中うまくできているだろう。金の心配はいらん。存分に働きたまえ」と笑ったルカの姿が思い浮かぶ。自分の金でもないのに自慢げなルカも謎だったが、前世の縁があるとはいえ、私財を惜しみなく費やすその人物のことは全く理解できないとジャックは思った。よほど金が有り余っているのだろうか。だが、安くて質の悪いホテルに泊まることは考えたくないので、一旦はその人物に感謝することにした。
「あの……お客様」
ホテルスタッフの若者が、硬い表情で声をかけてきた。ビンボーそうな客が入ってきたので、「お引き取りください」と言われるのではないかとジャックは焦った。若者は続けて言う。
「近頃、このあたりで若い男性を狙った怪事件が多発しているんです。大変恐縮ですが、日が暮れてからの外出はご遠慮願えませんか」
「かいじけん?」と誠子が問う。
「はい。死者こそ出ていませんが、その……被害者の方々はみんな干からびて、やせ衰えた姿で発見されているんです。昨日まではいつも通り過ごしていたのに、翌日ミイラのようになって道端に転がっている……恐ろしいですよ。一体どうしたらあんなことになるのか……吸血鬼の仕業なんじゃないかって話も出てるくらいです」
「なあ、その事件って、いつからだ?」
「えっと……一ヶ月ほど前からですね。それからはほとんど毎日被害者が出ているようですよ」
ジャックは察した。十中八九能力者の仕業だろう。敵か味方かは分からないが、いずれにせよまともな能力者ではなさそうだ。早急に接触し、事態の収束をはかる必要がある。
「にいちゃん、ありがとな。でもせっかくの中国だし、少しくらいは観光させてもらうよ」
若者はさらに引き止めようと試みたが、ジャックの意志が固いことを理解すると、しぶしぶながら外出を承諾した。“犯人”は夜に現れるらしい。ジャックは夜に備え、ラウンジで仮眠を取ることにした。