第二話 古代の転生者
(きらきら光って……きれいだなあ)
少年の手に浮かぶ光球を見つめながら、誠子はのん気していた。もはや夢でも見ているような気分だった。この光に包まれたなら、夢から醒めて、由美江のもとへ行けるのではないかとも思った。
「早々に任務完了だ!」
少年が叫んだ。瞬間、誠子の頭上から大量の水が降り注いだ。降りしきる雨ではない、まるで、バケツいっぱいの水をひっくり返されたような感じがした。「ぅいっ?」と間抜けな声が出た。誠子を包んでいた光は消えていた。どうやら、少年も同じ目にあったようだ。大きな目がぱちくりと瞬きしている。
「こぉーら、お前らぁー」
タバコをふかしながら、大柄な西洋人がやって来た。少年は目をさらにギョッとさせると、両手をあげて「あなたはもう、“目覚めている人”ですね。参ったな、こりゃ」と笑った。
「少年。こいつはまだ“目覚めてない”ので、やり合うなら俺が相手になります。めっちゃ嫌だけど」
「やり合うですって?まさか。任務失敗で萎えちゃいましたよ」
「そう……」
「それにあなたは僕の標的じゃありませんから……帰りますっ!」
少年は、パッとその場から姿を消した。西洋人は大きくため息をつくと、誠子の方を振り向いて「お前何やってんだよ!ばか!」と言った。
*
「オレンジジュースのお客様」
「うぇ、あ、はい」
着替えを済ませた誠子と西洋人は、喫茶店に来ていた。オレンジジュースを口にして、気持ちを落ち着かせる。由美江の失踪、謎の少年、光、水、“目覚めている人”、任務、瞬間移動、そして目の前の西洋人——これらは全て繋がっているのだろうと思った。しかし、その意味するところは全く分からない。
「お前、ほんと〜に俺のこと分かんねぇのか?」
「ほんと〜に分かんない」
西洋人は誠子のことをよく知っているようだが、誠子は西洋人のことを全く知らない。「マジかよ……」と言う西洋人は、まるで誠子がどうかしてしまったかのような口ぶりだ。
「おっちゃん、何か知ってるなら教えて欲しい。お願い」
「誰がおっちゃんだ!」
「だって白髪じゃん」
「白髪じゃなくて、これは銀髪!27歳!あと名前はジャック!おっちゃんはやめろ、まだ若いんだよ!」
ジャックは頭をぼりぼりと掻き、ため息まじりに言った。
「俺は由美江の居場所を知ってる。生きてるから安心しろ」
誠子は心臓がキュッと跳ねたかと思うと、一気に鼓動が加速していくのを感じた。身体がどんどん熱くなる。由美江は生きていたのだ!
「それでっ、由美江は今どこに……」
「太平洋の島」
「ほえ!?」
「由美江を島に連れてったのは俺の仲間だ。由美江は目的があってそこにいる」
「なかま……?もくてき……?」
「由美江は今から1700年前の人間の生まれ変わりだ。俺もお前もそうだ。由美江は女王で、俺たちはその従者だ。由美江の目的は、今生でも女王として君臨すること。俺とお前を含めて合計12人の従者がいる、以上」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
「だろうな」
この男——ジャックならば、一連の事件を解決してくれるのではないかと期待したが、全くの期待はずれだと誠子は思った。むしろ、解決とは逆方向に物事が進んでいるではないか。
「えーと、頭が爆発しそうだよぉ。生まれ変わりってなに……おっちゃんは、それで私のことを知ってるの?あの“手品”の子もそうなの?」
「おっちゃんはやめようね!……目覚めたらある程度は前世の記憶も戻るからな。あのガキのこととか、お前もそのうち分かるよ」
誠子は、事態を理解しようとすることは諦めた。一般的に考えれば、ジャックは明らかに虚言癖の不審者だが、超常的な現象が目の前で起こった以上、その発言を認めなければならない。そして、彼の言うように誠子自身が古代人の生まれ変わりであり、過去の記憶を有しているのならば、いずれ謎は解けると思ったからだ。
だが、そんなことよりも、誠子にはどうしても確認しておきたい事があった。
「……どうすれば、由美江に会える……?」
「俺の仕事は、お前を目覚めさせて由美江のところへ連れていくことだ。すぐには難しいが、必ず連れていってやるから安心しろ。黙って俺に付いてこい」
ジャックは誠子の頭をガシガシと撫でた。なんだかよく分からないが、由美江に会える。今まで張り詰めていた気持ちが緩んだ。誠子は、ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、オレンジジュースを飲み干した。