第一話 誠子と由美江
「由美江がいなくなった?」
帰宅するなり告げられた親友の失踪に、誠子は素っ頓狂な声をあげた。
「今日はしんどいって、昼前に早退してきたのよ。それから部屋で寝てたみたいなんだけど……さっきおかゆでもどうかなと思って来てみたら、この有様なの」
そう言って通された由美江の部屋は、家具がなぎ倒され、お気に入りの服たちも床に散乱していた。大きく開いた窓からは、びゅうびゅうと風が吹き込んでいた。
誠子と由美江が暮らす皆生学園は、職員三十余名のほか、警備員も常駐している。至るところに監視カメラが設けられ、防犯対策は万全だ。さらに、施設内は子どもたちが元気いっぱいに駆け回る。一人一部屋与えられている個室以外には、プライバシーがほとんどないような施設なのである。
そんな状況下で、どうしてこうなったのか。誠子も職員も、全く理解できなかった。職員は、肩を震わせている。ちょうど、警察がやって来た。
「先生、大丈夫だよ。きっと、すぐに帰ってくるよ」声を震わせながら、誠子は職員を抱きしめた。おかゆは、もうすっかり冷めていた。
*
由美江の失踪から、一ヶ月が過ぎた。警察の捜索も虚しく、進展は一切なかった。この一ヶ月、誠子はひたすら由美江のことを考えていた。
誠子と由美江は、生まれて間も無く、皆生学園の“赤ちゃんポスト”に入れられた。同じ日に発見されたこともあって、血の繋がりこそ無いものの、きょうだいのように育てられた。誠子の隣には常に由美江がいて、何をするにも一緒だった。誠子は由美江を愛していたし、由美江もまた誠子を愛していた。
誠子は、半身がもがれたような気分だった。あの日、学校を早退した由美江。いつもなら必ず一言あるはずなのに、なぜ自分に何も言わず早退したのか。そして、早退後のあの惨状は、不自然以外の何者でもなかった。
ある雨の激しい日だった。誠子は雨合羽と長靴を身にまとい、あてもなくさまよっていた。由美江の失踪以来、学校から帰ると決まって由美江の捜索に出かけた。見つかる可能性は低いと分かっていても、なお行動せずにはいられなかった。
突如、前方から走って来たトラックに水しぶきを浴びせられた。顔にも泥水がはね、派手に汚れた。身体が冷えてきた。もうどれくらい歩いただろうか。誠子は急に心細くなった。
「由美江ぇ……」
思わず、その場にへたり込んだ。いつか由美江から貰った髪飾りを握りしめる。美しくて優しい由美江、みんなの憧れの的、私のきょうだいであり親友——様々な想いが去来し、涙があふれた。
「そんなに会いたいなら、会いに行けばいいじゃん」
語りかける声に、誠子は勢いよく顔をあげた。いつの間にか、自分と同じ年ごろの少年がいた。彼は、雨の日だというのに、傘もささずに突っ立っていた。
「“由美江”の居場所くらい、分かるでしょ」
「わ……わかんないよ。何言ってるの」
誠子は混乱した。警察が一ヶ月かけても見つからない由美江の居場所が分かるはずがない。分かっていれば、こんな思いはしていない。
「もしかして、きみ由美江の居場所を知ってるの?知ってるなら教えてよっ。由美江は、由美江は……」少年の胸ぐらを掴んで誠子は言った。
「いや、さすがに僕は知らないよ。でも、君は分かるんじゃないの?」
誠子の顔が大きく歪む。
「分かるわけないじゃん!何なの!からかいに来たんなら……やめてよ」
誠子は、再び力なくへたり込んだ。少年は、しばらく誠子を見つめると、確信した様子で言った。「そうか、君は“まだ”なんだね」
「え……」
少年の手には、美しく輝く光球が浮かんでいた。いきなり手品を始めた少年に、誠子はもう頭がついて行かなかった。
「思ったよりラクに済んで良かったよ。早く帰ってマンマのご飯が食べたい」
少年は手を振り上げる。誠子は呆けたまま動かなかった。あたり一面を、まばゆい光が包み込んだ。