第7節 格差社会と服屋と謎の暦
マッチョな鍛冶屋さんが連れて行ってくれたのは、センター街から路地を二つほど入った、布を販売するお店だった。
「希望は服屋だったんだけど」
「だからここだろ?」
さっさと奥へ行けとばかり鍛冶屋さんが視線を送って来る。
「ちなみにその服もここで?」
「そうだ」
ワイルドな筋肉を強調するタンクトップ、腰に巻かれたポケット一杯工具入りのエプロンとお揃いの生地の作業着は大工さんが履いているあれの様だ。名前が出て来ないが。
「自分で作ったの?」
「はぁ?」
「ここでどうやって買い物するの?」
「どうって、適当に選んで奥の店主に言えば切ってくれるだろ」
やはりここは生地を買うだけの店の様である。
(まさかこの見た目で裁縫も得意なの?いやないわ。奥さんとかでしょ多分。ダブルふり……やだわ妄想が)
言い方が良くなかったのだろう。彼の周囲の日常では恐らくこれが普通なのだと思う事にする。
「私服は自分で縫えないから、出来れば既製品を売っているところを紹介してほしいんだけど」
「キセイヒン?いくら家が裕福だからって、服くらい作れねぇと嫁にいけねぇぞ」
ここでは裁縫は女性の仕事らしい。納得いかない。
「それはいいの。出来合いの服が一番良いけど、なければ採寸して服を仕立ててくれるところに連れて行って。ついでに靴も売ってると助かるけど」
「そういう店は高いぞ?金大丈夫か?」
「大銀貨では足りない?その服はいくらしたの?」
「…………いや、あるなら構わねぇが。この服はそうだな、小銀貨三枚ってところか?高い店は俺は入れねぇから自分で交渉しろよ?」
「入れないの?」
「上等な店には門番がいるからな。こっちの人間は行かない」
「こっち?」
「そういう店があるのは大通りの向こう側だ。あっちは高いんだよ」
ブランド店が並ぶ通りだろうか。そんなに高いものは買えない。
小銀貨三枚。平民のタンクトップと腰に巻くタイプの短いエプロンと裾の広いズボンの男性服の布代が三千円。ご飯五百円、宿屋の大部屋二千円から考えると少し高い気がしなくもない。
まぁこの町を見る限り機械化されているものは殆ど見当たらないから、生地を作るのも時間がかかるのかもしれない。そうだとすると安い。
ではもう少し質の良い生地で仕立てやデザイン料込ならいくらだろう。日本なら安いオーダーメイドドレスは一万円でも作れたけれど、生地代や人件費を考えて大銀貨二枚、二万円くらいが限度か。
手持ちは十七万九千円。ここから二万円も消費してよいものか。二万円引いたら十五万五千円。食事と宿で一日五千五百円のコストがかかるから二十八日生きていける。
(もう少し石屋さんに換金してもらうとして、また街を変えて換金出来るかな。近くに他の大きな町があればいいけど。そう言えば石屋さん紹介してくれるって言ってたよね)
出来ればもう少し環境の整った場所に住みたい。ここの生活は基本井戸水を使用する様だし。
そんな事を考えながら、私達は生地屋の前を通り過ぎ大通りに向かった。
「私もこんな格好なんだけど、入れるのかな」
「どうでしょう?」
少し心配になって来た。門番がいるらしいし、フォーマルなドレスコードがあったら私はアウトだ。おばあさんが巻いてくれたストールは高いものには見えない。靴も履いてない。
……そうだ。良い事を思い付いた。
「瑠璃、抱っこしてもらってもいい?」
「はい!」
瑠璃は鍛冶屋さんに向けていた鬼の仮面を軽く投げ捨て、とても快活に返事をして私を抱き上げた。
ちなみに参考にしたのはネパールのクマリである。地に足を付けない生きた神様。私は体格的に小さいし、精霊は重力を無視している節があるから抱っこは問題ないと思ったのだ。
瑠璃はこの辺りでは見ない質の良い豪華なドレスを着ている。その瑠璃に抱かれているんだから、関係者と思ってもらえるだろうという計算だ。蘇芳だって結構な刺繍の上等な着物を着ているし。まぁそのおかげでかなり目立ってしまっているのだが。
それにしても……。
(抱っこ良いな!足全然痛くない!)
思った以上に快適な居場所を堪能していると、大通りは直ぐに見えて来た。通りの向こう側に行けないと言ったおじさんの言葉が分かる気がする。そんな向こう側が。
通りを挟んだだけのその場所は、町も歩いている人も明らかに綺麗で質が違った。たった一本道路を越すだけだというのに、整った町並みは昔のヨーロッパ、ローテンブルクの旧市街みたいな可愛い建物が並んでいる。
此方側より明らかに高級そうな服屋は、直ぐ目の前に見えていた。確かに店の入り口の前には男性が立っている。
鍛冶屋さんはそこで立ち止まり、左手を指して私に告げた。
「役場はあっちだ。この通り沿いの、こっち側にある。そこで待ってるから欲しいものを買ったら来てくれ。靴屋は大抵服屋の近くにある。服屋で聞けばいい」
「わかった」
まぁ採寸に付き合わせる訳にもいかない。
鍛冶屋さんが役場の方に歩いて行くのを見送る。瑠璃が「何て不遜な」と呟いたけれど、怖いから聞かなかった事にする。
「蘇芳、大銀貨二枚準備しておいてね」
「はい」
蘇芳が現金を素直に返してくれるのに安堵しつつ、大通りを渡る。大通りは広く信号がないけれど、通る馬車は疎らだから心配はいらない。ちなみに車道と歩道の区別はない。
服屋の門番がこちらを見て少し怪訝な顔をする。やはり駄目かと思ったけれど、直ぐに扉を開けてくれた。
(門番というか、この人はドアマンなのでは?)
店内に入ると、見本だろうか、幾つかドレスが飾られているのが目に入る。壁の一面は生地が積まれていて、この光景は日本とあんまり変わらない様に思う。
「ようこそおいで下さいました」
明るい声がして、ワンピースドレスのお姉さんが二人こちらへやって来た。確かにドレスなのだけれど、詰め襟でパフスリーブの長袖のマキシ丈なだけの簡単なもの。フリルもレースもリボンもない。瑠璃の方がかなり豪華なドレスを着ている。
私を見て息を呑むお姉さん達。
(いや、私って言うか……蘇芳?)
「服を買いたいんだけど」
「失礼致しましたお嬢様。どうぞこちらへ」
瑠璃が満足げに頷いている。あぁ、こういう対応なら良いのね?
私達は店員のお姉さんに案内されて奥の部屋へ入る。店内は板の間だったけれど、通された奥の小部屋は絨毯が敷かれていた。
お姉さん達が採寸をするというので、もう一枚小さい絨毯が引かれた場所に瑠璃に下ろしてもらう。とても残念そうだ。
(絨毯が血で汚れなきゃいいけど)
私の心配事と言えば、今は瑠璃の機嫌よりも其方だ。
(高かったらどうしよう)
荒野とも石畳とも違ってとても足に優しい触り心地。高そうなふかふかな絨毯。どうやらここはフィッティングルームらしい。
「お嬢様、本日はどの様なドレスをお求めですか?」
お嬢様。貴族より余程やり易い。メイドカフェに行ったらこんな感じかもしれない。
「出来ればシンプルで動きやすいものがいいんだけど」
「動きやすい、ですか?」
「外出用のね」
「あぁ」
何かくすくす笑われてる。お転婆なお嬢様とでも思われただろうか。
テキパキ採寸される中盗み見たメモのサイズは、私が縮んでいる事を明確に自覚させた。地味に心に刺さる。主に胸のサイズが。
(いや分かってたけどね。サイズもセンチメートルで分かり易く書いてくれてありがとう。ご都合主義の夢って最高ね)
そう言えば、ここに来てから一度も鏡を見ない。自分を見たのは湖に映ったはっきりしない姿だけ。フィッティングルームにもないとはこれ如何に。
「ご予算はいかほどで?」
「蘇芳」
蘇芳が打ち合わせ通り大銀貨を二枚取り出す。
「飾ってあるのとかでもいいんだけど」
「サイズの合うものがございません」
「でも時間かかるのはなぁ。取り敢えず着る服だけでも欲しいんだけど、お姉さん、その服譲ってくれない?」
「滅相もございません。こんな簡素な従業員の制服をお嬢様にはお渡し出来ません」
(駄目か)
その後再び抱き上げられて表の商店に戻り、商談スペースで生地やデザインの打ち合わせをする。ここにあるものなら予算の範囲内で十分好みのものが出来上がりそうだ。
ただ、生地の肌触りや見た目の繊細さは精霊達のものにも日本のものにも遠く及ばなかった。今着ているニットのワンピースの様に、伸びる折り方の生地も見当たらなかった。
(石屋さんに貴族だと思われたのは服のせいもあるのかもね)
それと傷に巻いているタイツ。商談中店員さんの目が釘付けなのが嫌でも分かる。お店に入った時からちらちらと視線を感じてがいたのだけれど、やはり用途に合ってないのは気になるだろうか。相手は布地のプロだ。
瑠璃に毎日洗ってはもらうが、見た目が黒だし、いい加減清潔な包帯に変えたいとは思っている。血を吸わないし。もう手の出血は止まっているけれど、足は歩くのでどうしようもないのだ。
「ガーゼとかあるかしら」
「ガーゼ、でございますか?どの様なものでしょうか」
「…………なら綿。包帯にしたいの」
「包帯ですね」
長さを説明しようと手のタイツを解いた時、お姉さん達が何故だか顔を見合わせた。そして一人が「少し失礼します」と二階へ行ってしまったと思ったら、直ぐに仕事の出来そうな老紳士を連れて戻って来た。
「当服屋の支配人を務めます、トージィ・マクエムと申します」
(支配人出て来ちゃったよ。何?じぃ?セバスではなく?)
「お嬢様、大変失礼かと存じますが、こちらの布はどちらでお求めに?」
「?……家にあったものだから分からないけど」
コンビニと言っても伝わらない気がした。
「ご不要でしたら、こちらで引き取らせて頂く訳には参りませんでしょうか」
「…………」
こんな汚れたものを欲しがるとは、一体どんな裏が。
普通にひいていると、老紳士は深々と頭を下げた。
「黒い布は我々には手に入れる事出来ない貴重なもの。御不快に思われましたら申し訳ございません」
そう言えばここには黒い布がない。
(あぁ、蘇芳を見てたのも着物が黒いからか)
でもこんなものを譲るのは考えものだ。ハンカチとかならまだしも、洗ってたって流石にタイツだ。しかも使用済みの。
「トーコ様のものを欲しがるなんて何を考えているのかしら」
後ろから不穏な声がした。今まで大人しく成り行きを見守っていた瑠璃が笑顔で毒を吐いた様だ。この子達ちゃんと空気読むから安心、とか思っていたけれど甘かった。一気に場の空気が凍り付く。
若い方のお姉さんがびっくりして涙目になっている。
(また過剰に貴族扱いされると面倒なのに)
「ご無礼をお許しください。差し出がましい事を申し上げました」
支配人はあっさり意見を取り下げる。すかさず流行のデザインについて新たな意見を出してくる姿は流石セバス。
(セバスじゃないけどもうセバスでいいや。名前忘れちゃたし)
瑠璃の目が一瞬細くなったけれど、大丈夫だと思う。多分。
(正直この子達が怒ったら私とか即死エンドだから。どうにも出来ないから本当に。あ、もしかしてそれで夢から覚めたり?いやいや。怖いからそれはなしの方向で)
我々には手に出来ない貴重な布。セバスの言葉が耳に残る。
黒い布は高価なのか、それとも貴族のものなのか。取り敢えず中流階級くらい?のこの辺りの人が持つものではないらしい。それをドレスやリボンではなく無造作に傷に巻いて、剰え従者に着物まで仕立てている私は一体何者なんだろうかと自問自答する。
いつの間にやら貴族説が固まりつつある様な気がする。立ち位置的には良い感じに上の方の平民という方が動き易いと思うが、身の安全的にはどうなのだろう。
(どうしようこの設定)
それに、単なる生地屋としての興味なら仕事熱心で終わる。まさか盗難を疑われていたり、若しくは身元を特定して商売に繋げよう等と野心を持たれるのは困る。詮索されて、私の身を危険に晒したくはない。セバスはそんな風には見えないけれど、隠すのが上手い大人は五万といる。人生経験を侮ってはいけないのだ。
商談の間にそんな事を考えつつ、包帯代わりの白い布を幾つか細く塗ってもらった。
ついでに二人のお姉さんの内、体系の近そうな若い方のお姉さんが着ているシンプルなワンピースドレスをお金に任せて譲ってもらい(と言っても小銀貨五枚だが)、フィッティングルームに三人で籠る。あまり二人が神法使うところ見られたくない。何か良くない気がする。
「あのお姉さん達姉妹かな?」
「人種の事は分かりません」
「そー?瑠璃、お願い」
「はい」
瑠璃も蘇芳も、どうやら頼まれ事をされるのは嬉しいらしい。少しテンションの上がる声、分かり易い表情。これが演技なら驚愕だけれど、いつも嬉々としてお願いを聞いてくれる。
瑠璃に全身と服を一気に水で洗浄乾燥してもらい、タイツを解いて足にも包帯を巻いてもらう。最近はこのお風呂と洗濯が一体化した時短スタイルが私の標準だ。何て便利。
おばあさんのストールを腰から外してたたむと、蘇芳が引き受けてくれた。
(あ、やっぱり袖の中に入れるのね。本当にどうなってんのその着物)
店員のお姉さんとお揃いのワンピースドレスは詰め襟長袖のマキシ丈。肌が出る部分が顔と手くらいで、やはりあまり足を出さないスタイルだ。ニットの白ワンピは膝上丈。確かにうく。
手早く脱いでそれも蘇芳に渡すと、瑠璃がワンピースドレスを着せてくれる。
「やっぱり大きいか。瑠璃、店員さん呼んで来て」
「はい」
スカートは床を引きずっているし、肩幅も、あと残念な胸も。
お姉さんが二人とも入って来て、いろいろ詰めてくれる。涙目だったお姉さんは少し緊張気味である。
(この服も半ば無理やり貰っちゃったし、ごめんねー)
一応心の中で謝っておく。返す気はないが。
従業員の制服だというそのワンピースドレスをお直ししてもらう。もう一度袖を通せば町に馴染む準備は完了だ。手縫いなのにすごいスピード仕上がり。流石は本職といったところだ。
ニットワンピとタイツは勿論、蘇芳の袖の中に納まっている。
(もうそれあれでいいよ、四次元ポケ……袖だけど)
再び商談スペースで支配人と向き合う。
「ではこちらのデザインのものは一週間後に。どちらにお持ち致しましょうか」
宿は決まっていると言えば決まっているけれど、いつまでいるか分からない。
そう言えば今日は何日だろう。一月か、それとも夢の中なだけで十二月二十四日のままなのか。もういい加減夢の中でも日にちが経っているけれど、まだ一週間も待てるのか。
「取りに来ようかな、もう少し急げない?」
「そうですね」
「そうだ、カレンダー見せて」
「カレンダーですか?」
支配人が目で合図すると、年上の方のお姉さんがカウンターの横に掛けてあったカレンダーを外して持って来てくれた。
「えーっと今日は……」
「土の日ですね」
(つちの日?土曜日?)
見せてくれたカレンダーのタイトルはエルダーン歴1000120500年、神の季節。
(何これ?)
その下に表は各列の上、曜日のところに「火」「水」「風」「土」「光」の五つ。縦は「1神」「2法」「3貴」「4平」「5奴」「6神」「7法」「8貴」「9平」「10奴」の十行。
何だこれは。
老紳士が指さしているのは「土」と「3貴」が交わったところだ。
(私が所望したのは普通の月別カレンダーなんですけど?)
私は失礼と断りを入れて、四つ折りされたカレンダーを開いてみる。記載は片面のみで一面に一つずつ。だから纏まりは四つ。あとの三つは芽吹きの季節、実りの季節、沈黙の季節。全部で四季節分ある。
(季節毎のカレンダー? )
どの季節も縦横の見出しは同じ。何も書かれていないマスが五十。三十日ではない。しかし四つでは二百マス。一年には満たない。
(どうしようこれ。覚えなきゃいけない?)
今後の円滑な人間関係を築く上で、例え意味が分からない決め事も覚えておくべきだろうか。名前をすっかり忘れてしまった事を棚上げ考える。支配人が冗談を言っている様子はないし、中学二年生がかかる病気でもない様に見える。
(にしても印刷甘いな。インクが滲んでるし手に若干付くし。これ版画っぽいやつ?もしかして手作り?)
今はエルダーン歴の一十百千……桁が多すぎる。取り敢えず五百年で良いか。そんなにこの年号が会話に出て来るとも思えない。
(エルダーンて神様が言ってたこの世界の事だよね?西暦みたいな共通歴って事?)
神の季節とはどういう季節だろう。全部で四つなのだから、春夏秋冬に準えて神の季節は夏でいいだろうか。丁度今は暖かい。夏というより春に近い気はするが、芽吹きの季節の方が春に相応しいだろう。実りの季節が秋で、沈黙の季節が冬だ。あくまでもイメージだが。
「どうかされましたか?」
「何でもない。それで、出来上がるのは?」
「通常ですと一週間後です」
老紳士が指さしたのは神の季節の「4平」と「土」が交わったマス。さっきの「3貴」「土」の真下のマスだ。これが一週間なら、「火」「水」「風」「土」「光」の五日しかないのだろうか。
「もう少し急げない?」
「では風の日ではいかがでしょう」
(出来るんかい)
貴族がごり押ししたら逆らえないのか、それともこんなものなのか。でもあまり無理を言うのも気が引ける。服を作るのはそれなりに時間がかかるのは承知している。
裏にコンピューターミシンがある様にも見えないし、さっきこの服を手縫いでお直ししてくれた事を考えると普通のミシンがあるかも怪しい。なにせこの世界で電子機器にお目にかかった事がまだないので。
仕事もこれだけではないだろうし、チップでも渡しておくか。いや、また断られたり何だりは面倒か。
「では風の日で」
「畏まりました」
一週間は五日。全部で十週という事の様だ。
神や貴の意味は解らないし、マス目に日付がないから自信がないけれど、全部だとすると一季節五十日。他にも季節があるのか、それとも一年は二百日なのか。
まぁこの夢に二百日も付き合うつもりはない。
兎に角デザインしてもらった少し上等なドレスが四日後に出来上がるのは理解した。少し上等と言っても瑠璃のドレスには全く及ばない。四日くらいなら良い事にしよう。
「では風の日に。瑠璃、蘇芳も良いよね?」
一応聞いておく。二人が頷く。瑠璃が持って来させろとか言うかと思ったけれど、これは聞き方が良かったみたいだ。
オーダーのドレス代の半金、大銀貨一枚を払いつつ、ついでに靴と鞄を売っている場所を教えてもらう。ちなみに包帯代はおまけしてもらった。
靴屋と鞄屋はどちらも同じ通りにあるらしいので役場に行く前に寄って行こう。包帯や現金を少しは自分で持っておきたい。
瑠璃に抱き上げられたまま、私達は支配人に見送られてまず靴屋を目指した。靴屋も鞄屋も直ぐだけれど、役場とは反対方向だった。
靴屋も既製品がなく、オーダーメイドだった。木の靴は硬そうで、布の靴は何処か頼りない。でも足には優しそう、という理由で私は布の靴を購入し、ここでも半金小銀貨五枚を支払った。どうやらそういうシステムらしい。心配な場所は瑠璃か蘇芳に抱っこしてもらおう。出来上がるのは四日後、風の日と言われた。丁度良い。それにあの暦がセバスの妄想ではない事も証明された。
鞄屋には既製品があった。布も置いてあったので、多分作っても貰えるのだろう。少し大きめの可愛いショルダーバッグを小銀貨五枚で買った。中にポケットが沢山付いていて使い勝手も良さそうだ。既製品だけれど同じものは作らないというから一品もので、服とも合っている。
斜めにかけてそわそわしていると、瑠璃が微笑ましいものでも見るかの様に此方を見ていた。
(良いの、見た目は子供だから!)
蘇芳に現金全部と包帯とタイツを返して貰って鞄に仕舞う。蘇芳は持つと言い張ったけれど、そこまで信用していない。万が一があったら困る。
残りの現金は大銀貨十三枚、小銀貨九枚、大銅貨五枚。日本円にして十三万九千五百円。これで何かあって一人になっても少しは生きていける。大人としては信じられないくらい不安な金額ではあるけれど、これが全財産だ。盗難には気を付けよう。蘇芳が持っていた方が確実に安全だとは思う。複雑な心境だ。
「蘇芳、魔石も頂戴」
「トーコ様!」
鞄屋の店主に聞こえない様にこっそり伝えたのに、瑠璃に聞かれて普通に怒られた。店主が此方を見ている。
「害があるから行けませんとあれほど申しましたのに」
深くため息を付かれる。聞かれているからこの話はこれまでにした。
(あーあ、早く現金に変えたいなぁ。時間おいてまた石屋さんに行こうかなぁ)
鐘が鳴っている。そろそろ役場行かないとまずいかもしれない。暗くなってしまう。
鞄屋の前の大通りをおじさん達のいた方へ渡って、センター街を超えて歩いて行くと、ある建物の入り口の前で鍛冶屋のマッチョおじさんが仁王立ちしていた。どうやらここが役場らしい。
「遅い!ってなんでお前まだ抱えられてんだ?」
「靴、時間がかかるって言うし。出来るの風の日だって」
「裸足で歩けばいいだろ。子供が気にすんな」
精霊二人の気配が怖い。おじさんは何でもない事の様に言って先に役場に入って行く。二人を気にする様子は、多分あまりない。
町のこちら側は結構汚れている。いろんなものも落ちている。その中を裸足で歩く子供がいるのなら、やはりあまり文化レベルの進んだ環境とは言い難い。
まぁそうでなくてもそろそろ足の裏に優しい生活をしたいのだ。傷が治らないと靴が出来ても痛いままである。瑠璃も蘇芳も喜んで抱っこしてくれるし、私は足が痛くなくて快適だと気づいてしまった。これがWIN WINの関係というものだろう。
おじさんを追って役場に入る。案内されて二階の奥の小部屋に行くと、そこには宿屋のおじさんとインテリ眼鏡のお兄さん、水屋のおばあさんもいた。湖の調査とやらが終わったのか。
「まともな服を着ればそれなりに見えるね」
取り敢えず誉め言葉として受け取っておく。返答を期待されている様ではなかったのでスルーしよう。
「そうだ蘇芳、おばあさんにストール出して」
「はい」
水洗いだけど一応洗濯はしたので良いだろう。
おばあさんはストールを受け取って目を見開いた。
「これ、自分で洗ったのかい」
「駄目だった?」
洗ったのは私ではなく瑠璃だ。
洗濯機の様に回して洗う訳ではないので、痛む事はないと思う。
「いいや。お前さんも水属性なのかい?」
(しまった)
言い方を間違えた。水の神法を使えると言ったも同然だ。あの湖の事を疑われないだろうか。
不図瑠璃の表情が目に留まる。口の端が僅かに上がっている。目も座っている。
(これは…………何事も起こりません様に)
「お前さんが洗って、じゃぁあんたが乾かしたんだな?風の属性か」
マッチョな鍛冶屋さんが蘇芳に問い掛ける。
この辺りでは水分抜くという神法の使い方はしないのだろうか。風の属性があると言うから、それで事足りると言えばそうなのだろうが。
蘇芳も答える気はないらしい。こちらは愛想もなく、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ふん、まあいいさ。さっさと座りな」
おばあさんに勧められてソファーの真ん中に下ろされた私を挟む様に、瑠璃と蘇芳も座った。
(あ、今回は座るのね。基準が良く分からん)
食堂とかでは座らなかったのに。
テーブルを挟んで対面には宿屋さんと鍛冶屋さんが座っている。部屋の奥の窓際には水屋さんとインテリ眼鏡様。
「石屋はどうした?」
「倒れて休んでるぜ」
「倒れた?」
一斉に視線がこちらに向く。
(いやいや、私のせいじゃないですよ?)
私達が何も答えないので、水屋のおばあさんがため息を付いて話を切り出した。
「あんた、何故湖が出来たと思う?この町の井戸の水位が下がったのは知ってるか?」
(あれ?話ってそっち?黒豹じゃなくて?)
おばあさんは瑠璃に問い掛けるが、瑠璃は私ににこにこしているだけで一向に応えない。おばあさんの方を見ようともしない。おばあさんがキッと私を睨む。
(いやいや、私を睨まれても知らんがな)
視線に気付いた蘇芳が眉間にしわを寄せて何かを言おうとしたので、私は慌てて口を開いた。
「聞きたい事があるなら私が答えてあげる」
「あんたみたいな子供じゃ話にならないよ」
「そうかしら」
「まぁそう虐めてやるな水屋。お前はあの湖については知らないと言っていたな」
「えぇ」
「お前?」
「瑠璃…………ちょっと静かにしててくれる?」
地獄の低音に必殺上目使い。まだ少女だから許してほしい。勿論上目使いが勝利する。
「では番人については?」
やはりこの話もある様だ。そう言えば調査団がどうとか言っていた。
よく見るとインテリ眼鏡様が書記をしている。万一速記だった場合を考えて、発言は良く考えてからにせねばなるまい。さてこれはどう答えたものか。
番人は町の人では歯が立たない魔獣だそうだ。けれど既にそれを四匹以上一撃で倒しただろう事を石屋さんには知られている。何れはこの人達にも伝わってしまうだろう。
薄々は思っていた事だが、この二人の強さは少し、いやかなり異常だ。よって答えるのは良くない気がする。また迫害されるのは避けたい。
その時だ。キィッと小さな音を立てて、小部屋の扉が開いた。
「遅かったな石屋。顔色悪いぞ、大丈夫か?」
…………何かいろいろ終わった気がする。
年始休暇入ります。




