第6節 石屋と魔石とお金の価値
宿屋を出て、町を案内されながら歩く。ストールが長いから、靴履いてないのはあまり人からは見えないのだろう。不審がられている様子はない。寧ろ精霊二人の服が上等過ぎてとても注目を集めている。
町には食事処や他の宿屋、日用品を売る店や八百屋、肉屋、出来合いの物を売っている屋台もあるらしい。魚屋はない。海からは離れているのだろうか。
服装はカントリー調が多い。女性は皆長いスカートで、ニットのワンピースより遥かに巻きスカートの方が周りに馴染んでいる。
通りを一本離れると、貧しい人達がいるという。破れた服を着た人達が薄暗い路地で屯しているところは、私達には危ないと言われた。何処に行っても貧富の差はあるものだ。
金髪お兄さんの石屋も、宿屋と同じく門を入って真っ直ぐ伸びているセンター街に面していた。
その殆どが二階建ての建物で、一階がお店、二階は従業員の為の部屋や食堂又は住居、屋根裏は倉庫や、見習いがいれば住む。この辺りでは一般的な構造だそうだ。
瑠璃と蘇芳は一言も喋らず、三歩下がって着いて来る。空気の読める精霊である。とても助かる。
「ここだよ」
(そうでしょうね)
案内されて門前に立つ。看板はズバリ「石屋」。分かり易いけれど石材店ではない。
(まぁここのお墓が私の知ってるものと同じかは怪しいけど)
ドアを開けてもらうと、八畳ほどの板の間にカウンターと、商談用だろうか、テーブルとソファーが見える。床は使い込まれた感じの絨毯が敷いてある。宝石店の様なショーケースはない。
(何してる店なんだろう。他の店員さんは今不在?)
店の中には誰もいない。
(鍵開いてたけど大丈夫なの?上がり框とかないし、土足でいいの?)
そのまま入るとお兄さんも続いて来た。正解だった様だ。
ソファーを進められて座ると、暫くしてカウンターの奥から女性がお茶を持って来た。お兄さんより少し年上に見えるけれど、奥さんだろうか。人がいて良かった。店の防犯的に。
蘇芳達はやはり立っていたので、奥さんは取り敢えず二人にお茶がいるか確認し、断られたので下げて行った。
お茶は紅茶かコーヒーを想像していたけれど、昆布茶に近い塩っ気のある何かだった。
「口に合わなかった?」
怪訝な顔をしていた様だ。気を付けよう。
「初めて飲む味なの」
「そうか。ごめんね」
失礼だったのは此方なのに、何故謝る。
「じゃぁ早速魔石の浄化から始めようか。さっきの魔石、出してくれる?」
蘇芳にお願いして、魔石を一つだけ出してもらう。
これを見てお兄さんは食事を立て替えてくれた。更に水屋のおばあさんは服を買う様言い付けていた。そして夜宿に求めてくれるという。なら少なくともこれで一つで一回の食事代と一式の服代と、一泊の宿代にはなる訳だ。持っている魔石全部が同じ価値があるかは分からないけれど。
(あるだけ全部出すのは不審がられるかなぁ。でも浄化しないと害があるんだっけ?どうしたものかなぁ)
まぁ蘇芳達は平気な様だから、持っててもらえば支障はないのだが。
お兄さんの手に光が集まり、鈍色だった石が徐々に透き通って行く。
(おおー、イリュージョン)
結構時間はかかったけれど、石は綺麗な水晶になった。
(こういう神法もあるんだ。浄化出来るって事は、お兄さんの精霊は光の属性なのか。石屋の仕事ってこういう事?あと買取をしてくれる。飾ってないけど売ったりもするのかな?)
石材店ではなく宝石商、何て悠長に構えてる場合ではない。問題はここからだ。
テーブルの上に透明の、透き通った石が一つ。さて、いくら?
「じゃぁこれを引き取るって事でいいかな?」
「えぇ」
お兄さんは透き通った水晶を持ってそのままカウンターへ行き、アンティークな箱を持って戻って来た。
水晶を丁寧に箱に仕舞い、変わりに銀色のコインを四枚と、一回り小さいコインを四枚、それから茶色のコインを五枚取り出して私の近くへ積み上げる。
「さっきの食事代と浄化の代金は引いてるからね」
じっとコインを見つめる。
(どうしよう)
やはり貨幣は始めて見る物だった。価値が全く分からない。
食事の値段は瑠璃が知っているだろうけれど、果たしてそれでどうにかなるのか。
(お金の価値を知らないって流石にアウトだよね?何て聞けば不自然じゃない?)
「どうしたの?」
「いえ……」
そしてもう一つ。私が貰うべきか。
お嬢様なら使用人に持たせるのが正解の様な気がする。けれど初めて得た現金だ。預ける程精霊を信用していいものか。
「まさか、貴族……様?」
お兄さんが唐突にそんな単語を呟いた。
(貴族?これは頷くべき質問?)
真っ直ぐお兄さんを見る。首を振るのも微笑むのも正解ではない気がする。
(ポーカーフェイス出来てるでしょうね?)
私が激しく跳ね出した鼓動と戦っていると、お兄さんは急に椅子から立ち上がりテーブルの脇に膝間づいて首を垂れた。
「大変失礼しました」
(えーっと?この世界の貴族ってそんなに偉いの?お兄さんはまぁ平民なんだろうけど。もうちょっと私が落ち着くまで頭下げててね?)
少し深呼吸しよう。静まれ私の心臓。
平常心を装って、お兄さんに席を勧めてみる。お兄さんは瑠璃と蘇芳を見て大分躊躇したものの、もう一度勧めると断りを入れて再び席に着いてくれた。
(物凄い緊張感が伝わって来るけどね。さっきまでのラフな感じ何処行ったの)
顔も明らかに青い。緊張してる私が気付くのだから余程の事だ。別に言外に座らないと殺すとか、私の言う事が聞けないの?的な含むものなどは勿論何もない。
年下の女子と子供。そんなに怯えなくても良くないだろうか。貴族とはそこまで悪代官なのか。
「何故、私を貴族と?」
「……あの、それの価値をご存知ない様でしたので」
今度は私の方が明らかに動揺したけれど、お兄さんが気付く様子はない。
(貴族設定肯定気味だよねこれ、大丈夫?声震えそうなんだけど。喋りたくないよもう……)
どもらない様に、殊更ゆっくり、気を付けて言葉を発する。
「では、説明を」
「はっ、はひ。まずはこちらをっ」
(いやいや、緊張し過ぎでしょ。声裏返ってるけどこの設定で本当に大丈夫か?)
お兄さんは椅子に置いていたアンティーク箱から、震える手で小さめの銀色コイン五枚と茶色いコイン五枚を取り出した。
「これは大銅貨、少し小さい銀貨が小銀貨、です。それから先程お渡しししたそちらが大銀貨。我々平民が使う貨幣です。大銀貨十枚で小銀貨一枚、小銀貨十枚で大銀貨一枚、大銀貨十枚でいつも貴方様がお使いの小金貨一枚で……す。こっこちらは、先程のお食事と浄化の代金のでございますっ!」
詰まったり早口で一気に畳み掛けたり、お兄さんは忙しい。こちら、というのは後から渡された小銀貨五枚と大銅貨五枚の事だろう。
お兄さんが深々と頭を下げてしまったので視線を追う事は出来なかった。
瑠璃に目配せする。
「食事代は大銅貨五枚でした」
という事は、浄化の代金は小銀貨五枚。
大銅貨五枚で一回の食事代なら、分かり易く一枚百円換算としよう。大銅貨が一枚百円、小銀貨が一枚千円、大銀貨が一枚一万円。ここまでは平民が使うお金。
その上に貴族の使うお金小金貨がある。これが一枚十万円。そうなると、貴族とは物凄いお金持ちというポジションだ。まぁ想像通りだが、一体どんな生活をしているのだろう。
まぁ換算したところでここの物の価値が日本と同じかは分からないが、指標にはなるだろうと思う。
取り敢えず目の前には五万円程度の価値の貨幣がある。日本の物価からすると食事も出来るし服も買える、ビジネスホテルにも何泊かは泊まれる。
(魔石全部出したら一体いくらになるんだろ)
大銅貨の下は小銅貨だろうか。そして小金貨の上は大金貨だろうか。
「ならこれは貴方のものね」
コインの下に指先を当て、小銀貨五枚と大銅貨五枚をなるべく優雅に押し戻す。ここで扇子でもあればそれっぽいが、生憎そんな持ち合わせはない。
気配で分かったのだろう、お兄さんが大慌てで床に戻り土下座した。
「貴族様から頂く訳には参りません!どうかお許しを!」
取り敢えず貴族は逆らったりお金を貰ったりしたら駄目な存在らしい。こんな得体の知れない小娘にもこれだ。後から報復でもあると思っているのだろうか。私も重々気を付けよう。
でもここまで怯えられると流石に話し辛い。
「他がどうかは知らないけど、私は見合った対価は支払うわ。咎めるつもりはないから席に戻って」
下さい、と続けそうになり瑠璃に思いっきり凄味のある笑顔を向けられた。危ない。そうだった、私が一番偉いんだった。瑠璃の中では。
今度はお兄さんも中々席に戻ってくれない。困った。
軽くため息を付いたら、蘇芳が動いてしまった。お兄さんの顔の直ぐ横に仁王立ち。お兄さんの身体がビクッと跳ねて、額と床は益々一体化する。
「蘇芳、止めてあげて」
「でもトーコ様、これでは話が進みません」
瑠璃まで。まぁその通りだけれど。何かお兄さんが可哀そうになって来た。
「まだ聞きたい事があるから早く戻っ……」
言い終わらない内に蘇芳がお兄さんを軽々と持ち上げて、無理やり椅子に座らせた。いや、放り投げたと言った方が正しいかもしれない。お兄さんが固まっている。相手が貴族だと思っているからなのか、年下の女性にこんな扱いをされたからなのか、どちらだろう。
こうなっては仕方がない。身の安全の為にあまり言いたくはなかったが。
「私は貴方をどうこうするつもりも、そうする力も持っていません。だから安心して、普通に話して下さい」
「トーコ様!」
「瑠璃、蘇芳も、ちょっと外に出ててくれる?」
瑠璃が絶対怒っている。背後からの視線が凄く痛い。
(でも私もいろいろ聞きたいのよ)
正直私も二人が怖い。でもここで屈したらこれからもずっと二人に怯えなきゃいけない気がする。せっかく好き放題出来……いろいろな事にチャレンジ出来ると思ったのに、これでは現実と変わらない。少しずつで良い。彼女達の許容範囲を探りつつ、対等に会話出来る様になりたい。
お兄さんが私に何かするとは思えないし、いざとなったら神法でどうにでもなる気がする。あの水量なら隙を作るぐらいは出来るだろう怖いのは寧ろその後。賠償とか言われるとちょっとあれだけれど、精一杯正当防衛を主張しよう。
そんな事を考えながらお兄さんをじっと見つめる。暫くして、背中に刺さっていた視線がふっと和らいだ。蘇芳が瑠璃を宥めてくれた様だ。アイコンタクトの威力は凄い。それとも精霊には言葉以外にも意思疎通ツールがあるのだろうか。テレパシーとかあったらお手上げだ。まぁ既にそれに近いものはあるが。
「では扉の向こうでお待ちします。何かありましたら直ぐお呼び下さい」
「分かった」
蘇芳がお兄さんを一瞥し、礼をして退室して行った。瑠璃の気配も背後から消える。
(はー緊張した!!)
扉がきっちり閉まったのを音で確認し、私はお兄さんの心に向き直る。
「ねぇ、石屋さん。これで二人きりです。誰もこの会話を聞いていないし、私は何も知らない力のない子供です。私は皆さんの事も世間の事ももっと知りたいのに、誰も教えてくれないの。だから今ここでこっそり聞いておきたいだけで、ここで話す事を誰にも喋りません。貴方にも他の誰にも喋ってほしくはないんです。貴方が怯える必要は何処にもないでしょう?」
出来るだけ優しくゆっくりした口調でお兄さんを宥めてみた。貴族説は敢えて肯定も否定もしない。
私の言葉遣いや態度が急に変わったのにお兄さんは驚いていたけれど、暫くして首を縦に振ってくれた。
「分かりました」
良かった。これでいろいろ聞けるだろう。もういっその事全部ここでさらけ出して聞いてしまおうか。世間知らずもアピールしたし、ちょっとくらい不振でもいいではないか。
等と逃げる様な思考が頭を擡げたが、慌ててそれを振り払う。
それは駄目だ。まだ今ではない。
「…………ここにある以外の貨幣を貴方は持っていますか?」
私は無難な事から口火を切る。
お兄さんが頷いて、箱から小さめの銅貨の様なコインと、同じ大きさの穴の開いたコインを取り出して小さな声で教えてくれた。
「こちらが小銅貨。十枚で大銅貨一枚と同じ価値です。穴の開いたのは銭貨、十枚で小銅貨一枚で、これが一番小さい単位です」
「他に貨幣の種類はありますか?」
「平民が普段使うものはこれで全部です。小金貨以上は額が大きいので、極一部の大商会が貴族様との取引で使用する事はある様ですが、私には持ち合わせがございません」
小銅貨が十円、銭貨が一円。小金貨は確か十万円だった。これ以上は貴族のお金。手に入れる当てはないけれど、あの魔石全部換金したら百万円くらいはありそうだ。
「では、宿は一泊いくらですか?」
「先ほどお会いになった者の宿なら、確か個室で小銀貨四枚、大部屋で小銀貨一枚だったかと思います」
(大部屋はないな。なら四千円くらい。この換算、結構いい線行ってるんじゃない?)
お兄さんの言う事が全て本当かは分からない。兎に角今は情報収集だ。比べる情報は多い方が良いに決まっている。
「お兄さんの年収は?」
「年収?」
「…………一年で、この石屋はどれくらい利益が出ますか?」
「一年ですか。帳簿を持ってきますので、少しお待ちください」
そこまでしてくれなくても良かったが、帳簿を持って来られるという事は正直な人だと思う。
(いい人を情報源に出来たかも)
お兄さんがカウンターから一冊の帳面を持ってきた。お金も同じ場所にあったけれど、そこに保管するのは危なくないのだろうか。ここは一階で、奥に人がいるとは言っても鍵も開けっぱなしだったのに。
「お待たせ致しました。大体大銀貨百二十枚程かと思います」
どうぞと差し出されたので遠慮なく帳面を見せてもらう。
「浄化の代金が毎回違う様ですが」
「魔石の神力で浄化の代金は決まります。今回魔石は神力五百でしたので小銀貨五枚です」
「五百というのはあまりないんですか?」
「こんなに大きな魔石は始めて見ました。普段持ち込まれるものは二百から三百ほどで、多くても四百を超える事はまずありません」
言葉の通り、浄化の代金は小銀貨二枚から四枚に収まる範囲だった。多分本当にそうなのだろう。
(それにしても神力って、数値化出来るの?ゲームみたい)
そもそも私の神力の器はどの程度なのだろう。瑠璃の言い方ではかなり大きい様子だったけれど。
浄化するならどれくらいの神力が必要なのだろう。
浄化の他には、魔石と神石の売買の記録がある。
スルーしていたけれど、神石の漢字を今知った。
(まぁ神法っていうくらいだからそうなのかも?)
信仰対象として神様がいて、魔石がある。
(なら悪魔とかもいるのかな?魔石は体に悪いって言ってたし)
私は石屋を少し特殊な宝石店と位置づける。
それにしてもこの町の文字が日本語で本当に助かる。
「百二十枚は周りの人と比べて多いと思いますか?」
「この辺りの平民でしたらこんなものかと」
「そうですか」
年収百二十万円が平均。ならあの魔石はそこそこな額な訳だ。
「これには石の属性の記録しかないですけど、あの時お兄さんはベリーシエって言いましたよね?そういうのは記録しないんですか?」
「普通は分かりませんので」
「では何故貴方はベリーシエと?」
「その……」
お兄さんが言い淀む。言いにくい事だろうか。
(あ、企業秘密的な?)
「神力五百の魔石を作る為には、元の魔獣の神力が少なくとも五千必要です」
(喋るんかい)
「貴方様を襲ったベリーシエなどの番人は、神力の器が五千と決まっています。魔獣でそれ程の器を持つものはこの辺りにはいませんのでベリーシエの魔石で間違いないかと」
「……そうなんですか」
よく分からなかったが、何となく面倒くさいなと思って聞き流した。
「あ、あの、大丈夫です。もう少ししたら学院で教えてくれる事ですから!それに番人を一撃で光に還すだけの従者をお持ちとは、流石貴族様です。町の者では到底太刀打ち出来ません」
何か勘違いされたのは分かった。それにしても、私は未就学児童に見られているのだろうか。流石にそんな事はないと思いたいが、まぁ就学開始次期が日本と同じとは限らない。
何にせよこの辺りの知識は常識の様だ。子供の姿で本当に良かった。
それはさて置き黒豹だ。お兄さん達的にはベリーシエ。ベリーシエはシーザンドカントの番人で、魔獣で、神力は五千。
確か神石は神力を上乗せ出来るもの。神力五百の神石がどれくらいの威力か分からないが、珍しいものが市場に出回り過ぎるのは危険かもしれない。何事も急激なのは反発を招く。
でももう少し現金を得ておきたい気もする。悩むところだ。
「他にも魔石の持ち合わせがあります。あとどれくらいなら魔石を買い取って頂けますか?」
「今でしたら、同じものならあと三つが限度です」
「今なら?今でなければどれくらい引き取れますか?」
「私の店では一日神力二千の浄化が限度です。それ以上は神力が足りません。貨幣もあまり多くはありませんし、魔石を置いておく術もありません」
そう言えば魔石は人には害があるのだった。お金や神力の問題なら仕方がない。
けれどあと三つとは少ない。五単位で大雑把に考えていたが、どうやら希望は叶わない様子である。
「では三つお願いします」
取り敢えず即答しておく。
「蘇芳!」
待ってましたとばかり勢いよく扉が開き、蘇芳と瑠璃が入って来た。本当に扉の直ぐ向こうで待っていた様だ。お兄さんの緊張が半端ない。
「魔石、三つ出して」
「はい」
蘇芳が魔石をテーブルの上に置く。
「どうぞ」
私の勧めでお兄さんは緊張気味に魔石を受け取り、一個ずつ鑑定していく。そしてその度に顔色が悪くなる。
やはり魔石とは害があるのだなぁとぼんやり思う。にしても顔が青過ぎる。
「あの、大丈……」
「しっ、失礼しました。こちらが代金で……」
声がか細過ぎて最後のすが聞こえなかった。まるでお葬式の挨拶の様だ。
お兄さんは今度は魔石を浄化せず、大銀貨十三枚と小銀貨五枚を差し出した。きっちり十三万五千円。これで合わせて大銀貨十七枚、小銀貨九枚、大銅貨五枚の十七万九千五百円が私の手に入った訳だ。
(そう言えば私お財布持ってないわ。仕方ない…………預けるか。直ぐ返してもらえばいいよね。返してくれるよね?)
「蘇芳。仕舞っておいて」
「はい」
(あ、やっぱり袖に入れるのね。魔石と混ざっちゃうとか気にしないんだ。まぁ出してもらえばいいけど)
勿論見せて頂いた小銅貨と銭貨、あと浄化と食事の代金はちゃんと返しました。
「あの、そんなに魔石を持たれて……お体に支障はない、のです、か?良ければ他の石屋を紹介し……」
震えながらそんな心配をしてくれるお兄さんは、やはり善人ではないだろうか。しかしまぁ精霊はそんな事は意に介さない。お兄さんのか細い声に、蘇芳が途端に眉間にしわを寄せた。一気に冷や汗が伝う。
(止めてお兄さん、せっかくいい感じに終わったのに蘇芳を怒らせないで)
「余計な事は口にしない方が賢明よ」
瑠璃がお兄さんを蔑む様に見ている。
(瑠璃も怖っ!何それ完全に脅してるよね!?お兄さん今にも倒れそうなんだけど!)
「ではそろそろ参りましょうトーコ様。まだこの後予定がある様ですし」
満面の笑みの瑠璃に手を取られて立ち上がる。お兄さんはふらふらと魔石やらアンティークボックスをカウンターに仕舞い込み、先に立って扉を開けてくれた。もう気力だけで立っている感じが気の毒過ぎる。
私は笑顔を返して店を出る。
(お兄さん、何かほんとごめんね)
店の外に出たところで、背後からドサッと音がした。振り返ると、お兄さんの緊張の糸が切れた様だ。とうとう倒れてしまっていた。
「……どうしよう?」
「放っておけばよろしいのでは?」
「役場は兎も角、服屋は行きたいんじゃないのか?人種は皆靴も履いている様だし」
「どうした?」
上から急に声がした。振り返ると赤髪マッチョのおじさんが立っていた。確か鍛冶屋だ。蘇芳に声を掛けた様だけれど、相変わらず精霊二人は私以外の言う事を無視しているので、結局視線が此方にやって来る。
「この人が倒れたわ」
「お前ら、そんなに魔石を持ってたのか?昏倒するほど幾つも魔石を渡したんじゃないだろうな」
「そんなに持ってないわ」
「それならいいが」
「浄化って、そんなに大変なの?」
「?浄化には同等の神力が必要だろ?知らないのか?」
(あら、そうなの?良い事を聞いたわ。浄化には同等の神力が必要と。なら石屋のお兄さんは五百を四つで二千くらいの神力?)
瑠璃も蘇芳も鍛冶屋のおじさんを鬼の形相で睨んでいるけれど今は敢えてスルー。何方に味方しても上手く収められる気がしない。
石屋のお兄さんが浄化した魔石は最初の一つのみ。残りをそのまま置いて来たとなると、他にも浄化出来る人がいるのかも知れない。
(あの奥さんとか?なら二千より少ないのか、それとも浄化に使えるのは二千という意味で全体はもっと多いのかも)
それならやはり倒れた原因は私ではない。
神力について考察していると、鍛冶屋のおじさんが何の抵抗もなくお兄さんをひょいっと抱きあげた。
(ちょっと、お姫様抱っこ!!)
そのままおじさんは店の中に入り、お兄さんをソファーに寝かせる。
(いやいや、男子だよ!?)
そして何事もなかったかの様に私達を連れて外に出て、鍵を閉めた。
(今ナチュラルにポケットから鍵出したよね?合鍵?奥さんいなかったっけ!?)
マッチョとイケメン、どういう関係だ。
「おじさん、何でここに?」
「遅いから迎えに来てやったんだろ?さっさと行くぞ、時間がない」
殆ど上の空で聞くとちょっと怒られた。
私達はマッチョな鍛冶屋さんに連れられて服屋へ向かった。
おじさんはお兄さん程話しかけてこなかったので、道中私は主にお兄さんが×のどっち側に来るか考えていた。