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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第2章 魔女の棲み処
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第11節 使用人達の恋愛事情その1

結局11月も更新できませんでした。すみません。またお付き合いくださるとうれしいです。

11月は火属性魔法を習得し、毒虫系モンスターを一網打尽に……とまではいきませんが、概ね退治しました。結構レベルが上がったと自画自賛中です。

~Side ミィ~


「ちょっとミィ、ダメだって」

「どうして?良いじゃない最近二人の時間とれないし」

「だからって仕事中……」

「ちょっとだけでしょ、挨拶みたいなものよ」

「お前等…………」


 久々に二人きりになれたと思ったミィがノハヤに迫っていると、キッチンの入り口から此方を覗いているホノライの声が聞こえた。行儀悪く舌打ちしそうになるのをぐっとこらえ、ミィはノハヤの首に回していた手を引いた。


「ホノさん!」


 助けが来たとばかりに駆けだすノハヤは本当に奥手だと思う。ノハヤは元兵士だ。それなりに体格は良く、勿論力でミィを押し返す事など容易い。それをしないのは優しさだけではない筈なのに。


(今どき流行らないわよそんなの。それにしてもいつもいつもホノライに邪魔される気がする)


 ノハヤがホノライに助けを求めたのも、ミィには気に入らないところだった。あの二人は距離が近すぎるのだ。好きな人に自分を優先してもらいたいと思うのは、十五、六のミィの年の頃を考えると自然な事である。

 決してミィはホノライが嫌いではない。良き同僚であり、立場上一応部下であり、そして師でもある。唯ノハヤの事に関して、根本的なところで勝てないのがもどかしいだけなのだ。

 そうこうしている内に、フィユカが来てしまった。


(今日も駄目だった……)

「じゃぁ俺達は行くね、また後で」

「はいはい」


 少し恨めしそうに二人を見送った後、蘇芳に連れられてやって来たフィユカと挨拶を交わす。


「今日もお願いします、フィユカ」

「此方こそよろしくお願いいたします、ミィ様」


 言葉で気持ちを切り替えて、ミィは家事に専念する。与えられた時間は短い。それでいて覚えたい事は山の様に有った。

 料理や裁縫を教わりながらミィは母親を想像する。もし自分が普通の家庭で育っていたら、母とはこういうものだったのだろうかと。


「どうかしましたか?」

「いえ、何でも……」


 フィユカは非常に優秀な先生だった。教え方は的確だし、何より無駄がない。トーコの精霊達とも他の捕虜とも問題を起こす様子はなく、穏やかな時間を過ごせる。最も精霊に見守られながらのその作業は雑談など殆どなかったのだが。


(トーコ様に見込まれるだけの事はあるのね)


 トーコにそんなつもりはなかったが、ミィの中で勝手に株が上がった。


「じゃぁ次は裁縫ですね。紅様」

「はいは~い」


 丁度良い時間に何時もふらっと現れる紅が、今日も新しいミシンを作業台の上に置いた。それを見たミィの笑顔が固まる。何を隠そう、ミィはこのミシンという機械がとても苦手なのだ。手縫いを見たフィユカが提案したのだが、ミィが使うと何故か針は折れるし布や糸が絡まって大変な事になるし、ミシンを制作する紅の顔を四日目辺りから見れなくなってしまっている。


「今日のは傑作よ~?ここを強化して動力を足漕ぎペダルから神石に変えて見たの~。後で使い勝手を聞きたいわぁ」

「……畏まりました紅様。ですが、神石を利用させて頂いても構わないのですか?」

「多分平気でしょ?蘇芳が石を出したんだもの。それにフィユカが補充出来るでしょぉ?」


 紅が首をかしげる。何故許可が必要なのか本当に疑問に思っている様だ。


(神石もここにある全ての物もトーコ様のものなのに良いのかな……)


 ミィはそう思うのだが、紅がトーコに怒られている姿は最近はあまり見みないのでその辺のさじ加減は心得てきているのかもしれない。それに蘇芳が神石を提供したという事は、トーコも了承済みなのだろうと思う事にする。


(今日こそは無事に使い切って見せる!)


 ミィは緊張した面持ちで布をミシンに当てた。




「ミィ、もう直ぐ勉強の時間でしょ?間に合わなくなるよ?」

「だって今朝も許してくれなかったじゃない」


 午後、相変わらずミィがキッチンでノハヤに絡んでいると、入り口から覗く気配があった。


「あの、ミィ様、勉強の時間……だけど……」


 遠慮がちに声を掛けたのはココである。最近捕虜としてこの屋敷にやって来た少年だが、トーコ様の覚えもめでたく、ミィは彼の先生を任されていた。

 流石に少年の前でノハヤに迫るのは憚られ、ミィはノハヤから手を離す。勿論ミィが危惧しているのは青少年への風紀の乱れなどではなく、ココがトーコ様に仕事をさぼっていた事をうっかり話してしまわないか心配になったからだ。当然仕事はきっちりこなしているのだが、今が仕事中には変わりない。

 ちなみに娼館育ちのミィは貞操観念が人より薄い傾向にある。


「そうね、行きましょうかココ」

「うん……いいの……ですか?」

「良いのよ、気にしないで」


 諦めと共にミィの手がノハヤの肩から離れる。今日もまたミィとノハヤの仲は進展しなかった。ここの環境はとても素晴らしいのだが、これだけは不満である。


「あらミィ、今日もミシンダメにしたんですって?」


 二人がミィの部屋へ連れ立っていく途中、執務室から出て来たトーコに鉢合わせた。笑いながらそう声を掛けられたミィは、途端に叱られた子犬の様に項垂れた。どうやら紅から報告が上がっているらしい。


「はい。申し訳ありません」

「耳と尻尾が見えるわ~……じゃなくて、別に謝らなくても良いのよ。紅も楽しんでるみたいだし、ミシンが改良されるのは良い事だわ」


 トーコに頭を撫でられて、気持ち良さそうにミィは笑う。それを見てココが、トーコは誰にでも優しいのだと勘違いする。


「これから二人でお勉強?」

「はい」

「順調かしら」

「はい。ルリ様がフォローして下さいますし、ココは熱心です。特に問題はありません」

「良かった。ココ、頑張ってね?」

「はい!トーコ様!」


 二人から満面の笑みを受け、満足したトーコが山吹を連れて去って行く。


「本当にトーコ様は素敵だわ」


 ミィの陶酔した様な声と表情に、ココも純粋な瞳で頷く。

 ミィ自身も前から勉強には前向きだったが、ここに来て殊更に熱心に授業を受けている。何せトーコから直々にココを頼まれたからだ。ココを立派に育て、トーコに相応しい臣下を増やさなければならない。ミィは意気込んでいた。トーコに相応しい、そしてトーコが気に入る様にココを育て上げる。


(まぁ萌黄様怖いし程々にはしないといけないけど……)

「ココ、今日も頑張りましょうね」

「はい、ミィ様」

「後、ココは好きな人っている?」

「……トーコ様の事は大好きです!」


 唐突な質問に一瞬首を傾げたものの、ココはそう言い切った。


「それは当然なんだけど…………他には?」

「他、ですか?キトセも好きだし、ミィ様も好きです」

「私はノハヤが好き」


 見ていれば分かる、とココは思った。何故そんな事を自分に言うのだろうと。


「トーコ様が好きなら一生懸命勉強しましょ。私も頑張って教えるし、ココが良く出来たらルリ様達に早く捕虜から使用人になれるよう頼んであげるわ。そしたら上に住めるし部屋だってもらえるわ。行動の制限も殆どなくなるし」

「本当ですか!?」

「ええ」


 そして何よりトーコの傍にいられる時間が長くなる。


「だから……」


 押してダメならもう囲うしかない。


「ココは私がノハヤをものに出来る様……いや、ノハヤをその気にさせる方が先かしら。ノハヤだって男なんだし…………」

「?」

「……兎に角、私とノハヤが早く一つになれる様協力してね?」


 ココは目を輝かせて力ず良く頷いた。今後の事を期待しているのだ。ミィが進言したところで瑠璃達精霊の意見が変わりはしないだろうし、ミィの意見が考慮されるのも限りなく低い確率だとミィは思っていたが、自分の欲望の為に使えるものは使おう。それでトーコの自分への株も上がれば言う事なしだ。

 ミィはトーコが思っているほど純粋でも素朴でもない。娼館で奴隷として花を捧げずにこの年まで生き抜いて来た美少女である。それなりには強かで、処世術を身に付けていた。

 こうしてノハヤの外堀は着実に埋められていった。






~Side ノハヤ~


「ねぇ、聞いてる?ホノさん」

「聞いてるよ……」


 そう言って適当にあしらうホノライに、ノハヤは口を尖らせた。


「ミィはもう少し、こう……何て言うの?慎ましくても良いと思う」

「そうか?あの年頃だとあんなもんじゃないか?」

「流石にそんな事ないよ!仕事中に人前であんな……どれだけ俺が恥ずかしかったと思ってるの」


 仕事中に、が建前で、恥ずかしかった、が本音。


「さぁ」

「もぅ、ちゃんと聞いてよホノさん。今日はホノさんだけじゃなくココにも見られたんだよ?ココには速すぎるよ」


 確かに過剰なスキンシップは、ココには少し早いかもしれない。が、ミィの行為が過剰かと言われると大した事はしていない。


(それ以前にココは奴隷だぞ?気にする必要があるのか?まぁ直ぐ使用人に格上げされそうな気はするが)


 ホノライは根が貴族なので、現時点で奴隷のココがいようがいまいが差し障りがあるとは思いも寄らなかった。それにココはもう十三だと聞いている。平民の事情をホノライはあまり知らなかったが、貴族なら婚約はとうに済ませている年だ。社交界にだって出て、そこそこの駆け引きをしている。

 ノハヤに圧倒的に足りていないのは、経験と知識だとホノライは思う。路上生活の孤児だったノハヤは、拾われたアドバンセチア家で貴族である家人や一部の使用人達から執拗ないじめをずっと受けていた。ホノライと家出して必死の思いで兵士になり、師団の底辺で労働というハードモードな生き方をして来た彼に、恋愛経験は多くない。此方から迫れ、等と説くのは酷と言うものだ。


「ミィの事迷惑な訳ではないんだろう?」

「それは、そうかもしれないけど……ホノさんからもミィに言ってよ」

「何で俺が。ミィは生徒ではあるが使用人としては私より上だぞ……そうだ、フィユカに聞いてみたらどうだ?女同士だし、俺よりも分かる事もあるだろう。いいアドバイスを貰えるかもしれないぞ?」


 朝から激しい運動をして少々疲れがたまっていたホノライは、毎晩のやり取りに面倒になり適当な人物に投げる事にした。

 大分不満だったがノハヤだが、就寝時間が近づいて蘇芳が部屋に戻って来たので渋々頷いた。


 実際、ノハヤとフィユカは二人で話をする時間があった。忙しいホノライに代わって、フィユカからギルドの事などを聞き出す役目を瑠璃から仰せつかったからだ。

 短いとはいえ、トーコの配慮で精霊達が席を外して本当に二人になる時間もある。ノハヤにはそれでも屋敷中の会話が神にも等しいトーコやその眷属たる精霊達が把握出来ないとは思わなかったが、捕虜に慈悲をかける気遣いに感動し、勝手にトーコへの崇拝を強めている。また、フィユカが本心で発言する時間ではあったのも事実だ。


「アルゼンナーエの商業ギルド長は最近交代されたばかりで、ミィ様と同じ年頃の女の子ですよ。お名前はノンナーニ様と言って、冒険者ギルド長のカルツェルナ様の双子のお姉様です」

「ミィと同じ年頃か……成人したばかりでは?」


 話してみるとフィユカは母の様な包容力があり―ノハヤも母親がいないのでミィと同じく想像だが―、ノハヤはホノライと話をする様な安心感を覚えた。それでなくても、精霊に見られていないとつい敬語になるのは仕方がない。目上には良く接する様にアドバンセチア家で躾けられているのだ。習慣とは簡単に抜けるものではない。


「えぇ。ですけどノンナーニ様は特に奴隷市の治安維持に力を入れておられてとてもご立派で……」

「何か?」

「いえ……トーコ様は本当の牢屋を見た事がないのでしょうね。あんなお城の様な牢屋は始めて見ました」


 くすくすと柔らかく笑うフィユカに、ノハヤも大分気を許している。かと言って恋愛相談が直ぐに出来る程度胸がある訳ではなかったが。


「トーコ様は主人が怯えるほど無茶な事は仰いませんし、普通のお貴族様とも違います」

「そうですね、そこがトーコ様の良さだと私は思います」

「そうなのかもしれませんね。だからノハヤ様もミィ様もトーコ様の下で誇りを持って働かれている」

「ええ」

「案外普通の子の様……」

「!!それは違います!」


 そこまで同調しておいていきなりなノハヤの大声に、フィユカは思わず手を止めた。


「ごめんなさい、貴方のご主人様を馬鹿にした訳ではなくて」

「あのお方が普通など有り得ません!!トーコ様は神……」

「そこまでよノハヤ」

「ルリ様!!」


 いつの間にか二人の周りに精霊が勢ぞろいしていた。その視線の冷たさにフィユカは硬直する。真っ青になったノハヤは神の精霊達に言い訳も出来ず、口を噤んだ。


(神を……トーコ様を「人」と比べるなんて何て愚かな!!でもそんな感情を抱かせた上に剰え正せなかった自分の罪はどれ程重い?)

「ノハヤ、部屋へ戻りなさい。これ以上の作業は認めないわ」

「…………はい、ルリ様」


 こうしてノハヤは恋愛相談をする絶好の機会を失ったが、そんな事は既に頭から消え失せていた。

 フィユカは生気なく部屋へ戻るノハヤを視線で追う事も出来なかった。それほどまでに強い視線が四方から突き刺さっていた。しかしその脳裏では何が精霊達を怒らせたのか、しっかり考えていた。

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