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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第2章 魔女の棲み処
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第9節 演出された神と少年の約束

短めです。

 萌黄との契約を書き換えた後、私は落ち着く暇もなく山吹を連れて応接室へ移動した。擦れ違い様に見る精霊達の顔色は相変わらずいつも通りで感情は読めなかった。ホノライだけが真っ青な顔をして、この事実を重く受け止めている様だった。


 応接室では、丁度ミィがココの額に乗せたタオルを変えているところだった。ベッドで眠るココの手を、キトセが相変わらず心配そうに握っている。包帯を巻かれたその姿が痛々しい。


「ノハヤ、二人の状況はどう?」

「ココは呼吸も安定して落ち着いていますが、キトセは多分骨が折れていると思います。私のベッドに寝かせようとしたのですが、ココから離れたくないと」

「そう」


 キトセは一般人だ。訓練を受けた兵士でもなければ受け身などそう取れるものではない。ましてや萌黄の風の神法であの距離を飛ばされたのだ。骨も折れるだろうと容易に想像出来た。

 私は柔らかい風を練り上げた。今は紅と繋がっているが、先程の強い繋がりのせいだろう。これくらいの距離だと神力を介して風の神法を行使出来た。

 そっとその風でキトセとココを包む。キトセが意識を失ってそのままココの眠るベッドに倒れ込むと、反対にココがゆっくりと瞼を開いた。


「凄い。お香も使っていないのに」


 心臓が跳ねた。ミィが目をキラキラさせて私を見ている。


(気付かれないと思ったのに)


 私が成長しているのと同様に、使用人達も着実に進化している。普段なら喜ばしい事なのだが。

 風の神法は体温調節や自立神経に干渉するのにとても便利な神法だ。薬など使わなくても、身体の仕組みをある程度知っていれば神法だけで何とかなる。

 良く見ればノハヤも羨望の眼差しを向けて来る。この二人は、人の精神に干渉出来ると言う事がどれ程恐ろしい事か分かっているのだろうか。


「貴方達に影響があるといけないから、少し部屋を出ていてくれる?」

「「……はい」」


 物凄く残念そうな顔をされたが、申し訳ないけれどここから先はあまり二人に見せたくない。これだって気付かないようにするつもりだったのに。


「では水を変えて来ますね。後でお茶をお持ちします。行きましょうノハヤ」

「はい」

(この二人、これで付き合ってるのよね?公私混同しないのは凄いけど)


 使用人としてはミィが先輩であり、役職的にも上役である。年齢的にはノハヤが十ほど上なので、恐らく私生活ではノハヤがリードしている筈だ。


(そう言えば最初はホノライとノハヤが付き合うと思ってたなぁ。ただのソウルメイトなんてもったいない。その辺ミィとしてはどうなのかしら……)


 聞き分けの良い二人が退出するのを見届けて、私は気持ちを切り替える。ベッドの上では、漸くココの意識がはっきりして来た様だ。

 私はココに、殊更優しく囁いた。


「気分はどう?」

「トーコ、様……?」

「起きられる?ゆっくりでいいわ」


 ココを支えクッションにもたれ掛けさせて、私は傍に跪く。


「トーコ様、ドレスが汚れる」

「汚れたら洗えば良いのよ」


 どうせ神法なら一瞬だ。まぁ洗うのは私ではなくミィなのだが。


「それより萌黄がごめんなさいね。貴方にもキトセにもひどい事をして」

「…………いいえ」


 その光景を思い出したのかココはキュッと手を握り、傍で眠るキトセを心配そうに見つめる。


「キトセは大丈夫。今は骨が折れているけど」

「骨!?キトセ光に還るのか!!?」

「いや……」

「俺のせいだ!!俺がモエギ様を怒らせたから!!だからキトセが!!」


 その瞳が一気に涙で溢れぼろぼろと零れ落ちたと思ったら、ココが相当に取り乱す。


「キトセ!!キトセ!嫌だ!!」


 キトセに覆いかぶさる様にして泣いて、揺すってキトセを起こそうとする。骨折で何か嫌な経験でもしたのだろうか。とても骨が折れただけじゃ死なない、と思う、多分。等とは言い出しにくい雰囲気である。


「ココ落ち着いて。そんなにしたらキトセが痛いと思うわ」


 今キトセを起こされては困るなんて私が考えているとは知らず、ココは反射的にキトセから手を離した。


「どうしようキトセが大樹に還ったら、俺……」


 困ってくれると助かる。私の目的の為には。


「直してあげられるわ」

「えっ!?」


 大きく息を吸い込み過ぎたのか、ココがゴホゴホと咳込んだ。ゆっくりと優しく背中を撫でてやる。


「落ち着いて。大丈夫よ、私ならキトセを直してあげられる。唯……貴方の精霊に少し協力してもらいたいのだけれど、良いかしら」

「俺が役に立つんだったら何でもする!だからキトセを直してくれ!!」

「ココは本当にお兄さん想いね」

「キトセは何時も俺を助けてくれて、でも俺はキトセに何も出来ないのに……だから……」

「分かったわ」

(何て美しい兄弟愛!!!萌えるっっっ!!)


 床を転がり回りたい衝動を抑えつつ、私は優しくココの精霊を呼び出した。

 本当に人とは繊細な生き物だ。ましてやココは成人前の子供。器の神力が成長し切っておらず、真に弱く小さい。萌黄の様な精霊とは違い、この糸よりも細い神力を少しアレしただけでどうとでもなってしまう。


(いけない。独白の語彙力が萌えで。でも「俺」はいただけないわね……)


 萌えに引っかかる要素は出来るだけ取り除きたい。私は活発なやんちゃ少年より、大人しくてピアノでも弾いていそうな少年の方が好みである。両方居ればいいのだが、一人しかいない場合は後者を取りたい。


(敬語も早くマスターさせなければ。残念な事に萌黄は純粋少年枠からははみ出てるし、もうあれは別カテゴリーなのよね)


 この程度には集中しなくても、もう精霊を苦しませずに呼び出す事は出来た。日々の鍛錬のたまものだ。

 真綿でくるむ様に出来るだけ優しく、安心感を与える為に少し暖かく、そして風と光の神法を応用して視覚情報を少し和らげ、ココから山吹の認識を阻害する。この空間には私とココの二人だけでいい。


「…………神……様……?」


 私はその質問には答えず唯優しく微笑んで、そっとココの精霊を両手で包む。小さな人型をした精霊は、淡くオレンジに光っている。土属性の色に成り切れていない、本当に薄い色で。


「これが貴方の聖霊よ。可愛いいわね」


 小さくて可愛くて儚くて、私の神力に唯怯えて動けなくて、従順な精霊。


「この精霊を見て。貴方の本質はとても優しい色をしているわ。表情はきりっとしているし、賢そうね」

「……そう、なのか?」

「そう。だからココもそれに恥じない生き方をしなくてはね。「俺」ではなく「僕」、言ってみて」

「……僕」


 ココは唯私の言葉を繰り返した。この演出された空間に魅了され、簡単に誘導される。

 元々ココは下級市民の井出達だったし、骨折で光に還る事を想像したという事はそうそう治療費が払える様な環境では育っていない。これは御し易そうだ。


(早く私の味方に成ってね)


 ココが私に寄り添ってくれればキトセも取り込み易いだろう。少しでも仲間が多ければ私の求める安寧に近づくし、萌えも増えて良い事だらけだ。本当は自分から来てほしいのだが、私にその魅力が掛けている事は承知している。悲しい事に。


「ココ、貴方が真摯に役割を全うし私を信じてついて来てくれるなら、私は貴方もキトセも守ると約束しましょう」


 あまり神法で操り過ぎるとそれはそれでイエスマンばかり育って、返って本格的に人間不信に陥りそうなので無闇に使う事はしないが、直接精神に干渉するのではなく、誘導する為に状況を整えるくらいなら構わないのではないかと最近思い始めている。


(前はもっと警戒していたのに、現金なものだわ)


 人の心は良くも悪くも移ろい易い。私も例に漏れず「人」なのだ。


「でも、今日みたいに辛かったら言っても良いのよ。無理をしてほしい訳じゃないの。私に言いにくいようなら蘇芳でも瑠璃でも山吹でも構わないわ。私からそう伝えておくから。ご飯もちゃんと食べて、早く元気になりましょう」

「トーコ様…………本当にキトセを直してくれるのか?」

「ええ。だから貴方も頑張ってお勉強してね。先生は瑠璃……まだミィの方が良いかしら?」


 瑠璃なら早く完璧に育ててくれそうだが、瑠璃の指示を仰ぐミィに優しく指導させて純粋な少年枠に固定する方が良いかもしれない。瑠璃に任せると萌黄二号が出来上がりそうな気がする。


(トーコ様、そろそろ急ぎませんと精霊が疲弊しますが)

(!分かった。山吹、補助を)

(心得ております)


 山吹の神力が私に寄り添う。私はまだ光の上位属性である聖属性の仕様経験が少ない。感覚的に神の刻印には効果がない事は分かっていたし――今日の様に余程強い想いとそれなりの対価を払えば何とかなるのかもしれないが――使用人達の手前捕虜で試す訳にも行かなかったので、まだ人には使った事がないのだ。

 それに聖属性は私にとって、最もイメージが作り難い神法だった。何せ神法とは、表面上は不可能等ない神秘の力に見えても、その実何でも出来る万能な御業ではなく摂理に基づいた割と等価交換な現象なのだ。神法で水を出せば周囲が乾燥する様に、状態が変わるだけで世界の総量が変わる訳ではない。

 そんなものだから、人を直すという行為の裏で何が等価交換されるのか分からず、使うのを躊躇っていたというのもある。


(でも恐れているだけでは駄目よね。折角使えるんだから有効活用しないと損だわ)


 私は運と加護の精霊である山吹にキトセの幸運値を少し上げさせ、聖の神法で彼の自然治癒力を増幅する事で怪我を早く元の状態に戻すよう働きかける。それくらいなら周りに被害がないと思うのだ。キトセの自然治癒力は少し怠けるかもしれないが。

 他の聖属性の医療従事者がどういうイメージで神法を展開しているのか、話す機会があれば是非聞いてみたいと思う。


「ココ、これは私達だけの秘密よ」

「トーコ様と……「僕」だけの……秘密?」

「そう。でないと加護が解けて、キトセが光に還ってしまうかもしれないわ」

「!!」


 キトセに光が集まって来る。暖かい光は、私がロドの医療ギルドで傷を治してもらった時と何ら変わらない気がする。


(もう少し光の演出を足そうかしら)


 少し強くして、ココの視界を白くフェードアウトさせていく。


「だから絶対、私達だけの秘密よ」

「約束する、トーコ様。僕は絶対トーコ様に着いて行くし、約束の事も誰にも言わない。だから……」


 念押しの言葉を優しくココに囁くと、ココは涙のいっぱい溜まった瞳で頷き私に懇願する。多分今ココの頭の中に家族の事や元居た場所での交友関係なんか少しもないのだ。

 未成年が場の雰囲気に流されているのを承知で、一方的に有利な契約を持ちかける。良い大人のする事ではない事は分かっている。


「安心して良いわココ。もう少し眠りなさい。起きたらキトセも良くなっているわ」

「はい…………」

 

 神力で少し触れただけで、暗示にでもかかった様にココの意識は薄れた。本当の同意があればこんなにも容易いのか。それともココの器が私の神力に対して小さすぎるせいか。


「集中してくださいトーコ様」

「分かってるわ。やっぱり練習しないと初めてで片手間に出来る事ではないわね」


 しかしもう契約は成った。ココとキトセの器に、私の神力の糸が絡みついている。


(キトセの事はココに任せましょう。多分ココが此方側に連れて来てくれるわ)


 なるべくなら自然の形がいいことは分かってはいるのだ。

 ココもキトセも今や眠りの中。後はなりふり構わずキトセを直す事だけ思い描けば良い。神法とは想いの強さが全て。


「さっさとキトセを直してしまいましょう」

「仰せのままに」


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