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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第2章 魔女の棲み処
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第7節 地下牢の部屋割と場内視察

「ついでに彼等も部屋を分けようかしら。ゆくゆくはガダールと応接室を使わせるとしてもまだ先の話だしね。折角地下も個室があるんだし、早く此方に与してくれるよう少し環境を変えてあげても良いと思うのよね」

「役割を与えられるのですから、一般の兵士達より恐らく早く使用人枠へ格上げされるでしょうし、良い判断ですトーコ様」


 山吹に褒められた。主人として、ここでほっとしたりにやけたりしてはいけない。


「まぁでも心がけ次第だよねぇ?」

「そうだな。しかし、待遇に差が出るのはモチベーションを上げると同時に不満も生まれるのだ。些事でいじめや殺傷事件が起きてはもったいない」


 何気に萌黄と蘇芳は仲が良い気がする。それに蘇芳がこんな事を言うなんて、かなり感慨深いものがある。これで表情が伴えばぐっと人に近づくのだが。

 

「キトセ!個室だって!」

「個室とはいえ地下牢だが」


 ココの小さな驚きを当然の様に聴き取った山吹は、分かっているのか?とでも言いたげに呆れた様子を見せる。此方はとても人種らしい感情の表し方である。


(山吹は学習能力高いなぁ)

「でも家よりよっぽど綺麗だったよな?」

(萌え!)

「黙ってろココ」


 何となく危険を感じ取ったのか、キトセがココを黙らせ、自分の後ろに庇う。

 兄×弟。言わずもがな、大好物である。私は割と雑食なので、マッチョ×少年も弟×兄も勿論良い。

 因みに地下牢の個室は三つあり、全て廊下側が格子で中は丸見えの二メートル×三メートル程度の広さの部屋である。


「取り敢えず棟梁のナハトと家具職人のファムリア、トリトー、シチカで一つ、建築士のルクス、インテリアコーディネーターのユグ、内装工のヒジキ、キトセ、ココで一つ、一番奥の部屋にフィユカでいかがでしょう」

「それでいいわ」


 キトセとココが同室なら何でも。 


(まぁ穴が開いただけのトイレって、少人数の方がかえって恥ずかしいかもしれないけど)


 個室を喜んでいるところを見ると、男性だとそこまで気にならないのだろうか。個室のトイレが大部屋と大差ない事を伝えていない気もするが。


「ヲールはいかが致しますか、トーコ様」


 山吹の言葉で何となく視線を向けただけで硬直するヲール。私が何をしたと言うのか。いい加減うっとうしい。


「脅して無理矢理精霊契約しただけだよねぇ?後は拉致して強制労働?」

「労働はまださせておりませんわ」

「これからさせる予定だが」

「…………大部屋で良いわ。紅、ガダールのところに連れて行って、畑組へ混ぜる様伝えて」

「はぁ~い」

「!!あ、あのっ!」

「発言を許した覚えはないわ、フィユカ」


 瑠璃の冷たい声に言葉を止めたフィユカが何を言いかけたのかは大体予想が着くが、瑠璃が止めたので私も直答は控える。どうやら精霊達は、捕虜には私と直接会話させない方向で話が付いているらしい。若干貴族風で面倒だが、それ程反対する理由もないので取り敢えず従っておく事にする。


(それに何もここで私がフィユカを安心させる必要はないのよね)


 脅威にならないなら正直フィユカにはそれ程興味が湧かない。今はココ……と、大工達の方が余程気になっているのだ。


「では皆持ち場へ」

「「「はい!」」」


 山吹の号令に元気よく返事を返したのは、勿論使用人達だけだった。




「今日は賑やかね」

「新しいのが増えたもん。ヨモギが面白がってるんだよ」


 ヨモギの庭では、冒険者達が悲鳴を上げていた。


「ひぃぃぃぃぃ!!」

「こんなん無理だって!!」

「光に還るって!!マジで!!俺ら大した冒険者じゃないんだって!! 」

「ガルゥゥゥ!!」

「「「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」」」

「貴様ら!そんな事で森に出られると思っているのか!ここは自給自足だぞ!!」


 ガダールの怒鳴り声も何となく生き生きとしている。

 元々階級制度の中にいて口答えしない兵士とは違って、久しぶりに鍛えがいのありそうな獲物を見つけたとでも言わんばかりだ。叫び声に面白がって唸るヨモギも可愛い。その横で真面目に剣を振る兵士達。此方は緊張感をもって訓練に臨んでいる。


「冒険者ってタフだね~」

「良い事だわ」


 私の手を握る萌黄が、大して興味もなさそうな調子で一応視察の真似事をする。

 確かにヨモギを恐れ縮こまっていた兵士より余程度胸がある。

 その内兵士達が此方に気付き、一斉に敬礼をした。その傍でホノライの剣をあしらいつつ手を振って来る紅に片手で答え、訓練を続ける様促す。ホノライとガダールはサッと一礼したが、冒険者達はヨモギに遊ばれていてそれどころではない様子だ。

 私は萌黄と共に庭の外周をぐるっと回り、次は畑エリアを見に行った。


 敷地の北西にある畑エリアに差し掛かると、ヤユジノが木材屋達を連れて此方へ走って来た。どうやらそう言う役割分担になったらしい。

 近衛師団やエリートの第八隊とは違い、第九隊員だったヤユジノはいわば左遷組である。殆ど何も起こらない森の詰め所でのんびり勤務していた兵士だ。畑の成長収穫を管理、記録をしているノハヤの元同僚である事は気になるが、まぁ妥当なところだろう。


「トーコ様、萌黄様、ようこそいらっしゃいました」

「「「ようこそいらっしゃいました!!!」」」


 ヤユジノの後ろでばらばらと膝を付いた木材屋達が、大きな声で復唱した。ヤユジノはそんなに統率力がある風には見えない。もしかするとガダールに指導されているのかもしれない。軍隊らしさがにじみ出ている。


「うん、良い返事だね。その調子でトーコ様の為にしっかり働いてよね。じゃないとヨモギの玩具にするからね?」


 隣で悪魔が笑っている。


「肝に銘じます!」


 自分を律する様に声を張り上げるヤユジノとは違い、絶望に地に伏す木材屋達。まだここに来たばかりで、視線を上げればヨモギが見える職場環境では致し方ないだろう。

 それより、これは私の意見ではない事を主張したい。萌黄が言っているだけだ。しかし放って置いたらこの悪魔は本当にやり兼ねないので、ここの見学はこれくらいにしよう。


「あまり手を止めさせると予定が遅れるわ。行きましょう萌黄」

「トーコ様は優し~ね。さっさと仕事に戻りなよね」

「は!!失礼いたします」

「「「失礼いたします」」」


 ヤユジノの合図で一斉に戻って行く木材屋。後ろ姿には大分緊張が見て取れるが、にわか仕込みにしては良く出来た統制である。


「萌黄、本当にやらないでよね」

「信用ないなぁ。しないよそんな事」


 怪しい。


「も~そんな目で見ないでぇ~。じゃないと……瑠璃に言い付けるよ?」

(何を!?)


 上目遣いの天使が私を悩殺しようとする。


(言われて困る事なんて何もない!!筈……って言うか貴方主人を脅す気!?)


 しかも瑠璃を使ってまで。萌黄と瑠璃の関係は今一微妙だ。仲が悪い、とは言わないが、決して良くはない様に見える。そもそも精霊の交友関係がどういうものなのか分からないが。

 しかし本当に手段を選ばない攻撃は止めて欲しい。精神的な意味でも肉体的な意味でも私がやられてしまう。萌黄との契約はただの雇用契約なので、精霊契約の様に強制力もなければ神力の感覚で危険度を判断する事も出来ないので正直怖いのだ。


「あはは!冗談だよトーコ様~。僕がトーコ様に何かする訳ないじゃん」

(嘘だ!!)


 心臓の鼓動が治まらないまま屋敷へ戻る。萌黄の神法による手動式自動扉を通ると、直ぐに玄関ホールで作業をしているノハヤと家具職人達、それを監督する瑠璃が目に入った。


「お帰りなさいませトーコ様」


 私に気が付いてノハヤと瑠璃がお茶を持ってやって来る。


(あ~落ち着くわー)


 いくら美少年でも、私を脅かし出しては困るのだ。それに引き換えノハヤやミィは心配になるくらい素直で安らぐ。

 お茶を受け取って口を付ける。いくら喉が渇いていたとしても、ここで一気飲みでもしようものなら瑠璃から何かが飛んで来そうなので動作に気を付けつつ。高貴な者とはいろいろと面倒くさい。


「外の様子はいかがでしたか?」

「問題なさそう」

「それは宜しゅうございました。此方も問題ございませんわ」


 職人達は手を止めて各々その場で膝を折っていた。瑠璃が満足そうなところを見ると、使用人には先ず跪き首を垂れるようにとでも指導しているのだろうか。


「ここは今何をしているの?」

「今は、彼等の得意なものを作ってもらっています」

「ノハヤ」

「しっ、失礼しました。彼等には今、得意なものを作らせています、トーコ様」


 どうやらノハヤも家具職人達の上に立つ者として瑠璃に教育されている様である。何となく親近感を覚える。


「どんな適性がありそう?」

「聴き取った限りでは、フェムリアは大型の家具、トリトーはテーブルを良く作っていたそうです。シチカは小物でしょうか、椅子も作れる様です」


 家具が揃うのは有り難い。


「作業するところを見たいわ」

「畏まりました。貴方達、作業を進めなさい」


 決して大きくはないのに、瑠璃の声は良く通る。三人はおずおずと頭を上げ、此方を窺うように一礼した後作業を開始した。その動きはぎこちなく、そもそも私には日曜大工の経験もない為、作業風景を見た程度で熟練度を計る事は出来なかった。

 反発していたシチカも、作業自体は真剣に取り組んでいる様に見える。元々ぶっきら棒なだけで職人気質ではあるのかもしれない。


「瑠璃、しっかり見ておいてね」

「心得ておりますわ。契約が必要な様なら進言いたします」

(そこまで言ってないけど)


 そのまま進めるよう指示を出し、私は残りの人材を見学に行く事にした。


 ホールの北西にある応接室では、蘇芳とナハト、ルクスが何やら応接セットを囲んで話し込んでいた。強張ったナハトの声が聞こえる。ルクスは特に震える様子もなく、二人の会話に合わせて机に置かれた紙にササッと綺麗な線を引いていた。

 周りでその様子を見ていたキトセが真っ先に此方に気付き、慌てて膝を付く。芋づる式に全員が礼を取った後に、蘇芳も瑠璃同様満足そうに頷いた。


「いらっしゃいませトーコ様。どうぞこちらへ」


 今まで自分が座っていた上座の席を空け、私に勧める。別に傍から少し見させてもらうだけでも良かったのだが、蘇芳の目力に負けて私は席へ着いた。

 蘇芳は図面を描く為にルクスに座らせていた下座の席へ着席する。こういうところも最近融通が利く様になって来たところだ。以前であれば上座は常に私の席として開けられていたので無駄が多かったが、現在は私の執務室を除いた共用の空間では、スライド方式で効率的な空間の使用が出来る様になっている。人が増えたのも大きいかもしれない。この人数でこの屋敷は少々手狭に感じるだろうか。元々庶民の私から見れば豪邸なのだが、それは比べるところが違う。今やここは従業員を多数抱える一組織になっている。


「何の話をしていたの?」

「建築様式やこの屋敷の増築の案を出させておりました」

「いきなりやらせて大丈夫なのぉ?」

「まだ能力を調べているだけだ、問題ない」

「使えそうかしら?」

「はい、トーコ様。知識としてはこの二人は十分期待値を満たしているかと。後は実際に施工させてみない事には分かり兼ねますが」

「使えるなら契約しちゃえばいいかぁ。まぁしなくてもどうとでもなるしね?トーコ様」


 確かにどうとでもなるが、同意を求めないで欲しい。また職人達の中で私の立ち位置が悪い方向へ修正されている様だ。特に年若いヒジキやキトセ、ココが硬直している。


(これ以上ココに怯えられたら泣いちゃ…………うけどそれも良いかも。萌黄がいなかったらこのまま連れて帰りたいけど、流石に犯罪かしら?部下だから良いんだっけ?)


 パワハラやモラハラなど存在しない世界だ。

 ただ残念なのは私が女なのでボーイズにならない事で。


(萌黄と組ませても良いけど……まぁ今は見ているだけにしておきましょう)


 仕方がない。断腸の思いでココは皆のところに残して行こう。


「ちょっとトーコ様ぁ?」


 何やら感づいたらしい萌黄に意識を引き戻される。


「防犯面や機密保持に関するご心配でしたらどうとでもなりますので御安心下さい」


 蘇芳も蘇芳で不穏な事を言うし、本当に精霊は「自由」になった。

 大体貴重な職人を使い潰すつもりがない事くらいもう分かっているだろう。次は何時手に入れられるか分からないのだ。そんなもったいない事は出来ないし、勿論しない。

 精霊達が私の望む関係に近づいている事は殊の外嬉しいのだが。


「話を続けてくれる」

「畏まりました。ではナハト、続きを」

「はっ、はい……二階ですが……」


 ナハトは捕らえられた事に大分不満がある様だったが、環境改善の兆しが見えたからか、それともヨモギを見たからか、緊張した面持ちで指示に従っている。

 ルクスは流石に年の功だろうか、少し気を傍様子は見て取れるが、それ程怯える様子はない。元々言葉使いや作法について教養があった用だから、それなりに階級が上の者については耐性があったのかもしれない。


(問題はこっちの四人ね)


 ユグ以下四名は、明らかに怯えていた。武力に対して抵抗力のなさそうなユグと、若者三人。此方は単に人生経験の不足から来るものだと思いたい。私がチラチラ見ているからか、ココを守りたい様子の兄キトセも必要以上に力が入っている風だ。実際にはココは私の趣向的に一番安全?な位置にいると思うのだが。


 ある程度捕虜達の様子を把握した私は、蘇芳に後を任せて萌黄と執務室へ戻る。山吹がいるかと思ったが部屋は無人だった。キッチンにいるミィとフィユカを監督しているのかもしれない。少し休んだら其方も見学に行こう。

 広い部屋なのに、当然のように私の膝に腰掛けた萌黄を後ろから抱きしめて、私は萌黄に問うた。


「裏切りそうなのはいた?」

「今のところ大丈夫だよ。安心していいよ、トーコ様」

「そう……」

 

 最も不安な要素は萌黄だと思いながら、私は彼の肩に顔をうずめた。

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