第4節 増える捕虜、待ち人来たる
ほぼ一年ぶりの更新です。お読みいただいていた皆様、遅くなり誠に申し訳ございません。またお付き合いいただけると大変うれしく思います。
今、異世界に来ています。インターネットの申請に数か月、回線を通す大工事、何万円もかかる分担金……毟り取られてハゲル。ぐすん。
リアルに野生のモンスター退治等でまとまった時間が取れないので、文字数が少なめでも月一くらいは更新出来るようがんばろうと思います。
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。 白之
問答無用で連れて来た一行を広場の片隅に下ろした時、きょとんとした使用人達と違った反応を返したのはガダールであった。
「お主、まさか……」
「あら良く分かったわね?」
流石に球体で揺さぶっては死人が出そうなので箱型にして運んで来たのだが、どうやらそれがヒントになったらしい。ガダールは見えない中身に察しが付いた様だ。
(そう言えばガダールもこうしてここまで運んで来たんだもんね。やっぱり覚えがあると違うのかしら……いや、私がワンパターンなだけか)
物語的にはバリエーションを増やしたいところではあるが。
しかし使用人達も前回の土の箱を外から見ている筈なのだ。気が付いても良さそうなものだが。
「連れて来るのは二人と聞いておったが……荷馬車を入れても大き過ぎる」
「貴方達もこれくらい気が付かなくては、いつまで経ってもトーコ様のお役には立てないわよ?」
「「申し訳ありません瑠璃様!!」」
ガダールの台詞の後ろでミィとノハヤが慌てて頭を下げている。笑っているところを見ると、紅はどうやら人間を連れて来た事が分かる様だ。
ヨモギものっそのっそと近寄って来て、中身を確かめようとでも言うのか、土の箱に前足を掛けている。
「じゃぁホノライ、中身は何でしょう!」
クイズ形式にしてみた。浮かれているのは自覚している。
「ちょっとヨモギ、止めなさい」
「がうぅ」
可愛く鳴いても駄目なものは駄目だ。中身が心配なので、一応箱を転がすのは止める様注意しておく。
「……木材屋か冒険者か、兵士でしょうか」
「兵士?」
「森の詰め所の兵士か、最悪の場合はアルゼンナーエより派遣された新たな神法師団かと」
「恐ろしい事言わないでよ」
予期せぬ答えが返って来た。
冗談ではない。エルザーニス一行はまだ中央都市に帰り着いたばかりの筈だ。
「まさか、あの鳥の他にも連絡手段があるの?」
「いいえ存じません!適当な事を申しました!」
ホノライが慌てて深く礼を取る。余計な心配をしてしまったではないか。
なければ良いのだ、なければ。
「そんなものではなくて、何と!大工を見つけたのよ!!」
パンパカパーン!
ラッパがあったらファンファーレでも吹いたに違いない。吹けないけれど。
「大工、でございますか?」
「そう、大工!」
明らかに弾んだ声でそう返す私達の後ろで、白亜の屋敷が蘇芳によって再建されている。瑠璃が窓を付け、山吹がアカリを灯す。
時刻は四の鐘を過ぎている。もう直ぐ暗くなるのだ。
「トーコ様、先にお食事になさいませんか?予定より遅れておりますので」
「なら食べながら話しましょ。紅」
「畏まりました」
庭に設置している巨大な松明の炎が一気に燃え上がり、辺りを明るくした。
少し遅めの夕食が始まった。家が粉になっていたので夕食は出来ていないかと思っていたが、そこは流石の使用人達。ハイテク便利キッチンがなくても捕虜達の使うかまどとノハヤの作った木の作業台で滞りなく準備を終えていた。
訓練を受けた師団の兵士でもないのに、うちの使用人達はもう森でも自活出来るのではないだろうか。素晴らしい成果だ。
それぞれにお祈りを済ませると、主人も使用人も捕虜も一斉に夕食を取り始める。
今日ばかりは話があるので、ガダールも此方のテーブルに付いていた。
「冷静によく考えたら、使えそうにないのもいるのよ」
時間が経つにつれ興奮が冷めて来た私は、いつもの調子でそう切り出した。
「使えそうもないものとは?」
「本当に木を切るだけの能力しかない若者とか、半端な世襲冒険者達とか」
前者は大した就業経験も人生経験もなく、後者は戦力としては明らかに師団に劣っている。師団ですら我が家では畑仕事に回されている現状なのだ。グリーセントメリベ内においてそんな者はとても使い物にならないのは明白だった。
「悪いんだけどガダール、捕虜組に混ぜてくれる?」
「冒険者に、一般の市民をか?」
「別に鍛えなくて良いの。最低限自給自足させてくれれば」
「良い判断ですわ」
「お荷物なんか抱えておく必要ないしね~」
眉間にしわを寄せたガダールに、精霊達がさも当然だと言わんばかり私のフォローに回る。否、フォローではなく萌黄のは本気な気がする。光に還さないだけましである。
「夕食が終わったら一先ず全員地下に入れようか」
ヤトー一家に捕虜は出来るだけ近づけたくないので、商談が終わったら隔離する予定ではあるが。
「蘇芳、地下室を広げるから後でちょっといいかしら」
「はい」
現状ガダールを含めると捕虜は四十九名。彼等に与えられた部屋は3×1.8mの地下牢が三つと、六メートル四方のゲストサロンのみ。部屋割りはガダールに任せているので公平に使用している様だが、それにしても単純計算で一人に与えられるスペースは一平方メートル強。今でも大概狭いと思うのだ。
広げる分には地下は広いので何も問題はない。後々大工達は上に部屋を用意するとしても取り敢えずは地下にお泊まり頂くので、後五十二名分、計百一名分のスペースが必要なのである。
(そもそも地下牢っているのかしら。既に逃げられる状況じゃないし、地下の入り口さえ閉めてしまえば中を区切る必要ってある?まぁ集まって良からぬ事を画策されても困るけど嘘発見器がいるしなぁ……)
「何~?」
「何でもないわ」
給仕と言うより傍でベタベタしている萌黄から視線を逸らす。
(ガダールに師団に冒険者に市民……やっぱり共闘されるのは嫌、かなぁ……)
どう考えても私が悪者になる未来しか見えない。これに万が一精霊も加わろうものなら……。恐ろしい考えを頭の隅に追いやる。
やはり区切った牢は必要だ。待遇に差を付けて人心を管理することが目的なら、大部屋と反省室的なものを用意するのでも良いかもしれない。
「そしたら上に部屋も必要かなぁ」
「建て増ししますか?それとも新築で?」
「そうねぇ……」
どんな形にするかはおいおい考えるとして。
「今のところはゲストルームを、ガダールと大工の部屋に当てれば宜しいのでは?」
「私もそれが良いと思いますわ。飴と鞭が必要なのですよね、人は」
山吹と瑠璃の助言に私は頷いた。正しく私の意思を汲む。良い傾向だと思う。
(どうせもう返せないんだしね)
全員を精霊契約で縛るつもりはない。だから解放出来ない。
万一アカリに何かされて此方の事が明るみに出たら困るのだ。
「じゃぁ捕虜についてはそう言う事にしましょう。後は、ヲール達と商談ね」
若干面倒になって来たが、取り敢えず今日中に大まかな事は片付けておきたい。その方がヲール達も今後の予定を立て易いだろう。騒がれるより余程ましである。
(私も憂いなく安眠したいしね……)
さて、食事を終えたらサクッと地下空間を増築する事にする。
小部屋三つは位置を少しずらし、大部屋を確保した。地上の屋敷より若干南に大きく取ったので、蘇芳に広場の地面に穴を空けて土の箱を大部屋の中に落としてもらう。荷馬車は器用に地上に残してくれた。
今までいた捕虜はいつも通り、ホール奥の階段から地下に降ろす。目の前の変わり果てた光景に驚いている者もいるが、殆どは何処か諦めた表情である。
(まぁ屋敷を一瞬で作る蘇芳を見ているし、こんなもんかしら。人間って思った以上に耐性付くのが早いのよね。自己防衛かしら)
全員を大部屋の中に押し込めたところで土の箱を壊し、天井の穴を埋めれば地下牢の中で捕虜全員がご対面である。勿論私と、ガダールを含む使用人は格子の外の廊下からその様子を見ていた。
地下牢の中に突如解放された木材屋と冒険者、それにヲール達一行が茫然と佇む。
(状況を把握される前に二人は出して、後のは……)
「おい、何処だここは!?」
「出せ!!」
「あいつら何者だ!?お前等も捕まったのか!?」
引き離す算段が終わる前に、冒険者が騒ぎ始めてしまった。あまりガラが宜しくない。
「疲れてるのに……。ガダール、貴方に任せるからどうにかして頂戴」
「儂がか」
老人は一瞬嫌そうな顔をした。どうやら聖人君子という訳ではないらしい。それでも私の言う事は聞いてくれた。
「儂はガダール。お前達捕虜の代表じゃ」
「ガ、ダール……だと!?」
「英雄ガダール様か?」
「本物か!?」
「何でこんな所にガダール様が」
名を聞いて半信半疑色めき立つ者達。武者震いや単純な不安や恐怖、興奮と様々な感情が見える。
「こんな所?」
冒険者の余計な一言で、今度は精霊達の気配が騒がしくなる。こういうのは繋がる神力に棘が混ざるから直ぐ分かる。
以前は怖くてチクチクと痛かったそれが、最近は何だかサイダーやジャグジーの様な良い感じの刺激に思えるのだが。
(Mに目覚めたらどうしてくれる)
私の性癖担当になりつつある萌黄も、普段の天使の表情から悪魔に豹変している。瑠璃や蘇芳は言わずもがな。山吹まで目を細めている。これは宜しくない。
怪しく光る精霊達の瞳。と言うより精霊は暗いところで薄っすら発光する。光る人等ただの不審者、寧ろ怪異である。もう少し地下の明かりを増やした方が良いだろうか。
沈黙の季節でもないのに冷たい空気が辺りを包む。捕虜達は自然と口を閉ざした。冒険者が精霊達を危険人物だと見なす。勿論その中には私も含まれている。不本意な事に。
「トーコ様の居城をこんな所ですって?」
(流石に居城は恥ずかしいから止めて瑠璃!)
穏便に済ませたいのに。疲れてもいるし、まだ仕事も残っているのだ。
ガダールに先を促す。
「良く聞け!新しい仲間が増えた!指示系統は現状を維持!冒険者を訓練に組み込む。キーニーズ!隊員の下に付けろ!」
「はっ!」
年齢を全く感じさせない、物凄い声量である。
「残りの一般市民は主に畑だ。ヤユジノ!」
「はい!」
呼ばれて出て来る男達を、私は久々に思い出した。特にヤユジノ。彼はホノライやノハヤと共に森の詰め所にいた兵士だった。
(二人を連れて来なくて正解ね)
恐らく上で食事の片づけをしているであろう使用人達。捕虜と使用人に分かれた彼等は、共に過ごす事も話をする時間もない。わだかまりや情を感じ取ってしまったら、彼等がどういう行動に出るか分からない。何せ私との関係より、三人で過ごした時間の方が圧倒的に長いだろうから。
(力でねじ伏せるのは簡単だけど、出来れば自分の意思で此方についてほしい)
「以上だ!皆上手くやれ!!」
「「「はっ!!!」」」
統制の取れた動きで既存の捕虜達が敬礼する。流石は師団。一般人の私はその敬礼と忠誠にちょっと引く。
一方、冒険者達は納得がいかないのだろう。当然と言えば当然だ。木材団地で精霊の力の一端は見ただろうが、一瞬の事だった。それに冒険者と言うのは血気盛んな者が多いのだろうと外見から判断する。
(主にこの層をどうにかして欲しいんだけど……。まぁちょっと落ち着いた様だから良いか)
木材屋達はまだ茫然と、と言うより唖然と?しているのだろうか。状況についていけていないのが良く分かる。
「では捕虜の扱いについてはガダールに任せるとして、ヲール、それからお前、名前は?」
「……フィユカと、申します」
山吹の冷たい声に、牢の中の紅一点、ヲールの母親が恐る恐る名乗る。特に人を嫌っている風でもないので、冷たく聞こえるのは多分山吹がまだ感情を出さないからだ。
「ではフィユカ、ヲール、二人は此方へ来なさい」
いつの間にか辺りの喧騒は静まり返り、皆が二人に注目していた。呼ばれてこの雰囲気で怖じ気付くかと思っていたら、フィユカは動いた。
硬直するヲールの背中を力強く支え、緊張しながらも一歩一歩牢の入り口に近づいて来る。
(流石、母は強し……)
「出なさい」
牢を廊下と仕切る格子は屋敷と同じ白い石で作ってある。勿論捕虜達が壊せる様な強度ではないが、念の為を考えて扉は設けていない。出る時は神法で消す必要があるので、彼等の自由は制限されている。
牢の管理は蘇芳の仕事だ。彼女が山吹の言葉で格子を一部消し、二人が出るのを見計らってまた元に戻す。
冒険者が一瞬の隙を付いて押し出ようと試みたが、それは意外な事に師団によって回避された。
「何しやがる!!折角逃げ出すチャンスを!!」
「止めろ!連帯責任を取らされたらどうしてくれるんだ!!」
「あんな女子供に何を!!」
「見た目で判断すると痛い目に合うぞ!!」
「それでも兵士かよ!!」
「上を見てないからそんな事が言えるんだ!!」
冷静になれだとか、連れて来られた時点でどうだとか、責める声や罵倒する声が響く。
(連帯責任か。良い事聞いたな)
そんなつもりはなかったのだが、勝手にそう思ってくれるならそれで良い。何も考えずに捕虜達を混ぜてしまったが、良い方向に働いた様である。
(まぁ暫くすれば治まるでしょう。戦力で言えば師団の方が圧倒的だろうし)
それにここから出られないのだから、そのうち無駄な体力を使っている事に気が付くだろう。そしておそらくヨモギの話を師団がしてくれる。
捕虜達が団結しない事に、私は少し安心していた。組織としては最悪だが、まとまった人の力と言うのは時として恐ろしいものを生む。お互いを監視し合って牽制している方が私としては安心なのだ。今のところは。
(一つになるのは私に従順になってからで十分)
そもそも彼等を戦力とは見ていないのだから。
私は精霊達を連れて地上への階段を上った。
今までは地下が狭かったので夜は十数人をガダールと共にゲストルームで寝かせていたが、もうその必要もない。ガダールは一応使用人扱いでもある為、差別化出来て丁度良い。
それに何時までもここにかまってはいられない。既に四の鐘は鳴っている。
(商談をさっさと済ませて安眠しなければ……)
トーコさんが何となくヤサグレてる気がする。




