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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第2章 魔女の棲み処
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第2節 魔女の一日と追想午後の部

午前の部から物凄く時間が経ちました。遅くてすみません。

またよろしくお願いいたします。

 また皆で揃って昼食を食べる。

 この時間、口から食物を摂取しない精霊達は三者三様に私の給仕をしている。決してミィ達使用人の配膳はしない。まぁ彼女達は私の精霊で、ミィ達からすれば上司である。されても恐縮するだろうとは思うが、庶民の私としては少々居心地が悪い時間であったりもする。使用人の為に今殆ど何も出来ていない私は実際問題お荷物状態なので、それに慣れてしまうのも偉そうな気がしてどうかと思うのだ。

 しかし気にして居心地が悪いままなのも疲れるので、目下割り切ろうと努力中である。


「ちょっと塩気が足りなくない?」

「塩分の取り過ぎは体に毒ですわよ」


 精霊に健康を心配される。なんだか不思議な気分だ。

 ちなみに精霊の食事は、大樹がこの世界に循環させる大気中の神力である。それに加えて、私の神力は美味しいらしい。最近良くご褒美に強請られるのだが、深夜に餌や獲物を見る様な目で私を見ていた萌黄と目が合った時は背筋が凍り付いた。何故私のベッドに入り込んでいるのかと慌てて追い出したのだが、あれから少し、いやかなり、私は疑心暗鬼に陥っている。


「塩、足りないか?」

「贅沢過ぎるくらいだと思うが」


 捕虜達がざわついている。

 捕虜達にもミンデエドル海から生成した岩塩モドキを提供しているのだが、驚いているところを見ると普段は余程粗悪な塩を使っているのだろう。

 これが相当な高級品に捉えられている事は何となく分かる。


(つくづくエルザーニスに取引を持ち掛けなくて良かったわ。万一アカリの目に触れたら何を詮索されたか分かったもんじゃないもの)


 昼食が終われば、午後は執務室で出来る仕事をする。

 今後は事務仕事や面会を必要に応じて行おうと思っているけれど、まだそんな予定は立っていないので、最近は専ら山吹と文字の選別訓練を行っている。この世界の文字を正しく認識したいと思ったのだ。暗号文かもしれないものを容易く読み解く――と言うよりもそもそも暗号である事に気付く――程度の目が自衛の為に欲しいと思って。

 今のところ全く成果は出ず、若干諦め気味だが。


 本日はそれを中断し、エルザーニス達領主一行の対策と明日のヤトー一家との約束についての会議を行う事にした。意見を聞く為に普段それぞれの仕事や訓練をしている皆を集めて。ちなみにガダールは呼んでいない。

 ここで漸く『一日』の冒頭に戻る。


「今日はエルザーニスがアルゼンナーエへ着く頃で、明日はヤトーとの面会ね」


 聞いていますよ、と瑠璃にアピールしつつ、私は背筋を伸ばす。山吹が此方を一瞥し軽く頷く。肩に掛かっていた髪が流れ落ちるのをすくって耳にかける仕草が何とも言えない。


(これで男性型だもんな。萌える)


 精霊に性別はないが。


「トーコ様」

「聞いてるよちゃんと」


 瑠璃にまた睨まれた。表情に出したつもりはないのに、心を読まれている。


「先ずは領主エルザーニスについてですが……」


 山吹と視線がぶつかる。取り敢えず私が方向性を示せと言う事らしい。どうと言われても、特に良い案がある訳でもないのだが。


「一先ず放置でいいんじゃない?あれだけ言ったんだし、暫くは近づかないでいてくれると思うし。何かする時はまぁ事前に伝書鳥で知らせてくれるくらいはあっても良いかとは思うけど」

「宜しいのですか?」

「何が?」

「もしコンタクトがあればお会いになると?」

「他にどうするのよ」

「殲滅☆」


 うちの天使は可愛いが、中身は悪魔である。


「却下。何かするにしても、取り敢えず先に教えて欲しいわ」

「……はぁーい」


 萌黄が大分不満そうに返事をする。

 でも許可はしない。ただでさえ胃が痛いのに、これ以上火種を増やす様な事は止めて欲しい。


(アカリ・アリサカの事は不安が残るけど、情報が少な過ぎてどうして良いか見当もつかないし)


 それに今は自分の知識も力も不足している事をひしひしと日々感じている。こんな状態で未知の恐怖には接触出来ない。触らぬ何とかである。


「私はそう思うけど、他にもっと良い案があれば発言してね?」


 皆を見回すが、強制的に発言させなければまだあまり意見は出てこない。こればかりはもう少し時間が必要か。

 人間の世界を勉強中の精霊が早いか、それとも命がかかっている使用人がこの環境に慣れるのが早いか。

 議論が白熱する日が今から楽しみである。


「では領主の関連事項については一旦様子見という事で、ガダールやアカリ・アリサカについても同様で宜しいですか?」


 ガダールは捕虜兼使用人というよく分からない曖昧な立場だが、今のところ問題もないので頷いておく。


「それでは次は、明日のヤトーとの面会についてですが、先ず、どちらで面会なさいますか?」


 また山吹が此方を見ている。

 どちら、とは何処を指しているのか。確かヤトーには「森」としか伝えていなかった気がする。まぁ森に入る入り口は木材団地の門しかないとの事なので、すれ違う事はないだろう。ヤトーは森には勝手に立ち入る事が出来ないと言っていたし。


(全部私が決めるのもなぁ……)


 私がお願いすると、大抵の事は叶う。精霊がそうなる様努めるからだ。しかし、それが正しい選択なのかは分からない。私としてはやはり皆で意見を出し合って、より良い案を採用したいのだ。

 責任を逃れたいと言うのが無きにしも非ずだが。


「会うのはヤトーじゃなくて、ヤトーの奥さんと息子のヲールよ」


 実際はどうか知らないが、ヤトーは確か商業ギルドに興行ルートの変更を申請中で、申請期間中は決められたルートを走行している筈なのだ。


「失礼致しました。ヤトーの妻と息子のヲールとは、どちらで面会なさいますか?」

「木材団地以外で何処か良い場所がある?」


 他にも森の中とかなくはないが。まさかここではあるまいな。

 私は取り敢えず山吹に意見を促す。


「私はこちらが宜しいかと。ホームでの交渉は心理的に優位に立てます」

「……瑠璃は?」

「私もここが良いと思いますわ。トーコ様の偉大さを示す事が出来るかと」


 別に偉大さは示さなくても良いが、確かに心理的に楽なのは有り難い。


(でも味方でないものを屋敷に引き入れるのはなぁ)


 既にこれだけの捕虜を抱えると言う失態を犯している。これ以上厄介事を抱えたくない。

 目隠しして連れて来れば場所は分からないだろうが。


「捕虜と外部が接触する機会を与える事にならない?」

「その間地下に閉じ込めておきますか?でも捕虜がいた方が箔が付くと思います」


 箔、必要だろうか。蘇芳はいつでも真顔なので、冗談なのか分からない。

 それにあまり畏怖されるのは不快だ。ただでさえヤトーには怯えられていると言うのに。


「屋敷を見られるのは手の内を晒す事にならない?」


 趣味趣向から心理分析等されても堪らない。


「今後もヤトー達と取引なさるおつもりなら良いのでは~?趣味趣向が分かった方が、向こうも貢ぐ物を選び易いと思いますよ〜」


 紅が太腿に付けた金の細工を撫でながら笑っている。


(貢ぎ物とかいらないし)


 彼女は一体何を貢がせたいのだろうか。私は別に神ではない。適切な価格と信用で真っ当な取引が出来れば良いのだ。精霊契約で優位に立っているこの状況が真っ当かはこの際置いておくとして。


「良いわよ、自由に発言してミィ」


 ミィが何か言いたげに此方を見ていたので促してみる。


「……ヤトーもヲールも中級市民くらいだと思うんですが、だとしたら……そこまで深く考えなくても大丈夫なのではないでしょうか」


 ミィが遠慮がちにこちらの様子を伺う。私の執務机は応接セットより高い位置にある為、自然と上目遣いになるミィ。胸の谷間がちらりと見えて、何だか良からぬ欲求が生まれそうになる。

 コンプレックスは同性だからこそ気になるのだ。


「……私も、ヤトー親子の言動や服装、商業体制や商品等から彼等を中級市民程度と推測しました。でしたら彼の妻も恐らく同階級。何か分析出来るほどの人物とは思えません」


 ノハヤがミィをフォローする。ミィとノハヤがどこまで進んでいるのかは分からないが、親しくしている様だし使用人どうして情報共有もあるのだろう。


(仲良くなるのは良い事よ……)


 最近の彼等の忠誠ぶりを見ている限り大丈夫だとは思う。しかし、全面的に信用して裏切られた時の衝撃が怖い。


(はぁ。駄目ね。心が狭いと言うか、余裕がない)


 私が一番未熟で、どうしようもない。見た目は兎も角いい年をした大人が、十五、六の娘に気を使われて何をやっているのか。

 命の危機が取り敢えず去り、家を見つけて身の回りが落ち着いた途端、余計な事が頭を過る。儘ならないものだ。


「ホノライはどう思う?」

「私も同意見です。階級を超えての婚姻がないとは言いませんが、高くて上級市民と言うところでしょう。教育も教養もそれなりだとすれば、ここで面会する事にデメリットは殆どないかと」

「殆ど?」

「商人として相当の目利きであれば或いは何かあるかもしれませんが、大商会でもないですし、トーコ様達のお力でどうとでもなる気は致します。それから、面会日と持参する食料品の期限を考えれば、どなたかに森の入り口まで迎えに行って頂く必要があるかと」


 全員が揃って頷いている。後半部分に対してだと思いたい。


「……誰か木材団地で会う方が良いと思う人はいる?」


 ヤトー一家を呼び込む事は彼等にとって本当に警戒に値しないのか、誰も頷いてくれない。


「危機管理甘くない?」

「トーコ様はさぁ、何をそんなに怯えてるのぉ?」


 萌黄がトコトコと可愛くこちらに近づいてきて、執務机を挟んでこちらを見上げてくる。頬杖を付いて屈む姿はあざといくらい可愛いが、後ろから見たらスカートの中が丸見えだろう。まぁパンツスタイルだから問題はない。

 その天使の微笑みからは、本当に私が危惧するものなど分からないのだろうと感じられた。

 よく見れば周りも同じ様に私に注目している。


「相手は領主でも未知の何かでもありません」

「精霊契約でも縛ってますしぃ」

「器も人数もこちらが圧倒的だよ?」

「お気に召さなければなかった事にしてしまえば良いのですわ」

「トーコ様が御心配なさる必要は微塵もございません」


 山吹にそう締めくくられ、反論出来なくなって面会場所はここに決定した。

 ところで「なかった事」にするのは面会する事だったのか、それともヤトー達の存在そのものだったのか。


(こんな筈じゃなかったのに……)


 皆は私の事を一体何だと思っているのか。

 若干諦め気味の溜息が漏れる。




「では次に、ヤトーの妻の話が出ましたので、ここから参ります」


 山吹がまたチラリと私を伺う。一々確認しなくても良い、と私が面倒になって手で軽くあしらうと、山吹は心得たとばかり口を開く。


「光属性のヤトーの妻についてですが、商談の他に魔石の浄化と、補充をさせると伺っています」


 私がさせる様な言い回しだが、それを最初に提案したのはヤトーである。


「ノハヤと並行して魔石を浄化させ、終わり次第先日回収した神石を補充させると言う事で宜しいですか?」

「え?そんなに神力ないでしょ?確かヤトーの奥さんの器は二千くらいじゃなかった?」


 魔石を四つ浄化しただけで尽きる。とてもではないが補充まで至らない。


「はい。一日の限度はその様に聞いております」


 では何故……。


「まさかここに泊めるつもり?」

「直ぐに返すのですか?」


 出来れば問題が起こる前に、商談後速やかにお帰り頂きたいと思っていたが、どうやらそれは私だけだった様である。


「折角精霊を縛るのですもの。使えるだけ使えば良いですわ」

(あれは言葉の綾と言うか、別に絶対精霊契約する訳じゃ……)


 人質にするつもりなど毛頭なかったのだが。

 

「……貴方達も何かあるの?」


 使用人達まで何か言いたげである。


「な、長く滞在するのなら、私、お裁縫とか料理を習いたい、と思いまして。その、独学なのできちんと親から習っていなくて……」


 恥ずかしそうに俯くミィは、娼館から攫って来た元奴隷だ。彼女の過去について詳しく聞いた事はないが、普通に家庭で育つ少女が親から教わる様な教育はされなかったのだろう。


「ヤトーに変わって商談が出来る程度の者なら、商業ギルド関連の知識を仕入れられるかもしれません。私ではギルドの規定等はお教えする事が出来ませんし、今学ぶお時間がないにしても、今後の為に教本に仕立てておくのも良いかもしれません。今後お取引を続ける予定でしたらそもそもギルドで購入出来る教本を持って来させるという手もあります」

「ギルドの知識でしたら、売買される商品リストや季節の売値などを聞いておくのも良いかと。現行でも蘇芳様のお力をお借りすれば食物は余剰生産が可能です。いざという時にお取引出来る商材や知識が多いに越した事はありません」


 教師役のホノライに続き、畑の管理を任せているノハヤも商業ギルドが持つ知識の有用性について進言してくれる。

 確かに、自給自足は出来ている。貨幣を得る手段を魔石以外にも確保しようと思うなら、騙されない為にギルドの規約等知っておくのは無駄ではない。

 私の頭が追い付かなければ山吹や瑠璃やホノライに覚えさせればいいのだ。

 それにしても、皆自分の担当職務に誇りをもって取り組んでくれている様で、嬉しい限りである。


「捕虜へ下げ渡しても良いのではぁ?」

「!?」


 ほっこりしていると、紅が爆弾発言をくれた。

 甘ったるい声で笑う紅。何て事を言い出すのか。ここには子供もいると言うのに。


「駄目よ」

「駄目なんですか?気に入った人がいれば良いのでは?」


 当のミィは首をかしげているが。そう言えば娼館にいた子だった。


(合意なら良いの?……いやいや、ダメでしょ。人妻だよ!?)


 それに、彼女がここに来る事になった経緯を思い出してほしい。ここでそんな事を示唆すればそれはもう命令である。


「良い案だと思ったのにぃ」


 紅も一瞬きょとんとして、それから私に興味を失った様に視線を外した。


(怖っ!止めてよ、そう言うの!!)


 精霊と敵対しないまでも、興味を失われたら私は本当に何も出来ない無価値な存在になってしまう。

 自給自足の集団の中のお荷物の行く末を思い、冷汗が流れる。

 しかし、これだけは伝えておかなければ。後々後悔したり面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。


「一応言っておくけど、道徳に反する事は私受け入れないからね。善良な市民にそんな事させられないから」

「道徳、ですか?合意の上ならどんな問題があるのでしょう?」

「ヤトーの妻が善良かどうかは分かりません」

「トーコ様がシミン?を守る義務などありませんわ」

「種の繁栄は自然の摂理です」


 揚げ足、と言うより精霊の質問は純粋な疑問なのだろう。

 そもそも道徳とは何か。社会が違えば変わるものではないのか。ましてやここは異世界だ。自分の常識など通用しない世界であちらの道徳を説く意味はあるのか。

 蘇芳の発現に、精霊が根本的に違うものなのだと改めて思う。精霊に人種の感情論など解いても、まだ完全に伝わるには時間を要するのだ。


(これは一体どう理解してもらえば…………あれ?精霊が器を創るんじゃなかったっけ?じゃぁそう言う行為っているの?)


 何となくホノライとノハヤに視線を向ける。少し焦った様に此方の様子を窺っていた二人は、私と目が合うとビクッと肩を震わせた。


(この二人も男性だけど、そう言えば二人共そういうのどうしてるんだろ……)


 男性に性欲がある事は理解しているし、捕虜達同様、彼等にも現状それを発散する場所も一人になる時間もない。従業員用のトイレはあるが、一人の場合は良いとしてミィとノハヤはこの先どうするのだろう。

 いや、今はそんな場合ではなかった。


「ヤトーだって傷付くし」

「何故ヤトーが傷付くのですか?」

(四面楚歌……)


 精霊は兎も角、何故私は人からも責められているのか。


「トーコ様、何故ヤトーが傷付くのかは分かりませんが、捕虜とは言っても彼等は神法師団の一員です。貴族も多く平民であるヤトーの妻から見れば悪い条件ではありません。レザーヌ領の師団と言えば規律に厳しく品行方正な事で有名ですし」

「……そうだったとしても、人妻でしょ?夫以外の男性とそう言う事になるのは困るでしょ?」

「何が困るのですか?」

「何がって……不倫が許容されるの?まさかこの国って一妻多夫……一人の女性が複数の男性と結婚出来るの?」

「出来ますが、何か問題が?」

「…………」


 どうやら私は逆ハーレムを合法的に形成出来るらしい。


「私は独身ですが、父にも母にも何人かお相手がいましたよ?」

「父にも母にも!?……まぁ貴族がお妾さんや側室を持つのはありなのか。でもヤトーは平民でしょ?」


 皆が私の発言に困惑しているのが分かる。


「とっ、兎に角!ヤトーの奥さんにそう言う事は強要しない事!唆すのも駄目だからね!」

「トーコ様、お堅い……」

「こう言う事は人にもよりますし」

「もう少し大きくなればお解りになるものですよ、多分」

(ミィと殆ど同い年だけどね!?)


 やはりここは私の常識など通用しない世界だったのだ。私は直ぐには分かり合えない事を痛感した。

 そして皆に可哀そうなものを見る目で見られ、フォローされた。居たたまれない。


「……まぁいいわ、この話はここで終わりにしましょう。ヤトーの奥さんについて、もう他に意見はないわね?」


 私はここで漸く時間が有限である事を思い出し、無理矢理話題を切った。この話が終わらないと多分夕食後の自由時間が削られる。ただでさえ短い休み時間なのに。


「僕はヨモギのおも……」

「却下」

「酷いトーコ様!僕まだ何も言ってないのに!!」


 安定の悪魔っぷりの萌黄が、視界の端で執務机を回って近寄って来るのを瑠璃が阻んでいる。


「邪魔しないでよ瑠璃」

「トーコ様は私のです」

「違うから……」

「しかし、浄化と補充は出来る限りさせた方が良いのでは?」


 蘇芳は素直に話を進めてくれる様である。引っ掻き回すのばかりでなくて助かる。


「早く終わればノハヤがその分神力を温存出来ます。いくら微々たるものとは言え、あるに越した事はありません」


 私は瑠璃と萌黄をキッと睨んで静かにさせてから思案した。

 特に防衛面で困ってはいない。が、何が起こるか分からない世界だ。力を温存出来るならその方が良いし、無理矢理昼寝させられるノハヤにすれば、生活リズムが安定する方が良いに決まっている。


「ではヤトーの妻の扱いについてはいかが致しますか?」


 山吹の真面目な進行に漸く戻り、場は一先ず落ち着いた。

 そして結局のところ、決定権は私にある。責任から逃れようとしてもそうは問屋が卸さないが、半分くらいは皆の意見も取り入れよう。


「じゃぁヤトーの奥さんには、少し滞在してもらう事にしましょう。期間は……そうね、一週間でどう?」

「五日、で本当に宜しいのですか?皆色々やりたい事がある様ですが」

「……じゃぁ二週間」


 あまり長くは困るが、十日程度なら何とかなるだろう。これが譲歩の限度だ


「その間に各自必要な事を済ませる事。森の入り口までは迎えに行って、取り敢えず目隠しして連れてくればいいでしょ」

「捕虜はいかが致しますか?」

「流石にずっと地下に閉じ込めるのも精神衛生上宜しくないか」

「生産も滞りますし」

「…………仕方ない。いつも通りで良いよ。但し、ヤトー一家には絶対に近づけない事。話もさせないで。これは絶対よ」

「畏まりました」


 私が決めてしまえば後は早い。今のところ誰も反論などしないからだ。

 と、ここで四の鐘が鳴った。


(しまった。話が終わらなかった)


 どうしても今日の内にヤトー達との取引の内容まで詰めておきたかったのだ。でないとぶっつけ本番何て怖すぎる。どんなミスをするか分かったものではない。

 ヤトーに合った時の事を思い返して身震いする。もうあんな疲れる対応はしたくない。余裕をもって対応出来る様に、それなりの準備は必要だった。


(夕食後の自由時間潰れたな……)


 こうしてまた私の休みは減って行く。

 ミィが慌てて用意したお茶で束の間の休息を噛み締めた私は、いつもより少し遅めの夕食を全員で頂いてから再度話し合いの場を設ける事にした。

 しかし就寝の五の鐘まで大した時間がある訳でもない。普段ミィとノハヤが手作業で行っている食事の片付けを水の神法で乱暴に終わらせると、私達は再び執務室に籠った。

 

(あーあ、もっと上手く説得すれば良かった……)


 一体何処で説得に失敗したのだろう。上手くすればせめて十日に一度くらいは休日が出来たかもしれないのに。休みがあると思えばそれに向けて夜の会議だって頑張れたかもしれない。しかし、休日なしで休憩時間もほぼなしはキツイ。

 私は遠退いて行く休日に思いを馳せた。確かに私の生活は、周りの者たちによって支えられている。それに引き換え何もしていない私がおこがましいのは百も承知だが。


(休みが欲しいなぁ)


 再び集まった一同を見回して、私は何度目になるか分からない溜息を付かずにはいられない。


「やる気がないなら止めますか」

「……あるから止めないで」


 突き放されるのも見放されるのも怖い。まぁこの会議も自分の為に行っているのだ。仕方がない。


「じゃぁヤトー一家との取引の内容なんだけど……」


 その日は五の鐘までみっちりと明日のシミュレーションをし、お風呂当番だった瑠璃を何とか宥めて神法で終わりにしてもらい、ほんの少し遅めに床に就いたのだった。

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