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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
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閑話 序章プロローグの続き1 藤貴志と神様の力

タイトルの通り、プロローグに続く神界での藤さん(初回以降出て来てないので白之もすっかり忘れていた塔子の彼氏)の話その1です。塔子さんの年齢の謎が解けます。


本日3節更新。これはその1節目です。

「何をしたんですか!!彼女は何処です!?」


 目の前にいた彼女が消えた。さっきまで手を繋いでいた感触は残っているのに、彼女だけが。

 光の輪に触った手が熱を持っている。神様が視線を水面に移す。


「あれはそこだ」


 僕は慌ててワイングラスの淵に噛り付く。身を乗り出して水面の中を確認すると、航空写真が急にズームして一人の女性を上空から捉えた。


「塔子さん!」


 大地の遥か上空に彼女の姿がある。気を失っているのか動いている気配はない。


「お前も興味の対象があるなら、世界に目を向け易いだろう」


 親切でしてやったとでも言わんばかり。神様は眠そうに欠伸した。

 このまま彼女を落とすつもりか。


「あんな高さから落ちたら死んでしまいます!」

「……そんな事したら意味がなかろう」

「信用出来ません!!」


 怒りに任せて神様を睨む。

 僕は普段なるべく彼女に負の感情を見せない様に努力している。けれど怒りも憎みもする普通の人間だ。ましてや彼女は結婚を考える女性。相手が神様だろうと譲れない。


(どうなってるんだ!?落ち着け落ち着け!本当に塔子さんは……)


 神様の手からはいつの間にか杖がなくなっていた。不意に現れるなら、消えるのも唐突らしい。神様というくらいだから、何が出来ても不思議はないのかもしれない。

 先程から、心に何か割り込まれている様な、変な高揚感がある。しかし身体は反対に怠い。


(何なんだ……)

「神の特別な器と加護で創った。これで文句はなかろう。私は暫く寝る」

「!?待って下さい!話が終わっていません!彼女を戻して下さい!!」


 訴えたけれど、神様は御使いの腕の中で眠ってしまった。

 御使いが神様を抱いたまま歩き出す。僕はとっさに御使いの腕を掴もうと腕を伸ばす。


「待っ……!」

「煩いですね。少し大人しくしていなさい」


 伸ばした手が、身体が、どんどん重くなって僕はその場に倒れた。

 身体が熱い。立ち上がる事も手を伸ばす事も出来なくなる。

 御使いが神様をベッドへ連れて行くのを、僕は視線だけで追った。


(何だよ、これ……)


 御使いが神様をベッドに下ろし、服を整えて布団を掛けているのを、僕は瞬きすら出来ず見続ける。


(塔子さんを助けて、もらわないと……)


 あの高さから落ちて生きていられる訳がない。そもそも高高度自体が空気が薄くて寒い。生身の人間の身体には害があるのだ。


(彼女に何かあったら……僕はまた失う…………)


 両親の事故が頭を掠める。別れがやって来るのは突然だ。そして二度と会えない。声も聞けない。

 そんなのは嫌だ。


「さて、私は少し出てきます」

「待っ、て……」


 掠れるが声が出たが、益々苦しくなった。肺に空気が入っているのか疑わしい。もしかしたら呼吸も満足に出来ていないのかもしれない。


「暫く待っていなさい」

「待っ……」

「無理に喋らないで、今は力を受け入れなさい。あれなら大丈夫です。神がそう発したのですから、違う結果になる事は決してありません」


 反論したかったが、それ以上は続かなかった。

 御使いが扉を難なく開けて外に出るのを、混濁する思考の中で見る。


(本当に…開く……の、か……)


 廊下が少し見えたが、無情にも景色はそこで途切れた。




 どうやら気を失っていたらしい。教会の鐘に似た大きな音で目が覚めた時、僕は同じ姿勢で床に寝ていた。不図塔子さんがお昼寝の後、知らない天井だと呟いたのを思い出す。

 慌てて立ち上がり水盤を覗き込む。塔子さんは水の中央、五体満足で夜の荒野に横たわっていた。

 満月なのか夜でもかなり明るい。塔子さんの周囲が赤く染まる様子はない。呼吸もある様だ。


(無事か……)


 安堵のため息が漏れる。

 そう言えば熱も、あのよく分からない高揚感も消えている。手も足も動く。呼吸も正常、意識も明瞭。

 神様はまだベッドで寝ている。あれからあまり時間は経っていないのだろう。部屋の中に変わったところはない。

 扉に目が留まるが、あれは僕は開けられなかった。何となく、出られない事は理解していた。

 黒の御使いが力を受け入れろと言ったが、抵抗も空しくどうやら倒れている間に僕の身体は勝手に力を受け入れてしまったらしい。

 何となく力が備わっている気がする。そして不思議な事に、この空間に対しての不安が消えていた。

 ここが神様の世界で、目の前にある巨大ワイングラスが神様が世界を観る為の水盤だという事が、知識ではなく本能で解る。


「塔子さんは、大丈夫……」


 言葉に出すとそれが腑に落ちた。

 言葉には力がある、自分の声で勇気付けられる、と言うのとは少し違う感覚があった。


『神がそう発したのですから、違う結果になる事は決してありません』


 倒れる前、朦朧とした意識の中で御使いのそんな言葉を聞いた気がする。


(本当に……?)


 聞こうにも御使いは出かけたまま。神様は就寝中だ。


(起こして良いのか?)


 自分では彼女を助けられないと思う反面、彼等の塔子さんに対する態度から、信用して良いものかとも思う。彼女がどの様な扱いを受けるか、この先神様に身を委ねて彼女は安全なのか。


(いや…………)


 考えれば考える程、彼女がぞんざいに扱われる未来しか見えない。


(駄目だ。塔子さんは僕が守らないと……)


 水盤を見る。塔子さんはまだ水盤の中の世界で眠っている。

 黒の御使いはいつ帰るのだろうか。もしかして、僕達を選んだと言う青の神の元へ行ったのだろうか。


(僕達、ではなく僕のみか……)


 彼等は塔子さんを、僕達の世界「マリフェッセ」から連れて来たのはイレギュラーだと認識していた。

 そして青の神にそれを悟られる事を危惧していた。

 もしかしてその対応に追われているのだろうか。しかし、それにどの程度の時間を要するのか僕には見当が付かない。

 神様はどうだろう。この白の神様が本当に見た目通り十歳程度の子供なら、眠そうだった様子から暫くは寝てくれただろ。でも神は人ではない。いつまで寝てくれるかなんて分からない。


 僕は水盤の中で塔子さんがまだ寝ている事を再度確認し、部屋の隅に備え付けられている本棚に向かった。

 この部屋から僕は出られない。なら、取り敢えずここにある知識を吸収しよう。

 入り込んで来た神の力はあまりに小さく、とても神様や御使いに対抗出来るとは思えない。使い方も良く解らない。

 付け焼き刃知識で、しかも神様を相手にどうなるものでもないかもしれないが。


(…………出来る事をしよう)


 他にどうしようもない。

 水盤の中に手を突っ込んでみたが、近くに見えても塔子さんには届かなかった。

 そして不思議と腕も服も濡れなかった。


 本棚には、千冊は越えるだろう本が並んでいた。背表紙を見ると、日本語ではないのに字が読めた。これも神の力のお陰だろうか。さっき塔子さんと扉へ向かう途中で目にした時には読めなかった文字だ。


(ハウツー本でもあればよかったんだけど……)


 そう都合よくは行かないらしい。

 本棚を半分以上締めているのは『エルダーン史』。水盤の中の世界、エルダーンの歴史書だろう。

 それから『神界の理』が百冊程、『白の宮殿史』が五十冊程、あとは『睡眠と食事』だとか、『光に還る時』だとか、今必要かよく分からない本も細々と並んでいる。


 取り敢えず『睡眠と食事』を手に取ってパラパラと走り読みする。どうやら神様は神の力「神力」を使うと疲れるらしいことが書かれてある。そして相当な神力を持った神様は、普通は疲れない。更に、普段神様は食事が必要ないそうだが、疲れた時に食べると回復するらしい。


(…………普通だな)


 特段分からない事を書いてある訳ではない。

 人間だって似た様なものだ。


(もしかして、神様は僕に力を分けて疲れちゃったのかな?でもその前から眠そうだったよね?)


 お疲れなのだろうか。見た目若いのに可哀そうに。


(にしても塔子さん好みの美少年だな……………………男の子だよね?)


 塔子さんは美少年好きのオタクだ。本人が隠している様なので言わないが。

 不図、注釈に目が行く。


――生命は瞬く間に天寿を全うする為、睡眠を取る際は必ず御使いに目覚ましを頼む事――


 これは恐らく、神様の眠りの長さを示す記述だろう。

 世界を見守るのが役目だというなら、生命が死に絶えるのは良くない筈だ。

 神様にとって人は寝ている間に死んでしまう程度の命。であるなら、白の神様の睡眠時間は相当な年月。数年単位か、数十年単位か、もしかしたらもっと長いのかもしれない。


(かと言って、神様が起きない保証もない)


 安心出来る材料ではない。

 更に頁を進める。本の中には、瞼を閉じるとか寝台に横になるといった、本当にただ眠る為の基本工程が延々と並んでいる。塔子さんを助けられる手段はない。

 僕は本棚に『睡眠と食事』を戻し、御使いの言葉を反芻する。


(水盤と神力を使ってエルダーンに干渉する……)


 僕はもう一度水盤の元に戻った。

 水面にはまだ塔子さんが寝っている。


(神力の使い方が分からないのに……)


 そう言えば最初にここに見えていたのはもっと広範囲の世界だった。航空写真の様な。


「!!?」


 景色が変わった。塔子さんを中心に、一気に景色が広がった。遥かに広い範囲が見渡せる。カメラが遠ざかった様な感覚だ。


(もしかして、考えるだけでいいの?)


 塔子さんを思い浮かべる。その姿が水面中央にクローズアップされた。

 今度はエルダーン。宇宙に浮かぶ平らな反った円盤が映った。地球とは明らかに違う。


(エルダーンって、平らなんだ)


 全くの平という訳ではないけれど、球でもない。昔の人が思い描いた地球に近い。

 そしてその周りには、何もない。月も太陽も、他の星もない。


(塔子さんからはどんな景色が見えるんだろう……)


 地球はその名の通り球状なので、高さのない物は十数キロで地平線や水平線の向こうに消えてしまう。だがこの世界では、遥か向こうまで見渡せるに違いない。

 世界の丁度真ん中では、一際大きな樹が光っている。星を見ている状況で、はっきり見える大きさの樹が、世界全体を青く照らしている。

 知らない形の陸を囲むのは海と言えるだろうか。世界の端を高い山脈がぐるりと塞き止めている。あの山から外側に滑落でもしたら、などと怖い考えが浮かびそうになって慌てて振り払った。


(大丈夫、塔子さんが歩いて行ける距離じゃない)


 もう一度塔子さんを思い浮かべ、それから左右上下に視界を動かす。


(動く。だとしたら……)


 躊躇する。心の中と言っても少し恥ずかしい。けれどそんな事は言っていられない。

 僕は覚悟を決めて願った。


(塔子さんを、ここに戻して)


 何も起こらない。


(塔子さんを起こして)


 塔子さんは目覚めない。


(…………なにやってるんだろ)


 虚しくなったが、それでも思い付いた事を片っ端から試してみなくては。

 それから暫く願い事を続けてみた。しかし僕に出来たのは、思考でカメラアングルを操作するくらいの事で、エルダーンに干渉するのとは程遠かった。


(やっぱり情報が足りないか……)


 僕はもう一度塔子さんを確かめて、本棚に戻る。

 左上から順に並んでいる事を期待して、一番右下のエルダーン史を開いてみる。


『エルダーン歴1000120500年神の季節第一週光の日一の鐘。マリフェッセの人種トーコを落とす』


(トーコ…………?)


 エルダーン史を持ったまま水盤へ戻り覗きに戻る。

 塔子さんはまだ寝ていた。


(トーコってやっぱり……塔子さん、だよね?)


 神様が塔子さんの名前を呼んだ時、そう言えば随分間延びした聞き慣れない発音だと思ったのだが。

 御使いが帰って来ていたのか、それとも神様が起きていたのか、どちらにしてもその文字は初めから印刷されていたかの様に正確で緻密な文字だった。


(エルダーンは今は朝?明るくなっている気がする。太陽もないのにどうやって……あ、あの樹が太陽の代わりを?)


 世界の真ん中に立つ大樹を包む光が、青からオレンジに変わって来ている。

 あれが熱の伝え方も変えるなら、四季も生まれるかもしれない。


「それにしても塔子さん、そんな無防備な姿で寝て………………本当に、寝てるだけだよね?」


 確認する様に言葉にする。大丈夫、神様がそう言ったのだ。

 本の中に、エルダーンに干渉に関する為の知識が詰まっている事を祈りながら、僕は端から本を読む事にした。




 神様の部屋は電気がなくても不自然なくらいずっと明るかった。対照的に外は真っ黒。時間が良く分からない。

 水盤の淵にぶら下がっているアナログな時計は、文字盤が五までしかない。しかしこれが刻を告げるのが、今唯一の目印だ。

 他に音の出そうなものはない。針が二に差し掛かり、大きな鐘の音が二回鳴った。エルダーンは大樹の光を受けて、すっかり明るくなっていた。


(僕が目覚めた鐘の音も、もしかしたらこの目覚ましかな)


 見た目に反してかなりの大音量で鳴る。

 しかし神様が起きる気配はない。


(あれ?あそこにも本が……)


 僕は神様に目を止めて、ベッドの下に分厚い本が落ちているのに気が付いた。

 神様を起こさない様そっとベッドに近寄って、屈んで本を拾う。


(お、思った以上に重い!)


 本は見た目からは想像出来ないくらい重かった。

 片手で持つと腕がプルプルする。体育会系ではないが、若干凹む。


『天地創造マニュアル~生命操作編~』


 本のタイトルから察するに、世界の作り方でも書いてあるのだろうか。


(でもなんでこんなところに?まぁいいか、神様にもいろいろあるんだよね?)


 ついでに部屋の中をぐるっと歩いてみたけれど、他の場所に本らしきものは落ちてはいない。本を全部本棚から出した訳ではないので、流石に本の裏に仕掛けがあったり、ましてや神力で隠されていたらお手上げだけれど。


「…………」


 僕は『天地創造マニュアル~生命操作編~』を開いてみる。


(まず目的の生命を想像し水盤に映し、次に杖を水盤に差し、目的の生命に触れて、ステータス画面を開く?…………これだよ!こういうのが読みたかったんだよ!!)


 年甲斐もなく興奮する。


(でも杖がいるのか)


 生憎杖は所持していない。


(神様は持ってたけど……)


 寝ている神様の傍に杖はない。いつの間にか現れて消えてしまった不思議な杖。そう言えば長さも一瞬変わった様な気がする。

 確か、そんなに派手な装飾があるものではなかった。白樺の幹の様な白く真っ直ぐな胴。頭の上くらいでちょっとグネグネっと曲がっていて、先がくるっと可愛い感じに丸まって……。


(……そうだ、先端に光る玉が付いてた)


 胴の部分にはツタが絡まった様な装飾があって、下の方はどうだったか。

 思いの外鮮明に覚えているものだ。

 そこまで思い出して、僕は手に確かな感触を得る。


「そう、この杖」


 思わず声が出た。驚いた。いつから僕は塔子さんみたいに想像力豊かになったのだろう。

 塔子さんはよく妄想にふけっていたけれど、僕はあまりそう言う事はしないと思っていた。

 何にしろ、杖が手に入ったのなら良い。


「で、ステータス画面?」


 ステータス画面を探そうとして、僕はマニュアルの「ステータス画面」の文字の下に小さく「*1」と書かれてあるのに気が付いた。

 ページを進めると、ステータス画面のサンプルが現れた。


(なんて親切な)


 僕は早る気持ちを抑えつつ、マニュアルを抱えて水盤のところへ行き、塔子さんを思い描く。

 杖の先を水面に浸して、映った塔子さんをなぞる様に杖で触れてみた。


(ステータス、画面?)

 

 言葉と同時に、塔子さんに重なる様に半透明のポップアップウインドウが出現した。


(そんなゲームみたいな)


 サンプル通りの画面が現れる。それにしても、昔やったゲームの画面にそっくりだ。ここは地球と、僕達が元いた世界『マリフェッセ』と何か関わりのある世界なのだろうか。

 まぁ考えても分からない事は今は置いておこう。この画面を先に確認して、神様や御使いに見つかる前に塔子さんを救う手段を見つけないといけない。


 ステータス画面を見る。杖で操作したい項目に触れるらしい。上から順に行こう。


 識別名:トーコ


 ビー。ビープ音が鳴って、『既に変更されています』とエラーメッセージが重なった。


(何!?なんで??ゲームってこんなだっけ??)


 何度も突いてみるけれど、一向にメッセージは変わらない。

 念じてもみたけれど、道坂塔子にも、どうさかとうこにも、TOKO DOSAKAにも変えられない。


(藤……塔子にも変えられないか)


 淡い期待を砕かれつつ、マニュアルに目を戻す。

 操作方法は、+-が数値の増減で、▼は選択肢から選ぶだけ。簡単なお仕事だ。

 そう言えばエルダーン史に既に「トーコ」と表記されていた。


(まさか神様のせい?)


 塔子さんをエルダーンに落とした時、この神様は確かに一度だけ彼女の名前を呼んだ筈だ。


(…………取り敢えず次の項目に行こう)


 種族:人種▼


 次の項目には、プルダウンが付いている。でも金髪碧眼の塔子さんや色黒の塔子さんは想像出来ない。

 一先ずこれは置いておく。


 年齢:28/+-


(これも変更出来るの?)


 恐々マイナスに触れてみる。すると年齢が27に変化した。人として、結婚を申し込んだものとしてどうなのか、なんて問いは正直直ぐ消える。

 何故ってその時沸き起こったのは純粋な好奇心。

 別に若い方が好きという訳ではないけれど、いや、男なら誰でもあるかもしれないけれど、断じてそうではなく。


(そう言えばジュリエットって何歳だったっけ……)


 ちょっと見てみたいなんて思いが溢れ、数値はどんどん下がって行く。

 結局十五になった数字を、僕は口元を微かに緩めながら見つめる。

 水盤に映る塔子さんが若返って行く。


(……可愛い、何これ。どうしよう)


 顔が熱くなる。この高揚感は何だろう。塔子さんの変化が完全に終わる。それはあっという間だった。

 良くない道に走り出しそうになるのを堪え、僕は年齢から目を逸らす。


 所属:荒野▼


 プルダウンの中には国や領という文字が並ぶ。マニュアルに地名を解説する様なところはないが、恐らく地名だろう。

 軽い気持ちで一つ選んでみる。塔子さんの背景がぶれた気がしたけれど、気のせいかもしれない。相変わらずそこは荒野だ。


 階級:空欄▼


 奴隷、平民、貴族の三択。奴隷?論外。貴族は……


(駄目。塔子さん僕の事忘れそう……)


 自分に自信がなくてちょっと情けない。でも夢見がちな塔子さんの事だから、王子様に傅かれたら絶対に流される。ここは平民一択だ。


 余命:未確定/+-


(余命!?そんなの怖くて決められないよ!神様にでもなったつもり!?……あー今神様なんだっけ?代理だけど)


 怖いので触れずに次。


 属性:空欄▼


 火、水、風、土、光。魔法か何かだろうか。基本の五種類の次に火水とか二種類ずつ、次に三種類、四種類、五種類と続いて、その後聖と闇が増え最後は全部。よく分からないけれど、大は小を兼ねると言うから……。


 成長限界値:0/+-


 暫く+を突いてみる。一ずつしか上がらない。長押しは出来ない様だ。

 腕が疲れて来た。今僕は杖で水の中に浮かんだ画面を突いている。そう、自分の背丈よりも長い杖を片手で持ち、もう片方の手には分厚くて大きなマニュアル。いくら僕が男でも長時間は無理だ

 それでも塔子さんの成長を左右するものかもしれないのだ。五十万までは頑張って上げてみた。これくらいで良いだろうか。基準が全く分からないが。

 一旦これくらいにして、細かい事は後で考えよう。


(数値を設定するなんて、本当にゲームみたいだ)


 僕はある程度の倫理観やモラルをきちんと持っていた筈だ。しかし、人をコントロールする事への高揚感、そして背徳感が今心の中で鬩ぎ合っている。

 あり得ない事が起こり過ぎて、今僕はおかしいのかもしれない。


 それよりそろそろ本格的に腕がぷるぷるして来た。一旦マニュアルを置こう。

 僕は我慢の限界近くなって杖を水面から離した。するとカーンと小気味良い音がして、水面のステータス画面に文字がずらっと並んだ。


『値が変更されました』


 識別名:トーコ

 種 族:人種▼

 年 齢:15

 所 属:デルファーニア国レザーヌ領シーザンドカント

 階 級:平民

 余 命:未確定/+-

 属 性:火・水・風・土・光・聖・闇▼

 神 力:500,000/500,000/500,000(現在値/現最大値/成長限界値)

 状 態:通常▼

 称 号:神の加護(5日)、自動回復▼

男の人は若い女の人が好き。でも女の人も若い男の人が好きだと思う。

経済力を見ない場合は。

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