第49節 異世界の家族と私達の家
予告詐欺すみません……一日程遅れました。
(大体あの状況でどうしてこの人は残ろうとか思った訳?)
目の前には件のガダールが鎮座している。
漸くエルザーニス達を確実に戻って来れない所まで追いやって、ちょっと晴れ晴れとした気持ちで返って来たのに、そう言えばまだこれが残っていたのだった。
(こういうのもデジャブって言うのかしら)
昨日も似た様な光景を見た気がする。私の安らぎはいつになったら訪れるのか。
武器も防具もなく、神力も切れた器の小さい兵士等、もう脅威でも何でもないのだが。
(私が見送りに行っている間に何かしてくれたわねヨモギ)
ヨモギの眼前にどしりと胡坐を汲むガダールと、キーニーズと他数名以外は、汚れた姿で怯え縮こまっている。
(ついでに光に還しておいてくれても良かったのに……)
後でお仕置きが必要だろうか。
いやいや、折角のアカリへの盾だ。残ってしまったのなら仕方がない。もう迎えも本当に暫くは来ないだろうし、有効に使わなければ。
「でもこんなに多く残っちゃったのは予想外。それもこれもあんた達のせい……」
「酷いトーコ様!僕が何をしたって言うの!?」
フリルとファーいっぱいの美少年が、私の腕を掴んで反抗する。
「はぁ……」
(許しちゃうんだよなぁ。可愛いなぁもう。どっから出したのよそのフリル……って、作ったのか。神力だもんね)
見た目は自由自在だ。
飛び込んで来た萌黄を抱きしめつつ、ファーの感触を楽しむ。
萌黄もご機嫌である。
(兎に角、捕虜はこんなに残せないわ。どうするのよこれ……)
ガダールがここに残るなんて言い出したのは絶対に精霊達のせいだと思う。そして兵士達を残したのは多分エルザーニスがまた良からぬ事を行わない様にする為。
彼を安全にアルゼンナーエへ還す為に、ガダールは兵士を道連れに、ここに残ったのだ。
「…………そうだノハヤ、此方に寝返りそうな捕虜って結局いたの?」
「ヤユジノと、あと……」
「ノハヤ!!」
私が兵士を間引こうか等と考えたのに気が付いたのだろう。ホノライが慌ててノハヤを止める。
急にどうしたのかと驚いたノハヤも、次第に察した様子で真っ青になって首を振った。ミィまで必死でノハヤの服を掴んで、涙目で此方に訴えて来た。
(あーあー、青春しちゃって)
心が満たされるって正直羨ましい。
「別に貴方のせいじゃないから気にしなくて良いのよ」
「トーコ様!お願いです!止めてあげて下さい!!」
「じゃぁこの人数をどうするのよ」
ミィの叫びに若干引きながら、私はまたため息を吐く。
広場にいる兵士はガダールとキーニーズとヤユジノを含め全部で四十九名。こんなに使用人は必要ない。奴隷にしたって使い道がない。
「お金がないの。養えないでしょ?」
「…………」
凡そ家の経済状況を分かっている三人は、蒼白になりながらも口を閉ざす。
(これじゃ完全に私が悪者だわ)
しかしどうしようもないではないか。そもそもなぜそんなに怯えるのか。
昨日から散々光に還るところは見ている筈だ。
「トーコ様、ガダールが何か言いたそうですが、どうします?」
徹夜のせいで結局萌黄と入れ替われず、ヨモギの面倒を見ている紅から声がかかる。
(今そんな気分じゃないんだけど……放置しても残るだけか)
覚悟を決めて、今度こそきっちり後片付けまで終わらせなければ。
それに、中身は兎も角私の身体はまだ少女。四十代のホノライや二十代のノハヤ、ましてや少なくとも八十代のガダールに比べれば一徹くらい何て事はない筈だ。
「じゃぁガダールだけ呼んで。あっちで話しましょ。ヨモギ!兵士をしっかり見ててね!!」
「ガウ!!」
兵士の何人かが失神した。
私は少し離れたところにテーブルと椅子とパラソルを作る。細かい細工ももう慣れたものだ。
「皆も座って。ガダールも」
精霊契約もあるし、周りは敵だらけ。無茶はしまい。
その上で話しかけて来るこの老人は凄い。多分精霊契約について私より熟知しているのだと思う。
(娘が使えるんだしね)
彼はアカリの親なのだ。
「何?」
「この程度で神の刻印など現れたりはせん。安心せい」
ガダールが席に着くなりそう言った。私にではない。ホノライ達三人にだ。
(あー、そう言う事)
三人が恐れていたのは、間接的に人を光に還して神の怒りを買う事。刻印によって奴隷の身分に落とされる事だったのだ。
ガダールがテーブルの上で籠手を外す。精霊が動かないから危険はないと判断し、私もそれを見守る。
現れたガダールの右手の甲には、はっきりと神の刻印が刻まれていた。
息を呑むホノライに、真っ青になるノハヤ。ガダールは静かに語る。
「我々内戦を経験した世代には珍しいものではない。お主等の様に若いものには馴染みがなくともな。これがあったところで日常生活にそう支障もない。最近は平和な世が続いておるから刻印があると言うだけで奴隷に落とされるが、隠す方法ならいくらでもある。現に儂も……」
ガダールが首元を指して見せる。そこに奴隷の首輪はない。
「そもそもお主達は魔女の庇護下にあるのじゃろう?」
「魔女様!」
「…………魔女様が守って下さるなら、恐れる事など何もないと思うがな」
「当然です。トーコ様は無敵です」
瑠璃の指摘に大人に対応するガダールに、何故か蘇芳が胸を張る。精霊達も誇らしげだ。
(領主一族と平民の奴隷に落とされる度合いが同じとは思えないけど)
まぁこれでミィ達が納得して落ち着くなら良いか。
「そうよー?奴隷に何て私させないし、されたところで助けるし、首輪くらい私外せるの、ミィは知ってるよね?」
「あ…………」
「「「え?」」」
「あ」
しまった。ガダールがいたのに何を暴露しているのか。
「ガダール、貴方何でそんな話を?」
「お主の信用を買う為じゃよ」
「!?」
既にガダールを信じかけていた。敵の罠にはまってしまったか。
彼は土の属性。ヨモギが確保している兵士が風の神法を使った様子はない。神の称号の応用か。
(捕虜とまで私は心理戦をしなければならないの?)
流石にこれが続くと身が持たない。
「それに魔女様、お主はこの者達の主じゃろう。悪戯に不安を煽ってはいかん。恐怖では決して人は付いては来ぬ」
「なっ!!」
「トーコ様になんて事を!!」
「捕虜の分際で何様のつもりぃ?」
精霊達が殺気立つ。
「契約を恐れないとは、流石賢者」
紅は闘志を燃やす様にギラギラとした目でガダールを射抜く。
「儂の言葉は魔女様の思いからは外れておらん。契約には抵触せんよ。のう?」
(この老人…………)
恐怖政治を窘めておきながら、私がそれだけではないとはっきり分かっているのだ。
私がガダールの精霊に契約させたのは、実際には絶対服従命令ではない。私に故意に害を与えない様に、と言う他の従者と同じものだ。
(聞かれていないと思ってたのに……)
精霊契約をする時に他の人に分からない様風の神法を併用したのに、どうやら本人には聞こえてしまった様だ。
(まさかエルザーニスも気付いてないでしょうね)
偽装とまでは言わないが、契約書に若干の齟齬がある事は認めよう。
「生れたばかりの精霊が一番理解していると見える」
瞬きもせずに大人しく座っていた山吹が、ガダールの言葉を受けて口を開く。
そう言えば彼の声をまだきちんと聴いていなかった。
「ホノライ、ノハヤ、ミィ」
美声だった。暫く聞いていなかったイケボだ。
「主人に対してその様に臆していてはいけないよ。それはトーコ様の望む関係ではない」
三人がハッとした様に此方を向いた。
ぐじぐじと泣きながらノハヤの袖を掴みっぱなしのミィは、今にも鼻水まで垂らしそうな勢いである。
「それはお前達もだ。トーコ様は我々にただ従って欲しい訳ではない」
「「「「!!」」」」
「間違えば正し、本当に必要な時は諫める。トーコ様がお望みの従者とはそういうものだ」
山吹は精霊達にも言及する。
「後から来て生意気!」
「萌黄、止めなさい」
「瑠璃は良いの!?僕達よりトーコ様の事分かってるみたいに……!!」
独占欲の強い萌黄が喚く。
そう、それはずっと私の理想だった。そんな執事が、いや、そんな家族が欲しかった。
(まさか顕現したばかりの精霊に見破られるとは……)
ガダールもガダールだ。彼は捕虜だ。観察する役割は此方に譲ってほしい。完全に見透かされている。
やはり年の功か。
(はぁ……)
もうここまで来たら話してしまおうか。
どういう意図があっての事かは計りかねるが、敵であるガダールが態々おぜん立てをしてくれた様だから。
(肝心な人達には言わなきゃ伝わらないのに、全く……)
「トーコ様?」
ホノライ達を私は家族と認めた。家族ごっこではなく、本当の家族。だから、いつかは離すのかもしれないと思った。それが今になっただけだ。
彼等にどう思われるか不安は勿論ある。でもそれよりも私が伝えておきたい。事実を知って、その上で私の家族であってほしい。
欲が出た。
(何かの罠じゃないでしょうね……)
一応ガダールを確かめる。何かをする気配はない。
(まぁ彼の秘密も見たのだし、ギブアンドテイクか)
トップダウンもたまには必要だ。
「山吹の言う通り、ミィ達に怯えられるのは悲しいし、奴隷みたいに一方的に傅かれるのも本当は好きじゃないの」
私はそう切り出して、徐にテーブルの上に手を出した。
「トーコ様!」
ミィが声を上げたのにビクリと反応したホノライとノハヤと違って、ガダールは真っ直ぐ私を見ている。
(そりゃぁあれだけやってれば分かるか。寧ろホノライ達は何故気付かないのよ)
本当に自然に、身体が動く。ずっと付けていた右手の包帯に手を掛ける。
「隠し事されるのも嫌。皆は私の家族だから」
でも私は今まで隠してばかりだった。
人は合わせ鏡。反応を見て同じ様に返す。それは当たり前の事だ。本心を見せない相手に好意を返そうなんて中々思うものではない。
ベリーシエに付けられた爪痕が深々と残るその下に、神の刻印がはっきりと見て取れた。
「トーコ様、これは……」
ホノライとノハヤが目を見開く。ミィの目に溜まっていた涙がまた零れた。
「この際だからはっきり伝えておくね」
皆の視線を感じる。でも大丈夫。そこに忌避感は感じられないし、私の声も震えていない。
「私は人で、神じゃない」
ホノライとノハヤの視線が少し揺らぐ。何だか泣きそうに眉を下げた気がする。
「この刻印は、神獣の眷属をとても沢山光に還した時に現れた。でも、私だってやりたくてやった訳じゃないの。あの忌まわしい神にこの世界に落とされて、身を守ろうと必死だっただけ」
「……この世界?」
ホノライの問いに、自然に笑みがこぼれる。
「ガダールは知っているんじゃないの?アカリも似た様なものだと思うけど」
沈黙は肯定だろうか。ガダールは何かを見定める様にじっとこちらを見ている。
「だから私は神が嫌い。勝手に私をこっちの世界に連れて来て、奴隷にされるかもしれない様な刻印を断りなく刻んで……」
ホノライ達が怯えていないだろうかと視線を手元から上げると、皆が真剣なまなざしで私の話を聞いていた。
落ちて来た声のトーンを無理矢理戻す。
「だから、神の刻印が出たからってそれが何なのって思っているし、ちょっとやそっとじゃ刻印が出ない事も知ってるし、だから…………皆を怖がらせるつもりじゃなかったのよ。本当に…………ごめん、なさぃ」
やっぱりまた尻すぼみになる私の言葉。声に出して、何だか情けなくなって来た。
いい大人が何をやっているのだろう。
「私ね、貴方達の事を本当に仲間だと、家族だと思いたい。だからもう隠し事はしないし、貴方達にもしてほしくない。別に神を崇めるなって言ってるんじゃないの。私はそうでない事を分かってくれたらそれで……」
誰にでも隠し事の一つや二つあるのは当然だ。私達は一人一人違う人間なのだ。でも私はそれで人を信じることが出来ない。全てを分かって欲しい、分かっていないと不安な、本当に幼い子供だ。
ホノライとノハヤが立ち上がったので、私は言葉を止めた。
彼等はテーブルを回って此方にやって来て跪き、私の手を取った。
それは前にも一度見た光景だった。
(不味い。ちょっと泣きそう……)
「トーコ様、お話しくださってありがとうございます。辛い事を思い出させてしまいました」
「私達はトーコ様が神様ではなかろうと、貴方から離れたりは致しません。貴方は私達を、命を懸けて守って下さったのですから」
王子様の様に、二人が手にキスをする。彼等がマッチョでなければ恋に落ちるところだ。
(でも貴方達を兵士の攻撃対象にした原因って私なんだけどね)
一緒に死線を潜り抜けて、見事に吊り橋効果に落ちたのは私だけではない。
それに気が付いたのか、ミィが若干微妙な顔をした。
「貸し一つじゃな」
「借りてない。私の秘密を知ったでしょ?」
感動の誓いに水を差すガダールを睨む。ガダールがにやりと笑った。彼はこんな表情もするのだ。
「じゃが、これで荷が下りたろう?」
「…………そうね。隠し事するのって慣れないわやっぱり」
この男にしてやられた感でいっぱいだが。
「隠し事も腹芸もそこそこ出来るタイプに見えます」
「失礼ね山吹」
この新人精霊こそどうなのだろう。この短時間で、私の何を観察したと言うのか。
「では儂とも腹を割って話すか」
皆に私の事を話せたのはガダールのお陰だ。だからまぁ、提案を受け入れても良い。
ガダールには精霊契約もある。私に不利な事は出来ない。
「いいわよ?まぁ念の為先に契約書き換えるけど」
「何?」
「先にミィ、ノハヤ、ホノライ。立って」
「「「はい!!」」」
私は二人の精霊を呼び出し、契約を解いた。
これが私の誠意。感動で打ち震える二人に、ミィがまた微妙な顔をする。
(あー……)
どうやら彼女はノハヤと喜びを分かち合いたかったようなのだが、間にいつもホノライがいるのだ。
乙女心は複雑である。
「次は貴方よ、ガダール」
ガダールの精霊はまだ私に少し嫌悪感を示したが、年若い者達と違って怯えてはいなかった。
彼には逆に口外禁止と行動範囲の制限を付けた。そしてミィ達に課していた罰則も追加する。
知らない間に契約内容が変わっているアルゼンナーエ側からすればとんでもない事だが致し方ない。私の身を守る為である。
「ことろで瑠璃、精霊契約中に光に還っちゃったらどうなるの?契約は無効になる?」
「無効にはなりませんわね。そこには神の理が絡んでいますから、所縁のあるものが何らかの被害を被ります」
(それは聞いてないんですけど!!?)
所縁のある、とはどの程度の縁なのか。
(血の繋がった家族とか?)
何にしても物凄いとばっちりである。
でもまぁ仕様がない。子は親を見て育つし、類は友を呼ぶ。
私に精霊契約を掛けられる様な輩だ。周りだって似た様な者に違いない。とか乱暴に思う。
「因みに、貴方が勝手に光に還るのは許さないからね」
ガダールに一応釘をさしておく。
彼の役割も捕虜の処遇も、何となく良い案が思い付いたのだ。
「そんな事はせん」
「じゃぁ話を勧めましょ。ミィ、貴方いい加減その鼻吹きなさいな」
「!」
ずびぃっとミィが鼻をすすり上げたのと同時に、瑠璃がミィを丸洗いする。
ガダールが目を見開いた。
「気が利くわね。ついでに皆も洗ってくれる?」
そう言えばごたごたで昨日の朝からお風呂に入っていない。戦闘で皆汚れているから丁度良い。
「今日のお風呂当番は私です。それに萌黄、貴方いい加減に変わりなさい。今日のトーコ様当番は私よ?」
「えー良いじゃないもう今日も終わるし、明日からで!」
「駄ぁ目。寧ろ明日も私にすべきだわ」
「何で!」
今度は萌黄と紅が絡む。本当に賑やかな精霊達だ。外見に行動も引っ張られるのだろうか。
パンっと手を打ってその場の注目を集める。
「そこまで!直ぐ後退しなさい萌黄!」
「えー!!」
「紅、このタイミングでお風呂に入りにはいかないから。ゆっくりするのは明日にして。その代わり明日も紅はこっちに付いてて良いわ」
「流石はトーコ様。ではそう致しましょう」
「狡いよ!トーコ様!」
「狡くないわよ」
テーブルに乗り出して騒ぐ萌黄を片手であしらっていると、山吹がすすいっと萌黄の後ろまでやって来て軽々と彼を持ち上げた。
「ちょっ!何するのさ山吹!!」
「静かに」
そのまま自分の席まで連れ帰り、膝の上に座らせる。
「何なの!!?」
「トーコ様がこれを望んでおられる」
萌黄がぴたりと大人しくなる。不味い。にやけている顔を皆に見られた。
「トーコ様ってば、だらしない顔―」
萌黄こそ小悪魔の顔をして山吹の腕を自分に絡ませる。変わり身の早さは流石だ。
「貴方達、一体私をどんな目で見てるのよ」
「見たままを」
間違ってはいない。
「まぁいいわ」
一応取り繕って、しっかり目に焼き付ける。萌えは正義。
そのまま瑠璃に全員を洗ってもらった。今まで動じなかったガダールが放心しているのは面白かった。
「大丈夫よガダール。ちゃんとしたお風呂もあるから、明日からはそっちに入って良いわ」
茫然とする老人に、心の底から笑う。あー楽しい!
皆が徐々に、いつもの調子を取り戻していた。
「じゃあガダール、話の続きだけど。何で刻印の話をしてくれたの?」
ちょっとテンションが上がって涙を拭きながら聞いてみたら、ガダールの答えは真面目なものだった。
「アカリを止めて欲しいと思ったからじゃよ」
「…………どういう事?貴方の娘でしょ?」
再び場が静まる。
「人としての在り方を失った娘を見るのは忍びない。分かるか?」
「分かんない」
「じゃろうな」
少女にその言い方はどうだろう。見た目通りなら、親の心の機微などそう分かる年齢ではない。
そしてそれと私に何の関係があるのか。
「まぁ儂は魔女様ならあれを止められると思うたのよ」
「当然です」
「トーコ様なら楽勝だよ!」
また盛り上がる精霊に、無理とは若干言い難い。
「お主とあれはよく似ておる。但し今のままでは足りぬがな」
足りない、とは。
「まぁアカリの方が強そうだとは思って……」
「思考が幼い。思慮が浅い」
これでも中身は二十八だ。
「今のままでは到底アカリには敵わん。まぁまだ子供じゃからな。成人するまでにはもう少し賢くなってもらわんと困る」
酷い言われようである。
(まぁ浅はかなのは自覚してるし、今まで特に何も考えずに生きて来た事は認めるけど?)
「そう言えばお主、今幾つじゃ?」
「…………十五」
「成人しとるではないか。ではやはりもう少し知恵を付けんと生きていけんぞ。上に立つものとしての自覚にも欠ける。儂の周りの十五と言えば……」
腹黒貴族たちと平民の平凡な少女を比べないで欲しい。
皆の視線が痛い。
「トーコ様、大丈夫ですよ」
「トーコ様はとても利発な方です。自信を持って下さい」
ミィもノハヤも、そんな潤んだ瞳で見ないで欲しい。中身の年齢は多分ノハヤより上なのに、居たたまれない。
「そうですわトーコ様。我々もまだ至らぬところがある様ですもの」
「でも僕トーコ様の為なら頑張るからね!」
「ちょっと萌黄、貴方私の言葉をとらないでくださいませ」
瑠璃と萌黄が何時もの様に掛け合いを始める裏で、
「山吹は顕現したてで良く解ったわね?」
「ずっと見ていたからな」
「貴方……いつから見てたのよ」
紅と山吹の大人コンビが何だか怖い会話を繰り広げている。
蘇芳がおろおろと俯いたり此方を見たり。声を掛けるタイミングを見計らっているのだろうか、所在なさげに上げた手が心許ない。
皆の気遣いが伝わって来る。何だかそれが徐々にこそばゆくなって、でもとても気持ちいい事に気が付いた。
「良き仲間じゃ。彼等を守りたいのなら、精々精進せぇよ」
「するわよ」
この男には絶対に本当の年齢の話なんてしない。
「その意気じゃ。足りない分を周りで補えば少しでも早くアカリに手が届くぞ」
「…………だから残るなんて言ったの?」
「そうじゃ。今更か」
何も言い返せない。この男は私をアカリに対抗させる為に、態々時間をかけて育ててくれると言うのか。
しかも私だけではなく周りまで纏めて。
あの緊迫した場面でここまで考えていたとは恐れ入る。
「それで本当に私がアカリを倒しても良いのね?」
「構わん」
賢者の考える事は良く解らない。が、まぁガダールと目的が一致しているのなら何も問題はない。
此方から関わるつもりはないが、そんな訳にも行かない気がするから、その時が来れば全力で対処しよう。その為に育ててくれると言うなら、その知識存分に吸収してやる。
どうせ彼は私の意に沿わない事は出来ない。それこそ、精霊契約には絶対服従なのだから。
「じゃぁガダール、貴方はここで私を育てると良いわ」
「そうさせてもらおう」
ガダールがにやりと笑ったが、それは何か企むと言うものではなく、面白いものを見つけた子供の様な目だった。
「では貴方にもここでの役割を与えるわ」
ここに留まるならただ飯食いなどさせられない。
「貴方には捕虜の代表として、此方の使用人をして貰うわ」
「使用人?」
「不服?」
「捕虜である儂を使用人にするじゃと?奴隷の間違いではないのか?」
そんなあから様に大丈夫か、みたいな目で見ないで欲しい。とても良い案だと思うのだ。
「家はホワイト企業だから従業員の最低限の生活は保障するし、待遇は悪くないと思うわよ?賢者と比べられるとあれだけど。捕虜については貴方の監督の元自活してもらう。どう?」
我ながら冴えている。
養えない、光にも返したくない、なら自活させれば良いのだ。
自給自足でも何でもすれば良い。ここには生け簀も森も畑もある。やって出来ない事はない。出来なければ光に還るだけだ。それは全て自己責任。
ガダールが神妙に頷いた。本当に今ので分かったのだろうか。
「じゃぁ次は貴方の番ね。何か質問はある?」
「住む場所はどうする?」
「また建てるわ。神法で建てれば直ぐよ。白い土や石なら沢山あるし」
足りなくなったらまた取ってくれば良い。
「あの家を神法で維持し続けるのか?」
「そうよ?」
「…………本当にアカリの様じゃな」
誉め言葉として受け取っておこう。
「部屋は今まで通りにするけど、何か希望がある人は?…………良し、ではガダールはゲストルームを自由に使ってちょうだい。ミィ、案内は貴方に任せるわ。使用人頭としてしっかりやるのよ」
「!はい!」
「他に質問は?」
ガダールは少し考える。
「屋敷に、儂に与えられる部屋に捕虜を入れても構わぬか?」
「別に良いわよ。全員は流石に狭いと思うけど、捕虜の監督は貴方に全て任せるから好きにして。寝る場所なら地下牢があるし」
地下牢、と言う響きにガダールが顔を顰める。
「大丈夫ですよガダール様。ここの地下牢はとても快適です」
「そうです。装飾はありませんが建材は地上と同じ白亜の石ですし、萌黄様が神法で温度管理して下さるので毛布がなくても寒い事も熱い事もありませんし」
「紅様の灯はとても明るく地下でも昼間の様ですし、トイレは瑠璃様が神法で毎日掃除して下さるので臭いませんし」
「「「清潔で普通の宿屋より余程快適ですよ」」」
ガダールは三人の先輩従者の言葉に目を瞬く。
「扉は開けておいてあげる。出すのも入れるのも監督者である貴方の自由。但し!」
これは絶対条件だ。
「全責任は貴方が追う事。何かあった場合は貴方に処分させるわ」
場が静まる。しかし反対する者はいない。
「それに、私達はお金がないの。捕虜の食事は準備しない。貴方の食事は使用人だからこちらで準備するけど、他は自力で調達してね」
「それは……」
「武器なら貸してあげる。私達が森に行く時に着いて来ても良いわ。森で捕虜が逃げたらやっぱり貴方に処分させる。だからしっかり言い聞かせなさい」
まぁ逃げたところで森から出る前に獣に襲われると思う。
「そうね、あっちの畑も貸してあげる。収穫物から私達が食べられそうなものは差し引くけど、残りは好きにして良いわ。ノハヤ、貴方には畑の監督も任せるから、きちんと世話する様にガダールに指示してね」
「私がですか!?」
焦るノハヤ。流石に急に賢者には意見し難いだろうか。しかしこれくらいは慣れてもらわないといけない。
「先輩でしょ?後輩を育てるのは貴方の義務よ。他に質問は?」
皆が首を振ったのを見て、私は大きく頷いた。
「じゃぁ早速だけどガダール、捕虜を集めて。最初の仕事を伝えるわ」
「何をする?」
「神石の回収よ」
ここで光に還った捕虜やンルザントの神石だ。
放っておいても夜精霊達が集めるとは思うが、ガダールの「領主の威光」を見るチャンス。捕虜の忠誠心と、ノハヤの進言しかけた人物達を選別する折角の機会だ。
有効に使おう。
「眷属の神石は堀の中じゃろう」
「そうよ?だから?」
「眷属はまだ多くいる」
「何を言ってるのガダール。無理かどうかじゃないわ。やるのよ!従者と捕虜に出来ないなんて選択肢はないの!」
ミィ達に避難の目を向けられたので一応弁解するが、勿論ンルザントには攻撃しない様に伝えてある。
「容姿どころか、言動までアカリに似よるか」
「…………良いから行って!」
一体アカリとは彼にとって何なのだろう。
ガダールが捕虜の元へ駆けて行く。萌黄もヨモギの元へ飛んで行った。
それから少し時間がかかって、それでも全ての神石は集まった。
戻ってきた兵士達からガダールが神石を回収し、それを蘇芳が受け取る。虚偽の申告はなかった。
彼等はこうして私の信用を得、捕虜としてここに住まう事になったのである。
私は彼等四十八人の中から、キーニーズ、ヤユジノ、二人の副隊長、他二名の計六名を選出した。ノハヤがそわそわしているところを見ると、どうやらその中に寝返りそうだと言ったものが入っている様だった。
ホノライは上手くポーカーフェイスを貫いていた。
因みにンルザントの精霊の贈り物は、火と風の両方が手に入った。大きさは二百五十と半分になってしまったが個数は倍だ。
神力の上乗せで使用する場合は少し不便だが売りやすいし、属性の均整が取れてかえって良かったかもしれない。
「じゃぁ最後。家を建てるわよ!蘇芳、私がするから補助を」
「畏まりました」
私は大地の中央手前に立つ。
さぁ仕事の時間だ。ここの主として家を再建しよう。
大地に散らばった白い砂を、最初は目視で、それから土の神法で感覚的に茶色の土と区別する。
凸凹になった大地も補修しよう。
また完璧なあの屋敷を再現するのだ。
「いくよ!」
「はい」
神力を集める。暖かい力が身体を巡り、そして掌から溢れて形に成る。
誰とも知らない、感嘆の声。
曇る事のない大樹の光を浴びる。この世の理の、全ての祝福を受ける。
捕虜の悲鳴が木霊する中、精霊や従者に見守られながら、白亜の屋敷が絶ち上がる。
直ぐに私の目の前に現れたそれは消滅する前と寸分違わぬ私達の家。
元からそこにあったと言わんばかり、私達に影を掛ける。
「良し!完璧!」
「流石はトーコ様」
「お疲れ様です」
拍手を受け、私は軽快に玄関ポーチに上り振り返った。
眼下に見えるは私の家族、そして目を見開いて固まるガダールや、腰を抜かす捕虜達。
目一杯の笑顔で微笑んで、私は彼等を呼んだ。
「お帰り皆!私達の家へ!!」
私の家族がそれに笑い返して寄って来る。
「「「「「「「「ただいま戻りました、トーコ様!!」」」」」」」」
一章は取り敢えずこれで終わりです。
お付き合いくださった方、本当にありがとうございます。
今後の予定は活動報告にて。




