第4節 神法と沼と夢の中の決意
「神は非常に気まぐれです。私達から話しかける事は出来ませんが、稀にこちらにお声を下さいます」
そうなのか。もしかして夢を覚ますゴールかと思ったけれど、違った様だ。
「人種の時間は短いですから、光に還る前に拝聴出来れば良いですね」
ヒトシュ?まぁそういうスパンなら、宝くじといい勝負かもしれない。
それよりもせっかくの夢だ、聞いておかなければいけない重要な事がある。
「私もその神法、使えるのよね?」
「勿論ですわ。私と瑠璃がこの状態ですもの、土と水に関しては最強かと」
「どうやって使うの?」
瑠璃と蘇芳が顔を見合わせる。蘇芳が直ぐに首を横に振った。
「解り兼ねます。普段私達は器の中にいますので、生命がどう神の法と向き合うかを知りません。申し訳ありません」
「いや、謝る事じゃないけど」
意外と役に立たない。とか思った事は顔に出さない。こう見えても中身は大人だ。
精霊と人とは役割が違う様だし、更に私も普通と違うらしい事は何となく解った。この二人のいう事を信用するかどうかは他の人と見て比べてからにするけれども。
さて、意志とはなんだろう。思った事が全部神法になるなら考え事もままならない。
「貴方達が神法を使う時はどうやるの?」
「そうですね、まず大気の神力を集めます」
「どうやって?」
「こうですね」
こう、と言われても。何かポーズを取ったり、苦痛や快楽で表情が変わったり、髪が金髪になって逆立ったり身体が光ったり、中二病的な呪文が必要だったりしないのか。しないのか。
それは助かるが、困った。全然分からない。
「具体的に今何をどうしてる状態なの?」
「トーコ様、大気中の神力を感じ取れますか?」
この世界の大気には、あの大樹から溢れ出た神力が溶け込んでいるらしい。でも目に見えるものではない。
そう言えばここの景色は見え方が変だなとは思っていたんだ。恐らく物凄く遠くにある山や壁や大樹がはっきり見えるのは、その神力のせいかもしれない。まぁ若返った時視力が凄く良くなったのかもしれないが。若返っても私の視力は人並だった。
(でも神力自体は見えませんよ?)
要するに。
「分かんない」
「元々これは人種が行う事ではありませんし、困りましたね」
「トーコ様は土の神法を使った。あれはどうやった?」
土の剣山を砂に変えた時の事だろうか。
「どうって、邪魔だったから壊れろって思って叩いただけだけど」
「では、今同じ事が出来ますか?蘇芳」
蘇芳が頷いて前方に目線をやった瞬間、私の目の前で荒野の土が盛り上がり一瞬で腰の高さほどの立方体のオブジェを作り上げた。私を庇う様に行く手を遮った瑠璃の手がそっと引かれる。助手席に座る子供の気分だ。
(あ、凄くいい事思い付いた。これ夜寝る時ベッド作ればよくない?壁で囲ってもらえば少しは安心出来そうだし。一晩中維持出来ればだけど)
「さぁトーコ様、これを壊してみて下さいませ」
壊す。確かあの時は叩いただけで壊れた。
私は右手を見る。タイツが巻かれたままだ。これで叩くと当然痛い。左利きじゃないからあまり力は入らないけれど仕方がない。狙いを定めようと、軽く握った左手で立方体の上をこつんと叩いてみる。意外と固い。
「大丈夫かな。本当に壊れ……」
「あら」
立方体が触れた部分からさらさらと砂になって行く。私は呆気に取られて暫く砂が風に流されているのをただ見ていた。立方体はあっという間に全て砂になり、足元に砂山を作る。思わず飛び退いて、飛び退いた先の小石で足の裏から痛みが差し込んだ。
(っっ!!さっきの土のボックス壊さずに椅子にすればよかった!!)
「出来るじゃありませんの。トーコ様?」
「……何でもない」
ちょっと涙がちょちょぎれそうなだけで。
「では今度は触らずに言葉で壊してみて下さいませ。人種は良く言葉を発しますし」
何となく解った。ヒトシュとは人間の事。精霊からすると別の種類という事か。
瑠璃の言葉で再び蘇芳がオブジェを作る。今度は周囲の土が空中に集まって直系一メートル程の球体になり、さっき出来た砂の小山の上にドンッと落ちた。神法はいろんな事が出来るらしい。
それにしても言葉とは。
(呪文とか?私の名前を以って命じちゃう的な?待って私、冷静になろう。もしこれが夢だったら、寝言で呪文叫ぶとか痛過ぎる。凄い恥ずかしいわ。無理でしょ。)
私は若干中二病患者だが、それを人に吹聴するつもりはない。
「壊れて」
私は土の塊が砂になって消えるのを想像しながら小さく呟いた。それでもやはり結果は同じだった。砂になり、風に巻かれてその姿は消えてしまった。
これは恐らく力学的な力は必要ないという事なのだろう。力はないし確かるけれど、大丈夫だろうか。意図せず破壊魔にならないだろうか。
「もう一個、何か作ってくれる?」
私のお願いに蘇芳はすぐに頷いて、今度は見事な木を作ってくれた。私の倍ほどの高さの、とても精巧な木のオブジェ。土が固まったものの筈なのに、葉が揺らめき生き生きとしている。どうしたものか。芸術的価値が高過ぎて非常に壊しにくい。
「大樹のミニチュア」
「まぁまぁですわね」
これでまぁまぁ。瑠璃の理想は相当高そうだ。
(やだなぁこれの主とか。直ぐ幻滅されそう)
裏切られた時が怖すぎる。
(いやいや、しっかりしないと!私にも神法使えるって言ったし、対抗は無理でも抵抗くらいは出来る様にしないと安心して一緒にいられないわ!)
私は土の木を睨みつける。
(壊れて)
頭の中で命令してみる。でも何も起こらない。木は不動で立っている。
(思うだけは駄目って事?それとも想像力が足りないとか?)
今度は木の様子を鮮明に想像する。葉の質感や、枝の躍動感、幹の手触り。そしてそれがなくなるイメージ。
(これって壊れるっていうより枯れるって感じかな?土だけど。崩れる、の方が近いか)
「お見事です」
瑠璃が手を叩く。蘇芳も真似して拍手してくれた。木は葉を散らす様に枝の先から砂になり、最後は太い幹も形をなくした。
これは非常にまずいのではないだろうか。イメージさえ出来れば考えるだけでも思い通りになってしまう。うかうか考えていたら、周りで大惨事が起こる事間違いなしだ。
あの村で余計な事考えないで本当によかった。
二回目の鐘が鳴った。辺りはすっかり明るくなっている。
私はそれから暫く、二人に手伝ってもらい神法の練習をした。小一時間程、ひたすら土の塊を壊していたら何となく感覚が掴めて来た。もっと練習は必要だろうけれど。
(でも土を壊すって、一体どれくらいの使い道があるんだろう。一生荒野で暮らすなら兎も角、まともな住居に住み出したらあまり使用する機会はないのでは?)
まぁでも神法の性質は分かって来た。
神法は言葉にすると直ぐ効果が現れてしまう。語気を強めると気分も高揚する。
(やらないけど)
力は必要ないけれど、自分の気持ちを乗せる方法としてはこれも有効だ。思考で発動するのはイメージが能力を左右する。イメージが鮮明になるほど、気持ちがこもるほど神法はより強く、事象はより早く発現する。
それにしても私は、何をそんなに頑張っているんだろう。二人とも文句も言わず良く付き合ってくれる。流石に悪い気がして来たので、そろそろ先へ行こう。
私の気持ちがひと段落したので、また三人並んで歩き出す。そう言えば、昨日の昼辺りから何も食べていない。まぁここに来てあれしか食べていないのだけれど。
(美味しかったなぁ、あのピンクのリンゴ)
瑞々しくて、甘くて、柔らかくて、喉をスッと通って私を潤すあの……。
「…………瑠璃、水出せるよね」
「ええ。出せますよ」
「それもしかして飲める?」
「飲めます。トーコ様も出せますよ?」
なんで思い付かなかったんだろう。飲み水ならここにあるではないか。
「今直ぐ飲ませて下さい」
「トーコ様」
「水が飲みたい」
「はい」
瑠璃は兎に角私が敬語を使うのが嫌な様。私が一番偉いんだそうだ。割と面倒くさい。
瑠璃が右の掌を上に向けると少し浮いて水のグラスが出現し、並々と水が溜まった。
(器まで作れるんだ)
竜にもなるくらいだ。どんな形にもなるのかもしれない。光に透き通るグラスはとても綺麗だった。
私は受け取ったグラスの水を飲み干した。
(染み渡るってこういう事を言うのねきっと。生き返るわ。死んでるかもしれないけど)
グラスの水は私が欲しいと思う分だけ湧き出て来た。飲みたいだけ飲んでグラスを瑠璃に返す。瑠璃が触れた瞬間グラスは消えた。あの水は一体何処から来て何処へ行くんだろう。神力は大気に溶けているというから、大気に還るのかもしれない。
「ねぇ、私にも水出せるんだよね?」
「ええ、勿論」
どうやって。何となく解る気もするけれど。
それは土の塊を壊したのと同じなんだろう。同じ神の法なのだから。
その時素直にグラスと水を想像したらよかったのだ。でも私の頭に浮かんでいたのは砂漠の湖だった。
レンソイス・マラニャンセス国立公園。白い砂丘に雨季に無数に現れる美しい湖。前に写真集で見て、一生に一度は行きたいと思っていたあの絶景。きっと目の前に見えていた荒野がいけなかった。
瑠璃を真似して両掌を胸の前で空に向け、そこから水が湧き出るのをイメージする。このオレンジの荒野が、あんな景色になったらどんなに美しいだろうか。
(飲み放題だよ)
泳げたりもするかもしれない。お風呂も入っていないし、身体も洗いたい。
水を飲む前ならグラスを想像出来ていたかもしれない。でも既に私の喉は潤されている。
「水」
両掌に何かが集まってくる間隔。そしてイメージ通り水が湧き出し、あっという間に手から溢れ、そして一気に噴き出し始める。
(思ったより多……)
それでも私に圧力がかからないのは不思議だ。消防士だって男性二人係りでホースを支えているのに、ここではそういう法則は当てはまらない様だ。流石夢。都合がいいのは良い事だ。
手から噴き出す水が、巨大な間欠泉の如く空に吹き上がり、大量の雨を降らせる。立っていた場所が少し丘になっていて本当に良かった。これで谷にいたら簡単に水に足を取られるところだった。
(いや、既にちょっと地面が抜かるんで歩きにくくなってるんだけど。って足痛たたたた!!)
胸の前にあった手を精一杯伸ばして身体から離し、掌を前方に向けて自分にかかる水を少しでも少なくしようと試みる。
荒野に吸い込まれていた水が溜まり出し、どんどん水位を上げて行くので慌てて丘の上に登った。
(足痛いよぉ!!濡れたとこ歩くとこれだから!!傷に砂や砂利がくっ付いてくるから!!)
どうやら湖を作るのにそう時間はかからないらしい。それにしても水の勢いのせいだろうか、澄んだ湖を想像していたのに、濁った沼が出来ている。
何て暢気に考えている時間は僅かだった。その内私は不安に襲われた。
壊すなら壊れたら終わる。生み出すなら完成すれば止まるのだろう。けれど荒野に無数の湖を作る水量がどれ程のものか想像が付かない。
(お風呂何倍分?プールで数えればいいの?こんなに出して大丈夫なの?力使い果たしたら死ぬとかないよね?)
怖い事を想像して心臓がバクバクして来た。何かがなくなっていく感覚等は全くないが、そう言えば私は止め方知らない。
(あれ、この両手どうしたらいいの?私何でこんな事してるんだっけ!?)
目の前の荒野の窪んだ部分は既に完全な泥沼が出来、徐々に水面が私の足元に近づいて来る。慌てて振り返り掌を背後の谷に向けてみると、そこかしこに水が湧き出し、此方は割と綺麗な湖が出来始めているのが見えた。
想像した景色に確実に近づいている。どうしよう。
「トーコ様、そろそろ練習はよろしいのでは?」
隣で急に声がして、私は比喩でも何でもなく飛び上がった。瑠璃だ。
そうだ。人?がいたんだった。聞けばいいのだ。何を慌ててるんだ私。落ち着け。
「瑠璃!これどうやって止めればいいの!?」
「?止まれと思えばよろしいのでは?」
「そうなの!?」
何て事はない。思い描けばよかったのだ。それより口にしたら早いか。
「止まれ!」
私は慌てて言葉にする。水は呆気なく止まった。
「…………よかったぁ」
私は力が抜けて、地面に座り込んだ。最近こんなのばっかりだ。
水がかかったり土が跳ねたりで、既にニットのワンピースは泥だらけ。今更少し付いたところで変わらない。濡れた右手や足の裏の傷が物凄くズキズキしているだけだ。水、鬼門だな。
「しかもあの景色とは違うし」
「あの景色?」
「白い砂浜に、綺麗な青い湖がいっぱいあったんだけど」
「水の色は暫く経てば落ち着くでしょうけど。地面は、砂に変えてみます?」
事も無げに言ってくれる。いや、実際出来てしまうのだろう、きっと。でもそれはまだ良い。だって砂は砂で足の傷に良くなさそうだと思うから。
「この水、引くよね?」
あの村では雨が止んだら直ぐ大地が見え始めた。なのにこの沼は水位が下がっていない気がする。
「神力で消してしまえば消えますよ」
「自然には消えないの?」
「水脈に当たった様ですから、どうでしょう?」
「それ、神力で消して大丈夫なの?」
「何がでしょう?」
瑠璃も蘇芳も、本当に分からない様子だ。水脈がなくなったり地盤沈下したり、いろいろ人にとって困る事は想像出来るけれど、そう言えばこの二人は人ではなかった。
周囲に広がる沼と湖。これで荒野まで砂に変えたら完全犯罪だ。あるのか分からないけど国土地理院さん仕事増やして申し訳ない。それから地元住民の皆さんにも謝罪を。
(でも荒野に水辺って良い事っぽくない?出来れば生活の足しにして下さい。水脈消すのは止めておくから)
力を使うのは精神的に疲れる。壊す様に創り出すのも練習をして感覚を掴めば良いのだろうけど、今は生憎そんな気分にはなれない。
「トーコ様?」
「疲れた」
「ではお休み前に少し綺麗にさせて頂いても?」
「……うん」
正直動くのも面倒くさかったけれど、泥だらけの自分を見て瑠璃にそう告げた。
(何であんた達はそんなに綺麗なの。服に泥が付いた形跡が全くないんですけど)
蘇芳に手を取られて立ち上がる。足が痛む。
瑠璃の両手が優しく私の頬に触れ、そこから水の感触が伝わって来る。その後一瞬全身が水に包まれた感覚に陥り、気付くと綺麗に洗われていた。
「何今の、凄い」
「身体を清めるのに水の神法は最適ですよ」
瑠璃が微笑む。
全身も服も綺麗になっていた。服は水気を全て取り払ってくれたから、もう完全に乾いている。髪は若干まだ湿っているけれど、水分を全部取られたら困るので、人に配慮してくれた結果だろうと勝手に想像する。
(まぁこの気候だし直ぐ乾くでしょ)
これは上手く使えればお風呂がいらないかもしれない。泥沼で泳ぐ必要はなくなった。流石に真冬には寒いかもしれないが。あとは石鹸か何かあれば最高だ。まぁ贅沢は言うまい。
「便利ね」
「トーコ様も出来ますよ?」
「うん」
同意してはみたものの要練習だ。怖いから暫くはやらない。
手も足も、傷に付いた砂が綺麗に落ちたおかげで痛みが大分マシになった。私は手伝ってもらって綺麗にタイツを巻き直した。
これ、是非とも毎日やってもらいたい。
少し移動して乾いた大地に腰を下ろし、休もうとした時三回目の鐘が鳴った。
「お昼ですね」
「あ、やっぱりそうなんだ?あの鐘何処で鳴ってるか知ってる?」
「あれは神の世界、神界で鳴っています。三の鐘はお昼の合図ですわ」
(神様の世界ですか。そりゃぁ見つからない訳だわ)
お腹か空き過ぎてさっきから気持ち悪い。しんどい以外に表現の仕様がない。どうしたものか。
「ごはん、持ってないよね?」
「トーコ様の食べられるものは何もないです」
「貴方達は何を食べるの?」
「精霊は食事を必要としません」
便利な身体だ。食の楽しみがないのは少し悲しいけれど、今は羨ましい。
「もう少し行けばまた人種の集まる場所がありますが」
「嘘!?」
「本当です。どうなさいますか?」
人がいる。村だろうか。
選択肢は二つ。進むか進まないか。今分かっているのは、ここにいたら確実に死ぬという事。まぁもう死んでいるかもしれないけれど、それならそれでここにいても状況は改善しないだろう。
私はどうしたいんだろう。
ここにいて、飢えて死ぬのはきっと苦しいし哀しい。夢でもそんなのは嫌だ。
では進むか。また昨日みたいな事になったらどうなるだろう。
(大丈夫?今度はちゃんと出来る?)
たとえ言葉が通じなくても。
魔石はお金に変えられるかもしれないし、そうしたら食べ物も買えるかもしれない。
早くこの夢から覚めたいのかは正直良く分からない。夢から覚めたって元の現実があるだけだ。
だからと言って苦しんで死にたい訳じゃない。だったら進むしかないのか。
ここは神法なんて面白いものがある不思議世界。精霊に人の神法は分からない様子だし、私はきっともっと神法を知る必要がある。あんな事にならない為にも。
暫く私は考えたて、結局最後には立ち上がった。
大丈夫。私なら出来る。
(そうだよ!現実世界ではそれなりに上手くやって来たじゃない。皆に愛想も振りまいて、寂しいの我慢して空気を読んで……)
ここには私を見知っている人はいない。今までの様に遠慮して良い子にしていなくても良いかもしれない。
やりたい事もやれる事も、思う様にどんどんやるチャンスだ。その環境が目の前にある。今なら誰も見ていないし、失うものも何もない。やりたい放題だ。
「行こう」
私は二人にそう告げた。何とはなしに少し希望が湧いて来た。
二人が頷いてくれるのを見て、一歩を踏み出す。
(前へ進むんだ。ちょっとだけ前向きにね!)
踏み出した足は綺麗になったおかげで、嘘みたいに痛みが少なかった。
「で、何で夜に?」
五の鐘が鳴っている。
(近くに人がいるって言わなかったっけ、瑠璃さん?)
「近くにいますよ?この水脈と繋がる場所に気配を感じますもの」
(距離って水脈で測るの?今更だけど、もしかして精霊の感覚って色々違う?)
種族が違えばそんなものなのかもしれない。
「歩いて後どれくらいかかる?」
「どうでしょう。このペースだと後七日程でしょうか」
七日。それはあの村より断然遠い。
「ちなみにもっと早く着くにはどうしたらいいと思う」
流石に七日は私が死んでしまう。
「そうですね……箱を浮かべるのはいかがでしょう」
「箱?」
「はい。人種が海の上に浮かべる箱です。あれ結構早いでしょう?大樹からよく眺めたものです」
(海に浮かべる箱?……船!)
そうだ。スクリューとかプロペラとかはよく分からないが、何か付けて回せばいい。グラスや竜が出来るのだから、船も作れるのだ。それでこの湖を進めれば、凄く早く着ける気がする。
(何て便利!…………もっと早く教えてくれればよかったのに。まぁでも精霊は食事いらないって言ったし、人より時間がありそうだからそんな事思いもしなかったのかも)
そう、私がそれに気付いて聞くべきだったんだ、きっと。
「じゃぁ明日はそれで村まで行こう」
「はい」
これで移動が楽になる。
(良かったぁ。あーお腹空いたなぁ)
結局昼は休まなかったので、今日はここで休む事にした。
蘇芳に壁やベッドを提案してみると、形を維持するのに支障はないという事だった。一晩どころか一生でも行けると言われた。どうやらそれくらいの神法で失われる神力は、今の私の器からすると常時大気から集める神力の内の微々たるものでしかないらしい。そう言えばあの数の剣山を出現させても平気な様だったし、ベッドの十個や二十個、何て事ないのかもしれない。
高い土の壁に囲まれた出口のない広場の真ん中に、ぽつんとベッドが一つ出現した。蘇芳がベッドを詳しく知らなかったので、あれこれ説明してその度に形を変えてもらった。身体が触れる部分は崩れない程度に少し軟らかめにもした。
自分で出来れば良かったのだけれど、上手く維持出来なかったので諦めた。
ついでに瑠璃にも水で服と身体を洗ってもらう様お願いした。夜だし少し肌寒いかとも思ったけれど、そんな事はなかった。そして傷に巻いたタイツを丁寧に巻き直してもらった。
ベッドに仰向けに寝て空を見る。月も星もない。でも明るい。大樹が淡く光っている。
精霊達も光っている。何と言うか、光るパズルみたい。これで本が読める程ではないけれど、何となく光ってる?というくらい。大樹が明るいからか。でもその光はよく似ている。
この世界で目覚めて、既に九日が過ぎようとしていた。