第47節 命の重さと譲れないもの
悪役令嬢、降臨です。
本日も複数更新です。予定では3節。これはその最初の節です。
エルザーニスとトーダリィが、風の神法を受けて巨木の穴からふわりと生け簀を飛び越える。途中、復活したンルザントに服を焦がされながら、噛み付こうとするそれらを容赦なく神法で光に還し、ゆっくりと広場へ、ルミアの隣へ降り立った。
「貴方は……何者ですか……」
それは幾度も聞いたセリフだった。この世界に来て何度自分に問いかけ、そして人から指摘されたか。
エルザーニスの声には明らかな緊張が見て取れる。此方へ歩み寄る足取りも変わらず優雅でありながら、一歩一歩確かめる様な慎重さがある。
しかし、隠れたままなら力尽くで此方へ連れて来るところだった。逃げられないと悟って自ら近づいたところは流石だ。
「精霊、ですか?」
「…………」
「それとも……神、ですか?」
言葉を選ぶ様に真偽を問うてくる。
ヨモギが唸り、姿勢を低くする。兵士やガダールが剣を構え直す。
「あんなものと一緒にしないで頂戴。私はただの人間よ」
傍に寄って来たヨモギを撫でる。
私がそう答えられたのは、多分ホノライ達に対して何か吹っ切れたからだ。私は今彼等に、少なくとも正直でありたいと思っている。
三人がどんな顔をしているか、不安がないと言えば嘘になる。でも命を懸けて私を守ろうとしてくれた彼等に、私は誠実でありたいと思ったのだ。仲間…………家族だから。
「人間は神獣を従えません」
「それ以上近寄ると攻撃されるわよ」
私達とエルザーニス達の距離は、立ち話をするにはまだ離れ過ぎていた。しかしここには私達以外、物音を立てるものなど何もない。
「では、ここで」
歩みを止めたエルザーニスの横にルミアと、剣に手をかけたトーダリィが並ぶ。ガダール率いる兵士達がそれを疎らに囲みヨモギを警戒する。
否、ガダールの殺気は常に私に向いていた。
「ヨモギ、座って」
「グルゥゥゥ」
私の言葉を理解したヨモギが大人しく伏せる。どうせ力のある子だ。一瞬戦闘に遅れたところで力業でどうにでもなる。その目はギョロリと兵士達を見ている。
ただ、ヨモギが立つとエルザーニス達が影に入るのだ。見え辛い影の中で良からぬ事をされては面倒だ。
大丈夫、もう神法は復活した。私達の力は圧倒的だという確信がある。
「蘇芳、外にいるの邪魔ね」
疑問を浮かべる兵士と違って、エルザーニスとルミアが固まる。ガダールの目が一層険しくなる。
「宜しいのですか?」
「……もういいわ」
「左様ですか」
蘇芳は精霊だ。私の気持ちを汲みはすれ、それに共感しているかは怪しい。
「止めっ……!!」
エルザーニスの言葉が先か、それとも蘇芳の神法の発動が先か。
次の瞬間には広場の外壁を成していた南の巨木が土に沈み込み、森に隠れていた兵士達が露わになった。
声にならない悲鳴が聞こえた気がした。驚愕に慄く幾つもの瞳が大樹に照らされる。穴を空ける為に神力を使い切り回復の為に休んでいたのか、それとも巨木の壁に隠れて此方の様子を窺っていただけなのか、近衛師団のざっと半分程の兵士がそこにいた。
(たかが木の一本で……)
精霊が人間を見て矮小と笑ったのが、今なら本当に良く解る。
私達が何の構えもなく片手間に行える事が、彼等にとっては選りすぐりの軍人を寄せ集めて漸く少し達成出来る程の大事なのだ。
森の巨木が動き出す。木々は一斉に兵士達に迫り、彼等を堀へと追い立てた。血相を変えて駆けだす兵士の何と無様な事か。ンルザントが待ち構える、幅十メートルのその堀を飛び越えられなければ彼等は光に還る。
邪魔だと口にした時点で、私にはもう彼等を助けるつもりは微塵もなかった。
今もう彼等は、私の仲間を傷付けた完全なる敵だった。
「風を!」
「援護を!!」
堀の両側で兵士達が叫ぶ。神法が幾つも発せられ、足りないものは懸命に武器を伸ばして何とか渡らせようと躍起になるが、間に合う筈もない。低空を飛ぶ者には炎のブレスが見舞われ、堀に落ちた者は容赦なくンルザントに水の中へ引きずり込まれる。
幾らかの光が大樹へ向かって飛んで行くのに、私は何の感慨も浮かばなかった。傷付きながらも渡り切った者達が二十程いるだろうか。予想より残ったと思っただけだ。悲鳴が少し耳障りだった。
迫り来る巨木は抜けた場所を見事に埋め、完璧な壁がまた出来上がる。彼等の退路はもうない。
エルザーニスの顔から、完全に笑顔が消えていた。
「やはり貴方は魔女だ」
恐れつつもそう宣言するエルザーニスを、平時なら勇敢だと認めたかもしれない。
だが今はただ無謀な呟きにしか聞こえなかった。
「此方の眷属だって幾つも光に還ったわ」
「眷属は人とは違う。彼等は大切な……」
エルザーニスが光に還った兵士を悼む。
「命の重さに貴賤はない。眷属だって私の身内だわ。それに、先に仕掛けて来たのはそっちでしょ?」
私の足元に、大きな神石が転がっている。伝書鳥が落としたと言う光る石だったもの。
直接触れたくはなかったので、土で槍を創ってそれで軽く突く。神石は一瞬残った神力で小さな抵抗を見せたが、僅かな衝撃で砕け散り光となって消えた。
「!?…………脆過ぎない?」
「トーコ様、多分それ使用回数限度です」
ミィを助け起こしつつ、ノハヤが教えてくれた。何処かで聞いた気もするが、何処で仕入れた情報だったか。
一先ずミィが無事であった事に安堵する。どうやら精霊達が受け止めるのに一役買ったらしい。流石私の精霊を自負するだけの事はある。もし彼女が負傷していたら頭に血が上って何をしでかしたか分からない。
ほんの少しだけ落ち着いた頭で、私も心から怒るなんて情熱がまだあったのだと、何だか不思議な気持ちになった。
「神石の補充出来る回数は百回です。回数が零になった神石を使い切ったら今みたいに光に還るんです」
流石は神の石。精霊の贈り物。光に還ると言う事は大気に混ざるか大樹に戻るか、恐らくまたこの世界に溶けて循環するのだろう。この不可思議な理にももう素直に納得する様になって来た。
(再利用させない気?抜け目のない……)
私が持つ五百の神石より大きかった。五百だって神獣の眷属ベリーシエを倒した大きなものだ。
(まさか、神獣を光に還した事がある?)
自領の神獣は結界で保護しておいて、流石は領主、とんだ食わせ物だ。
「この非常識な神石は何、エルザーニス。貴方が作ったの?」
エルザーニスも側近達も、私がそう呼び捨てたのに反論しなかった。私を睨んではいるが、その眼に見えるのは焦りと恐怖。私達の力の差はもう明白だった。そこには誰が見ても歴然とした差が存在する。
瑠璃に水の縄で嘴まで締めあげられた伝書鳥も、成す術もなくじっと此方を睨んでいる。そう、鳥のくせに、一丁前に私を恨んでいるとでも言いたげだ。
「答えなさい」
「…………」
現れたばかりの山吹は、まだ私達の状況を計りかねているのか、これまたじっと此方を見ている。ちょっと他の精霊よりも光っていて若干目が痛い。少し威力を押さえるよう後で注意しよう。
「そうみたいだよ~?」
相変わらずTPOを無視した萌黄の声が明るく響いた。
「……萌黄、約束だからあの鳥をあげるわ。此方の話を聞きながらなら遊んでもいいわよ」
我ながら性格が悪い。次の言葉が分かっていてそんな言葉が出るのだから。
「本当?!ありがとうトーコ様!」
「お待ち下さいトーコ様!!伝書鳥はお返し頂きたい!!」
案の定、手を叩いて喜んだ萌黄にエルザーニスがストップをかける。
「何を言っているのかしら。この地にある全てはトーコ様のもの。勿論鳥もお前もね」
「そうだ。光に還りたくなければ聞かれた事にだけ答える事だ」
瑠璃も蘇芳も目が本気だ。私がエルザーニスを立てなかった事で、彼等の立場は一気に地の底まで落ちたのだ。
この精霊達が私と繋がっていて、私が彼等を敵だと思っている限り、彼等に保証されるものはもう何もない。
「それでも、あれは駄目です」
彼の目は相変わらず私を恐れている。なのにこの頑なな言葉は何だろう。
「ただの鳥でしょ?人の方が貴方にとっては尊いのよね?」
押し黙るエルザーニスの瞳の中にあるのは焦り。何があるのか。
「あの鳥は何?」
「…………」
答えないならもう待つ必要はない。
「萌黄、好きにしていいわよ」
「うん!」
「!!」
一応お行儀良く待っていた萌黄が、嬉々として伝書鳥の元まで駆けて行く。倒れた鳥の足元に辿り着くその僅かな間に、ガダールが動いた。
一体何処の剣豪か。私には剣を抜いたのも、振り翳したのも見えない早業だった。異世界なら剣聖の方が馴染むだろうか。何も感じ取れなかったのは、それが神法などではなく単なる彼の技量だったからに違いない。
私が見たのは無言でそれを薙ぎ払った萌黄と、身体をくの時に曲げたまま宙を飛ぶガダールだった。手にした剣はどうやったのか、刃が三つに折れている。
「「「ガダール様!!!」」」
今度こそ悲鳴が上がった。兵士が神法で受け止めようと必死で残る神力を集めている。
「あっ、あっちが攻撃して来たからだからね!?僕は悪くないから!!」
萌黄が慌てた様子で弁解した。
(あーやっぱり私の精霊は可愛い)
私に嫌われまいとするその様子に、何とも言えない高揚感を覚える。支配欲が満たされるのか。これであざとさを上手く隠されているのなら、それはもう本望だ。
自然と口元が綻ぶ。ほっとする萌黄はまるで見た目通りの子供だった。
そうこうしている内にガダールは兵士達に受け止められていた。相当な衝撃と激痛で、受け止めたもの達まで動けなくなっている。戦場の兵士としてそれはどうなのだろう。
折れた刃が壁になっている巨木に突き刺さっていた。
(剣だけで攻撃するなら神法を合わせれば良かったのに。あれだけの剣が使えて神力も残っているのに馬鹿なの?)
ガダールの髪は紫。土の属性でもやり様は幾らでもある。それとも神法を使えば精霊に止められるとでも思ったのか。
(どっちにしても気付かれるなら、全力で行くべきだったわね)
私はもう力の出し惜しみはしない。
萌黄が伝書鳥にちょっかいを出し始めるのをちらりとだけ視界に入れ、今度は兵士に目を止める。残りの兵士は七、八十名程。十分だ。
「エルザーニス、もう一度聞くわ。質問に答えなければ一人ずつ光に還るからそのつもりで答えなさい」
「!!」
まるでハイジャック犯の様な台詞が自然と口から出た。
悪役令嬢、魔女。もう何でも構わない。
(もしかして、伝書鳥ってアカリの鳥なのかも……)
エルザーニスだけではなく、ガダールまでもが守ろうとする鳥。彼等より上に立つのはアカリ・アリサカを置いて他にはいないだろう。
エルザーニスが恐れているのは伝書鳥を光に還される事ではなく、アカリのものを失う事で彼女の怒りを買う事ではないのか。
「この石は何をする為に誰がどうやって作ったの?」
「…………」
「…………タイムオーバー」
「!!」
地面から鋭い槍が生え、端にいた一人の兵士が光に還った。攻撃したのは私ではなく蘇芳だ。神法で繋がる彼女達は、私の心理を読む。
ルミアとトーダリィが咄嗟にエルザーニスを庇う。彼等は英雄ガダールではなく、悪まで領主であるエルザーニスの臣下なのだろう。トーダリィは剣を構えるが攻撃しては来ない。彼等にはもう私達に対抗しうる有効な手段がないのだと思う。
「もう一度……」
「その石は神法を阻害する為のものです」
どうやら私が本気である事は伝わった様だ。この状況でまだ伝書鳥を気にしていたエルザーニスが、全神経を此方に向けた。
しかし答えるエルザーニスの表情は、全く諦める等と言うものではない。焦りや恐怖が消えた訳ではないのに、その瞳には強い敵意があり、私を射殺そうと真っ直ぐ此方を見ている。
(強い…………でも……)
心を折る方法なら、いくつかくらいは私だって知っている。
エルザーニスが本当に領民を貴ぶ領主なら、自分の返答次第で兵士が光に還るこの状況も負荷がかかっている筈だ。
「私が神石にその様に思いを込めました」
「何の為に?」
「貴方に勝つ為に」
「勝ってどうするのよ」
「出来れば配下にと……」
彼等がここに来た本当の目的はそれか。
エルザーニスがもし本当に兵士を光に還したくないのなら、もう御するのは容易い。
暴れる鳥の羽を毟って大樹に翳しその美しい色を堪能しながら、萌黄もしっかりと此方の話を聞いている。エルザーニスの言葉に嘘はない筈だ。
「そんなの承諾すると思ったの?」
「ここから立ち退いて頂くだけでも良かったのです」
ここは彼等にとって神域だ。誰かにいてもらっては困るのだろう。
しかし自領から出したところで、問題を先送りにするだけではないだろうか。それで他領に取り込まれると言う懸念はなかったのか。
(流石にそれは自意識過剰?)
単に、排除しても問題にならない程度の不穏分子だと思われていたのかもしれない。
彼等は勿論、勝てると踏んでここへ来たのだろうから。
「神石に思いを込める、ねぇ?」
私は蘇芳に神石を一つ貰って、願い事をしてみた。
「…………何も起こらないわ。もっと具体的なやり方が聞きたいわね」
因みに神石には貨幣を生めと願ってみた。見事に変化はなかったのだが。
エルザーニスがそれに答えたのは、また一人光に還ってからだ。美しい眉間にまた一本しわが刻まれる。
「神の称号に因るものです。誰にでも真似出来るものではありません」
エルザーニスの髪は金色。光属性の神の称号持ち。そうであるなら仕方がない。私の望みが俗物的過ぎたからではない様で安心する。それとも願い方が間違っているのか、思いが足りなかったのか。
「では貴方達四人を守っているその結界は何?」
「結界?」
「器の中にあるでしょ。それも結界石を使うの?」
「「!!」」
この質問に反応したのはエルザーニスとガダールだった。
この二人だけが知っていて、主席交渉官や近衛の兵士達が知らない事実。領主のみが知る事なのか、若しくは一族のみか。
「早く」
また一人。大樹に向かって光が飛ぶ度、小さな神石が零れ落ちる。
(後で皆に回収してもらわなきゃ)
光に還った兵士と、ンルザントの分。そう言えば地下牢の捕虜の分も回収していない。神石の数は大分減っている。もしもの為に補充が必要だ。
ンルザントは放っておいてもヨモギがまた生み出す。
一瞬良い神石の獲得手段、等と思いかけて止めた。
(流石に味方でそれしだしたら悪役令嬢どころじゃないわ。勿論非常食にするのもなしよね)
身内等と言っておいて、少し残念だと思ってしまった。うっかり溢さない様に気を付けなければ味方の信用を失いかねない。
それにフレンドリーファイアが無効な事は確認済だ。
(でも最初って風属性だったよね。紅に交代して火が吹けるんだから精霊の贈り物って火属性の神石?)
「トーコ様?」
思考が逸れた。閑話休題。
「何でもないわ。答えてエルザーニス」
「内にある結界については分かりません」
「では誰なら分かるの?」
「……神なら……」
萌黄が反応しないと言う事は、その答えは嘘ではない。しかし神を持ち出されたら何でも言い逃れ出来てしまう様な気がする。質問の仕方を考えなければ。
「では分かる人間を知っている?」
「…………」
答えないと言う事は、知っているのだ。
また一人光に還る。
「アカリ・アリサカの神法?」
「「!!」」
正解。やはり危険人物はアカリ・アリサカ本人。
アカリの神法に干渉できない時点で、アカリは恐らく私より強い。それなら私のすべき事は一つ。
「では貴方の持つ神の称号を教えて」
「!?それは……」
相手の手の内を少しでも知る事、戦力を削ぐ事。
「時間は有限よ」
また一人還る。でもまだ大丈夫。アカリはここにいない。
手の刻印が熱くても痛くても、相手にどんな強者がいようとも、私はこの世界から私を脅かす敵を排除しなければならない。ここまで来て、見逃してもらえるなんてもう思えない。
だったら出来る事を全てしなければ。
私が危惧するものは人の知識や知恵以外に、神の力によるこの世の理。
瑠璃が器が全てだと言い切った様に、神法に付いて知る事は身を守る事に置いて最重要事項だ。
だから賢い人々は称号を秘匿する。それを口にする事は自殺行為だと分かっている。
エルザーニスが答えに詰まると、大樹に光が飛んだ。
一つ能力を喋ると、私は他にはないかと質問した。
(あぁまた兵士が減って行く)
なんだかそれはゲームに思えた。兵士はただの駒。
光になって消えるのは、やはり人の死として実感が沸かなかった。
(最初からこうしておけば良かった?)
そうすれば食料で悩む事も、ホノライ達が寝返る心配をする事もなかった。
(いやいや、今捕虜の数がいるおかげでこのゲームが成立してるんじゃない)
称号の中には、ホノライを威圧した能力も入っていた。「領主の威光」と言うその神の称号は名前の通り、領主になってから現れた後天的なものらしい。他者を威圧したり陶酔させたりする能力だそうだ。
(神の称号って言うと先天的なものに聞こえるけど、スキルや能力だと思えば習得出来るものよね。どっちにしろ脅威だけど。領主と言わず教主にでもなれるんじゃないの?)
因みに元領主のガダールも同じ称号を持っているらしかった。しかしその効果は若干違っていて、陶酔と言うよりは鼓舞する能力に近い印象を受けた。
(同じ称号でも人によって効果が変わる……これは覚えておかないと……)
危険だ。そのものの本質が分かっていないと足をすくわれかねない。
次に、他の者の称号についても質問した。既に光に還ったものもいるが、エルザーニスが兵士達に付いて知っている事を一つ一つ答えさせる。これを兵士の目の前でさせる事で、エルザーニスも兵士も精神的に疲弊するだろうと踏んで。
答えに詰まるとまた一人、また一人と光に還っていく。減ったとは言っても兵士はそれなりの人数がいる。地味にしんどい。精神的にも疲れる。
(こういうのはやっぱり精霊に任せればよかったかな)
瑠璃達は事も無げに結果を報告してくれていたが、精霊はこういう作業をどう思っているのだろう。
(何も思ってないかも)
精霊はAIの様なものだと思う時がある。人の感情を理解して動くというより、決まった形に添って反応を返すと言う方が近い。
(だから全て任せるのは危険な気がするのよね。まぁ機械だって学習するんだけど)
でもまだ想像もしていない結果を持って来そうな危うさがあって怖い。それに機械が学習するのだって最初は膨大な人の手が必要だろう。
まぁ今は良い。この単純作業を続けよう。
暫くこんな風に尋問をしていったが、話がアカリ・アリサカに及ぶとエルザーニスは口を閉ざした。
「彼女に付いては何も答えられません」
「捕虜の命を懸けても?」
「そうです」
エルザーニスは確かにアカリの何かを知っていた。しかし近衛の兵士を二十人程光に還しても口を割らなかった。人望が厚いと言っても彼は領主。アカリはそれだけ重要な存在と言う事だ。
(アカリ・アリサカ・R・ランファレ。本当に何者なの?)
それに納得している兵士が多い中で、目を見開いて絶望に陥る兵士もいた。
(心理戦を仕掛けるならここか)
こういう輩はいたずらに集団の不安を煽る。内部崩壊を誘うなら良い狙い目だ。
此方に引き込む事も容易そうだが、裏切る可能性も高そうだから彼等の総合評価はマイナス。私はこういう人材は使いたくない。
まぁこの場は力で捻じ伏せているのでもう使う必要はない。
私はガダールに矛先を向けた。
「貴方も同じ考え?アカリの事は喋れない?」
「そうじゃの」
アカリ・アリサカには賢者ですら凌駕する何かがある。
「では質問を変えましょう」
私が本当に欲しいのは彼等の命などではなく情報だ。この機会をもう無駄にはしない。
「結界石を、貴方は私にくれる?」
「無理じゃ。あれはそう用意出来るものではない」
精霊の視線がガダールを指す。私は片手でそれを制し、話を続けた。
こんな老人に言葉遣いを改めてもらうのは流石に気が引ける。
「何故用意出来ないの」
「量産出来ぬ」
「人を集めれば良いじゃないの。貴方偉いんでしょ?」
ガダールの地位「賢者」は領主であるエルザーニスより上。しかも英雄。人を集めるのに苦労はあるまい。
しかし、彼がこの状況で無理だと言うのなら本当に無理なのだろうか。
「誰にでも作れるものではない」
「あれを作ったのは貴方?」
「……そうじゃ」
「神の称号で?」
「…………そうよの」
それはエルザーニスにガダールの称号を聞いた時点で、出て来なかった能力だった。
身の安全を考えれば当然かもしれないが、家族でも知らないとは何だか寂しい。
(しまった。やっぱりエルザーニスに聞くんじゃなくて、兵士にも自分で自分の能力を喋らせれば良かったかも)
失敗した。若しくはもっと上手く聞くべきだった。
もしエルザーニスが本当に認知していなければ、称号を持っていても萌黄の嘘発見器では見つけられない。兵士の反応である程度は分かるかと思ったのだが。
(萌黄に頼り過ぎるのも問題か)
仲間の内は良い。しかし萌黄が裏切らないという確証はない。
「では今直ぐここで作って」
「直ぐには出来ん。少なくとも数年……」
萌黄を見るに、その言葉に嘘はなさそうだ。
にしても数年は長過ぎる。
「数年って、そんなに神石にくっ付いていられないでしょ。大体その間に他にしなければならない事が山ほどあるでしょうに」
領主としての仕事だけではなく、人としての基本的な欲求を満たす為に。
「具体的に、どうやって作るの?」
「神石に思いを込める」
またそれである。
(何?ここは願えば何でも思い通りになる夢の国だとでも?)
もしそうなら私がこんな状況になっているのはおかしくはないか。理不尽にも程がある。
「どうやって思いを込めるの?」
「…………神石に願いと神力を注ぐ。四六時中付いている訳ではない」
「それじゃぁ誰でも出来そうだけど?」
「儂の器で数年かかる。出来るかも分からぬ事をそれ以上続けて試す粋狂なものが他にいるとは思えん」
(試して出来るかもしれない?まさかそれも後天的に取得出来る称号?)
もしかしてエルザーニスの作った石も、願いが違うだけで能力としては同じものなのではないか。
この世界には神法が込められた手紙もあった。あれも神法を付与すると言う点では同系統のものに思える。
(エルザーニスは称号がないと出来ない、みたいな言い方をしたけど……)
否、彼は「神の称号に因る」と言ったのだ。誰にでも真似出来るものではない、と。
(それだと嘘にはならない。後から取得出来る事を言わなかっただけだもの。言い方次第で萌黄の探知を掻い潜るか……)
本当に可愛い顔をして何処までも油断ならない。ガダールより全く可愛くない。
しかし、試してみる価値はありそうだ。あわよくば私もその称号を手に入れられる。ガダールが数年かかったとしても、私の神力なら数日かもしれない。その間何も出来なくなるのは不安だが、毎日全神力を注がなくても良いのかもしれない。
「あの結界は人を通過出来なくさせるもの。一度張ったら解けるまでどうにも出来ん。破壊するしかない。外に出られぬのは不便ではないのか?お主は何がしたい」
「何が?」
そう言えば私も結界を壊してここに侵入したのだった。
安全な土地は確保したいが、壊さないと出られないでは使い勝手が悪い。
(あ、でもお出かけ用にミィに持たせるとか)
出かけさせるかは別として、お泊りの時に金庫代わりにするとかテント代わりにするとか、強度や持続時間を調整すればいろいろ使い道はありそうだ。
ミィはもう少ししたらアデルが寝ている間も神法を補助出来る様になるかもしれないが、ホノライやノハヤには有効だし、そもそも器の小さい彼女達が神力を使わずに身を守れるならそれに越した事はない。
「まぁそれは貴方には関係ない事ね。では後聞いておく事は……ミゼア・セラドニについてかしら」
「…………あれはお主が知りたい事を何も知りはせぬ。器も小さい」
「アカリの母親なのに?」
「そうじゃ」
「アカリって貴方達の子供でしょ?実子よね」
「…………親が子の全てを知っている訳ではない。お主も人の親になれば分かろうよ」
私に子供はいない。
ガダールが見せる寂しげな表情の本当の意味を、理解していないと言われればそれまでだ。
多分私がこの時分かったのは、ガダールがアカリに対して明らかにエルザーニスとは違う感情を見せたという事実だけだった。




