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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
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第44節 魔女と領主の交渉の結果

本日3節更新(予定)。このお話はその1節目です。

「ではエルザーニス様」

「はい、トーコ様」


 外見からすれば小娘と青年。立場は平民かどうかすら怪しい者と領主。

 対等、と言うのは実に微妙だ。

 しかしそう決まったのなら順応するしかない。これは恐らくもう、日常の軽い会話などでは済まない場なのだ。

 私を模倣してか、エルザーニスが私を「トーコ様」と呼ぶ。精霊の出方を見ているのだろうか。


「貴方方は何故こちらに来られたのかしら」


 本当は呼び方なんてどうでもいい。でもこれは人種の事情に疎い精霊にとって、分かり易い差の付け方なのだろうと思う。

 だから精霊が望むなら付き合う。若干有利で交渉がスタートしたこの状況が精霊のお陰なのは間違いないのだから。


「その前に、交渉官を同席させても?」

「どうぞ」


 ある意味それには彼も一役買っている。

 自力で立ち上がって呼吸を整えていたエンデ・ルミア交渉官が、感謝します、と断って席に戻って来た。何事もなかったかの様に着席するのは流石貴族である。

 ガダールとトーダリィも剣から手を離し、姿勢を正す。


「失礼致しました、魔女トーコ様、ルリ様。その件に付きましては私からお話しさせて頂きますが宜しいでしょうか」


 さっきの攻撃を受けてこの対応。その切り替えの早さは見習わなければ。


「構わないわよ、別に貴方でも事足りるわ」

「…………」


 私も立場上瑠璃に話をさせるべきか迷っていると、瑠璃が勝手に許可を出す。

 笑顔のルミアの沈黙が怖い。


(貴族なんて、皆真っ黒なんだろうなぁ)


 清廉潔白な貴族等それこそファンタジーだ。日常が腹の探り合いと言う特殊な環境で生きて来たであろう彼等に同情と恐怖を覚える。

 そんな彼等が私を侮るそぶりを見せる事など、そもそもなかったのだ。貴族の、それも領主と側近にあってそんな事で油断する様な育ちはしていないだろうと今更ながら思い至る。


「我々が此方へお邪魔したのは、神法師団から報告書を受け取ったからです」

「報告書?……………………………………………………………………………………あぁ、キーニーズね」


 自分で書かせておいて忘れているとは凄い。


「左様でございます。随分と此方の兵士がお世話になっている様ですね」

「本当よ。食料を食いつぶすだけで何の生産性もないなんて、何故あんなものを飼っているのかとても疑問だわ」

(言い方!)


 私は瑠璃を見守っていていいのだろうかと本気で思案する。瑠璃は私がエルザーニスを立てた事がとても面白くない様子で、ここぞとばかりにルミアを攻撃する。


「あれでも我が領には必要な者達なのです。それに流石は魔女様。捕虜の扱いも心得ていらっしゃる様で」

(こっちもこっちでメンタル強いな)


 ルミア交渉官は瑠璃を怒らせたいのか。瑠璃と喋っている様で、その言葉は私に向いている。

 また瑠璃を怒らせたら今度こそ光に還ると思う。まぁこのくらいの駆け引きが出来なくては交渉官などやっていられないのかもしれないが、私にはとても無理だ。

 それにしても、捕虜の人権を尊重しつつ扱いには十分注意したのに酷い言われ様である。


(紅が直前にヨモギをけしかけたりしなければ!)


 当の紅は締め出してしまったのでここにはいない。いたらきっと楽しそうにこちらを見ていたに違いない。


「では直ぐに引き取ってもらいたいわね」

「……お返し頂けるのですか?」


 ルミアが目を大きく開け一瞬言葉に詰まったが、直ぐに元に戻る。


「勿論相応の見返りがあればの話だけれど」

「何をお望みでしょうか」

「結界石を」

(瑠璃!!ナイス!!)


 流石は私の精霊だ。きちんと主人の希望を把握していたらしい。

 どう切り出そうかと悩んでいたが、何と自然な流れ……。


(あれ?でも待って?これでこっちの欲しいものがバレたんじゃ……)


 瑠璃がキーニーズに馬鹿正直に要求を書かせたせいで、既に半分足元を見られている気もするが。


「それは無理です」

「では捕虜は光に還るだけね」

「…………」


 また沈黙が落ちる。

 流石に光に還すと言われれば、石くらい出すのではないだろうか。幾ら特殊で手に入りにくいものとは言っても石は石だ。

 等と言う私の淡い期待は、次の瞬間見事に打ち砕かれた。


「無理ですね」

「無理?」

「えぇ」

「捕虜はどうでも良いのかしら?」

「どうでもという訳ではありませんが、それで結界石はお渡し出来ません」


 兵士の命は石より軽いと言う事か。それともそれ程に貴重な石なのか。

 そもそもここは私の常識では計れない世界。ルミアの隣で美しい青年領主が何も言わずににこにこと様子を見守っている。


(人の命と不思議な石と、天秤にかける必要はないと言う事?)


 ここは神と信仰篤い人々の世界。一見それは敬虔な信徒の集まる平等で誠実な世界を思わせるが、宗教にとって凡その場合神や仏は絶対の存在だ。人の命は神より遥かに軽い。

 もしかすると結界石は神の如き石で、彼等の命はそれと比べられて人道的な扱いが適用されないのなら、本当に捕虜の価値はなくなってしまう。


(でも光に還す?還せるの?)


 無意識に右手の甲を左手で庇う。冷汗が背を伝う。


「本当に使えない事」


 くらくらする。気持ち悪い。


「領主様、失礼ながら捕虜をお見捨てになるのですか?」


 その時、怒った様なホノライの震える声が振って来た。

 いや、これは怒りではなく、悲しんでいる声だろうか。


「……領主の話し合いを邪魔するとは、流石は魔女様の執事ですね」

「っ!」


 ホノライが大きく肩を震わせる。ルミアの言葉より、エルザーニスの視線を受けて怯えている様に見えた。


(大の男が何震えてんのよ、泣きたいのはこっちよ。領主がそんなに怖いの?こんな美青年が?それとも彼に見捨てられる事が?)


 思い付いてこっちまで哀しくなった。もしそうだとしたら。


(…………どうしよう)


 どうにもならないのだが。


「エルザーニスもルミアも、何焦ってるのー?」


 涙目の私の隣で、萌黄がとても楽しそうに領主達の名を呼ぶ。空気を読んで欲しい。

 しかし、どうやら私と領主がこの場で対等なだけで、結局精霊達の中では所詮器の小さい人間は下、という扱いは変わらないらしい。


(家臣に付いての譲歩ってそう言う意味じゃないと思うんだけど)


 ルミアはピクリと反応したが、今度は耐えた。トーダリィは眉をひそめてはいるがそれ以上動かない。ガダールとエルザーニスは気にした様子がないので、この際そっとしておく事にした。また序列云々言い出しては話が進まない。


(そう言えばホノライも捕虜もキーニーズも、領主は慈悲深く人望篤い人柄だと言ってたじゃない。なら結界石の方が優先されるだなんて答えは…………私を試しているの?)


 それともホノライ達が巧妙に私を謀っているのか。いくら神とは思っても、私は会ったばかりの人間だ。貴族に生まれてからずっとその頂点に君臨している領主家や英雄である賢者とは、寄せる信頼の篤さが違うだろう。

 萌黄に名前を呼ばれたエルザーニスの表情に変化はない。しかしガダールの殺気と、剣への集中が上がった気がする。何かあれば直ぐに抜くに違いない。念の為水のバリアは作動中だ。


(そう言う態度に出るのね)


 萌黄が言うなら、エルザーニス達を少しは追い詰めているのだろうか。ルミアはちょくちょく表情が変わるが、それが本心かは分からない。

 私がエルザーニスの出方を見ている様に、彼方も私を見定めようとしている。騙されてはいけない。

 そして精霊達も私を見ているのだから油断ならない。


(覚悟を決めるしかないか)


 光に還せる力はある。後は私の心次第。

 人を光に還した事がない訳ではない。それが無抵抗の人間ではなかったと言うだけだ。


「仕様がないわね。交渉に使えない様では置いておくだけ無意味だわ」

「トーコ様!!それはあまりにも!!」

「ではホノライ、貴方が懐柔でも何でもしてみる?」

「え?」


 ホノライが動きを止める。ホノライの意図は何処にあるのか。捕虜を、元神法師団として仲間を守る事に何のメリットがあるのか。


(いや、そう言う事じゃないわね。人としてホノライは当然の事を言っているだけだわ)


 あの中に特にホノライと親しいものは見受けられなかったが、同僚のヤユジノだっている。


「明日の朝まで待ってあげるわ。明日の朝私に付くと言う捕虜がいるのなら生かしましょう。扱いは保証しないけれどね。そうでないなら……」


 万一残ったとしたら、私は彼等をどう扱えばいいのだろう。それが後々命取りにならない保証はない。

 これは逃げではないのか。多分これは光に還すという罪を背負いたくないだけだ。


「エルザーニス様、結局貴方方は捕虜の様子を見に来ただけなのかしら。ねぇ瑠璃」

「…………グリーセントメリベの様子を見に来たのですよ」


 返答が少し遅れたのは萌黄を気にしたからか。回答としては概ね予想通りだ。


(でもルミアもエルザーニスも交渉事には長けてる。私が叶う相手じゃないわ)


 ルミアの緑の髪は萌黄と同じ、神法で人の心を読む事が出来る色。私達を看破出来るかは別として、人の心を操る事も可能な属性だ。

 それでなくとも領主と側近と言う地位はこう言った場慣れもしているだろうし、普通の会社員の私とは圧倒的なネゴシエーションスキルの差がある筈だ。

 更に全く発言せずじっとこちらを見ている老人。領主であるエルザーニスも敬意を払う賢者ガダール。賢い者だなんて、何て恐ろしいネーミングだろうか。


 瑠璃に任せた方が情報を引き出せるし、その間に私は落ち着いて状況を見、考える事が出来る。まぁ精霊達の台詞のせいでいろいろ余計な情報を与えている気もするが、私が一方的にボロを出して終わるよりはいいと思う。何より臆する事のないその心臓こそが、この交渉を有利に運ぶ筈だ。


「それで?グリーセントメリベはどんな様子だったと?」

「結界はなくなっていましたし、神獣も確かに魔女トーコ様に従っている様子でした。捕虜の数も報告通りです」


 瑠璃の質問にルミアが返す。会話はまた交渉官達に移った。


「報告通り、ねぇ。今朝方外壁の周りをうろうろしていたのを光に還したけれど、あれは数には入らないのね」

(ちょっと何それ!?聞いてないけど!?)

「…………それは、存じ上げませんでした」

「ほらぁ、また嘘付くのー?」


 いつの間にか萌黄がルミアの背後にいた。萌黄の手がルミアの喉に触れている。今度こそ息を呑み、顔色を変えるルミア。隣の出来事を一瞥しても表情筋の動かないエルザーニスは流石に凄い。

 いきなりガダールとの間に割り込んで来た萌黄に斬りかかろうと、一歩下がって剣を抜いたトーダリィが、見えない力で押さえ付けられているかの様に振り上げた剣を下ろしもせず止まっている。


「煩いなぁ。静かにしていないとお前から光に還すからね?」


 ガダールは剣に手をかけたまま抜いてはいなかったが、よく見ると剣も鞘も土で覆われている。代わりにガダールの全身に神力を纏った形跡があった。萌黄の風で霧散した様だが、この一瞬で剣が使えない事を悟って神法の攻撃に切り替えたのだろう。

 

「萌黄、蘇芳も止めなさい」


 私の声に、つまらなさそうに萌黄がルミアの首から手を離す。そのまま下ろすかと思われたその華奢な手は、高々と上げられたトーダリィの剣を素手で捕らえ、何でもない事の様に振り下ろす。

 トーダリィは宙を飛んだ。振り払われた衝撃と、萌黄の神法のせいで手に力が込められなかったのだろう。剣から手が離れ、背後の壁まで吹っ飛んだ。


「がっ!!」


 ガチャンと言う大きな衝突音と同時にまとわり付いていた風が離れ、トーダリィの口から一筋の血が流れる。壁はそんな衝撃では傷一つ付かなかったのか、それとも蘇芳が瞬時に直したのか無傷だった。

 トーダリィは少し呻いたが、直ぐに気を失った様だ。萌黄がパタパタと可愛らしく走って来て、私の横に立った。


(見た目は天使なんだけどなぁ……)


 中身は小悪魔どころか悪魔だ。


「私は彼等を見ていませんし、報告書にも書かれていなかったのは事実です。恐らく第八隊の者でしょう」


 背後の音に二人が振り向きもしないのは、何があったか薄々感じているのだろう。私は焦って顔色を変えたと言うのに。光に還らなかった事にほっとした自覚もある。


(あぁ、私を見て彼等はトーダリィの無事を確認したのね。やっぱり踏んだ場数が違い過ぎるわ)


 その事実だけで私はこの一行が怖いのに、精霊達はまるで気にした様子がない。

 瑠璃の質問は続く。


「あの二人は何をしていたのかしら」

「本隊に合流しようとしたのかと」

「何故彼等だけ別行動を?」

「………………森の詰め所に待機の伝令を」

「森の詰め所?」

「そこの、ホノライ・アドバンセチアが所属していた隊が詰めていた場所です」

「アドバンセチアねぇ」


 ホノライは色の悪い顔を更に青くする。震えていないところを見ると、少なからず私達への感情が恐怖から別の何かに変わって来たと言うところか。まぁ私以上に胃が痛んでいる事には違いない。気の毒に。

 

「此方からも宜しいでしょうか。其方の望みが叶えられない場合は相応の報復をとありましたが、それは捕虜を持って収めると言う事で間違いありませんか」


 此方にこれ以上質問されたくないのか、ルミアが話の流れを変えた。


「それはトーコ様のご気分次第ね」


 敵わないと思ってくれたのだろうか。実際力で負ける事はないと思うのだが、心理戦にも少し兆しが見える。主に恐怖政治的な感じで。


「では相応の金銭を支払うと言うのでは?」

「金銭?くれると言うなら貰うけれど、それだけではねぇ?」

(馬鹿瑠璃!取り敢えず金額聞けば良かったのに!)

「因みに、こちらの荷物は返して頂けますか」

「荷物?あぁ、庭に積んでおいたあれかしら。別に構わないわよ、持ち帰れるものならね」


 ヨモギがいては恐らく出来まい。

 それにしても、私がしたかったのはこんな話し合いだったのだろうか。穏便に要望を伝え、上手く情報を引き出して物資を手に入れ、棲み処と安寧を得ると言う望みは、これ以上この話し合いを続けて良い方向へ向かうだろうか。

 この先瑠璃に任せていても私は増々悪役一直線な予感しかしない。そして自分で上手く交渉する自信もない。


「話が出来ない様ならこれで終わりでも良いのよ」


 つまらなそうに瑠璃が言う。

 確かに瑠璃には此方の手札は捕虜だとは伝えた。だから捕虜が交渉に使えないなら話し合える材料がない。

 それにこれ以上彼等を相手に情報を盗れる気もしない。


「えー?トーコ様、エルザーニス達こそ捕虜にすれば良いじゃん」

(確かに、領主を人質に取れば大工や食料くらい融通してもらうのは簡単でしょうけど)


 しかしそれで適当な仕事をして貰っては私の命が危ない。棲み処に部外者を招き入れると言うリスクを冒すのだ。私としては、せめてホノライやノハヤ程度の信頼を持って真面目に取り引き出来る人材が欲しい。でないと安心して任せられない。

 歴代の戦争の勝者が、供出させた物資を何故信じられたのかと疑問が湧いて来た。


(この人達から与えられるものを信じるとか無理じゃない?奪い取ったものなら兎も角……)


 何を仕掛けられるか分かったものではない。

 今彼等が結界石を所持している様子はない。穏便に搾取すると言う期待は叶いそうにないし、


(それにこんな頭の回りそうな怖い人達を捕虜にするだなんてとんでもないわ)


 そんな事をすれば絶対に足元を掬われるに決まっている。四人とは言え食料も生活物資も馬鹿に出来ないし、彼等の為に執事やメイドや居住スペースを準備するのも面倒だ。

 別にしなくても良いのかもしれないが、それでは私が落ち着かない。傅かれる事に慣れた彼等が、自分の身の回りの事を完璧に行えるとは思えない。彼等がみすぼらしく汚れて行く姿など見るのは忍びない。まぁ別の趣味に目覚めないとも限らないが。


(美しいって罪ね……)


 彼等はホノライやノハヤの様に私を神聖視して敬う事もないだろうし、ミィの様に弱みを握っている訳でもない。寧ろ私が握られていないか心配で仕方がない。

 このまま手出ししないと言うのなら、関わらないのが一番ではないか。


(……そうよ、何で思い付かなかったんだろう。態々危険な彼等に交渉する必要なんてなかったんだ)


 ヤトーの様に言う事を聞かせやすい、愚かな者と交渉して常に優位に立っている方が余程安全ではないか。

 一時的にでも水で結界を張って、森に入れなければ良かったのではないか。


(それに、閉じ込めて侍らせて愛でて言う事を聞かせて?確かにこんな美青年を囲うのはやぶさかではないけど……)


 正直そっちにも物凄く興味はある。


(二人一緒に閉じ込めてしまえば何れは同じベッドで……)


 それはとても良い夢が見られるかもしれない。


(じゃなくて、そもそもこんな美しい生き物を飼える?)


 この美青年達を光に還すだなんてもったいない事は絶対に出来ない。


(大体領主と側近と言うポジションで輝いているからこその美しさじゃないの!)


 やはりヤンデレルートでは本当の幸せが得られる気がしない。


「トーコ様……」

「駄目よ瑠璃。彼等にはお帰り頂くわ」

「左様で」


 瑠璃の呆れた様な視線は無視しよう。これがのちの火種になる余地を残す事は分かっているのだが、正直これ以上いい案も思い付かない。


「…………では私からも三つだけ宜しいでしょうか、トーコ様」

(三つもあるの?)


 様子を見守っていたエルザーニスから何か要求がある様である。聞きたくないのが本音だが、そう言う訳にも行かない。

 エルザーニスのその笑顔から、感情を読み取る事は一度も出来ていない。猫の年季が違うのだろう。


(いやいや私だってそこそこ……)


 しかし風の神法をもってしても、この後もそんな事は不可能ではないだろうかと思わせる。


(この子これで私より五つも年下なんだよね。中身的には)


 この状況で三つも意見しようとは図々しい。基、流石は百戦錬磨の領主と思わずにはいられない。


「一つはホノライ・アドバンセチア、君に捕虜を良く説得してもらいたい」

「は?」


 急に話を振られ、ホノライが間抜けな声を出してしまったのは仕方がないと思う。エルザーニスは真っ直ぐホノライを見て、真面目な顔をして捕虜の安全を願ったのだ。


「トーコ様が明日の朝までに説得すれば捕虜の命を保証すると言って下さったのだからね」

「あ……あの、それは貴方の兵がトーコ様の傘下に入るのを了承されると言う事ですか?」

「彼等の命には代えられない。こんな結果になってしまったけれど、僕は彼等を見捨てたい訳ではないんだ。出来る事なら助けたい。どんな形でも生きていれば未来は切り開ける」

「領主様…………」


 ホノライが涙を浮かべて俯く。


(何この展開。私が悪者なの?その見た目で情に訴えかけるのは卑怯じゃない?あんたも何今生の別れみたいな顔してんのよホノライ!どっち側なのよあんた!)

「特に君の隊の者や、キーニーズには宜しく言って欲しい。今までよく仕えてくれたと……」

「ちょっとエルザーニス、何ホノライに指図してんのぉ?ホノライはトーコ様のものなんだけどぉ?」

「勿論分かっています。では二つ目に、箱に入れた近衛師団はそのまま返して頂きたい」

「本当に何を言うのかしら。何故トーコ様がタダで捕虜を返さなければならないの」


 瑠璃の中では、と言うよりも、状況を見ればここにいる全員が捕虜でもおかしくはないが、私としては返したい理由がなくもない。


(少しでも光に還す可能性のある人数が減った方が嬉しいんだよねぇ)


 右手と覚悟の話だけではない。彼等にも家族がいる。憎しみは負の連鎖を呼ぶ。この先煩わしい事になるのは目に見えている。少しでも光に還す数は減らしたい。


「帰るにしても、この獣の蔓延る森をこの四人だけで踏破するのは容易い事ではありません。近衛師団を返して頂けるのなら、今のところ此方はトーコ様がここに居住する事に口出しはしません。いかがでしょうトーコ様」

「…………私が素直に残った兵を返すとでも?」

(って違う!そう言う事が言いたいんじゃなくて!!)


 精霊の言葉につられ、つい悪役丸出しの台詞を吐いてしまった。


「そうして頂ければ、暫く貴方はここに住んでいられますよ。確か静かにここで暮らしたいとのご要望だったかと思うのですが」


 ハッとした。そうだ。そもそも私は棲み処と安寧が欲しかったのだった。激しい疲労感のせいで少し忘れかけていた。

 領主がそう言うのだから、領民も私の邪魔をしない様になるだろう。それこそ私の望みである。


「三つ目に、伝書鳥は返して頂きたい」

「伝書鳥?」

「あれは私の可愛がっている鳥なのです」


 私に考える隙を与えず、エルザーニスが伏し目がちにこちらを見る。はにかんだ様な笑みに、私の心は貫かれた。


(マジ天使!!)


 急激に熱が上に上がって、顔がほてる。鼻字が出そうになる。


(まずいわ。そんな場合じゃないのよ!!でも天使!!)

「トーコ様~、駄目だよ~?」


 萌黄が面白くなさそうに私の前に立ちふさがり、エルザーニスから私を隠してくれたおかげで涎を垂らすと言う醜態を晒すのだけは回避した。

 

「そう言うのは僕の役割でしょ?」


 そっと耳元で囁かれる甘い声。微かに私の耳を擽る萌黄の吐息に、一瞬我を忘れて陶酔しそうになる。


(いやいや、あんた何主人に魅了かけようとしてんの!!)


 危うく精霊の神法に侵されそうになり、慌てて体内から干渉を妨げる。


「良いわよ鳥くらい」

「えー!あの鳥は僕のでしょ!?」

「勝手な事した罰よ。二度としないで頂戴萌黄。紅と交代させないわよ」

「ちぇっ」


 油断も隙もあったものではない。


「どうせその鳥何を上げても食べないし。光に還られるより良いじゃない。大きさから肉食かと思ったのだけれど違ったかしら」

「その鳥は神の果……」

「神のか?」

「いえ、その鳥の食事は高級フルーツのみです」


 領主の周りは鳥まで贅沢らしい。


「ではトーコ様、最後にお聞きしたい」

「まだあるの?」


 三つではなかったのか。


「貴方はこの話し合いの妥協点として、何が最善だと思いますか?」


 それはもう答えが出たのではなかったか。


「捕虜を以って、此方は報復をしない。箱の中の近衛師団と伝書鳥を返す代わりに貴方達は暫く私達がここに住む事に口出しをしない?」

(要約するとそう言う事よね?)

「えぇ、そうですね。ではトーコ様のご理解も頂けたと言う事で、そう致しましょう。長くなりましたので我々はそろそろ」

「そうね」


 エルザーニス達が立ち上がる。貴族らしく礼を取る領主一行に精霊達は何もせず、私だけが礼を返す事を誰が咎める訳でもない。精霊達の目が口ほどにものを言っているだけだ。

 蘇芳が崩れたままのトーダリィを片手で引きずり、四人を先導して出口へ向かう。それにも誰も口を挟まないで着いて行く。

 傍から見れば異様な光景だった。


 そういえば決まった事は口約束のみで書面も何も残していない事に気が付いたが、もう何だか言い出しにくい。それに精神的に疲れ過ぎてもうどうでも良くなって来た。早く帰ってほしい。


「瑠璃、ルミアの精霊をこっそり呼び出せる?」


 彼等を後ろから見送りつつ、一番神力の器の小さいルミアを指名して、最後に万一の保険をかけようと瑠璃に耳打ちする。


「…………弾かれましたわ」

「!?まさか!何で!?」

「どうかされましたか?トーコ様」


 エルザーニスが振り返った。笑顔は張り付いたままだ。


「何も」


 とぼけて見せたが、その言葉が意味を成してはいないと分かっていた。

 無闇に攻撃を仕掛けなくてよかったのかもしれない。蘇芳と瑠璃が若干やらかしかけたが、光に還すつもりではなかった事が幸いした。

 もし私達で光に還す事が出来なかったり、更に大きな未知の敵が現れたりするより、余程無難に終わったのではないか。


(本当に油断ならない…………)


 水のバリアを解いて皆を外へ出し、私もそれに続いた。

 外へ出ると、紅がエルザーニス達の持ち物を荒らしていた。


「トーコ様が悪いんですよぉ?私を締め出すからぁ」


 彼女の足元には綺麗に食料と金品が積み上げられ、武器や防具は神法で溶かされたのか、捕虜達がいつの間にか頑丈な鉄格子の檻に入っていたのだった。

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