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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
44/67

第43節 魔女の胸中と領主の反応

本日は2節投稿です。これは1節目より少し時間が戻った所から始まる2節目です。


1節目(第42節) ~ エルザーニス Side ~

2節目(第43節) ~ トーコ Side ~

(あー痛い……)


 きりきりと痛む胃を抑える。ついに領主に会う日が来てしまったのだ。

 やれるだけの事はやった。だからこうして領主一行を力任せに連れて来たのだが、彼等を入れた蘇芳の巨大な土のキューブを前にすると落ち着いてなどいられない。


(何も本当にここまで彼等を連れて来る必要ってあった?森の端っこにでもそれらしい場所を作れば良かったんじゃない?でもヨモギが移動すると森の獣が人里に出ちゃうし……)


 一応私にだって良心はある。戦えそうもない行商人や木材屋達が襲われ、食料が手に入らなくなるのは困る。


(ってそれじゃぁ結局自分の都合しか考えてないじゃん!)


 天罰かもしれない。


(そうよ、コンペだと思えば良いのよ塔子。社長や役員が来るただのコンペ!)


 但しコンペティションには出席した覚えがない。会社員時代に経験したのはその資料作成のみである。


「あーもう!!」

「トーコ様煩い」

「萌黄!貴方いい加減口の利き方に気を付けなさい!」

「瑠璃も煩―い」


 走り回る精霊の何と気楽な事。

 領主一行を入れた箱を放置し、門前に整列させた捕虜達をヨモギに任せ、私は心を落ち着けようと庭の外周を一周していた。


「見張りを置いていかないのか?」


 最前列に立たされたキーニーズがそう言ったが、


「置く必要があるだろうか?」


 ヨモギに日々鍛えられているホノライの実感のこもった言葉に、彼等は困惑しつつも大人しく待っている。

 どうせ逃げ道はない。大地を囲む堀には橋もかかっておらず、中には凶悪な魚が泳いでいる。大理石で引っ掛かりも何もない深い堀の外側はみっちりと巨木が寄り合って壁を作っていて、門前とは言っても私達が帰還した時点で入り口すらなくなっている。

 私か蘇芳が出ようと思わなければ木は動かない。


 捕虜を庭に整列させているのは、勿論早急に領主に引き渡す為である。正直今の生活で、捕虜の食事の確保が私達の食生活を圧迫しているのが一番の問題だった。

 自給自足の目途もまだ立ってはいない。お金もない。買い物の機会もそう恵まれているとは言い難い。

 不図、堀――気持ちや用途的には完全に生け簀だが――に目をやると、私達を歓迎する様にンルザントが飛び跳ね火を吐く。


「食べようと思うと逃げるのよ」

「食べないで下さいね~トーコ様」


 今はヨモギを通して繋がっている紅が、申し訳程度に釘を刺してくる。


「まぁ食べてる時に火なんか吹かれたら食べにくいし」

「生け作りにでもするおつもりですか?」


 ミィが流石に神獣の眷属は裁けないと蒼くなっている。

 別にそんなつもりはない。私は焼き魚の方が好みだ。


「でも何でこの魚黒いんだろう」


 見た目は飛び魚なのに、ウナギみたいな色をしている。


「眷属と言うのは黒いものです」

「そうなの?」

「ベリーシエも黒かったではないですか」


 あれは黒豹だからだと思っていたが違うらしい。


(そう言えば御使いも黒かったわ……)


 あれも神の眷属と言えば眷属だろう。それならヨモギも黒でも良い気がするが、神獣は神の獣であって眷属ではない様だ。線引きがよく分からない。


「でもまぁトーコ様には当てはまりませんわね」


 瑠璃が私の髪を優しく撫でて来る。

 私の髪が黒いのは勿論精霊信仰などない別の世界から召喚された様なものだからだと思う。


「トーコ様があの神の眷属なんてありえないよー」


 萌黄の言葉に精霊達が頷く。やはりこの精霊達には含むところでもあるのか、神に対してやたらと厳しい。


「そう言えばおとぎ話のンルザントは風の属性ですが、紅様がヨモギ様と契約している場合は耐性属性も変化するのでしょうか」


 最近漸く打ち解けて来たホノライが、私の気を紛らわせようと話題を振ってくれる。

 神の獣、神獣や眷属と言うのは一定の属性に対する絶対耐性を持っている。ベリーシエは光、ヨモギやンルザントは風ではなく水属性の耐性を持っている為、該当の神法で攻撃してもダメージは与えられない。

 但し紅が入る事でヨモギもンルザントも風から火に属性が変わっている。


「風属性で水耐性なら、火属性は土耐性とか?」

「生命の神秘を弄ぶ神の様ですねぇ」


 紅のさっぱりとした笑顔で爽快にそんな事を言われると、褒められているのか貶されているのか良く分からない。


「まぁ食物連鎖や生態系を大きく変える事は間違いないでしょうが、トーコ様のなさる事ですから」


 ホノライが苦笑しているところをみると、どうやら私的には良くない立場に追いやられている様だ。


(結構気を使ってるのに)


 こちらの苦労など伝わらないのだ。

 ホノライがここまで自由に発言してくれる様になったのは成果だが、敵が増えるのは頂けない。


「一匹攻撃してみるか」


 拗ねた私は次に飛び出たンルザントを鷲掴み、空にぽいっと放り出して土鉄砲で攻撃してみた。水鉄砲の土バージョンである。

 驚いたンルザントは咄嗟に体をくねらせ、尻尾で全力で飛んで来た土を跳ね返す。土は当然下にいた私に降りかかって来た。


「まぁまぁトーコ様。何を遊んでいらっしゃるのですか?」


 泥だらけになったまま、何故か嬉しそうな瑠璃に抱き上げられた。そのまま水で洗われる。釈然としない私はふくれた。

 とぽんとンルザントが生け簀に帰った。


「因みに神が与えた絶対耐性の属性は変わりませんわよ」

(それ先に言ってよ)

「でも少しは気が紛れたのでは?」


 そう言えばそうだ。胃が痛いのを忘れかけていた。


「ではもう少し遊んでみますか?」

「遊ぶって……」

「ヨモギ―――!!追いかけっこの時間よ―――!!」


 紅が楽しそうにとんでもない事を言い出した。

 遠くで寝そべっていたヨモギがむくりと起き上がる。


「ちょっと紅……さん?」

「さぁホノライ、訓練よ!ヨモギを早く止めていらっしゃい!!」

「はっ、はい!!」


 大慌てでホノライが捕虜の方へ駆けて行く。


「早くしないと捕虜が減るわよ――!!」


 紅が言うが早いか、ヨモギの尻尾が兵士達を薙ぎ払う。ヨモギの下へ到着したホノライが、神力で水の槍を出す。いつの間にそんな技術を身に付けたのか。そしてその槍で力任せにヨモギの尻尾を刺した。


「がうっ!」


 ヨモギは大したダメージを受けた様子もなく、ホノライに炎のブレスを吐いた。


「ちょっと紅!あんたいつもホノライにこんな事させてるの!?」

「まぁそうですねぇ?」


 尻尾の速度は兵士にとってどうかは分からないが、ヨモギからすればゆっくりだ。捕虜を光に還すのは認めていないし、危ない場合は精霊達からフォローが入るとは思うのだが。


「本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

 本気ではないと知っていても冷汗が出る。

 しかし、ホノライは普段の訓練で慣れているのか器用に神法でブレスを弾き返している。捕虜達は初めてだった様で悲鳴が聞こえるが。

 暫く見ていたがヨモギが本当にじゃれているだけだと分かると、注意する気も失せて来た。何故私ばかりが気を揉まなければならないのだろう。


「紅、ここまでするなら兵達がどういう行動を執るかしっかり見ておいてよね」

「はい!」


 とても楽しそうである。ホノライの教育係に紅を指名したのは私だし、あまり部下の指導に口を出すのも良くはないと思い、私は静観しつつ散歩を続けた。


 私が丁度庭を一周し終えた頃、決着が付いた、と言うよりはやられたホノライを銜えてヨモギが此方へ走って来て、お遊戯は終わった。


「彼等は非常に統制の取れた組織ですね。強いものに対してどう立ち回るかを心得ています。指揮官は状況に応じて適切な指示を出しましたし、統率力もあります。指揮を出していたのはあれと、あれですね」


 紅は私と散歩をしつつも、きちんと戦況を把握していたらしい。真面目に報告をくれるとは思わなかったので少し驚いた。

 彼女が指差した一人は第八隊の隊長サダート・キーニーズ。もう一人は……。


「誰?」

「副隊長です」


 キーニーズに聞くと、疲れ果てた様子でそう答えた。

 副隊長の乱れた服装から覗く胸に大量の毛があるのが見えて、私はげんなりした。折角男所帯なのに萌えない。


(副隊長とかいたのね。まぁ一人で百人近くも面倒を見るのは大変か)


 軍隊の事など何も知らないが、学校の担任を思い出して何となくそう考える。


「兵士も指示に応じて直ぐに対応出来る程度には訓練されていますよ」


 それは軍隊だからそうだろう。


「しかし、この力の差を見誤る程度には愚かで救いようがありません。隊長を守ろうとするのは評価出来ますが、自らの命をかける様では高が知れますね」


 紅に限った事ではなく、精霊は人間に対して結構辛辣である。


「戦闘からは一兵士に序列は見受けられませんでした。平時は年嵩の者が強い様ではありますが。後は先に捕らえたヤユジノは、後で捕らえた者達より立場が弱い様ですね」


 一般的な年功序列はある様だ。飛び入りしたヤユジノは立ち位置が微妙なのかそれとも。


「第八隊はエリート集団です。身分は貴族ですし、平民のヤユジノより遥かに上です」


 ホノライから補足が入った。


「エリート?あの弱さで?」

「……そうですね。皆様から見れば些事でした」


 ホノライが呆れている様に見える。彼の中で私の株がどんどん下がっている気がするのは気のせいだろうか。


「これで気分はほぐれましたか?」

「充分よ」


 こうして準備運動を終えどっと疲れた私は、神法の服を身に纏い所定の場所にスタンバイしたのである。

 紅と萌黄と蘇芳は土の箱と再整列させた兵士達捕虜の真ん中に、ミィとホノライはキッチンの扉の前に。

 ノハヤは現在日課のお昼寝タイム中だ。彼は最近就寝前に魔石を三つ浄化し、夜回復しきれない神力を一、二時間程度のお昼寝で補うと言う日々を送っている。

 私と瑠璃は寝室奥の隠し部屋に陣取り、ホールをこっそり覗いた。やはり怖くなって、エルザーニスが日本人でないか事前に確認する事にしたのである。

 そのうちエルザーニスを連れた萌黄が玄関から入って来た。


「……あれ?四人もいるんだけど」

「本当ですわね」

「何で余計なものを連れて来るかな」


 取り敢えず黒髪黒目の人物はいない。召喚や転移ではなく転生等で姿が変わっていたとしたらお手上げだが。年齢からして金髪の青年がエルザーニスだろう。


(やっば!マジ美青年!!)


 私が本来求めているのはマッチョでも毛むくじゃらの男でもない。こういう目の保養である。

 勿論彼は受けだ。隣の緑の髪の男も美しさから受けだと決め付ける。


(でも多分主従よ?受×受?リバなの!?)

「トーコ様、涎が」


 やたらと距離の近い瑠璃ににやける口元を拭かれるが、そんな場合ではない。メルイド以来の萌えである。

 残り二人は勿論攻めだ。歴戦の勇者同士、こっちはこっちで年の差カプにしたい。いや、赤×緑も捨てがたいところではあるが。


(そうよ、何も一通りとは限らないんだから)


「トーコ様、妄想はその辺で」


 流石に瑠璃に窘められてしまった。と言うか瑠璃もどさくさに紛れて私をぬいぐるみか何かの様に抱きしめるのは止めて欲しい。


「仕様がない、出るか。瑠璃、彼等の神力は?」

「一番大きいのは紫の髪の老人で五千五百。次が金髪の青年で五千、赤いのが四千六百、緑のが四千五百と言ったところでしょうか。大した事はありませんね」


 そうは言ってもホノライ達よりもかなり大きい。まぁ五桁以上ありそうな私達からすれば気にする様な数値でもないが、それでも私はこの世界に無知である。気を付けていなければ足元を掬われる。

 特にエルザーニスのあの髪の色。特殊能力だろうか。


(あー苦手な心理戦が始まる……)


 忘れていた胃の痛みを再び覚えつつ、私は隠し部屋を出た。




 席に着いて真っ先に行った事は、紅の排除であった。蘇芳が扉を閉めるタイミングで屋敷の外側を水の膜で完全に覆う。今のところ私に従ってくれる蘇芳や瑠璃と違って、紅は面白い事を優先する傾向にある。私の今後がかかった大事な会合に出席させるにはあまりにも危うい。

 力でどうとでもなる三人や、契約を盾に取れる萌黄とは違う……と言いたいところだが、正直なところ萌黄はその小悪魔な態度と容姿のお陰で排除に失敗したのである。

 武の精霊である紅には、ヨモギと捕虜の見張りを任せると言う建前も伝えているので取り敢えず言い訳は立つ、と思いたい。


「どうぞ」


 精霊が殺気立っているのを感じながら、私は立ったままの四人をテーブルに招く。魅惑、とまではいかないが、最近萌黄に少しずつ誘導の神法の使い方を学んでいるのだ。


「警戒しなくても、そちらが手を出さない限りは攻撃しないわ」


 風の神法は人の心を読み操る事が出来る。私にそこまでのコントロールは出来ないが、玄関先に不自然に置かれた席に領主一行を着席させる程度の効果は発揮出来た。

 席に着いた美青年はやはりエルザーニスだった。隣に座った交渉官エンデ・ルミアは風の属性。容姿や物腰も含めて、確かに交渉に向いている。

 

「後ろの者は護衛だ。同席を許可してくれた事に感謝する」

(許可してないけど)


 声まで萌える。今一人だったら悶え転がっているところだ。

 それにしても一方的に手紙を寄こして押しかけて来たり、流石は貴族。平民の道理などお構いなしだ。


「嘘は付かない方が良いよぉ?」


 怖い事を言いつつ笑う家の小悪魔より破壊力があるのは、エルザーニスの声を私がまだ聞き慣れないせいだろうか。


「後ろは近衛師団隊長のネイガ・トーダリィと」

「ガダール・R・ランファレじゃ」

(そう、ガダール…………ガダール?)


 何処かで聞いた様な気がする。


(そう言えば瑠璃が五千五百って……)


「賢者ガダール?」

「本当だよトーコ様」


 そうだ。それは賢者の名前である

 神力が五千を超えるのは現在三賢者のみ。その一人がここにいる。


(この人にお願いしたら結界石が手に入るんじゃないの!?)


 賢者の地位は領主より上。神様と精霊の直ぐ下に位置する人間の頂点。

 上の空で自己紹介をしつつ、私は結界石に思いを馳せる。常時結界を展開する不思議アイテム結界石。セ〇ムの代わりに是非欲しいと思っていたのだ。

 どうすれば手に入れられるだろうと眉間にしわを寄せていたら、エルザーニスがお茶を要求して来た。


「…………飲むとは思わなかったわ」


 ここには昨日木材団地で買った安っぽい茶葉しかない。あんなものを領主に出す訳にはいかない。

 そもそもカップは瑠璃がいるから良いとして、お湯担当の紅は外だ。


(まずい。まさか領主自ら求められるなんて思わないじゃない)


 付き添いの家臣が苦言を呈しても無視しようとは思っていたが。


(どうしよう……どうしたら……)


 キッチン前を視線だけでこっそり伺うと、メイドもいた方が体裁が良さそうと言う私の独断のみで配置されたミィが訳も分からずおろおろする横で、ホノライがポーカーフェイスで直立している。


(あんた貴族なら予想出来たんじゃないの!?助言しといてよ!!)


 平民でも客にお茶くらい出す。自分の事は棚に上げてホノライを逆恨んでいると、瑠璃がさっと手を上げた。ホノライとミィが水を運んでくる。どうやら打ち合わせていた様である。


(教えといてよそれ!てか領主にただの水って!!)


 瑠璃が水で十分だとでも言ったに違いない。神法で出せば水はタダだ。

 

「冷たい。美味しい」

「それは良かったわ……」

(マジ神!!)


 素直に美味しいだなんて何て良く出来た美青年だ。飲み方一つとってもその洗練された動きで私の心を掴む。エルザーニスを一々目で追ってしまう。何て長いまつ毛だろう。本当に男か確かめたくなる。エルザーニスの視線の先には執事の格好をしたホノライ。


(どれだけ私の心を腐らせるのかし……)


 そこで漸く私はこの場面がそんな甘い状況ではない事を思い出した。


(しまった!!この二人って!!)


 領主と下級貴族の一兵士。そんな可能性は低いとは思うのだけれどもしかして。


「知り合いだったかしら……」

「良く仕えてくれたので」

(社交辞令よね!?)


 隣で瑠璃の気配が尖る。紅にしごかれたばかりなのに可哀そうに。きっと今夜は寝かせてもらえないに違いない。


「そろそろ本題を……」

 

 まさか再び領主に付くなんて事になりでもしたら……。

 私は心を奮い立たせ、言葉を絞り出した。これ以上相手のペースに嵌りたくない。


「そうだな。ルミア」

「はい。ではここからは私が主にお話しを致します。ウェネーフィカ殿」

「殿?」


 ルミアの台詞を遮る様に、瑠璃の低い声が響いた。


「そうか、そちらも「ウェネーフィカ」か。失礼しました。魔女トーコ、皆を何と呼べば?」

「……殿?」

「……?」


 瑠璃の言いたい事は分かった。が、ここでキレるのは止めてもらいたい。けれど自ら領主に様付けで呼べ等と言う勇気は私にはない。


「ウェネーフィカ……殿?」

「様」


 始まってしまった。


「様?貴方方の様に私に魔女を敬えと?」


 受のイケメンだと思っていたのに、エンデ・ルミアは結構プライドの高そうな貴族だった。


「お前もエルザーニスもよ。当然だわ」

「お前?流石に失礼では?まして領主に向かって」

「トーコ様はお前の家臣ではない。勿論私もね」

「瑠璃……」

「僕だってエルザーニスの家来なんかじゃないからねー?」


 萌黄まで参戦してしまえば、思い描いていた会談の場はもうめちゃくちゃである。


「しかし最低限の礼儀と言うものはあるでしょう」

「敬意を払う必要を全く感じないわ」

「そうだよ。そんな小さい器で何を言ってるのー?」


 最悪だ。穏便に済ませようと言う私の気遣いが台無しである。


「小さい、とは?此方には賢者であるガダール様が……」

「その程度で賢者とは、身の程を弁えるべきね」


 確かに人間を無視するなとは言った。きちんと相手の名前を呼ぶ様にも言い聞かせた。それは粗方守る様にはなった。


(この上敬語で話をしろって教えなかった私が悪いの!?でも精霊だよ!?神力の器しか見てない瑠璃達にこんな小さな器を敬えとか無理ゲー過ぎるのよ!!)


 決してこうなったのは私のせいではない。あまりの無理難題で彼女達の機嫌を損ねれば、それは私の死に直結する一大事なのだ。

 必死で自らの行いを正当化し、心を落ち着ける。


「どうやら平行線の様子ですので、このまま話を勧め……あっ!!」


 ルミアが慎重に発した言葉に攻撃を仕掛けたのは、予想に反して今まで大人しくしていた蘇芳だった。

 土のベルトで腕と銅をぐるぐる巻きにされたルミアが、宙でバタバタと暴れる。


「離し、てくだ、さ……」


 肺を締め付けているせいだろうか、抵抗する声も力も次第に弱くなる。

 蘇芳の神法から逃れようとするルミアの微かな神力の流れが起こったが、瞬時に霧散した。


「蘇芳、離しなさい」

「…………はい」


 光に還されてはたまらない。私は何も恐怖で彼等を思い通りにしたい訳ではない。上手く交渉したかっただけなのだ。


(なのに何でこんな事になるのよ!)


 精霊達にこんな事を言っても、恐らくどうにもならない。彼女達の基準は常に神力の器の大きさだ。私に従っているのもその器が大きいからと言うだけなのだ。

 床に放り出されたルミアがよろよろと立ち上がるのを見て、私は内心頭を抱える。

 エルザーニスが真っ直ぐ私を見ている。その後ろでガダールとトーダリィが剣に手をかけ、今にも切りかかろうと言う姿勢である。


「此方が手を出さない限り、攻撃しないとの約束では?」

(そうだったー!!そんな事言ったわ私!!)


 相手を落ち着かせようと、大して考えもせずにそう言った。まさかエルザーニスに上げ足を取られるとは。


(あんたのせいだからね!!)


 蘇芳を睨むと、きょとんとして全く悪びれた様子もなく、寧ろ視線が合った事に喜んでいる。

 ため息も付きたくなると言うものだ。


「悪かったわ。でもその交渉官が此方を刺激したのも悪いのよ」

「その様に反撃されては話も何も出来ない」


 それはそうだ。此方としても一方的に領主を手中に収め言う事を聞かせたい訳ではなく、欲しいものを穏便に手に入れたいだけなのだ。

 有能でチートな日本人がいるかもしれない集団をこちらの勢力に取り込むのは危うい。ただでさえ精霊が危険分子なのに、これ以上は手に余る。


「この際はっきりさせておくけれど、私達は貴方に従うつもりはないわ。でも力でどうこうしたい訳でもないの」

「そうは思えないが」

「だからそれは悪かったと言っているじゃない。貴方達も良いわね」


 精霊達に釘をさす。


「でもトーコ様や私達が下に見られるだなんて我慢出来ませんわ!トーコ様を覗けばエルザーニスやガダールはここの人種では一番偉いつもりなのでしょう?でしたらしっかり分からせておくべきです」

(瑠璃め、余計な事を……)


 エルザーニスは少し考えるそぶりを見せる。瞼を伏せるその表情と来たら。


(尊い!!)

「私としても立場上、そちらに傅く訳にはいかない。そこで提案なのだが」


 エルザーニスが私の顔を窺っている。


「どうぞ」

「私と貴方は便宜上対等として、家臣に付いては此方が譲歩すると言う事で如何だろう」


 随分と丁寧に出られたのは、勿論さっきの蘇芳の態度からだろう。もしかしたら捕虜の件もあるかもしれない。


「まぁ落としどころね。貴方達もそれで良いわね?」


 一応精霊にお伺いを立てておく。


「トーコ様がそれで構わないと仰るのでしたら」

「僕もそれで良いよー」

「構いません」


 渋々と言う顔の二人と、面白がっている風な萌黄。


「でもこちらは何時でも全てを光に還せる事を忘れない様に」


 漸く話し合いが始められそうな場の雰囲気を、盛大に瑠璃が壊してくれた。

 エルザーニスが一瞬動きを止めたのを見て、私は本気で人選を誤ったかもしれないと思うのだった。

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