第36節 ノハヤとホノライの関係
腐女子の妄想の回です。
捕虜十七名を移送するのは大した手間ではなかった。
巨木に吊るしていた巨大な鳥籠の中に隊長サダートを放り込み、土の覆いをかけて目隠しをする。天辺に付いた輪っかを持てば荷物の完成だ。後は森を再生して、来た時と同じ様に木を寄せ道を作り飛んで帰るだけだった。
鳥籠を持つ萌黄から神法の気配がしていたから、重さを操作していたのかもしれない。その間兵士達は真っ暗な空間の中で揺れと恐怖に遭遇したに違いない。高速で飛ぶ萌黄が、鳥籠の中身なんかに気を配る事はなかっただろうから。
広場に付いたのは丁度五の鐘が鳴る頃だった。
「「お帰りなさいませ」」
「がうっ!」
二人と一匹に迎えられ、私は来た時と同じ……。
「何かノハヤ達、汚れてない?」
「そうですか?」
家がないのは仕方がない。白い砂の山を蘇芳に再生させれば良い。
それよりノハヤ達三人の捕虜が、ファンシーに踊る火の玉に囲まれてぐったりしていた。但しノハヤ達の汚れは火傷や煤けではなく、泥遊びの後と言った様子である。
「ミィ?」
「あ、あの……ヨモギ様がその、追いかけたり舐めたりされて……」
「楽しく遊んでおりました」
悪気のない紅の笑顔。ヨモギも尻尾を振って、撫でてと頭を差し出してくる。
(それにしてもミィ、ヨモギにまで様付け)
神獣の上この見た目だ。解らなくもないが。
火の玉のお陰で周囲は結構明るいが、少し汗ばむ。
「それよりトーコ様、その荷物は何です?」
「新しい捕虜よ。地下牢に入るかしら」
捕虜が全部で二十人になってしまったので、一人部屋に六人か七人入らなければいけなくなる。
「仕方ない。奥行きを広げようか」
「畏まりました」
蘇芳がほぼ一瞬で白亜の屋敷を再生する。瑠璃が水で窓を付けたし、紅の炎が家の中に灯ると、漸く安心したのかミィがため息を吐きつつ笑んだ。
「紅、蘇芳、捕虜を」
「「はい」」
籠の覆いが消えて、神法師団第八隊十七名が現れる。火の玉が後ろに下がっても動かない三人とは違い、新しい捕虜達は騒然となった。
「外に出たぞ!!」
「何処だここは?」
「もう夜か」
「裸の少女が!!」
「皆無事か!?」
「おい、あれ…………」
何か混乱した台詞が聞こえたが、ヨモギを見つけたのか直ぐに静寂が訪れる。
籠の中にいる事が幸せに思う日が来るなどと誰が考えたであろうか。誰もが獰猛で巨大なその獣の姿に、畏怖の念を抱く。そして勝ち目など指の先程もない事を悟り、あげていた手を力なく下ろした。
「神獣……ここは神獣の棲み処か」
「ここはトーコ様のお屋敷よ」
神獣の背後に、大樹の光を受けた白亜の屋敷が存在感を放っていた。
その手前に神々しく光る火の玉を従えた紅を見た為か、それともあられもない衣装のミィを見た為か、一部の兵士が悩殺され鼻から血が流れ落ちる。
「ガルゥゥ」
「ヨモギ、興奮しないの」
ぼんぼんとヨモギを叩いて落ち着かせながら、私は兵士に対峙した。
瑠璃が進み出て籠と私の間に立ち、釘をさす。
「これでお前達の足りない頭でも神獣を従えていると分かったでしょう」
「…………あぁ」
「では何かあった時にはどうなるかも分かるわね。言動にはよく注意なさい」
兵士を代表して、サダートが神妙に頷く。
火の玉が少しの風でも揺らめいて、陰影を蠢かせる。汗が光る。むさ苦しいマッチョな兵士達に当てて良い光ではない。美少年ならまだしも、正直イケメンでも匂いは嫌だ。女性は男性に比べて匂いに敏感なのである。
(まぁ風の神法も水のバリアもあるけど……)
今度は蘇芳が土扇を構える。
「よもや逃げ出せるとは思うまいな?」
(何その悪代官みたいな台詞)
蘇芳も瑠璃も、一体何処でそう言う言葉遣いを覚えて来るのだろう。私は使ったつもりがないが、長生きしていると色々あるのかもしれない。
「ヨモギ」
蘇芳の呼びかけで、ヨモギがパシンと尻尾で地面を叩く。身構えたのに振動でふら付いた。
兵士達が震えあがる。サダートが何とか踏みとどまってはいるが、きつく握りしめた拳を見れば平静とは言い難い。
それを確認した蘇芳は良しと頷いて、籠を砂に返した。降って来た砂に驚いて咳込む兵士達。可哀そうに、まともに目に入ったものもいた様だ。
外に出た兵士達はノハヤ達と対面し、無言で見つめ合った。因みに自由なノハヤ達三人とは違って、十七名は水のロープと手枷で繋がれたままである。
「仲良くしてね。これから一緒に暮らすんだし、お友達でしょ?」
「…………第九隊だな」
「はい。偵察組のホノライ・アドバンセチアと申します。これらは隊員のヤユジノとノハヤ」
(アドバンセチア?そう言えばホノライって下級貴族なんだっけ?)
確か平民は苗字がないとククルが言っていた。
と言う事はヤユジノとノハヤは平民なのだろうか。
「何故貴族が第九隊などに……いや、詮無い事だな。私は第八隊隊長の……」
「トーコ様の御前でいつまで無駄話してるのー?」
無邪気な萌黄の発言に二人が固まる。いや、萌黄の事だから無邪気かどうかは怪しい。
「自己紹介は後でたっぷり出来るわよ。先にお風呂にしましょう」
「…………風呂、だと?」
私の言葉に兵士達が目を見張る。
勿論これは善意ではない。これだけ人数がいるのだ。何れはマスターしたいと思っていたし、ここは練習がてら洗ってみるのも良いだろう。
「いくら捕虜とは言え、不衛生なものを屋敷の中に入れたくないもの。まぁお風呂って言っても水で洗い流すだけよ」
そう建前を付けると、兵士が納得と落胆を見せる。
「全員、ですか?」
瑠璃が嫌だと目で訴えて来た。
「私がするから瑠璃は良いよ。失敗しそうになったら調整を助けてほしいけど。萌黄も。乾かしてから地下に入れたいから。お願い出来る?」
「はーい」
「それなら良いです」
実験台と聞いてにっこり微笑む瑠璃。現金な精霊である。
「じゃぁ行くよ」
掛け声と共に紅の炎がサーッと広場の端の方へ下がって行く。
私の掌に集まった神力が一気に放出され、捕虜達に水が振り注いだ。紅が付いていたらお湯にしてあげたかもしれないが、生憎今は萌黄が付いている。まぁお湯で濡れたまま放置されるより、水浴びして乾かされた方が良いだろう。気候的に寒い時期ではない。
「「「「ギャァァァァ!!」」」」
兵士達の悲鳴でふと我に返る。
効果を確かめようと兵士を見た時不意に干されていた洗濯物を思い出し、連想ゲームで洗濯機、そして欲しいと思っていた温風乾燥機をつい想像してしまったのだ。
「あ、ごめん」
降って来た水が洗濯層の中の水の様に水流を生み、全隊員が華麗にその場で高速一回転の後、ぶわっと温かい風で無理矢理乾燥させられていた。
対象から逃れていたホノライが咄嗟にノハヤを庇う様に手を横に出し、ノハヤが差し出されたその腕をしっかりと掴んでいる。
(ちょっとそこ何BLしてるの!!)
一気にテンションが上がった。思わずにやけそうになる口に手を当てて隠す。
途切れた集中力のお陰で、つむじ風が起こり、辺りに悲鳴が木霊する。
「ちょっとトーコ様!集中!!」
萌黄の言葉が遠くでしたが、その意味を理解する領域は今妄想で占められていて上手く働かない。
(勇者受け!)
ノハヤがそこまでイケメンとは思わないが、金髪の若い兵士。ポジション的にノハヤは勇者ではないだろうか。因みにヤユジノは剣闘士的なアレで、ホノライは僧侶とかそういう感じだ。全員マッチョだけれど。
(マッチョには萌えないとか思ってごめんなさい)
あれは綺麗さっぱり流そう。過去の事だ。マッチョでも良い。
そして勇者ノハヤは萌黄には攻めでホノライには受け。
(リバグッジョブ!!)
「トーコ様!もぉっ!!」
萌黄が叫び、風を制御して飛んでいた兵士を乱暴に捕まえる。私が我に返る短い間に、優秀な第八隊の兵士達は態勢を立て直していた。
「ちょっとトーコ様。上の空だったでしょ今」
「ごめん。でも上手くいったから良いよね」
自分の事はさっと棚に上げて一列に整列する兵士達を見ると、何となく眩しい気がした。丸ごと洗われた武器や防具はまるで新品同然に光り、隣の兵士の顔を映している。これは嬉しい副次効果だ。
捕虜達は茫然と乾いた身体を見下ろした。
「何だ?今のは……」
「何ってお風呂よ。ちょっと失敗したけど。概ね上手くいって良かったわ」
涎を拭きつつ答える。結果良ければ全て良し。多少の事故は事故ではない。
(それよりノハ……あら、手放しちゃったのね……)
残念だ。もう少し付き合ってくれても良いだろうに。
仕方がない。そんな事している場合ではないのも分かっている。領主からコンタクトを取られる前に一休みして鋭気を養っておかなくてはいけないのだ。
「蘇芳、目隠しでもして全員地下牢へ入れておいて」
「畏まりました」
「ミィ、紅、部屋で留守中の事を聞かせてくれる?」
私は蘇芳に連れられて行く完全に戦意を失った兵士達の列を見送りつつヨモギに神力を与え、残りの精霊とミィを伴って屋敷へ入った。そしてそのまま執務室の応接セットへ皆を導き報告を聞いた。
「食料ですが、ミィがお昼に少し味が変わった気がすると申しまして、夜は頂きませんでした」
「あぁ、もう駄目ねそれは…………ちなみにあの三人に夕食は?」
「ご命令通り与えました」
そう言えばノハヤ達がぐったりしていた気もする。あれはヨモギに遊ばれただけではない様だ。
「そう」
「はい」
何気に酷い。解っていてやっているのか、それとも命令だからなのか、ミィの表情からもそれを読み取る事は出来ない。
「あと何食残ってる?」
「九食です」
「もったいないわね」
「でしたら、堀にお入れになっては?」
「堀?あぁ、生け簀ね。でも魚がお腹壊さない?」
「そんな軟弱なものは入れておりません」
瑠璃に自信たっぷりにそう言われると、何となく泳いでいる魚が凶暴に見えるから不思議だ。
まぁ動物は人間寄り生存本能に優れているから、危険だと思うなら食べないだろう。プランクトンか何かが分解でもしてくれれば良い。
「じゃぁ生け簀に入れるか」
携帯食を作ってくれた職人の皆様に手を合わせて謝罪する。食べ物を粗末にしてはいけない。
しかしこの食糧危機的状況で破棄しなければいけないとは。
「他に変わった事は?」
「特にありません」
私の行動を不思議そうに見ていた紅がそう答えると、ミィもこくんと頷いた。
そう言えばブランケットを一枚ミィ用に購入したのを忘れていた。あれがあればオーガンジーの衣装でほぼ裸族のミィがバスタオル少女くらいには進化出来るけれど、まぁどうせヤトーが来たら普通に服を着てしまうのだから、今はこのままでも良いかもしれない。
(私って男でも女でも良いのかしら)
若干新たな性癖に目覚めつつ、萌黄に目をやって思い直す。多分これは弱いものを庇護しようとする母性本能。精神年齢的なものだろう。
「じゃぁ取り敢えずご飯にしよう。夜も遅いから手っ取り早く携帯食でいい?」
「はい!」
ミィの表情がパッと明るくなると同時に、お腹が鳴った。真っ赤になってお腹を押さえている。可愛い。
「ミィ、蘇芳を呼んで来てくれる?私も今日全然食べてないからお腹空いてるのよ。調理は明日の朝からしてもらうから、道具と食材はキッチンに出す様お願いもしておいて。あ、その前に残った古い携帯食は包みを外して生け簀に入れて来てね。暗かったら蘇芳に連れて行ってもらって」
「あの、私が……蘇芳様にお願いするんですか?」
「そう。ミィがお願いして」
いつまでも精霊が私の言う事しか聞かない様では困る。ミィにも少し慣れてもらいたい。私達はファミリーなのだから。
ミィは大分躊躇していたが、私が何も言わないので諦めたのか小さく分かりましたと呟いて執務室を出て行った。
「萌黄、一応着いて行って。口出しはしなくて良いから。あと捕虜は今晩はもう食事はいらないから」
「はーい」
面白そうだと顔に書いたまま、萌黄がミィの後を追う。
「…………ヨモギはミィの言う事を聞きそうかしら」
「今のところは無理ですね。ヨモギにとってミィは守る対象ですが、それはトーコ様とのお約束があるからです。それでも所有物と言う扱いの様ですので」
「今のところは?」
「神獣は賢い生き物ですよ」
それなら契約で縛る程ではないだろう。
「身体に教えれば大丈夫ですわ。それとも精神的にお願いした方が効果があるかしら」
(黒いよ瑠璃)
ミィが蘇芳と萌黄と共に戻って来たのはそれから直ぐの事だ。
蘇芳のいつもの表情からその結果に満足しつつ、私はミィと食事をした。携帯食を食べるだけだし、お腹も空いていたし、食事はあっという間に終わった。
五の鐘はとっくに鳴っている。そろそろ寝なければ。
「そうだ。紅、ノハヤの回復状況を把握してる?」
「満タンではないかと思いますが、今日は食事時以外は取り敢えず寝かせておりましたのでそこそこ回復していると思います。魔石を浄化させるなら連れてまいりますよ」
「そうしてくれる?」
ライト要員の兵士が幾人かいた事から、第八隊にも光属性の兵士は何名かいる筈だ。ただ既に私を人外扱いしてくれそうな兵士達に態々精霊契約を見せる必要はないだろう。今のところ神石も余っている。一先ずはノハヤに浄化をさせれば良い。
(捕虜を解放するもしても、ノハヤは最後だな)
その内ヤトーの奥さんが来る。引き継がせるのも良いかもしれない。まだ魔石も数はある。
「トーコ様、ノハヤを連れてまいりました」
ノックと共に蘇芳の声がした。
「どうぞ」
連れられて入って来るノハヤに、私は少し違和感を覚える。
ノハヤに今まで見られた恐怖と言う感情が見えない。そこにあるのは緊張と、少しばかり意思の強い瞳。反抗期だろうか。
(やだな。ちょっと怖いわ)
大人の男に睨まれるのだ。しかも兵士。身体が大きく腕力ではとても敵わない。
応接セットの上座に私、向かいに瑠璃と紅。テーブルの横に跪かされたノハヤの後ろには、蘇芳と萌黄が陣取っている。周りにこれだけ精霊がいて神法もあるので危険と言う事はないのだろうが、怖いものは怖い。
因みにミィは瑠璃の後ろに自然と立っている。教育は順調の様である。
「浄化の前に測っておくね」
萌黄がポケットから神力計を取り出した。そう言えばノハヤのをカツアゲしたままだった気がする。
神力計は兵士のノハヤにとって生命にかかわる大事なものだろう。
(ヤトーから神力計を買ったら返さなくちゃ)
それまでは安全にここで捕虜としていてもらえれば大丈夫だ。
萌黄に掴まれ、ノハヤの片腕がテーブルの上に差し出された。地下牢での事を思い出したのだろうか、明らかに身体を強張らせるノハヤ。後ろからは両肩を蘇芳に掴まれ、最早身動きは出来ない。
神力計を腕に押し付けられ、「2030/3500」というノハヤの神力の数値をその場の全員が確認する。本来神力は人に晒すものではない。しかし神力計を覗く私達に、ノハヤは諦めた様に抵抗しなかった。
「四つ浄化させましょう」
蘇芳がノハヤの肩を放し、魔石をテーブルに置いた。
神力五百の魔石を四つ浄化するとノハヤに残る神力は三十。神力が器の一パーセントを切ると具合が悪く――具体的には酷い二日酔いの様な状態に――なる。それ程浄化を急いでいる訳でもない。
「三つでいいわ」
「トーコ様優し過ぎー」
そう言いつつ一つを蘇芳に返す萌黄。萌黄が腕を放してもノハヤは逃げようとせず、大人しく魔石に手を翳した。
三つの魔石の浄化は十分足らずで終わった。やはりノハヤは早い。神石になったそれを蘇芳が再び袖に仕舞っていると、ノハヤの視線を感じた。
「何?」
「貴方様は魔女なのですか?」
唐突なノハヤの言葉に思わず心臓が跳ねた。
「誰に……サダートに聞いたの?」
「サダート?いえ、キーニーズ様ではありません。第八隊の隊員から聞きました」
ノハヤと他の捕虜を一緒に牢に入れた時間は一時間程だと思う。情報交換するには十分な時間だっただろう。ましてや相手は軍人。統制が取れている上に今はリーダーがいて明確な指揮系統を持っている。情報など筒抜けに違いない。
「それで?貴方は何を喋ったの?」
「私は何も話しておりません!!」
「あら、自分だけ綺麗だなんて言わなくても良いのよ」
「本当です!私は敬虔な神の信徒です!貴方様を裏切る様な真似は致しません!!」
「どういう意味かしら」
自ら敬虔な信徒を名乗るとは、胡散臭い勇者である。
私はお葬式以外では宗教と縁のない生活をしていたから、敬虔な信徒がどういうものかもよく分からない。
「恐れながら、貴方様は神に列なるものなのでしょう?強大な器を持ち、神獣を従えている事からも明らかだ」
それは不可抗力である。ヨモギがここにいるのは、全面的にその精霊であった萌黄のせいだと思う。
「魔女なら魔石に触れられない筈がありません。寧ろ魔に属するのは従者の方々なのではないですか?」
「は?」
「貴方様はずっと魔石を持っておられましたよね!」
跪いたまま振り返り、挑む様な目で蘇芳を捉えるノハヤ。
蘇芳はそれを真顔で見下ろした。そこには感情がない様に見える。怒っている訳でも驚いている訳でも、ましてや焦っている訳でもない。
(…………蘇芳、何で否定しないの?)
不安が沸き起こる。
彼女は精霊だ。彼女達こそ神が生み出した、神に列なるもの。
精霊達は誰も憤慨する様子はない。神と魔は対。神に列なるものからして、魔に属すると言うのは許容出来る事なのか。
私だけが青ざめ、平常心を乱す。
「王族にしか許されない黒を身に纏うとは、貴方様は魔に属するものの中でもとても高貴なお方なのでしょう。でももし神を騙す様な真似をされているのなら、即刻改めるべきです!」
「言いたい事はそれだけか?」
私の動揺を遮ったのは、蘇芳の低い声だった。
「私がトーコ様を裏切るだと?」
その眼はノハヤ一点を見つめている様でその実平静を失い、声は怒りに染まっていた。
神力が吸い取られ、渦を巻き始める。
「ちょっと蘇芳、ここで暴れないでよね」
「そうですわよ、たかが人種に煽られたくらいで情けない」
「意外と沸点が低いのね」
さっと私の前に来てバリアを張る瑠璃。紅が下がってミィを守ると、萌黄が仕方ないと言う様にノハヤの首根っこを掴んで蘇芳から引きはがす。
「萌黄、それを離せ」
「駄目だよ、トーコ様はそれを望んでない」
神力の流れが揺らいだ。
「まぁ分からなくもないですけど」
「当たり前だ!!」
怒鳴る蘇芳に身がすくんだ。
その姿は人となんら変わらない。露になる感情に触れると此方の心が刺される気がする。いや、神力が私を直接攻撃すると言う方が近いか。
「蘇芳……」
恐る恐る名を呼んでみる。
「トーコ様、私は貴方を裏切りません」
呼び返された蘇芳の声は何だか寂しそうだった。
これが蘇芳の本心なら嬉しい。
「私はこの中の誰よりも貴方の心に近いです」
「……そう」
その意味はよく分からなかったけれど、蘇芳の歪んだ表情を見て私も悲しくなった。感情が引っ張られているのが分かる。心が痛い。
(これが演技で在りません様に)
吸い寄せられていた神力が次第に均衡化し、空気の震えが止む。
裏切られたら心が死んでしまう気がする。
「魔でないなら精霊しかありません。でもそんな訳………………え?」
「え?」
ノハヤの言葉に、全員の視線が集まった。私も多分泣きそうな顔をノハヤに向ける。
「…………精霊って?」
「え?精霊はだからその、神が創られた特別な存在で、でも神の様に魔に近づいただけで浄化する様な力はなくて……」
「精霊だったら魔石持ってても不思議じゃないの?」
「だって精霊は精神に干渉を受けたりしませんし、でも精霊が外に出ているなんて……え?え??」
「………………」
相変わらず精霊達は何も言わないが、萌黄や紅は明らかに面白がっている。
精霊が精神干渉されないと言うならそうなのだろう。考えてみても、蘇芳達が魔物である筈がない。魔物とは自我を失ったものなのだから。
「…………紛らわしい事言うなよ!!」
心の底から叫んでしまった。ノハヤがぽかんと口を開けた。
(この懐疑心をどうしてくれるの!?)
本当にどうしてくれるのだ。一度心に沸いた疑念を晴らすには、人生の大部分をかける様な相当な時間が必要だというのに。
「本当に精霊なのですか?皆様!?」
「わっ、私は違います!」
ミィが慌てて否定する。
「やはり神!!」
いきなり叫んだかと思うと、ノハヤは大げさに後退り額を絨毯に押し付けた。久々に見る土下座であった。
「精霊をこのように従えるとは!やはり貴方様は神で在らせられますか!!人生でご尊顔を拝謁賜るとは心より……」
「いい!良いからそれ止めて!そう言うの好きじゃないから!」
「では私のこの篤信をどの様に表せば宜しいのでしょう!?」
(何でこの人こんなにテンション高いのよ!萌黄に攻め?!嘘でしょそれ!!絶対Mでしょこの人!!この残念勇者!!)
私の足にすり寄りそうな勢いで這いつくばるノハヤ。こういうのを狂信者とでも言うのだろう。
「ホノライも同じ気持ちです!!」
爆弾発言を追加された。
「彼も私と同じく信仰の篤いもの。どうか変わらぬご慈悲を賜ります様伏してお願い申し上げます!!」
(あ、あいつもそうなの!?)
純粋なBLだと思っていたのに、どうやら彼等の繋がりはもっと精神的なものであったらしい。
(ソウルメイト!?そう言うBLも好きだけど!切ない系も相当萌えるけど!)
それだけではもう満足出来ない程度に私は腐っているのだ。
(エロス!エロスも欲しいのよ私は!!)
この心の叫びを語れる仲間がここに欲しい。
これがこの世界に来て、一番日本を切望した瞬間だったかもしれない。




