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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
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第35節 報告書と森の魔女の誕生

「アイテムボックス出して」

「……何だそれは」


 光の波が一通り大樹に還った後、私は姿勢を正して椅子に座り直し、水の縄で縛られたままの隊長に向かった。心配事は先に解決しておくに限る。

 隊長が漸く兵士達から目を離す。もう泣いてはいなかったが、涙の後が見える。


「じゃぁインベントリ?空間に収納するものって……道具袋とか?何かあるでしょ?闇系の神法とか?」

「そんなものは知らない」

「本当に?」


 椅子に縛られた隊長に、蘇芳が土扇を向けた。


「本当だ!そんなアイテムは知らないし、闇の神法など聞いた事もない!!」


 椅子は地面と繋がっているし、人の力程度で瑠璃の神法は切れないので、隊長は言葉と声と表情だけで私を威嚇してくる。その剣幕に少し怯む。

 精霊達から怒りの気配が、と言うより繋がっている神力の波が電気の様にビリビリと私を地味に攻撃してくる。


(繋がってるのも考えものね)


 隊長が嘘を言っている様には見えないが、大人とは平気で嘘を付く生き物だ。私は嘘を見抜くスキルなど持っていない。だからこれ以上問うたところで、真実など分からないだろう。

 かと言ってこのままでは蘇芳に光に還されてしまいそうだ。一応釘を刺しておくべきか。


「手出し無用よ」

「……はーい」


 萌黄が返事をした。蘇芳に言ったつもりだったのに、危険な精霊は一人ではない様だ。考えを改めなければ。

 蘇芳は渋々と言った雰囲気で土扇を土に返している。一先ずこちらも安心か。


 私の視線の先、隊長の背後の森は今、二人が暴れたお陰で日当たりの良い広場と化している。どこかで見た風景である。

 その中程にはいつの間にか巨大な二本の水の支柱が立ち、柱にはロープが渡されて兵士が洗濯ものの様に吊るされていた。

 その完成を見て良しと頷いた瑠璃が、いそいそと此方に戻って来る。


「お待たせ致しましたトーコ様。残った兵士全て捕らえてまいりました」


 誉めて下さいと屈む瑠璃の背景に、ぶら下がる兵士達から滴る血が見える。

 まぁお願いしたのは私だ。モチベーション維持の為には成果報酬は与えるべきだろう。

 仕方なく瑠璃の頭を撫でる。正直大人にこんな事をされるとおちょくられているのかと不安になる。嬉しそうなのだが、素直に信じられない。


「瑠璃、これにいろいろ聞くから貴方も聞いていて」

「畏まりました」


 私の手が離れるとスッと立ちあがって微笑む瑠璃。視界に映る兵士は足が地面に着いていない。

 可哀そうに。胴を縛られているので下手をしてバランスを崩すと頭が下になる。

 背後から不満そうな蘇芳の気配がする。


「勝手な事した蘇芳が悪いんだからね」

「!………勝手な事……では……」


 次第に小さくなる声。


「次からは気を付けて」

「…………はい」


 納得していなさそうな返事を聴いた瞬間冷や汗が流れた。


(言わなきゃ良かった……)


 後悔しても遅い。

 普段傅かれていると忘れそうになるが、私の力では精霊に敵わないし見限られたら物理的な意味で多分私の人生が終わる。


「萌黄も、お願いだから人とあまりもめないでいてくれると嬉しいわ」

「僕は何もしないよ!?大人しくしてるからここにいてもいいでしょ!?」


 あからさまに言葉を優しくしてみる。

 私の肩に触れていた手を慌てて離す萌黄。そんな怯えたフリをしなくても萌黄の方が圧倒的に強い立場なのは分かっている。勘違いしてはいけないのだ。


「聞いてても良いけど、兵士が逃げないかもちゃんと見張っててね。蘇芳も。光に還さないでね」

「分かってるよ!」

「心得ました」


 兵士は二十人もいなくなっていた。随分減ってしまったが、交渉するには問題ない数だと思う。


(大怪我してる人が多いから戦闘ももう無理だろうし、逃げる体力もなさそうだしね)


 吊るされた兵士達を見て、此方に身の危険はないと判断する。大分辛そうだが、地面に下ろしたら眠って回復し、その後神法で何かされても困るのでそのままにしておく。

 洗濯物の前で土扇を肩に担いで仁王立ちしている蘇芳。シュールだ。


 それにしても相変わらず悪役令嬢まっしぐら。精霊に引っ張られて私まで非人道的になっている気がしなくもない。

 まぁでも自分の身は可愛いので仕方がない。


(いや、精霊のせいにしては駄目ね。逼迫した状況程本性出るって言うし)


 類が友を呼んだ結果、今このパーティーであると思うべきだろう。

 一部の兵士があっという間にひっくり返り、呻き声を上げた。


「!!何をした!?」


 背後の様子が気になって仕方がない隊長が声を荒げる。


「何もしてないわよ」


 言外に、私はね、と続けつつ、視線を隊長に戻す。


「残っているのは貴方を入れて十九人よ。でも無事な人ばかりではないから、よく考えて発言してね」

「私を脅すか」

「聞かれた事だけ答えなさい」


 すっと水の槍が隊長の首元に突き付けられる。

 息を呑む音が大きく聞こえた気がした。


「いくらお前が矮小な存在でも、お前は捕虜でトーコ様と対等でない事くらいは理解しなさい」


 タイミングが良いのか悪いのか、一人の兵士が光に還る。


「十八」


 防具が中身を失って落下し大きな音を立てるのを聞いて、隊長が青ざめる。私の呟きと背後の兵士の騒めきで、その意味を悟った様だ。本当に上に立つ人間と言うのは優秀だ。


「何をしにここへ来たの?」

「……神域の調査だ」

「調査にしては大げさな人数ね」


 確かにホノライが結界石が壊れた事を報告して師団が差し向けられたと言っていた。結界の中が神域なのだとしたら辻褄は会うと思う。

 私としては、目的を聞き出して追い返せればベストだろうか。なるべく家には近づけたくない。

 最悪は追い出されるか捕まるか。まぁそんな心配はなさそうだ。但し彼等をタダで返せばどうなるかは分からない。


(彼等も捕虜にして、上層部と交渉するのが妥当?)


 出来れば精霊契約は使いたくない。

 しかし、偉い人と関わるとロクな事にならないのではないだろうか。何故なら彼等の方が私より何につけても何倍も巧妙だろうから。利用されるのがオチなのでは。


「神獣の棲み処で万一何かあれば、少ない人数では対応出来ない」

「弱いものがいくら集まったところで、何かあっても対応など出来るの?」

「ちょっと瑠璃」


 事実だが言い方を考えて欲しい。プライドの高い大人を刺激したくない。

 しかし隊長が憤慨した様子はなかった。


「確かに其方の強さから見ればそうだろうさ」

「当然です」


 隊長の言葉使いに眉をひそめていた瑠璃だが、おだてで中和されている。このまま相手のペースに巻き込まれるのは困る。


「調査してどうしたいの?結界石を補充するの?」

「何処でそれを!!」


 見るからに隊長が慌てた。


「まさか結界石持ってるとか?」

「そんな事出来る訳ない!!」

「どうして?壊れた結界を張り直さないの?」


 神の獣の棲み処だ。神域と言うくらいだし、そこは国立公園的に保護するという認識ではないのか。


「それに貴方隊長なんでしょ?一番偉いのではないの?」

「トーコ様、一介の隊の隊長程度で持てる代物ではないのでは?」

「ふーん?」


 隊長が舌打ちした。あぁ不味い。私が物事を知らない事がバレた。顔が引きつっていないだろうか。

 瑠璃や、私の背後でじっとこちらを見ている萌黄に隊長が値踏みされているのと同じ様に、私も隊長に推し量られている筈だ。


(これだから大人って怖いのよ)


 隊長は顔や態度に出るので正直大した事はないのかもしれないが、私より上手な事には違いない。

 そうだ、良い事を思い付いた。


「じゃぁ取って来るか、持って来させるか、貴方に選ばせてあげる」

「そんな無……!!」


 ガチャンッと大きな音を立てて、また一つ鎧が地に落ち散らばる。溜まっていた血が隣の兵士に飛んだ。


(都合の良い事。これはもう神様が私にこのまま進めって言ってるんじゃないの?)


 等と少し思ったが、否、ここは良く考えるべきだ。

 私を荒野に捨てた人物。それが神である。


「十七」


 隊長が青くなったり赤くなったりしている。俯瞰する分には面白いが、それが自分に向けられていると思うとやはり恐い。


「NOなんて返事はないのよ」

「私の命程度で持ち出せるものではない!!」


 瑠璃に食ってかかる隊長。この状況でその態度は流石だ。怖いものなどこの人にはないのだろうか。


「あら、そうなの?じゃぁここにいる全員でも駄目?」

「そんな無茶な!!」


 まさかそこまで貴重なものだとは思わなかった。


(まぁもう既に五分の一くらいしか残ってないんだもの。ゼロになったところで大して変わらな……い訳ないよね)


 この死亡率の高そうな世界で、兵士を一定レベルまでに訓練して育てているのだ。それなりのコストがかかっている筈だ。一人でも多く残るに越した事はないだろう。


(交渉材料になるなら光に還すのは愚策だよね。森に住む代金を捕虜の開放で払うのはどうかしら。一人ずつは無理でも五人×四回とか、少なくとも十人×二回にして二年分の家賃に……)


 右手が熱を持っている。光に還す算段などしているせいか。地味に結構痛い。


(でも食費がなぁ)


 捕虜だって食事をする。放置していてよいという訳ではない。


(自給自足させるにも種がないしなぁ。育つまでにどんだけかかるかも分かんないし。それよりもその交渉をどうするかよ。まぁあの鳥を使えば出来なくはないんでしょうけど)


 萌黄は今のところ大人しくしている。光に還したがっていたが、あれを使ったら怒るだろうか。

 だが他に方法があるのか。私が直接敵地に乗り込むのはしたくないし、此方が出せる戦力もない。


「……やっぱりあの鳥を使おう」


 他に思い付かない。


「ええ!?ひどいよトーコ様!!あれ僕のでしょ!?」

「だって萌黄、貴方私から離れて領主に伝言して来られないでしょ?」

「それはそうだけど!」

「我儘ばかり言わないのよ萌黄」

「我儘じゃないもん!大体瑠璃には関係ないでしょ!」

「喧嘩しないで」


 本当にたまにこの二人は煩い。ため息と共に注意すると直ぐに静かにはなるが。


「伝書鳥、一匹いたわよね?」

「……あぁ」


 私達の会話をじっと聞いていた隊長の瞳孔が僅かに開く。


「あの鳥が無事で良かったわね、本当に」


 此方としても使い道があるものは一つでも多く欲しい。


「あらトーコ様、あの鳥が師団の中では一番器が大きいですもの。残る可能性は一番高かったですわよ?」

「そうなの?この人よりも!?」

「人種と比べてどうするんです?」


 どうやらそう言うものらしい。恐るべし動物。いや、流石と言うべきか。


「貴方達を返してあげても良いわよ?あの鳥に領主まで手紙を運ばせて、領主がそれに応じればだけれどね。あれが光に還らなかった事に感謝しなさい」


 恩着せがましく上から目線でそう言う私の真意を計っているのか、隊長は睨みつける様な目力でじっと私を見つめて来る。

 不味い。縛られた男性にそんな事をされると、恐い中にも何だかいけない趣味に目覚めそうだ。


「手紙は私が書いても良いのか」

「貴方の筆跡でないと意味ないでしょ。中身は見させてもらうけどね」


 ガシャン!!


「十……」

「分かった!書くから今直ぐあいつ等を光に還すのを止めてくれ!!」

(私がさせてるんじゃないわよ)


 しかし勘違いしているならそう言う事にしておいても良い。情に流される優しいだけの小娘では侮られる。


「瑠璃、兵士を下ろして。蘇芳に鳥籠でも作ってもらって」

「畏まりました」


 瑠璃が私から離れて蘇芳の下へと歩いて行く。隊長が緊張した面持ちで傍を通る瑠璃に視線を送る。


「瑠璃がいなくても僕がいる事を忘れないでね」


 私の背後から萌黄の殺気がした。隊長に向けての言葉だろう。私に向けてだったら怖過ぎる。


「紙とペンは持ってる?」

「馬に積んであったが……」


 その馬は何処かへ飛ばされてしまって既に光と化している。荷物は落ちているが、折れた巨木や散乱する木々と混ざって宝探し状態である。


「探すのは無理か。蘇芳ー!紙とペン持って来てー」

「はい!」


 水の縄と手枷はそのままに、兵士達を押し入れた鳥籠を巨木に引っかけた瑠璃と蘇芳が戻って来る。


「トーコ様、どうぞ」

「ありがとう」


 出すところを見られたくないと思った私の意図は正確に伝わったらしい。隊長の背後で袖からブツを取り出す蘇芳。早業過ぎて手品の域だ。


(まだ私だって一度も使ってないのになぁ)


 目の前に置かれた紙とインクと羽ペンを、そっと隊長の方へ押しやる。


「ところで、サインだけで貴方だって証明出来るの?」

「出来る」

「そう?まぁ嘘なら彼等が光に還るだけだけどね」


 そんな事はない。それで強い相手が責めて来たら私の身に危険が及ぶ。捕虜はまだ必要だ。

 内心冷や汗で溺れそうな私の言動をじっと観察する隊長。看破されている様で、その眼が本当はとても恐ろしい。


「瑠璃、腕だけ自由にしてあげて」


 言いながら、少し注力してバリアを再確認する。


「畏まりました」


 解かれた腕をまじまじと見つめ、隊長は徐にペンを取る。ペンだって立派に武器になる。

 警戒したが、隊長は敵意を見せる事無くインクを付けたペン先を紙に置いた。

 すらすらと文字を書き連ねる手元を見て、私はふとそのペン先が文字とは違う場所をなぞっている事に気が付いた。

 隊長の手の動きは筆記体のアルファベットを書いている風に滑らかだ。だが紙の上に出来上がるのは漢字なのである。書いた線は現れず、書いていない筈の日本語が出現する紙。


(何だこれ……)


 そう言えば最初は言葉も分からなかった。それが何故か急に分かる様になった。見た目は外国人なのに、今は皆が日本語を喋っている。

 異世界なら自動翻訳は定番だ。その恩恵に私も肖っているのだろうか。


(あの非道な神が?私に恩恵?ないない)


 周りの反応を見るが、特段変わった様子はない。

 隊長が一枚の紙を埋めるのを待って私は瑠璃に声をかけた。


「瑠璃、念の為一通り読み上げて」

「はい。現況報告書。記載者情報。所属区分、神法師団第八隊。管轄区分、グリーセントメリベ、活動区分、偵……」

「なっ!!」


 慌てた隊長が文字を隠そうと手を翳した瞬間に、瑠璃が一足早く紙を掴み上げる。


「活動区分、偵察。態勢区分、全隊員百名。態勢注記、神域における神獣調査の為特級」

「何故読めるんだ」


 隊長が蒼白な顔をして瑠璃を見る。


(何故?寧ろ何故読めないと思ったの)

「まさか専門家がこんなところにいるとは……」


 隊長が大粒の汗を額に浮かべ呟く。苦悩するその表情は一体何なのか。

 手紙を取り戻そうと伸ばした腕はまたしても瑠璃の水の縄に絡め捕られ、今度は椅子ではなくテーブルの上に縫い留められた。


(専門家?読む事の?まさか字が読めないと思われたの?)


 この見た目で彼にはそう映るのか。下級市民ですら識字率はそれなりに高い様な雰囲気だった。この態度と従者付きの人間にそれはあり得るのか。

 それとも何か他の理由があるのか。まさかあまりに強過ぎてまだ魔物だと思われているのか。いや、流石にそれはあるまい。


(じゃぁ何?)


 もしこれが私の思い描く自動翻訳なら、全言語を聞き取れるのは不思議ではない。何せ神の与えた恩恵、チートスキルなのだから。

 文字は読めたり読めなかったりするが、私の場合は読めると言う事なのだろう。


「外国語?古代語とか、神法の言語とか……まさかよからぬ神法を込めたりしてないでしょうね?」

「そんな事しない!」


 隊長が全力で否定する。


(って事は、やろうと思えばそう言う事も出来るのね)


 危ない。ここでは知らないと言う事は本当に命取りになるのだ。


「大丈夫だよトーコ様。変な神力は感じないよ」


 無邪気に背中に飛びついた萌黄が、私の耳元で囁いた。


「そう。良かった」


 萌黄にはこれがどう見えているのだろう。いや、多分瑠璃と同じだ。私の目にも瑠璃が読み上げたものと同じ文章が映っている。

 では他に読めないものは……。


「…………もしかして暗号?」

「そうだよトーコ様。それきっと暗号だよ」

「分かるの?」

「だって神力の流れが揺らいだもの」


 萌黄の心底楽しそうな声が耳を擽る。見た限りでは隊長に変わった様子はない。いや、額の汗が増えただろうか。


「瞳孔も開いたし、心音も変。あれは焦ってるのかな?」


 ぞくぞくした。まさかこんなところで嘘発見器が見つかるとは。


(萌黄ってば何て便利な。それにしても自動翻訳、機能し過ぎ)


 外国語が読めるくらいなら「凄い」で済む。しかし暗号を全て解読してしまうとは。


(ちょっとこれは私の身が危なくない?)


 日常生活で一般人が暗号を使う事など先ずない。だとしたら出会った暗号文は高確率で人には知られたくはない内容ではないか。それも地位の高い人とか後ろ暗いところのある人とか関係の。

 総じてロクな事ではあるまい。

 しかもそれが暗号かどうか私達には分からない。知らない内に命を狙われては堪ったものではない。


(まさかあの神そこまで見越して?陰湿な……)


 最早神ではなく完全な悪魔である。


「当該調査箇所における状況、結界の消滅を確認。グリーセントメリベ内に侵入し、魔物と遭遇?魔物など居りましたでしょうか?」

「いなかったと思うけど」


 瑠璃達が瞬殺した大きな獣はいくらかいたが、師団が森に入ってからは時間的にも位置的にも遭遇していない筈だ。嫌な予感がする。


「魔物との戦闘により、神域手前で広範囲に及ぶグリーセントメリベの崩壊と、第八隊の恐らく八十名以上が光に……ってこれ、もしかして蘇芳と萌黄の事ですの?」


 最早完全に顔色を失った隊長の身体から一気に力が抜け天を仰ぐのと一緒に、私も脱力した。


(やっぱり私達の事か)


 魔物。こんな可愛い乙女の集団を魔物とは。それもこれも全部二人のせいではないか。

 私の殺気を感じ取ったのか蘇芳と萌黄が慌てて弁明しようとするが、隊長の大きな声がそれを遮る。


「書き直させてくれ!!」

「当然です。失礼にも程があるわ、魔物だなんて」


 死を覚悟した様な必死の形相の隊長に向かって瑠璃が言い放つ。


「そうだよ!トーコ様はどっちかって言うと…………魔女、かな?」

「魔女……それは、言い得て妙ですわね」

「何が!?」

「魔王では神に劣ります。神獣を従えているのですから少なくとも神以上でないと」

「神獣を従えているだと!?あり得ん!!」

「魔神では神と同列になってしまいますし、ここはやはり魔女が適切でしょう」

「あんた達、神に何かうらみでもあるの!?」

「神獣が人に従うものか!!」

「「「「うるさい!」」」」


 女四人に一括されて怯む隊長。

 いや、今それはどうでもいい。


(魔って完全に悪じゃん!褒めてんの!?それともけなされてんの!?褒めてるんだよね!?)


 神がいて魔獣がいて魔物がいる。神石があって魔石がある。魔とは神に相対するものではないのか。

 何故かキラキラした目で蘇芳が此方を見ている。萌黄はきゅっと私に後ろから抱き付き頬をすり付ける。満足げな表情の瑠璃が隊長の喉元に氷の剣を突き付けながら静かな声で問うた。


「貴方もそう思うでしょ?」

「……魔女……そうか、魔女か。解った」

(ちょっと何納得してんの!?)


 瑠璃はテーブルの上に水のキューブを作り出すと、報告書をその中に差し入れた。吸い込まれた報告書は洗濯物の様に水流でグルグルと回転し、直ぐに跡形もなく溶けて消えた

 蘇芳がスッと新しい紙を隊長の前に滑らせる。


「領主様に何を伝えたいんだ?」

「そうね……」


 隊長に返す答えを考えるふりをして、頭の中は魔女一色。


(何だこの空気。止められる気がしないし。私今日から魔女になるの?)


 選択肢は諦める一択。

 良いではないか。中二病の頃は憧れていなかった訳でもない。森の魔女の誕生である。


「私ここに静かに住みたいの。だから邪魔しないで。あと家が欲しいから大工さんを貸して頂戴」


 頭の中の魔女が星の付いたステッキを振ると家が生えた。魔女と言うより魔法少女である。


「食べ物も必要なの。森には何もないからね。それから……」

「ちょっと待ってくれ!」


 慌ててペンを走らせる隊長。


「食料は急いだ方が良いわ。だってあなた達食べ物持ってないでしょ?」


 隊長が驚いた様に顔を上げた。


「何?もしかして私が食事も与えない非道な人間だと思ったの?」

「ああ」


 素直に肯定された。失礼な奴だ。


「大丈夫よ。貴方達のお友達にもきちんと食事は与えているし、差別したりしないわ。食料があるうちはね」

「お友達?」

「そう、お友達」


 隊長は暫く私の目をじっと見つめていたが、私が何も言わないのを悟ってかまた視線を手元の紙に戻し、続きを書き始めた。



* * *


現況報告書



【記載者情報】

所属区分:神法師団第八隊

管轄区分:グリーセントメリベ

活動区分:偵察

態勢区分:全隊員九十八名

態勢注記:神域における神獣調査の為特級


【当該調査箇所における現況】

神の季節第七週火の日三の鐘の後、結界の消滅を確認。グリーセントメリベ内に侵入し、同刻魔女に謁見。

その際当方の不手際で、魔女の従者二名により隊員八十一名が光に還る。

現在私を含め第八隊十七名、及び第九隊隊員と思われる一名から数名が捕虜として魔女の管理下にある。


【森の魔女の御要望】

<最重優先項目>

グリーセントメリベ内神域での居住と不干渉。

住宅建設の為の技術者、食料及び物品の供出。(食料は我々の分量を含む)


<特記>

叶えられない場合は相応の報復を覚悟せよとの仰せである。

所感であるが、神法師団全隊を以てしても魔女の従者に敵わず。魔女自身の器は不明。

神獣を既に従えているとも仰せである為、無駄な抵抗は止め、損害を広げる事はご遠慮願いたい。


【当該箇所以南の状況】

神の季節第七週火の日三の鐘の後、森の入り口に集まる木材屋及び冒険者に聞き取りを実施。

――以下聞き取り結果――

・第六週火の日に変わる頃、グリーセントメリベ方面から立ち昇る炎と黒煙を当該領民が目撃

・第七週火の日二の鐘の後、神法師団第九隊森の詰め所の隊員三名と当該領民が接触し、火災目撃について情報を提供

――――以  上――――

但しグリーセントメリベ内に火災跡は視止められず。

領民がグリーセントメリベへ侵入した形跡はなし。



以上を至急、デルファーニア国レザーヌ領主エルザーニス・R・ランファレ様に伝達され、魔女当てに謝罪と回答を送られたし。


エルダーン歴1000120500年

神の季節第七週火の日

神法師団第八隊

隊長 サダート・キーニーズ



*  *  *



「まぁこんなところかしらね」


 半ば無理矢理書かせ、瑠璃は鷹揚に頷いた。


「これも読めるのか」


 項垂れた隊長を他所に、萌黄に脅された伝書鳥が媚びた目でこちらを見て声高く鳴き、アルゼンナーエの領主に向けて空へと舞い上がった。

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