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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
35/67

第34節 少女と囚われの神法師団

相変わらす遅い更新です。眠い……。

 小一時間で買い物を済ませ、運良く木材屋にも見つからずに森へ引き返す。

 森へ少し入ったところで蘇芳に師団の位置を訪ねると、案の定まだ追い付ける場所で変わらずゆっくりと前進している様だった。


「方角は?」

「トーコ様のお屋敷に一直線ですね」


 やはり目的地は私の家か。


「一先ず追い付こう。蘇芳、道は見つからない様に開いてね」

「心得ております」


 蘇芳に答えて木々が私達の前方から脇へ避け、真っ直ぐな道が出来る。けれども少し先には森、巨木。行き止まりだ。車並みのスピードで飛びながら、この森を少しずつ開き後ろは元の森に戻してゆくと言う芸当をこれから蘇芳は行うのである。私にはまだ出来ない。

 しかし飛ぶ方にも勇気はいる。木々が生い茂る森に向かって突っ込んで行くのは、道が必ず開ける確信がなければぶつかるのが怖くてスピードなど出せない。


(まぁ安全パイで蘇芳に先頭を飛んでもらうけどね)


 これなら急に止まる事になっても多分蘇芳が受け止めてくれるだろう。ぶつかったら痛いと思うが、木よりはましである。或いは横から瑠璃や萌黄が留めてくれるだろう。勿論バリアも展開している。

 道が開き易い様に先頭で、等と言うのは当然建前。やはり自分の身は可愛い。


(大体精霊ってものを視覚で認識してるのか怪しいよね?気配とか神力の流れとか、何かイルカ的なコミュニケーションしてない?)


 行きよりも少しゆっくり飛んで、それでも師団に追い付くまでにそうはかからなかった。

 道を元の森へ戻し、師団後方が目視出来る木の上に陣取る。馬で進む兵士ばかりだ。上にいた方が有利だろう。


(それにしても立派な馬ね。あれ相当お金かかる馬なんじゃない?)


 軍馬という奴だろうか。最近馬車を引く馬は良く見るが、それよりも体躯が良い。力もありそうだ。

 馬は草木が生い茂る森を果敢に前進する。馬は兎も角乗っている兵士も、虫やら爬虫類やら得体のしれない何かが出てきそうなのに怖いとは思わないのだろうか。バリアを展開している風でもない。私には絶対に真似出来ない。素直に凄いと思う。


(まだ家に着くまでには大分あるけど、どうしたらいいんだろう)


 こんな状況は生れて初めてなので、正直よく分からない。

 不本意たが「戦う」は経験を積みつつあるので、ここは未経験の「話し合い」を選択したい。

 

(だとしたら探すのは偉い人だよね?一番偉い人って誰だろう。領主ってこういう時は出て来るもの?)


 領主を警護するなら要人は真ん中にいると思う。しかしそんな要人を乗せた様な豪華な馬車は来る時に見かけなかった。豪華どころか馬車すらいなかった気がする。と言うより馬車が通れる道などそもそもない。

 軍人しかいない場合、偉い人とは誰なのか。軍の役職なんて私は知らない。


(大将とか将軍とか?)


 今一ピンとこない。

 そしてその偉い人はこの隊列の何処にいるのか。先頭か中腹か。後方を見る限りは、特に身分の高そうな人物は見当たらない。

 やあやあ我こそは等と名乗りを上げる姿が目に浮かんだが、ここは鎌倉でも戦国でもない。周辺の様子も兵士の見た目も日本ではなく西洋。武将ではなく騎士だ。


「先頭まで行ってみるか」


 大木が邪魔をして師団の中腹ですらとても見えない。

 蘇芳と瑠璃が頷くのを確認して、私達は隊列から少し離れた場所を飛んだ。


 中腹まで来ても、他と違う要素が見受けられる兵士はいなかった。馬はそれぞれ兵士と必要物資を積んでいる。特別に食糧のみを積む様な馬はいない。一定の間隔でライト要員の光属性の者がいる以外は至って特徴のない隊列である。


(何日も進軍する割に荷物少なくない?現地調達でもするの?)


 旅行の荷物を軽くするのは鉄則だが、軍もそういうものなのだろうか。だが少ないとは言ってもそれなりの荷物は積んでいる。戦う時はどうするのだろう。


(まさか蘇芳の袖みたいなのを皆持ってるとかじゃないでしょうね)


 物資だけではなく武器を隠し持たれては厄介だ。中世と見せかけてロケットランチャー等出されてはたまらない。


「もう少し前に……」

「クエェェェェェ!!!!」


 森に甲高い鳴き声が響き渡った。

 驚き過ぎて心臓と肩が十センチは跳ね上がり、掴んでいた木の幹を傷付ける。いや寧ろ私の爪が傷ついた。


「中央右上空!!」

「戦闘用意!!」


 兵士が一斉に此方を向いた。


(ひぃっ!!)


 それはまるでお化け屋敷の人形達が、首だけ此方を向くホラーな光景だった。

 固まる私を他所に兵士達が動く。荷物を放り出し武器を構えるもの、一歩下がり杖を取り出すもの、荷物を回収して更に後方へ下がるもの。直ぐに三列に隊列を組み直す兵士達の見事な連係プレー。


(何その一糸乱れぬ動き!!怖いわマスゲームかっ!!って言うか何で!?何で気付かれたの!?)

「あの鳥…………」


 私の肩にかける手にぐっと力を込め、姿に似つかない低い声で萌黄が呟く。


(ちょっと萌黄痛い痛い!!)


 同時に大量の神力が吸い取られていく。

 先程の甲高い声はどうやらあの大鷲、伝書鳥の声だった様である。逃げられたのが余程悔しかったのか、ビシビシと怒りに似た感情が伝わって来る。


(そう言えば殺りたいって言ってたもんね!)


 私の心配を他所に、地上は緊張した面持ちで此方に狙いを定めている。これは下手に動いては危ない気がする。

 私達を射ようと幾つもの弓が正確に此方を向き、その後ろで杖を構えた兵士が言葉を紡いでいる。ヘルメットから覗くその髪は緑。


(風の神法?あの弓、ここまで来るの?……私に当たるよねそれ!?)


 巨木の上にいるアドバンテージなど、神法の前ではないに等しい。


「トーコ様、良いよね?」


 良い訳ない。


「動けば射る!!」


 萌黄が私の背から離れようとしたのが見えたのだろうか。私から見て隊列の右側、先程まで先頭だった方から咆哮が聞こえた。アンプでも使ったかと思う様な地に響く重低音。これを聞くとさっきの萌黄の声は可愛かった。

 恐る恐る其方に視線だけ向けると、マッチョを通り越した大男が他の騎馬に避けながら此方へゆっくりと近づいて来ていた。


「何者だ!何故グリーセントメリベにいる!!ここは我らが領主様の森ぞ!!」


 薄っすら風の気配がする。神法で声を飛ばしているのだろう。


(あれが一番偉い人?)


 一人だけヘルメットの天辺に羽が生えている。赤くてニワトリの様。全く勝てる気がしない。


(いやいや、勝ち負けじゃないって)


 話し合える雰囲気でもない。

 震えるのを抑える様に私は両手を重ねた。


「トーコ様ー」

「少し黙っていなさい萌黄」

「えぇ?」


 瑠璃に窘められる萌黄の不満そうな声。精霊は相変わらず緊張感の欠片もない。


「降りて来い!!」


 下は下で叫ぶのに余念がない。大体先程動くなと言われたばかりだ。恐くて反論など出来る筈もないが。


「トーコ様、殲滅しますか?」

「……冗談やめて」

「冗談ではないです」


 冷汗を流しつつ辛うじて声を出すと、いつの間にか土扇を装備した蘇芳が真顔で返してきた。


(事情を聴く前に殲滅とか……あれを倒したところでまた来たらどうするの)


 精霊にそこまで嫁とは言わないが、後から来るそれが更に力のある大群だったらどうするのだ。四天王は最弱から登場がお約束なのだ。ここに来てお約束だった試しはないが。


「瑠璃、バリアは?」

「完璧です。ご心配などなさらなくても、あの程度の弓や神法で私達を傷付ける事など出来ませんわ」

「じゃぁ、降りるから付いて来て」

「勿論ですわ」

「あの人達ともめるのはなしね」

「心得ております」

(本当に?)


 主人が手に汗握っているというのに精霊達の平然とした様子と言ったら。心が狭いのでイラっとする。


「萌黄と蘇芳はここで待機」

「えぇ!?僕が殺っていいって言ったのに!?」

「万一の時はね。でもそれまでは大人しくしてて」


 多分萌黄は大分お冠だ。勝ち誇る瑠璃とは対照的に、蘇芳まで目を細める。


(やめて蘇芳、あんたがそれすると凄く怖いから)


 敵が増えた気分だ。こういうのを四面楚歌と言うのだきっと。瑠璃だって内心どうだか分からない。


(……疑心暗鬼は駄目ね)


 こういう時に頼れるのは恐らく瑠璃だけだ。蘇芳は交渉に向くとは思えないし、萌黄は姿が私より幼い。ただでさえ私が侮られそうな外見なのに。

 戦力は隠しておきたいから、行くのは私と瑠璃の一択。


「萌黄、兵士全員に声を届けたいんだけど、風を貸してくれる?」

「いいよ!」


 ぷんっと擬音がしそうに頬を膨らませて怒っているのに、素直に従う萌黄はやはり可愛い。ちょっと和んだので下から目線を外さずに萌黄の手を撫でた。私に刺さっていた萌黄の神力が和らぐ。

 萌黄が私に密着し、耳元でフッと息を吹いた。


(ちょっとそこはダメ!!)


 ゾワッと何か全身を駆け巡り、ふんわりとした風に身体が包まれる。今ならきっと私の声は兵士達に届く。と言うよく分からない確信が湧く。つくづく神法とは便利である。


「お前達こそ誰?ここで何をしてるの?」

「!!」


 まるで石造りの大聖堂の様に、森に声が響いた。それは神秘的な、頭の中に響く様な澄んだ声だった。

 辺りは虫の羽音すら一瞬聞こえなくなって、世界からこの空間だけ切り離されたかの如く静寂に包まれた。

 最初に言葉を発した兵士は誰だっただろう。


「……子供?」

「子供の声だ、そうだ!!」


 一足遅れて兵士達は騒然となる。


「何者だ!降りて来い!姿を見せろ!!」


 再び大男が叫ぶ。

 同じ風の神法なのに、どうしてこうも違うのか。大男は力の限り叫び威圧を以て場を支配しようとするが、私の静かな声に一掃される。器の違いだろうか。やはり神様の器は伊達ではない。

 しかし油断は大敵だ。私はこの場で優位に立たなければならない。

 震えない様に、殊更ゆっくりと声を紡ぐ。


「攻撃したら反撃するわ」

「…………ああ」


 大男が槍の穂を地面へと向けると、兵士達が一斉に下がる。

 どうやら話し合いは出来るらしい。


(脳筋そうだけど、大丈夫よね?)


 戦など経験がないし、交渉事も上手い方ではない。


「トーコ様、どういたします?」


 だがやるしかない。領主の森に侵入している自覚はある。


「降りよう。話で解決出来れば一番いい」


 と思う。多分。


「左様で」


 瑠璃が先に枝から離れ、下降して行く。私も覚悟を決めて枝から飛び降りた。

 枝葉を潜ると視界が少し開ける。ライト要員のお陰で森の中もそこそこ明るい。松明を持つより余程安全で楽だと思う。


「子供だ、飛んでるぞ?」

「本当に子供が?」


 先に降りた瑠璃が着地する前に、私は土の神法で草木を地面に沈め、直系二メートル程度の円形の地面を露出させた。巨木を動かすのは流石に不自然だと思うからやらないが、樹海の中に降りるのは嫌だ。虫は怖いし、触れてはいけない草花があったら困る。

 突如出来たサークルに、兵士のざわめきが一層大きくなる。

 私と瑠璃は円の中央、大男の眼前に降り立った。二メートル離れているかどうか。明らかに大男の槍の間合だ。しかし木々が乱立する森の中ではこれが精一杯離れた距離である。


(問題ない?)

『完璧です』


 瑠璃とアイコンタクトに成功する。どうやらバリアの事だと解ってくれたらしい。此方の情報は出来れば与えたくないので助かる。


(…………分かってくれてるよね?)

「お前は何者だ」

「……それはこっちの台詞ね。お前こそ何者?」


 大男が目を見張る。前に立つ瑠璃ではなく、その背後で小さい私が喋ったのに驚いたらしい。


「子供は黙ってい……」

「無礼な」


 暴言を吐きそうな瑠璃を押しのけ、私は前に出る。大丈夫だ。私はもうあの時の何も出来なかった少女ではない。瑠璃の後ろに隠れて守られているだけではないのだ。


「話は私がするわ」

「お前が?」


 何かを見定める様に大男が私を見る。値踏みされている様で良い気はしない。


(と言うか緊張半端ない!相手は無害な少女だよ!?もう少し手加減してよ!!)


 内心冷や汗だくだくだが、ここでそれを出せば一瞬で呑まれる。と言うより殺られる。

 しかし威圧では到底叶わない。此方はいたいけな少女なのだ。どんなに凄んだところでたかが知れている。

 私は精一杯神秘的なイメージを神法に乗せて周囲に飛ばしてみた。大の兵士にどれだけの影響を与えられるかは分からないが、取り敢えず信仰心に訴えかけてみる。

 神様がいる世界だ。この際森の精でもドライアドでも何でもいい。私をただの小娘ではない何かだと認識して、話の席に着いてくれないと始まらない。


(あとは、ちょっと力を見せとくか)


 あまり能力を計られても困るが、ただの小娘に従うのも難しいかもしれない。特に身分を気にする人々にとっては。

 私はその場にテーブルと椅子二脚を作り出した。蘇芳を真似て出来るだけ精巧に。白い石は使えないから茶色の地面の土だけれど、アンティーク調の高そうな椅子。これなら少しくらい驚いてくれるだろう。

 案の定、兵士の騒めきが聞こえる。どうやら目論見は成功……。


「…………神獣?」

(違う!!!!)


 乙女に向かって獣とは何だ。


「座りなさい」

「……これはお前が?」


 半信半疑の大男を一瞥し、瑠璃に椅子を引いてもらう。座るのは私と彼のみ。瑠璃は従者だし、立っていた方が万一攻撃された時に防御に出易い。座る私の箔も付く。まぁバリアは完璧だと信じているが。

 私が座るのを見て、大男も私と瑠璃の関係を把握したらしい。席に着くべきか迷っているのか、じっと椅子を見る。


「早く座って。話を始められないわ」


 私は姿勢良く腰かけて真っ直ぐ大男を見上げた後、誘導する様に視線を椅子に落とす。

 それでも座らなかったので、取り敢えず大げさにため息を吐いて見せる。怖がっているなんて、内心焦っているなんて絶対に悟られてはいけない。余裕の態度で何でもない事の様に場の主導権を握るのだ。

 交渉を有利に進められるかは、全て私の振る舞いに掛かっている。


(あぁもう心臓煩い!!心理戦てこれだから嫌だ!!)


 泣きそうだが今は我慢だ。声が震えない様呼吸を落ち着かせる。もう、やるしかない。


「瑠璃」


 声と共に瑠璃が動く。一斉に身構える兵士達。だが瑠璃の方が早い。恐らく神法で椅子を引き寄せ、無理矢理大男を椅子に座らせたのだ。

 大男は何が起こったのか分からない様子で座面に尻もちを付きつつも、しっかりと槍を瑠璃に向けて構えていた。しかし切っ先は瑠璃の前までは届かず、振り上げようと斜めになったまま止まっている。瑠璃の水の手ががっちりと槍と男の手首を押さえていた。

 周りの兵士が殺気立ち、此方へ武器を向ける。


「隊長に手を出すな!!」

「魔物ではないだろうな!?」


 瑠璃が槍を見下ろす背後から野次が飛ぶ。声に混ざって神法の気配がする。


「煩いなぁ」


 私の呟きは透明なバリアを生み、テーブルごと三人を包んだ。飛んで来た火の玉がバリアに当たって弾け一瞬視界を奪ったが、爆発音も兵士の騒めきももう聞こえなかった。


「!!?」


 静寂に目を見張る隊長。第一目標はクリア。大男はテーブルについた。

 私は瑠璃を呼び戻す。


(……ってちょっと兵士。いきなり攻撃って何考えてんの?隊長に当てても良い訳?)


 遮音の為に張ったバリアが運良く機能したが、そうでなければ隊長だけ怪我をしていたかもしれない。火だるまの人間なんて見たくない。


(それともまさか……防御する策があった?)


 それはそれで酷い。いたいけな少女と女性にいきなり火で攻撃するなど、どんな凶漢か。

 瑠璃は戻り際軽々と隊長の手から槍を引き抜き、それを持って再び私の背後に立った。


「部下に慕われている事。貴方諸共私を打ち取るつもりかしら」


 隊長がじっとこちらを見ている。怖いからと言って、ここで視線を外してはいけない。何故か右手が熱………。


(ちょっとぉぉぉぉぉ!!!!!)


 今度は私が目を見開く番だった。

 バリアの外、兵士達の一団が、木々と共に竜巻で巻き上げられては土扇で叩き落とされていた。阿鼻叫喚の地獄絵図が隊長の背後に広がっていたのだ。


(何やってくれてんのあのバカ二人は!!!!)


 叫びを心の中に留めた自分を大いに褒めたたえたい。しかし表情まではそうはいかなかった様だ。

 唖然とする私に、隊長は此方を警戒しつつも視線を背後に送る。そして息を呑むのと同時に勢いよく立ち上がり、バリアに思い切り顔面から衝突した。


「ガッ!!」


 アヒルの様に一声鳴き、咄嗟に手を前に伸ばしてそこに見えない壁がある事を悟る隊長。危機管理能力が凄い。

 しかし片手はまだ瑠璃の水の手に絡め捕られたままである。


「離せ!!」


 隊長の叫びが遠くで聞こえる。それどころではないのだ。

 ライト要員も上空へ飛んで行ってしまった為、森は一時暗くなる。しかし直ぐに巨木が薙ぎ倒されて大樹の光が降り注ぎ、変えって明るくなった。

 兵士達が発した神法は悉く打ち砕かれ、手から離れた武器が空を舞い、その内竜巻の風を逃れて地上に降る。


(ギャァァァ突き刺さるってぇぇぇぇぇ!!!!)


 バリアに拳を叩きつける隊長の脳天に一直線に降って来た剣に思わず目を瞑る。

 しかし隊長の怒鳴り声は続いた。隊長がバリアを力いっぱい殴る衝撃と、そしてバリアの外側に受ける風の波動と微かな衝撃。

 恐る恐る目を開けると、隊長は無事で剣はバリアの外に転がっていた。


(良かった本当に…………これくらいは平気なんだ)


 ほっと胸をなでおろしたのも束の間。隊長が私達に強烈な殺気を飛ばして来た。

 スッと私の前に立つ瑠璃。手にした槍をぽいっとバリアの外に放りだしたところを見ると、武器として使うつもりはないらしい。まぁ使いなれないものを実践でいきなり使うのは危ないだろう。しかもこんな狭い空間で。


(じゃなくて、勝手に私のバリアに干渉したわね)


 全く気付かなかったが、私は音も物も通さないバリアを張った筈だ。


(流石に神法のキャリアが違うか)


 三百五十年精霊をやっているのだ。つい先日神法を覚えた小娘に悟られず干渉する事など容易いのだろう。


(こんな事他の人も出来るんだったら益々私の命って軽いんじゃ…………)

「おい!!聞いてるのか!?お前がやらせてるんだろ!!今直ぐやめさせろ!!」


 いつの間にか瑠璃の水の縄でぐるぐると椅子に拘束された隊長がこちらを睨んでいた。


「何を証拠に」


 大体私は頼んでいない。

 思わずがっくりとテーブルに腕を付ける。ため息しか出ない。

 右手の甲の神の刻印が、包帯の上からでも分かる程光っている。


(あーもう何でこんな事に……手、痛いんだけど……)


 こうなってしまっては穏便に交渉どころではない。力業あるのみ。ちょっと涙が出そうになって来た。


「瑠璃、落ちてきた兵士を受け止めて。出来るだけ生かすのよ」

「……畏まりました」


 バリアの音の遮断を取り消すと、外の轟音が響いて来る。

 大きく息を吸い込んで、私は空へ向かって叫んだ。


「蘇芳!萌黄!やめなさい!!」


 ピタリと風が凪いだ。地響きが止み、そして。


「ぅわぁぁぁぁああああああ!!!!」

「ギャァァァァアアアアアア!!!!」


 絶叫と共に兵士や木々や武器が降って来た。巨木が地面に衝突して地が揺れ、衝撃音が悲鳴をかき消す。

 土煙で視界が塞がれる中、一つの疑問が浮かぶ。


(何で誰も身を守らないの?)


 風の神法が使えるなら飛べばいいし、風で落下のスピードを緩める事は出来る筈だ。

 水なら瑠璃の様に水の手や蔓で受け止めても良いし、深い水溜まりかプールでも作れば助かるかもしれない。

 土なら地面を柔らかくするとか砂で噴水でも作ってみるのも良い。網目状にネットでも作って受け止めても良いし、やれる事は沢山あると思う。

 火や光属性ではどうすればいいか咄嗟に思いつかないが、それにしても気を失っているなら兎も角悲鳴を上げる兵士達は一様に落ちて来るだけ。

 いくら敵が強いからと言って、誰も何もしないのはいかがなものか。


「有事の際に動けない兵なんて必要があるのかしら」

「ちょっと瑠璃、折角私がオブラートで包もうとしてるのに」

「それからトーコ様、あんなに大きなお声を出されなくても私達には聞こえますわよ?」

「え?あ、そうなの?」


 そう言えば最初に名付けた時は豪雨の中の呟きですら空で拾った気がする。神力で繋がっているからだろうか。

 不図空から私を呼ぶ声に気が付く。見上げると蘇芳と萌黄が降って来た。満面の笑みで両手を広げる萌黄。


(天使!!)


 私が手を空へ掲げると、腕の中に萌黄が飛び込んだ。現実世界でこんな事をしたら二人共潰れてしまうが、萌黄は風属性の上にそもそも精霊には重さがない。重力完全無視の不思議系生物だ。

 私に抱き着き胸に頬ずりする萌黄。何事もなかったかの様に地面に着地した蘇芳がムッとした表情でこちらを見ていたので手招きして此方へ呼び、萌黄を下がらせる。そして萌黄と蘇芳が並んだところで。


「ストップ」


 私の元まで来るつもりだったのだろう。蘇芳が大きく瞬きをする。そんなちょっとした仕草が人間らしくなったと思う。

 

「じゃなくて。萌黄、蘇芳、この惨状は何」

「何って、何が?」

「どうして許可もなく攻撃したの」

「だってトーコ様を攻撃したよ?」


 私が険悪なのを察したのか、蘇芳が仕切りに頷いている。


「万一の時は殲滅しても良いよってトーコ様言ったじゃん」

(そんな事言ってない!穏便に済まそうと頑張った私の努力を返せ!!)


 だが相手にそう伝わってしまったらそれが全て。どう伝えたかなど関係ないのだ。

 ため息を吐きつつバリアを解く。瑠璃が受け止めた兵士で列を作っていた。兵士は瑠璃に水の手枷を嵌められ、水の縄で一列に繋がれている。

 隊長は奥歯をかみしめ、目に焼き付けるとでも言いたげに無理な態勢でその光景を凝視していた。大の男が目に涙を浮かべながら。


(情に厚いのね。良い上司だとは思うけど、組織の長としてはどうなんだろ)


 悪い訳ではないと思うが、しんどそうだ。彼等は兵士だ。戦争で万人を生かす方法などありはしない。と思う。経験がないから知らないが。

 決断の度にこの男は泣くのだろうか。それとも光に還る今だからか。


 瑠璃の水の縄に引かれて此方へ歩いて来る傷ついた兵士達に目をやる。そこかしこから血を流す者、腕が変な方向に曲がったものもいる。

 彼等の目に士気はなく、隊長に目を留めて涙する兵士もいた。

 その上空を幾つもの光が大樹に飛んで行くのを、私は暫く見ていた。

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