第32節 割れた玉と我が子の行末
ここは何処で、どんな世界なのか。
日本の別の場所なのか、私の妄想や脳の異常なのか、天国や地獄なのか。
何処にしたって、異なる環境と常識に支配された別の世界である事には変わりない。ここは私のいた世界とは別の世界だ。
そんな世界で私はどう映るのか。神様や精霊や神獣がいて、そのどれもが私の身近なものではなかった。
(異世界……)
ホノライが私を見つめる様に、私も真っ直ぐ彼を見返す。下級貴族で、水の神法使いで、領主の兵士。
この世界では当たり前の事も、その本質にも、私の理解はまだ遠く及ばない。
(何者か?そんなの私が知りたいわよ)
口から出そうになるそんな言葉を飲み込む。
ここへ来てからずっと考えて来た。日数を数えるのを止めても時折頭を掠める。
ここは果たして現実なのか。現実とは何なのか。私が肌で触れ、感じるそれこそが現実ではないのかと。
「トーコ様、そろそろ」
瑠璃の言葉でハッと我に返る。目の前にはまだ私をじっと見ているホノライがいた。私は無意識に彼から視線を逸らし立ち上がった。
明らかな助け船。私は彼との心理戦に負けたのだ。
彼に再び視線を重ねる事が出来ず、私は俯いたまま奥の牢屋に意識だけ向け、壁を格子に戻す。
「うお!何だ!?おい、二人共いるか!?大事ないか!?」
「ヤユジノ、私は平気です」
「俺も。何ともありません」
「どうなってんだ?急に壁が……」
お互いを確かめあう兵士達の声を背に、私はホノライの視線を感じ続けながら地上への階段を上がった。怖いのか、心臓がバクバクと音を立てていた。
精霊が全員地下から出るのを確認した私は、階段の上に重い扉を設置した。扉と言っても取っ手も何もない、ただの分厚い板だ。それで地下への入り口を塞いだのだ。空気を循環させる為の穴は少し開けたが、神法で消さない限り人の力では持ち上げられそうにない。そもそも白い床と一体になって、注意深く探さないと扉がある事にも気が付かないだろう。
「蘇芳、扉の管理は任せるわ」
「畏まりました」
何とかしなければならない。このままでは力で解決する他なくなってしまう。
(いっその事最初から全て瑠璃に任せれば良かった?)
何も私が出て行く必要はなかったのかもしれない。適材適所で人を使えば良かったのだ。
(でも見てないと不安だし…………覗き穴でも作る?)
蘇芳に頼んで、ホールに面した寝室の壁に作り付けていたクローゼットを手前にずらし、クローゼットの奥に扉を付けてもらう。間に小部屋を作るのだ。寝室の奥の壁にはホールに向かって小さな穴を空ける。これでホールの様子が窺えた。小部屋は暗く、万一穴に気が付かれても寝室の様子を覗かれる事はない。萌黄に風の流れを調節してもらえば音も一方通行に出来る。
ついでに地下牢に繋がる穴も空け、牢の中の会話がここでこっそり聞ける様に調節してもらうと、とてもクリアな音で兵士達の声が聞こえた。
『壊れねーなこれ。一体何で出来てやがるんだ?!』
『兎に角どうやって出るか、少なくとも外と連絡を取る方法を考えないと』
私の事を話しているのではない事に安堵する。
彼等は逃げ出す算段をしていた。当たり前と言えば当たり前だ。
(取り敢えず思いつくのはこんなものかな)
主として等ではなく、人として情けないのは分かっている。でも自分では何度やっても上手くいかないのだ。このまま逃げ出さず再チャレンジを繰り返して成長するのが良いとは思う。しかし果たしてそれまでに一体どれ程の情報が流出し、身の危険が増えるか考えると怖くて仕方がない。
(私は一体何と戦ってるんだろう……)
穏便に彼等と共存が出来ればそれでもいいのだが、兵士の態度を見る限りそんなに甘くはないだろう。
しかしそこまでしてここに住みたいのかと言うと、実はそんな事もない。次を探して見つかるのかという不安が漫然とあるだけだ。
それより不味いのは、精霊達に愛想をつかされ一人に戻る事。
(そうなったら確実に私死ぬわ)
物理的にも精神的にも多分それが最悪だ。
恐る恐る精霊の顔色を窺う。特に変わった様子はない。そもそも、高々四十数年生きた人間に手玉に取られているのに、三百五十年生きる精霊の何を見透かせるというのか。
「トーコ様、やはりお疲れなのでは?昼食までお昼寝なさいませ。その間に私がいろいろ聞いておきますから」
疲れているのは自覚していた。今何かをする気力は起きない。
瑠璃の勧めを、私は項垂れつつ了承した。眠ればこの何だかもやもやした沈んだ気持ちもすっきりするかもしれない。脳は寝ている間に記憶の整理をするというし、少しは落ち着くだろう。
「じゃぁ、神法師団や周囲の状況について聞いておいて欲しい。でも絶対此方が何も知らないのを悟られないでね。それからご飯の事とか、森の入り口に次いつ商隊が来るかとかも聞いておいてくれる?」
「分かりました。ミィも連れて行って構いませんか?」
瑠璃にはミィを監督する様にお願いしている。神力の使い方を学ばせる為だ。瑠璃が一体どういう方法で聴取するのかは知らないが、穏便に済むとは思えない。過激なシーンをミィに何処まで見せて良いものか。
純粋だと思われるミィに拷問の方法等見学させて、マッドサイエンティストが出来上がるのは困る。万一私にその危険が降りかかる様な事は避けたい。
「いいけど、あまり余計な事は見せないでね。あくまで神力の操作を勉強させるだけにして」
「はい」
(この笑顔を信じていいんだろうか……)
「蘇芳、何かあったら貴方が止めて」
「畏まりました」
まぁ信じるしかない。
「紅はヨモギと外の様子を見ててくれる?私は部屋にいるから」
私は萌黄を連れて寝室へ戻った。
(抱き枕になってもらおう。落ち込んでるんだから頼んだら了承してくれるよね)
そんな打算は見事に叶えられた。
~Side XXX~
パンッ!!
部屋の中央に置かれた玉が弾け飛んだのは、大樹が青さを増し何時もと同じ様に一日が終わる、そんな平凡な光の日の終わりだった。
寝支度をしていた子供達が、驚愕に目を見張り割れた玉に絶句する。
皆が固まっている間に、五の鐘が時を告げた。
「もったいないわね。綺麗な玉だったのに」
そう言った私に、同じ服を身に纏った八人の子供達の視線がゆっくりと集中し、そしてまた残骸に戻って行く。
彼等は暫く言葉もなく固まっていた。何時までそうしているつもりなのか。私は一際大きく声を発した。
「何してるの!するべき事をなさい!」
ハッと我に返った彼等が慌ただしく動き出す。割れた破片を丁寧にかき集め、元々玉が設置されていた台座の上に急遽用意された綺麗な箱に一つ一つ収めて行く。
「そんなに大事なものならちゃんと見ていないと駄目じゃない。全くもうこの子達は……」
馬鹿な子程可愛いとはよく言ったものだ。
私が慌ただしく動く彼等を温かい目で見守っていると、隣から聞き慣れた声がした。
「にしても何で割れたんだ?」
同僚のタカである。
私よりも随分体躯の小さいこの同僚は私より遥かに勇ましく無茶をするヤンチャな男だったが、年を重ねるにつれ子を見守る目が母性に溢れて来た。
「知らないわ」
「神法か?」
「どうかしら。気配は感じないけれど」
「何にしてもすぐに知らせた方がいいな」
「そうね」
私は渋々重たい腰を上げた。子供達といる時が一番幸せなのだが、仕事は仕事だ。
私は書簡を預かり、窓辺に立って振り返った。
「じゃぁ行ってくるわ。子供達を宜しくね」
「分かってる。急げよ」
「誰に言ってるの?」
私は飛んだ。神法の限り、誰よりも早く、誰よりも高く。それが私の仕事だった。
森を超え眼下に丘が見え始めた頃、私は空が振るえるのに気が付いた。
「嘘、何あれ……」
大樹の方角にある森が燃えていた。
「何で!?どうなってるの?!」
こんな禍々しい光景を見たのは長く生きてきて初めてだった。その鮮烈な色彩に、私は飛ぶスピードを緩めた。火の力が強くなっている。日が変わったのだ。強い神力を感じる。あれに近づいてはいけない。あの子達は大丈夫だろうか。いや、方角が違う。あの子達が巻き込まれる事はまだない筈だ。
地上では森の端に住む子等がわらわらと家から出て、燃える森を見ては騒いでいる。
(今私がするべき事は?)
それはアルゼンナーエへ一刻も早く報告する事。出来る事をしなければ。私が彼等に何時も言っている事なのだから。
飛ぶ事に集中する。森から離れるにつれ辺りは次第に静けさを取り戻し、視界は大樹の青い光に戻って行く。夜は昼に比べて暗いが、それでも今の季節の空は明るい。高く飛ぶ私の影もはっきり地上に映るくらいだ。何ら支障はない。
私は真っ直ぐアルゼンナーエへと急いだ。
アルゼンナーエの中央に聳え立つ城。そこが私の目的地である。私は何時もの窓辺に降り立ち、中へ視線を送る。私を迎えたのは、森にいるあの子供達よりも上等な服に身を包むこの城の子供。心得た様子で、私に気付くとさっとバルコニーの扉を開け、中に招いてくれた。
中にいたのはここを治める幼子だ。この子は代替わりしたばかりだが、周りに慕われる良き主だ。名をエルと言う。この子を中心に、ここに住むものは一つのファミリーを形成しているのだ。
「エル、貴方にこれを持って来たわ」
私は森の子に預かった書簡を扉を開けてくれた子に渡した。彼は直ぐにそれをエルの下に運んで、恭しく礼をする。
エルは書簡にさっと目を通すと、コンポートに盛ってあった実を手に私に近づき、私を労ってから部屋を出て行った。
実をかじる。果汁が喉を通り過ぎるのと同時に力が抜けるのを感じた。後はこの子達の仕事だ。私はするべき事をした。最近これが少し疲れる様になって来た。また次の仕事が来るまでしばしの休息を貰おう。
扉の子が実を沢山持って来てくれた。新鮮で瑞々しく、労せずして差し出される実。
(相変わらずここの食事は最高ね)
少し酒の味がするところが特に気に入っている。私の好物の実だ。エルはいつもこれを私の為に用意してくれる。
私はゆっくりとそれを咀嚼していった。
夜だと言うのに城が騒がしくなる。どうやら書簡に引き寄せられて人が集まって来た様だ。
暫くして部屋に入って来たのはエルではなかったが、私にとって可愛い子供である事には変わりない。エルを主として頂くのだから当然だ。
(休憩は終わりの様ね)
私は書簡を受け取って、開け放たれた窓から再び空へと舞い上がった。
空を飛び続けて、一の鐘が鳴った頃である。
私は来た空を森へ戻る道中、右手の方から強い神力を感じた。
(あれは……燃えていた森の方?)
あの時と同じ、強い力の塊が渦巻いている。目線をやると、森が生まれていた。
「ちょっと何よそれ、本当にどうなってるの……」
燃えて黒く凹んでいた森が、一斉に芽吹き高さを増していく。その何と美しい事か。
私は上空でしばし目を奪われた。今日が土の日であったなら、もっと素晴らしい光景を見られたかもしれない。土の精霊は生と死を司る。それは見事なものになったに違いない。
その現象は幻かと思う程あっという間に終わり、森は元からそうあった様に整然と緑を広げる。神力の渦が次第に薄れて行く。
「いけない、さっさと戻らないと」
私はちらっと書簡を確認し、再び森へ向けて進み出した。
「戻ったわよ」
「おう、ご苦労さん」
大して労う風でもなく、タカが軽く答えて私を出迎える。
森の子達の下に辿り着いたのは、二の鐘が鳴って大分経った頃だった。
私が書簡を渡すと、子供達は中身を確認した後各々武器防具を身に纏い始める。どうやら森の様子を確認しに行く事にした様だ。
タカにも協力を仰いでいる。
「仕事だな、行こう」
「ええ。でも気を付けなさいよ。森で何かが起きてるわ」
私はあの光景をどう説明して良いか分からず、それだけ伝えた。
「分かってるさ」
この男に任せておけば大丈夫だ。子供達も少しは安心するだろう。
三人でチームを組み、一つは森の端に続く道を行く。森に入るチームには私が同行する。タカは先に森の奥を偵察に行く。それが彼の仕事だ。
「本当に、気を付けて……」
「あぁ。お前もな」
極たまに見せるその柔らかなタカの微笑が私は好きだった。
子供達の足は遅い。私は子供達に歩みを合わせ、ゆっくりと地上を行く。
朝私に絶景を見せた森が、三の鐘を過ぎた頃から荒れだした。その内巨大な神力が吹き荒れ、大気は乱れ、恐らく私が飛んだなら身体に受ける強風で上手く進めなかっただろう。
子供達がそれに気付かないのは幸いだった。彼等は空を飛べないし器も小さい。だからこの状況を、少し風が吹いている、くらいにしか感じていないのだ。
(私がしっかりしなくちゃ)
警戒しつつ森を進んだが、次第に風は止んだ。杞憂だっただろうか。いや、それに越した事はない。
その夜は家へ帰らず、私達は森の中で休んだ。獣を避ける為木の上によじ登る子供達を手伝い、見張りを一人残して二人が眠る。私も少し眠ろう。
翌水の日。その日も遠くで神力が渦巻くのを感じながら、私達は森を進んだ。
(一体タカは何をしているのかしら。さっさと戻って来て一緒に……)
私は慌てて首を振る。
三の鐘の少し後、私はタカの声を聴いた気がした。
翌風の日も、子供達は森の中を進む。
持って来た食料がなくなると、子供達は果敢に生き物を狩った。少し疲弊して来ている。でも私は極力手を出さなかった。
「ほら、しゃんとしなさい!」
疲れたのなら家へ帰るのも選択肢。だがもうこの子達も自分で考えられる時期だ。帰るべきだと判断したのなら彼等はそうするだろう。私は励ますに留める。見守ると言うのは往々にして疲れるものだが、子育てとはそう言うものだ。
この日も森の神力は揺れていた。
事件が起きたのはその翌日、土の日だった。
この日は朝から、ここ数日では見ない程大気が落ち着いていた。それに油断していたのも事実だ。
夜、そろそろ五の鐘に近づくと言う時になって、私達はそれを見つけた。
この不思議な成長をする森の中で一際不自然に木々が整然と並ぶ場所。垣間見えるその向こう側は、直ぐ谷になっていた。
(こんな場所、あったかしら……)
私は空を飛べるので何ら問題はない小さな谷だが、子供達に飛び越えろというのは無理だろう。谷の更に奥は、森とは思えない開けた大地がある。その大地にポツンと家もある。
(嫌な感じ……)
この辺りは太古から大きな力が渦巻く場所だった。ここは駄目だ。離れなければ。
私が声を上げようとしたその時、二人の子供が神法で谷を越えて向こうに渡ってしまった。
「駄目よ!戻りなさい!!」
こちらに残った一番若い子供が私に抱き着く。そう言えばこの子は風の神法を使えるのだ。迂闊だった。
「こら、離しなさい。そっちへ行っては駄目!」
私を引き留める様に抱きしめる子の手を解こうともがく。彼等は力を入れては傷つく弱い存在なのだ。
そうしている間にも年嵩の子供達はどんどん先へ行ってしまう。
「戻って来なさい!!」
漠然とした不安が確信に変わる。ここは近寄ってはいけない場所だと私の精霊が警告する。悪寒がする。
一瞬空に視線を向けた私は、息を呑んだ。
家の壁に張り付いて中の様子を窺おうとする子供達の遥か上。家の屋根の向こうから、大きな光る二つの目が此方を見ていた。
「!!」
その異様な光景に気が付いた幼子も、私に力いっぱいしがみ付く。私もさっと腕の中にその子を抱きしめた。
(来ないで……こっちへ近寄らないで………あの子達を見つけないで…………)
私はその巨大な生き物から目を離せなかった。離せば襲われると思ったからだ。腕の中で震えるこの子を、あの化け物の足元の子供達を、私はどうやって守れば良いのか。
(あれは神獣だ)
ゆっくりと神獣が家を周り、此方側へやって来る。
(あぁ神様、どうか……)
子供達の視線が神獣と交わる。神獣は品定めでもする様に、じっと二人を見る。
子供達が武器を握るのが分かった。
(ダメ!!)
一人が剣を抜いた瞬間、神獣は大きく一歩を踏み出し口を開けた。
「――――――!!!」
地が揺れた。腕の中の子が声にならない悲鳴を上げる。
そうだ、この子だけでも逃がさなければ。二人はもう私には助けられない。それなら少しでも可能性のある方に掛けなければ。
「逃げなさい!早く!!」
私は力いっぱいその背を押した。
走り出した子が風の神法を纏って走るのを、何度も何度も後押しする。風を重ね掛け、もつれそうになる足をサポートし、急げと叫び続けながら。
無心で走り続けた時間はどれ程だったか。背後で神法の蠢く気配がした。
「振り返っては駄目!走りなさい!!」
自分に言い聞かせる様にそう強く声にする。おぞましい器が此方へ向かってくる。その数は無数。
(……眷属!!)
駄目だ。あの眷属は空を飛ぶ。この子ではとても逃げられない。
その事に気付いたのだろうか。我が子が一瞬振り返り、私を風の神法で空へ押し上げる。
「アルゼンナーエ―――!!」
私は空く高く舞い上がった。最後に見た子の顔は歪んでいた。
眼下の景色が眷属で埋まる。眷属はあっという間にあの子に追い付き、彼を取り囲んだ。そして余った眷属が瞬く間に私に迫って来た。
(捕まるものですか!!)
一際大きく風の神法を繰り出す。風は昇って来る眷属に勢い良くぶつかり、一瞬彼等を押し留める。
私は風の力を借り、一気にアルゼンナーエへ向けて飛び出した。
子供達の顔が脳裏にちらつく。神獣を見て驚愕に見開かれたあの目、自らを投げ打って私に思いを託したあの表情。
多くを守る為に個を犠牲にする、それは至極当然な事だが、心が痛まない訳ではない。
(大丈夫!振り切れる!)
眷属との距離が徐々に開いていく。眷属は前に見た時より小さく見える。ここ最近の森の異常と神力の蠢きに関係があるのだろうか。
大樹は一際眩しいくらいの青い光と神力を世界に注ぐ。光の日が来たのだ。
(あぁそうか、タカが帰って来ないのも……)
私は込み上げる感情を呑み込んで空を駆けた。
アルゼンナーエに着いた私に駆け寄って来たエルは、大きな目をこれでもかと見開いた。私は書簡を持って来なかった。それはこのファミリーに危険が迫っているという合図。
「ごめんなさい……あの子達を守れなくて……ごめんなさい」
力なく呟いた私を、エルは優しく撫でた。私も彼の顔に頬寄せた。私の何分の一かしか生きていないこの子に、こうやって慰められる。涙が零れる。涙腺も年と共に老いたのだ。
エルはそっと私から離れ、号令をかけた。城の中は再び慌ただしくなり、また多くの人が集めらる。
私は少しして書簡を託された。
「エル、気を付けて」
窓辺まで来て見送ってくれるエルを背に、私は飛び立つ。
あの子の祖母に拾われてから、私の心はずっとこの城の主とこの土地と、この子を主と仰ぐ人の子と共にある。
(嘆いてばかりいられないわ)
私は再び滑空した。この翼があれば、風の神法があれば、空は何時も私の味方だった。
私は数刻で子供達の元に着いた。森の子供達ではない。前回私がアルゼンナーエへ行った時に集められた子供達だ。私が森へ戻った後、隊列を組んで森へと進んで来たのだろう。
私はエルから預かった書簡を彼等に渡した。
そして彼等と共にゆっくりと、森を目指す。
ちょっと別視点を挿んでみました。
トーコ視点だけだとあまりに周りの状況が伝わらない……。




