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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
32/67

第31節 地下牢と小悪魔と逆尋問

兵士の名前が決定しました。

 日付はもう変わっただろうか。

 広場の北側には大きな鳥籠が鎮座している。円形の土台にから生える三十センチ程の鎖の付いた土の足枷と、後ろ手に土の手枷で自由を奪われた兵士達が、しきりにこちらを睨んでは叫ぶ。


「何をしているんだノハヤ!」

「おい!止めろ!!」


 姦しく囀る姿はまさに鳥。疲れないのだろうか。

 箱の中に入れておいて二人で何か画策されても困るし、空気がなくなって光に還られても寝覚めが悪いので、大人五人くらいなら余裕で入れるドーム状の土の鳥籠を用意してみた。

 鳥籠の骨組みは丁度手に収まる程の太さだが、強度については土扇と同じく、物理法則等全く無視した硬さに仕上げてある。まぁ彼等はその骨組みには手が届かないのだが、これは逃がさない為と言うよりは、主に鳥籠の周りをうろうろしているヨモギから彼等を守るといった側面が強かった。


「ちっ、近づくな!!」

「ひいぃぃぃっ!!」

「食べちゃダメよヨモギ」


 大きな舌が中身を取り出そうと鳥籠を舐める。壊れない事は先程噛み付いた時に学習したらしい。

 鳥籠の天辺には火の玉が浮いているのでかなり明るい。これも兵士達を怯えさせる一因になっている。ランプより自在に大きさや明るさを調節出来る神法は、熱ささえ我慢すればかなり便利である。なので最近灯はもっぱら此方を使用している。

 今兵士達は少し熱いかもしれないが、離れている私は平気だ。虫が寄ってきそうだが、そこは萌黄が大気を調節してどうにかしている模様。森の中で虫よけスプレーが必要ないのは助かる。


 鳥籠の前にはテーブルと椅子が三脚。座っているのは私と瑠璃と、ノハヤと呼ばれた青年兵士だ。ノハヤの椅子は地面から巨大な腕が生えた様な一風変わった造りになっていて、上を向いたその手が座るノハヤをがっちりと捕らえていた。

 ノハヤの後ろには蘇芳。私の後ろにはヨモギと紅とミィが立ち、誰もがテーブルの上を見守っている。一メートル四方程のテーブルの上には光の神石と魔石が所狭しと転がり、ノハヤの神力計を持った瑠璃が、石の大きさを一つ一つ計ってはノハヤの前に積んでいく。それを必死でノハヤが浄化しているのだ。


「ノハヤ!なぜ彼等に協力をするんだ!?」

「おい止めろ!何してんだお前!!」

「よそ見をしている暇があったら集中なさい。ただでさえ遅いんだから」

「あまりトーコ様をお待たせするな」


 精霊達からのプレッシャーに、ノハヤの額からはとめどなく汗が噴き出す。彼は真一文字に口を結び、必死で震える手を魔石に翳す。


(やっぱりマッチョは萌えないわね。夢なら私に優しく美男子にしてくれてもいいのに)


 兵士で細身のイケメンなど現実にはあり得ない。鍛えていればそれなりに筋肉が付いて当然なのだ。


(それにしても眠いわー……)


 最初に渡したランプ用の光の神石は、ノハヤの神力計で計ったところ「35/50/100」だった。それはほんの三、四秒で補充出来たが、神力計で計ったところ「50/50/99」に減っていた。

 私はてっきり「50/50/100」に戻ると思っていたのに。


(使用回数って、どういう仕組みなんだろ)


 これなら0まで使い切ってから補充しなければ損をする。半分以上無駄にしてしまった。


(これも勉強か)


 魔石の浄化は一つでカップラーメン程度と言うところだった。


「メルイドよりはかなり速いね。流石はエリート」

「こういうスピードは器に比例しますから……トーコ様、終わりました。九十二個全て「500/500/100」ですわね」

「「!!」」


 ノハヤとミィが目を見開く。そう言えばミィはベリーシエを倒した事は知らないのだ。


「後九十一個か。一の鐘までには終わると思う?」

「そうですね、丁度その頃終わるでしょう」

「無理だ!そんな神力はない!!」


 目の前に積まれた魔石に青ざめるノハヤ。

 勿論そんな事は分かっている。作業前に計ったノハヤの神力は「2150/3500」。出来て補充と魔石四個、満タンあったとしても魔石を七個浄化した時点で昏倒する。

 ちなみに鳥籠の中の兵士二人も計ってみたが、二人共似たり寄ったりの神力だった。

 神力不足は私のを分けてやれば問題ないのだが……。


「……問題あるか。眠いわ」

「では目一杯浄化させておきますから、どうぞトーコ様はお休み下さいませ」


 ここはお言葉に甘える事にしよう。浄化させ続けようかと思ったけれど、その為には私が付き合わなければならない。神力分与は私にしか出来ない、と思う。実際は精霊は分与したくないのか出来ないのかよく分からない。

 あれは気を使う作業だし、うっかり多く入れ過ぎて魔獣化されても困る。眠気と戦いながらだなんて、彼より寧ろ私の長い夜ではないか。そんな苦行はごめんだ。

 兎に角今私は眠い。いつもの就寝時間はとうに過ぎている。どうせ一の鐘が鳴ったら目が覚めてしまうのだ。今なら数時間は眠れるだろう。


「じゃぁ後お願いね。浄化出来るのあと三つ?四つ目やったらどうなる?」

 

 浄化には同等の神力が必要だ。あと三つ浄化した時点でノハヤの神力は「135/3500」。五百の魔石を浄化するには足りない。


「中途半端になりますが、神力がなくなるまで浄化させますか?」

「あの、トーコ様」

「どうしたのミィ」

「神力が一パーセントを切ると具合が悪くなりますから、その、効率が落ちると思います」

「そうなの?ならあと三つ浄化したら直ぐ寝かせて回復させて。ヨモギ、しっかり見張っててね。食べちゃダメよ?」

「がぅ?」


 分かっていないのか、分からないふりをしているのか。まぁどうでもいい。瑠璃と蘇芳が私の意をくみ取ってくれたから大丈夫だ。


「ありがとミィ。貴方ももう寝なさい」

「はい」


 何となく褒める時の癖でミィの頭を撫でようとしたが、そもそもミィの方が背が高い上に私は今椅子に座っているので届かなかった。伸ばした手を所在なさげにぐっぱぐっぱしていると、ミィがさっと私の前に膝を付く。私は手を下ろしてその頭を撫でた。


 それから直ぐその場を瑠璃達に任せた私は、眠気と戦いつつミィと明かり代わりに紅を連れて屋敷に戻った。入口扉に近いのでミィを先に部屋に送り届け、大樹の光を浴びながら私も自分のベッドに入った。




 一の鐘で予想通り目覚めると、傍には瑠璃と紅と萌黄がいた。


「寝たりない」

「昨晩は遅かったですからね。もう少し寝ますか?」

「起きる」

「はい」


 ここでは誰も私の行動を咎めないので、放っておくとどんどんルーズになってしまう。私は自分を戒めつつ起き上がった。

 時間が自由なんて、社会人時代には考えられなかった優雅な生活である。但しお金はないが。

 コップ一杯の水を瑠璃に渡され飲み干すと、何故か抱きかかえられた。


「では参りましょう」

「自分で歩け……」

「お風呂に」

「!?」

「今日は私が当番ですわ」


 いやいやをしてみたが、弾んだ声の瑠璃にがっちりと抱っこされたままお風呂に連行された。紅はお湯要員、萌黄はドライヤー要員だ。

 疲れているのに朝から瑠璃のお陰で大分体力を使ってしまった。早くあれに慣れなければ体力も気力も持たない。


「お食事になさいますか?」

「うん。外で食べるわ」


 何とかお風呂タイムを切り上げると、ホールには白いお盆に携帯食を乗せたミィが待ち構えていた。少しずつ先日採取した白い石で蘇芳に備品を作ってもらっているのだ。

 ちなみにミィのお風呂に関しては瑠璃と萌黄に一日一回義務と言ってあるので、きっとこの屋敷と同じ様に私の知らない間に洗われている筈である。お風呂は私が誘わないと入れない。ミィにはお風呂を満たす程のお湯を作る神力はない。


 外に出ると、昨日は屋敷の北側にいた筈の三人の兵士が鳥籠と共に南側に移動していた。


「此方の方が近いかと思いまして」


 蘇芳がそういて私達を出迎える。出来る精霊である。


「ありがと。ミィ、ご飯にするよ」

「はい」


 鳥籠から少し離れた場所に蘇芳にテーブルを作らせ、ミィと共に席に着く。それを見た籠の中の三人の兵士があからさまに驚いている。昨日も鳥籠や土の箱や足枷を作るところを見ただろうに、いちいちご苦労な事だ。まぁ昨日はそれどころではなかったのかもしれない。


 ミィが運んで来た携帯食は全部で五食。携帯食は今キッチンの食糧棚に保管されている。

 蘇芳の袖は時間を止めるタイプのインベントリ的なアレではない。繋がっている場所は大樹の上の方で、下手をしたら宇宙空間かもしれないと先日気が付いた私は食糧への未知の影響を考えて、現在は全てキッチンの棚に収納させている。と言っても岩塩モドキと携帯食しかないが。

 今のところどんな小さな生き物や虫も通さない完全無欠な防衛と、完璧な空気調整を行っているので必要以上に痛む事はない。


「じゃぁ紅、これあの人達にあげて来て」

「はーい」

「貴重な食料を捕虜に分け与えるのですか!?」

「トーコ様、下げ渡す必要などございません」


 案の定蘇芳と瑠璃には反対される。しかしこれは必要な事だ。


「だってこれもう賞味期限が危ないのよ」

「ショーミキゲン?」

「そろそろ痛んで食べれなくなっちゃうって事。無駄にするよりはいいでしょ。どの道彼らの処分を考えないといけないけど、まだ浄化もしてもらわないといけないし」

「では後の二人は不要では?」


 剣の兵士と槍の兵士が動きを止め、こちらを恐る恐る伺う。


「取り敢えずは置いておくわ。神法師団とやらが来たら交渉の材料に出来るかもしれないし」

「…………左様でございますか」


 諦めてそう言った瑠璃と頷く蘇芳を確認してから、紅に合図する。

 紅は携帯食を三つお盆に乗せて鳥籠に近づいた。


「はいこれ、食べてね」

「…………」

「早く取って。トーコ様に感謝して食べて」


 紅が鳥籠の中に携帯食を突っ込む。受け取らない兵士をちらりと見て、私は兵士が後ろ手に手枷をしていた事を思い出した。

 心の中で土の手枷を消すと、兵士達が驚いた様に自分手をまじまじと見つめ、そっと携帯食を受け取って紅に聞いた。


「あんたがやったのか?」

「何が?」

「手枷が、その……なくなったんだが……」


 言葉にしてみたものの、半信半疑の様子の兵士達。神法は寝てしまうと解けるので、こういう使い方は一般的ではない。


「さぁ、どうかしらね」


 紅は楽しそうにそう答え、此方へ戻って来た。

 ベストな対応だと思う。誰がどんな神法を使えるのか、敵に知られない方が良いに決まっている。


「じゃぁ私達も頂きましょ」

「はい」


 ミィと食事をしているとノハヤが何やら神法を使い、その後一斉に包みを開いて兵士達が食事を始めた。


「何あれ?」

「毒を調べたんじゃないでしょうか。何度か見た覚えがあります」

「そんなの出来るんだ?萌黄も出来る?」

「どうだろ?毒を覚えればそれが混ざっているかどうかは分かると思うけど」


 直ぐには使えない様だ。

 兵士の死角で大き目のコップと水を生成し再び紅に運ばせると、兵士達がまた目を見張る。一体何に驚いているんだろう。

 兎に角一杯ずつだけど水分補給もさせた。彼等もこれで光に還る事はないだろう。まぁ一食二食抜いたところでどうなるとも思わないが、一応屋外なので熱中症とかになられても困る。


(やっぱり地下牢とか必要かも)


 このままではこちらの手の内がいろいろ見えてしまうし、いつまでも捕虜を目立つ外に放り出したままと言うのも不用心だ。

 私は蘇芳と共に屋敷に戻り、地下室を造る様頼んだ。

 地下への階段は玄関を入ってホール右の廊下の突き当り、私の部屋とキッチンの間にする。この廊下部分を地下にも同じ様に作り、ホールの下辺りに牢屋を三部屋執る。鉄格子ーー鉄ではなく材質は白い石だがーーにくぐり戸の付いた白亜の牢屋。正直牢屋でいいのかと言う程清潔感があり綺麗だ。


(だって茶色の土じゃぁ衛生的に心配だし。暗いとなんか悪だくみされそうでやだし。捕虜も快適な方がいろいろ話してくれるよね?)


 牢屋は一部屋三メートル×二メートル弱。部屋にしては大分狭いが、独房だしこんなものではないだろうか。独房を見た事はないが。三方は壁だが廊下に面した広い一面は格子で圧迫感もないと思う。勿論土の神法の格子なので鍵などはない。出入りする時は扉毎消せばいいのだ。

 部屋の中にはプライバシーなど配慮しないトイレが隅にあるだけ。と言ってもこのトイレも蓋付きの穴が開いているだけで、日本が誇る温水洗浄便座等はない。このトイレは決して嫌がらせではなく、町で見かけたものを参考にしたのだ。地下に十数メートル程筒状に穴が開いただけのもので勿論水洗ではない。まぁこの家は水で丸洗い出来るし、空調も脱臭も完璧なので不都合はない筈だ。


 出来た牢屋を見渡して流石にこれでは味気ないと思った私は、ベッド用に四角い台を作ってもらった。捕虜の体格に合わせた少し大き目のものを。益々部屋が狭くなってしまったが、ここで捕虜が軽作業をする訳ではないので別に良いと思う。


(捕虜の為に毛布か何か必要かな?後で反応を確かめるか)


 ついでに真ん中の牢屋の前の廊下に、アンティークなテーブルと座り心地の良い椅子を二脚。これは私が中の人と話をする様。後で瑠璃に色を付けてもらおう。

 テーブルの上の方の壁にはこれまたアンティーク調の壁掛け照明を作ってもらい、蝋燭の先に炎を灯せば完成だ。地下の明かりはこの壁掛けタイプが各牢屋の正面の廊下に一つずつ。炎の大きさを調節すれば結構明るい。


「完璧ね。よし、じゃぁ三人をここへ移そう」

「畏まりました」


 場所を特定されないよう、念の為別々の土の箱に入れて捕虜三名を地下牢に移したあと、紅に隅まで見渡せるよう灯を明るくしてもらい、私は優雅に椅子に腰かけて箱を消した。

 ベッドに放り出された三人が、一様に辺りを確認し、私達を警戒するのが正面からだと良く分かる。お互い見えない筈なのに、示し合わせたかの様に同じ動きをするのが面白い。檻の中のモルモットみたいだ。入口から遠い方から剣の兵士、青年兵士ノハヤ、槍の兵士。

 三人が少し落ち着くのを待って、私は声を掛けた。


「ようこそ我が家へ」


 正面の牢屋のノハヤに向かって話したが、勿論左右の檻にも声は聞こえている。何を思ったのか、剣の兵士が勢い良く格子に体当たりした。手錠や格子が本当に金属で出来ていたら、ガチャンと大きな音がしたに違いない。しかし生憎彼等を拘束するものは全て土であった。そこまでの再現性はまだない。


「チッ、硬てぇな!」


 両手で格子を掴み強度を確かめている。手枷は食事を考慮して板のタイプから手錠タイプに変更した。足枷も床に縫い留めるタイプではなく、両足を鎖で繋ぐタイプだ。少し長さがあるので歩幅を小さくすれば普通に歩ける。


「ヤユジノ!いるのか!?」

「いるぞ!」

「俺もいますよ!」

「黙れ」

「トーコ様がお話し中よ」


 剣の兵士ヤユジノが蘇芳の土のパンチでベッドに転がり、ベッドに腰掛けたままだった槍の兵士は瑠璃の水鉄砲でいつの間にかびちゃびちゃになっていた。何が起こったのか分からず狼狽える二人。


「ちょっと瑠璃、カビが生えたらどうするの」

「大丈夫ですけど……直ぐ乾かしますわ」

 

 私のジト目に耐えかねて瑠璃が水分を消す。


「じゃぁ取り敢えず、浄化から始めるか」


 ノハヤに視線を戻すと、明らかに緊張した様子のノハヤ青年が此方を見た。

 蘇芳が袖から神力計を出してテーブルに置く。


「蘇芳、どうしたのこれ」

「昨日ノハヤが持っておりましたのを頂きました」


 カツアゲなどどこで覚えて来たのか。

 どうしたものか思案していると、傍にいた萌黄がそれを取って格子に近づいた。


(何するつもり……?)


 萌黄はそのままくぐり戸を潜る。潜ると言っても萌黄の身長では屈まなくても普通に通れる。

 いつの間にかそこに格子がない事にハッとするノハヤ。しかし萌黄が通り過ぎると、いつの間にかくぐり戸には格子が嵌っているのである。


「どうなって……」

「はい、タッチ!」


 ノハヤが気配を察知するより早く、萌黄が彼の腕を掴んで神力計を押し当てる。捕まれた腕を反射的に引こうとしたノハヤだったが、腕は予想に反してビクともしなかった。


「くっ!!」

「ちょっと動かないでよー、計りにくいでしょー?……トーコ様「835/3500」だから一つ浄化させるね。少し待ってて」


 萌黄はポケットに神力計を仕舞うと、掴んだ腕を引っ張ってノハヤをベッドに押し倒し馬乗りになった。茫然とするノハヤの襟元に片手を付き、もう片方の手でポケットから魔石を取り出してのノハヤの目の前に掲げる。


「持っててあげるから早くして。じゃないと痛くするから」

(ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!!襲い受けぇぇぇぇぇーー!!!!)


 私は叫びそうになるのを必死でこらえ、慌ててにやける口元を隠す。目は釘付けだが。

 台詞がどうでも私の中の萌黄は悪まで受け。美少年とマッチョ青年なので身体的にも受けだ、絶対。

 恐る恐る両手を顔の前に持っていき、萌黄の持つ魔石を光で包むノハヤ。萌黄の耳にかけた柔らかそうな髪が零れ顔に掛かる。


(やっば!鼻字出る!叫びたい!!萌えを叫びたい!!)


 私の動揺を他所に、ノハヤはそれを数分で浄化した。


「上出来」


 萌黄が小悪魔の様に微笑む。徐にノハヤから降り、牢を出てテーブルの上に浄化した光の神石を置いた。


「トーコ様、お待たせ!」


 私に微笑みかける萌黄の姿は無垢な天使そのもの。これを無意識にやっているとしたら凄い。


(凄い…………可愛い!!萌える!!!)

「お疲れ様、萌黄」


 本音と建て前を上手く使い分けて私も微笑み返す。

 ゆっくりと起き上がったノハヤが、私と萌黄を見て呟いた。


「本当に……子供か?」

「子供じゃなければ何に見えるのー?」

「…………いや」

「ノハヤ!大丈夫か!?」

「おい、何しやがった!!」

(煩いなぁ)

 

 折角萌えに浸っていたのに台無しである。

 私は特に声の大きい奥の檻を見て、格子を壁に換えた。微かに叩く様な音がするが、これで声は聞こえなくなった。上に上がる時に格子に戻せば空気の心配もないだろう。


「ヤユジノ?どうした!?」


 急に声の聞こえなくなった同僚を心配した槍の兵士が、立ち上がって格子の間から外の様子を窺おうとするが、他の牢を見る事は勿論出来ない。

 私は神石を蘇芳に渡し、槍の兵士の牢の前へ行った。瑠璃が椅子を動かしてくれたので、今度は槍の兵士の牢の前で座る。


「貴方の名前は?」

「…………ホノライ、です」


 恐らく彼が年長者で、仕草等を見るに一番裕福か地位が高い生活をしていた事を窺わせる。裕福と言うのはその分教養を得る機会に恵まれる事が多い。話をするならこの中では彼が適任だと思う。


「ではホノライ。神法師団はいつここへ来るの?」

「…………」

(まぁ敵に情報を流す兵士なんていないか。どうしようかな)

「ホノさん、彼女の言う事、聞いた方が良いです」

「………………そうか」


 何故それで納得したのだろう。彼は精霊を呼び出したのは見ていない筈だが。


(そう言えばこの人はヨモギを神獣だって信じて……いや、ンルザントが番人って知ってたから?)


 ここの人の信仰心が篤いのは知っている。まぁ答えてくれるなら良い。

 但しそこに嘘があっては困る。


「答えは慎重にね。嘘付いたら光に還るかもしれないしね」


 精霊達が何かするかもしれないし、正直私も我を忘れるかもしれない。明確な敵、人と遭遇するかもしれないこんな状況だ。それが怒りからくるものならまだいいが、悲しみからくるものなら多分私は何でも出来る。

 ホノライが慎重に頷いた。


「ではもう一度聞くわ。師団が来るのはいつ?」

「正確には、分かりません」

「何故?」

「…………ここの事を報告した返事を受け取っていませんから」

「その報告って、昨日逃げた鳥の事?」

「そうです」


 確か伝書鳥と言ったか。大きな鷲だった。伝書鳩の鷲版だろう。

 その後直ぐに捕まえてしまったから、確かに返事を受け取る時間はなかった筈だ。

 

「連絡手段はあの鳥だけ?」

「そうです」

「……本当に?」

「はい」


 ホノライの目は真剣に見える。心配なのは、私が人生経験豊富な大人の真意を見抜ける程出来た人間ではないと言う事だ。信じるほかない。


「でも領主の神法師団がこっちに向かってるのは分かってるんでしょ?」

「それは………最初結界石が壊れたのを報告した時に、森の詰め所まで師団を差し向けるという返事があったので」

「森の詰め所?何処にあるの?」

「ここより西に行った森の中です。タトドリーカ江の淵にあります」


 タトドリーカコー。何だろう。淵と言うくらいだから大きな町か何かだろうか。瑠璃が言っていた、境界の人がいる場所ではないのか。


「結界石って、その森の詰め所にあったの?この森に入れなくしていたもの?」

「そうです」


 ヤトーが森に入れないかもしれないと言っていたし、実際ミィが入れずに何かを壊して来た。どうやらここには結界を張れる素敵アイテムがあるらしい。


(まぁ瑠璃さえいればバリア張れるんだけど)


 性能的には似た様なものだろうが、常時展開出来るアイテムとなると是非手に入れたい。家の防衛の為に。


「それ欲しいわ」

「……は?」

「何処にあるの?」

「あれはとても貴重なもので、私はあれしか見た事がありません」

「他にはないの?じゃぁ誰がある場所を知ってるの?」

「私には分かりません」

「じゃぁ領主は?貴方の主人は知ってると思う?」

「…………恐らく」


 少し考えるそぶりを見せ、ホノライがそう答える。

 兵士はエリートの筈だ。その彼が知らないとなると、本当に出回る様なものではないのかもしれない。森に引き籠っている私に入手は難しいだろう。


「もし予定通り森の詰め所に師団が行くとしたら、いつ着く予定だったの?」

「…………」

「答えろ」

「蘇芳、いいわ」

「…………私がそれを答えたら、貴方は師団を光に還すのですか?」


 予想外に質問が返って来た。ホノライの真っ直ぐな強い瞳が私を捕らえて離さない。

 そうだ、私は彼に真摯に対応する様にと言った。それが私にも還って来たのだ。私が彼を見ている様に、彼もまた私を見て計っている。私が嘘をついた時点で恐らくこの話し合いは終わってしまう。

 私は笑顔を消した。


「私の家やファミリーに手出ししない限りは何もしないわ」

「ではもしここを出て行く事を強制したら?」

「敵には容赦しない」

「では貴方は何故私達を特段に配慮されるのですか?」

「……配慮?」


 捕虜が何を言っているのだろう。配慮した覚えも厚遇した覚えもない。この扱いのどの辺の事を言っているのだろう。

 私の困惑が伝わったのか、ホノライが小さくため息を付いて説明を始めた。


「こんな快適な牢屋は初めてです。熱くも寒くもなく、清潔で明るい。下級ではありますが貴族である我が家よりも余程上等です」

(それは作った甲斐があったわね)

「それに捕虜にあんな高級なガラスの器で水を与えたり、自分と同じ食事を与えたり」


 元手が掛かっていないので安易に提供したが、私は初めて軽率だった事に気が付いて固まった。町の様子を見れば、ガラスが高級品である事は想像が付いた筈だ。

 しかし今更気が付いてももう遅い。


「かと思えば食事は一介の冒険者の様な携帯食」

(……悪かったわね)

「教養はあるのに世の中の事に疎く、周りの地理にも明るくない」


 ここまで来て漸く私は、この年長者を真剣に怖いと感じた。


「しかし貴方はこの短時間で神獣を従えるだけの器を持っている」


 たったこれだけの接触で、彼はどれだけ私の事を視たのだろう。


「貴方は何処から、どうやってここに来たのですか?」


 場の空気を徐々にホノライが支配していく。 


「神獣が目的ですか?」


 ホノライの言葉一言一言が私に刺さる。


「彼女達は貴方の何ですか?」


 これ以上彼と話をして、私が得るものはあるのだろうか。


「その姿は本物ですか?」


 それより遥かに奪われる情報の方が多いのではないか。


「貴方は一体、何者なんですか?」


 尋問しているのは私だったのに、いつの間にか立場は完全に逆転していた。

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