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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
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第28節 契約改訂と海の向こう側

「にしても、自由に喋れるっていいね」

「神獣とも喋ってたでしょ?」


 鼻血が出そうで出ない。


(あぁやばい。瑠璃の気持ちが分かるわ。三次元の萌えって半端ない……)


ここが妄想の世界なら二次元かもしれないが、無性に構いたくなるというか、触りたくなるのだ。まぁ瑠璃の私へのあれは情愛とか恋情とかそう言うものではなく、もっとこう食糧的な何かな気はするが、萌える美少年もおかず的な何かには違いない。

 悶えたい衝動を抑えて平静を装う。隠れ腐女子の標準スキルである。


「そうだけど、こいつ割と一方的に僕の言った事実行するだけだったよ?」

「それはどうなの?いいの?」


 神獣に気にしている様子はない。


「人の姿になったら神獣とは喋れなくなる?」

「繋がってる間は意思疎通出来るから大丈夫。トーコ様の方に切り替えてみても良い?」

「そうだね、じゃぁ紅と交代して」


 神力がゆっくり流れ出す。紅の存在が遠くなり、ロープで繋がっている感じだった萌黄ががっちりと絡み付いた。あくまで神力のイメージだ。


「わぁ……大きい……トーコ様凄いねこの器!自分で神法も行使出来るなんて最高」


 目を輝かせてはしゃぐ姿は子供そのもの。


(萌える!美少年だもん。萌えるけど……)


 何が残念かと言えば、ここには女しかいない事だ。目の前で自分以外の女といちゃつかれたら流石に嫉妬する。


(あーあ、メルイド連れてくればよかったかなぁ。でもメルは鍛冶屋がいるでしょ?メルは受けっぽいし、そういやミツヒデも受けっぽかったな……)


 朧げに記憶を手繰り寄せる。男同士なら何も問題はないのに。


(萌黄って小悪魔受け?年下ぜ…………いや、ないわ。この見た目で攻めはない)


 私の腐ィルターが萌黄を受けに認定する。


「神獣の精霊は自分で神法が使えないの?外に出られたのに」

「普通は精霊単体で神法は行使出来ませんね。トーコ様が特別なのですわ」

「ふーん…………萌黄、神獣の言葉分かる?」

「んー分かんない。ジェスチャーで何となく言いたい事は分かるけど」

「私分かりますよ」


 交代した紅が分かる様になったと言うなら、通訳はミィを入れて常に二人いるという事だ。まぁ元々神獣はペット枠で考えているし、言葉はあまり問題ではないかもしれない。

 そう思いつつ、私は指先に炎を灯そうとして出来ない事に気付いた。


(これは問題ね……)


 精霊が離れると神法は使えない。今私と紅は神獣を解して繋がっているが、それではダメなのだろう。

 万一咄嗟の時に一番攻撃力のありそうな炎が使えないとなると困る。


「じゃぁ、交代の条件を付けよう」

「条件?」

「そう。勝手に変わったり、変わりっぱなしで戻るのを拒否したら相手が困るでしょ?だから……そうだな、毎朝一の鐘で交代する事。それ以外で二人が同意の上で変わる場合は私に必ず報告する事。あと、私の都合で変わってほしい時は強制的に入れ替えるけど良い?」

「一日かぁ。まぁ……良いよ、仕様がないね」

「私は構いませんよ」


 萌黄と紅が同意すると、神力が反応して温かさを増した。言葉が制約になったのだ。


「じゃあ今日はこのまま僕の番で良い?」

「いいわよ。半日しかないけど、明日は私で良いの?」

「契約だからね」


 傍から見ると完全に母と息子だ。微笑ましい。


(紅が男だったらもっと良かったけどね)

「ちょっと萌黄、貴方トーコ様に向かってその言葉遣い、何とかなりませんの?」

「良いよ別に。こんな小さい子に敬語なんか求めないよ私」

「小さい……萌黄も私達と思い年ですトーコ様」

「そうなの!?」

「精霊は皆一緒に生まれましたからねぇ」


 瑠璃と蘇芳は三百五十歳くらいだ。紅と萌黄も同い年らしい。


「まぁ見た目がこうだし、いいよ。弟的なポジションで」


 瑠璃は面白くなさそうだが、天使が微笑むのでこれは決定事項だ。


「それにしてもトーコ様、番人を消してしまうなんて凄いね。あれを生み出すのに結構な神力使うんだけどなぁ」

「生み出す?神獣を?」

「そうだよ?番人は正確には神獣じゃなくて、神獣が生み出す眷属だからね。神獣はこっち」


 恐竜の頭をぺしぺしと叩く萌黄。まぁ子供の手で恐竜を叩いたところでどうもならないが、この一人と一匹の力関係は最早明白だ。


「眷属に特殊能力を授けるなんて、中々優秀だったでしょ?」

「特殊能力?」

「そう…………トーコ様、もしかして気付いていないの?」

「萌黄、流石にトーコ様に失礼だ」

「良いじゃん。そっちの赤いのだって似たようなもんでしょ?」

「赤いのじゃなくて私は紅よー」

「紅は普段はこうでもトーコ様にはきちんとしますもの。やはり貴方はトーコ様への態度を改めるべきです。いくらトーコ様がお許しになっても限度というものが……待ちなさい萌黄!」


 精霊が追いかけっこを始める。庭を壊さない様にか、そのスピードはどちらかと言うと人間寄りだ。それにしても流石に風の精霊はすばしっこい。蘇芳や紅の周りをひょいひょいと飛び回り、神獣を飛び越え、ちょこまかと走って来た萌黄が私を盾に瑠璃に対峙する。足を止めた瑠璃が卑怯だとふくれた。


「子供相手に何やってんの瑠璃」


 ドサクサに紛れて萌黄を片腕で抱き寄せる。流石美少年。小さくて柔らかい。男の子とは思えない。


(やば……鼻血が……)

「これは子供じゃありません!!」


 瑠璃は父母というより姉か妹だったかもしれない。蘇芳や瑠璃が二十歳前後の姿をしているのは、守ってくれる父母的存在を私が求めたからだった筈だが、どうも二人は言動に幼稚なところがある。人の感情に芽生えて間もないなら仕方のない事かもしれないが。


(どっちかって言うと後から顕現した紅の方が親だわ)


 のんびりしているが、いざという時頼りになりそうな紅。背だって一番高いし、包容力抜群のスタイルの良さ。抱かれたらさぞかし安心するだろう。

 対する瑠璃は過保護でまぁ普段はしっかり者の姉、無口で真面目な蘇芳はイメージが瑠璃とセットなので、不器用な双子の姉というところ。

 見た目年齢的に次に来るのはミィ。ミィは明らかに姉妹とは違う。扱いが使用人だから、お手伝いさん枠。

 次に私。まぁ私も主人という位置づけなので立場は少し違うかもしれない。

 それから美少年萌黄。

 あと大きめのペット。


(私達の関係ってこんな?家族ごっこ、かな……)


 精霊は正直皆お人形みたいに美男美女なので若干家族には引け目を感じるが、私だってジュリエットに選ばれる程度には人並みに可愛い筈だ。悪までも人並みにだけれど。


(疑似家族……いや、ファミリーだねここは)


 マフィア的なアレだ。家族を使うとどうしても私が見難いアヒルの子に思えて寂しい。


「トーコ様、ここの木って大きいでしょ?植物も全部。この子の眷属はね、近くにあるものを大きくするの。だからあの子達が住んでいたこの辺りの木はこんなに大きいでしょ?まぁ土の精霊をトーコ様の器で使役されたらこの子の能力何て大した事ないけど」


 私の腕にしがみ付き、萌黄が見上げて来る。


(可愛い過ぎる……)


 謎は解けた。実はここの巨木、実際はこんなに大きな木ではないのだ。その証拠に森の入り口の木はもっと小さかった。小さいと言ってもそれなりの高さのある木ではあったが、こんなに胴廻りも太くはなく、木材屋達が多少の手間で切り倒せそうな大きさだった。

 確かに蘇芳に掛かれば成長させるのは朝飯前ではある。蘇芳も満足げに頷く。使役という言葉に引っかかる所がなさそうでほっとする。

 それにこの神獣のこの大きさである。


「トーコ様、神獣が風の神法がないと足がしんどいと言ってます」


 自分が与えた能力で自らも巨大化してしまうなんて間抜けな話だが、この神獣も実際は一回り程小さかったのではないか。

 徐々に巨大化したが足の筋力等が追い付かず、風の神法で補助していたのだとミィが通訳してくれた。


「ペット枠が肥満児……まぁデブ猫ちゃんって可愛いけど、生活に支障が出る様なら運動させるか」

「トーコ様、神獣にも名前付けてあげて?」


 緊張感が無さ過ぎて忘れかけていたが、そう言えば契約の途中だった。

 萌黄が私の腕を離し、神獣の下へ駆け寄る。名残惜しい。


「名前……ペットの名前と言えば定番なのは食べ物か」


 チョコやモモ、きなこやおもちも可愛い。


「可愛くておいしそうって最高…………食べ応えありそうね貴方」


 非常食にしたら何日分?等と考えたのが伝わってしまったのか、ビクッと跳ねた神獣が仰向けに寝て即座に服従のポーズを取る。


「でも緑色だからなぁ」


 美味しくないよと涙目で訴えて来る神獣。尻尾が丸まっているのが愛らしい。

 今まで精霊は色シリーズで来た。萌黄の緑と重ならない様でいて緑色のおいしそうな何か。適当なものがパッと思い付かない。精霊の名前は一瞬だったというのに。


「ところでこの子、雄?」

「神獣に性別はありませんよ?」

「そうなの?」

「はい。ちなみに精霊にも性別はありません」

「そうなの!?雌雄同体って事!?」

「シユード……?」

「…………精霊や神獣はどうやって生まれるの?」

「大樹から生まれましたわ」


 木の実か何かだろうか。ミィも頷いているところを見ると、この辺りの話は常識らしい。


「ミィは何で知ってるの?」

「神様の神話は小さい頃に皆絵本で読みます。神様が大樹を御創りになって、大樹は神様から貰った神力で精霊を生み出すんです」

(絵本か。ヤトーは持って来てくれるかな)


 子供の頃ミィが普通の家庭の子供だったか奴隷だったかは知らないが、そう言えば町でもこの世界は文明の発展の割に識字率が高いと思ったのだ。ミィも文字は読めるのだろう。


「まぁそう言う事ならどっちの名前でもいいか。じゃぁ……『ヨモギ』にしよう」


 緑色で美味しそう。私は餅やお饅頭の中では蓬餅が一番好きだ。それに萌黄とも似ているから、関係を完全には断ち切れなくなるだろう。言葉の音と言うのはここでは存外大事なものなのだ。

 名付けが通り、繋がりはより一層深く、強くなる。


「あと、条件追加。萌黄と交換で紅を貸す代わりに、ヨモギは私のペットになる事、私を傷つけない事、あと私の家を守る事。良い?」

「がうっ!!」


 こんな不平等で一方的な契約も神様の器があってこそ。私をこんなところに落としてくれた神様だけれど、その点は感謝しておこう。

 契約が完了すると共に、循環する神力は徐々に治まって行った。




「じゃぁ私は海を見に行くから、お留守番を決めるよ」


 観光バスのお姉さん宜しく皆の前に立って声を上げる。結局昨日と大して変わらない時間になってしまったので、急いで行かねばならない。


「なら留守番は蘇芳で決まりですわね」

「私がいないと鉱石の場所が分からないだろう」

「今日の目的は海ですし、貴方が離れ過ぎると家が壊れますでしょう?」

「瑠璃のシャンデリアや窓も同じだ」


 単に家を守って欲しかっただけの提案だったのに、出かける段になって私は問題を把握した。そう、神法は離れ過ぎると崩壊する。家がなくなる一大事である。


「家が壊れるのはちょっと……」

「帰って直ぐに作り直せます!!」


 珍しく蘇芳の口調が強い。そんなに付いて来たいのか。作り直すのにも時間と神力を使うのだが。


「慣れたので一瞬で作ってみせます!神力も昨日より節約してみせます!!」


 たった一回で慣れるとは、更に節約まで編み出すとは、優秀過ぎて言う事がない。

 まあでも他にも問題はある。


「精霊が離れ過ぎると主人が光に還るんだよね?」

「そうです!やはり私は着いて行くしかないです」


 勝ち誇った様に言う蘇芳に瑠璃が目を細めるが、よく考えればそれは瑠璃も同じである。

 瑠璃が言うにはここから木材団地の五分の一程は離れても大丈夫との事だったので、何となく数十キロくらいはいけそうな気がする。ただ森の端までは木材団地より遥かに遠いらしい。今まで皆で行動していたから気にならなかったが、棲み処が出来るとこういう弊害があるのか。


(普通の家なら何も問題ないんだけどなぁ)


 一長一短である。

 因みに神獣に入っている精霊は神獣の傍にいれば良い。


「大丈夫ですトーコ様。トーコ様は四人も精霊がいるんですもの。一人精霊が消えたところで、せいぜいその属性の神法が使えなくなるだけですわ」

「それはやだ」


 QOLが下がるのは困る。


「なら神獣に入れれば良いのですわ。家も守れて一石二鳥ですわね」

「狡いぞ瑠璃!瑠璃も窓や装飾を担当しているだろう」

「それこそ一瞬で再生しますわよ」

「契約したばかりだから僕は絶対一緒に行くからね」


 萌黄も混ざって仕様もない争いを繰り広げる三人に、一人様子を見守っていた紅が言った。


「私は残っても良いわよ?」

「「そうしましょう!!!」」


 一瞬だった。


「良いの?」

「はい、火竜なんて面白そうですし。お屋敷は維持出来ませんが広場は死守致しますから、トーコ様はお気になさらず、散策を楽しんで来て下さい」


 紅が笑う。この包容力が母たる所以である。瑠璃が満足気に頷くのを、紅は大人の対応で流す。


「ありがとう紅」


 これで精霊の居残りは決まった。問題はミィだ。距離があるので相当飛ばしていこうと思っているが、ミィはスピードに弱い。私も弱いが。


「ミィも精霊契約があって私と離れられないんだよねぇ」

「そんなの上書きすればいいじゃん」


 萌黄が不意に言った。


「出来るの?」

「出来るでしょ?これだけ特別な器だもん。書き換えも取り消しも自由だと思うけど」


 それは初耳だ。


「ほんとに大丈夫?」


 一応瑠璃に確認してみる。


「人種は弱いですから、気を付けて下さいませ」

「怖い事言わないでよ」


 でも書き換え出来るなら、行動の幅は大きく広がる。だって何をしてもやり直せるのだ。少なくとも私の罪悪感と後悔の時間が減る事は間違いない。


「蘇芳、ミィが死にそうになったら止めてね」


 目の前に立たせたミィの隣に念の為に蘇芳を張り付かせ、私は細心の注意を払って契約を触る事にした。

 深呼吸で集中し、掌に神力を集める。人に干渉する時は一本の糸が基本だが、いつもは木綿糸の様な、糸にしては割と柔らかくて太いものを想像していた。それよりも細いものだと髪の毛くらいなら直ぐ思い付くが、強度的に心配なので今回は細めのミシン糸を採用する。

 調整も慣れればスムーズになるし、ミィも苦しまないで済む。

 辿り着いたミィの器に糸を絡め、消しゴムで契約の文字を消して書き直す様なイメージを以って私は言葉を発した。


「契約改訂。故意に私を害する事の禁止、行動範囲をこの広場に限定。広場から出る場合は私の許可を取る事。この契約に違反する場合は……」


 光に還る、というのは良くない。折角得た私のファミリーである。しかしただで済ませるのも頂けない。罰則がない契約などどれ程の抑止力があると言うのか。


「違反する場合は…………臨死程度の激痛に因る気絶。回復条件は私が直に触れる事」


 今思い付くのはこんなところだろうか。死にそうな痛みには誰だって意図的には会いたくないだろうし――ミィがMというなら話は別だが――、万一のっぴきならない事象に遭遇しても後で事実確認が出来る。完璧だ。

 ミィから糸をそろそろと外して、私は顔色を窺った。


「どう?苦しくなかった?」

「何ともありません」


 どうやら上手くいった様だ。若干ミィが不安そうな顔をしている気がしなくもないが。


(思ったよりも簡単ね。瑠璃もそんなに心配しなくてもいいのに)


 出来ればヤトーやメルイド達の契約も罰則事項を書き換えたい。もし愛する人が倒れたら、誰か頑張ってここまでが運んで来てくれるに違いない。そうすれば私は問題が起こった事に気付けるし、事情も聴ける。良い事だらけだ。


「よし、これでお留守番は決まったね。紅とミィとヨモギはここで広場を守る事。ヨモギはお腹空いてないよね?お腹が空く様な神法は使わないでね。紅もこの子が広場を汚さない様にちゃんと見ててね」

「がうっ!」

「はい」

「……あの、トーコ様」


 ミィが涙をいっぱい貯めて跪き、私の手を取る。


「必ず帰って来て下さい。どうか、私をお見捨てにならないで……」

 

 不安な表情は気のせいではなかった様だ。よく考えればミィだけがここから動く事が出来ない。もしヨモギと紅がご飯を探しにこの場を離れれれば、こんな森の中に一人取り残されてしまうのだ。何も持たない唯の少女が。


「大丈夫よミィ。今日中……は無理かもしれないけど明日には必ず一旦帰るから。紅とヨモギは私が帰るまで何を置いても先ずミィを守りなさい。万が一何かあってこの場を離れなければならなくなったら、ミィを連れて出て良いわ。でも明日の夜には必ずここに戻って来ること。私のファミリーが一人でも欠けるのは嫌よ」

「分かりました」

「ガウガウ!」

「良い返事ね」


 開いた手でヨモギを撫でる。頭を寄せて来る様子は完全に犬だ。


「安心してミィ。私は自分の家族を見捨てたりなんかしないから」


 微笑んでやると少しは安心したのか、ミィは小さく頷くと手を離し、立ち上がって一歩引いた。


(私を裏切らない内はね)

「じゃぁ行ってくるけどミィ、私が遅くなっても四の鐘と一の鐘が鳴ったらちゃんと食事をする事。念の為三食分渡しておくから次の夕食は必ず一緒に取ろうね」

「はい」


 蘇芳からミィに携帯食を渡す。


「遅くなったから一気に海まで行こう」


 私は風の神法で浮かび上がる。少し不安定だが、思ったよりも飛ぶのは難しくない。気を付けるのは高度くらいだろう。海は遠いらしいので、出来るだけ高度を抑えて神力を温存する。経路は森の先端まで一直線。蘇芳が森の木々を動かして真っ直ぐな道を敷いてくれているので迷う事はない。


「スピードが心配だけど、直ぐに慣れるでしょ」

「流石はトーコ様」


 精霊三人は自分で浮けるので神力の仕様は私の飛行と木々の移動程度。自動回復で追い付くから微々たるものだ。


「じゃぁ行って来る」

「「いってらっしゃいませ」」

「がぅぅ」


 深々とお辞儀をする二人と伏せをするヨモギに見送られて、私達は広場を文字通り飛び出した。勿論穴を開けた外壁の木は、蘇芳に直ぐ戻させて。


 森に入ると木々で光が遮られ、視界が狭くなる。このスピードで飛べるのは偏に障害物がないという事に尽きる。そうでなくても私は水のバリアで守られているし、遭遇しそうな獣は精霊達が瞬殺である。蘇芳を見ていると鎧袖一触とは彼女の為の言葉ではないかとさえ思えて来る。着物は彼女の立派な鎧だ。

 それから私は、この飛翔という能力の有用性にも気が付いた。


(地図作れるじゃない)


 但し私のお粗末な空間把握能力と絵心では心配なので、瑠璃にでも映し取ってもらう方が良いだろう。そうすれば航空写真張りの地図が出来る。

 精霊は飛べるのだから、私が気付きさえしていればもっと早くに手に入れられた筈だ。


(ヤトーに追加注文する手間が省け……見比べた方が良いか。情報量が違ったら困るもんね。でもずっと映し続けるのは神力を使う?なら……)


 海は思いの外遠かった。不慣れな割に結構なスピードで飛んだし、それでも割と直ぐに慣れて出来る限り急いだのにも関わらず、途中で四の鐘が鳴った。私は飛びながら食事をした。意外にやれば出来るものだ。

 目的地に着いたのは五の鐘が鳴った直後だった。


 暗い森が開け、光の中に躍り出る。私達を待っていたのは岩の転がる三角形の広い砂浜だった。そっと足を付けると細かい砂がキュッキュと鳴った。


「…………気持ち悪い」


 砂の音ではない。鳴き砂には感動したいところだが、私は吐きそうだった。やはり長時間飛んだりするものではなかったのだ。まだ揺れてている気がする。

 こういう時は遠くを見る方が良い。そう思い顔を上げ、よろよろと岩場を抜けた私の目に飛び込んで来たのは、大海原と呼ぶに相応しい光を浴びる神秘的な海、そして遥か向こうに天に向かって聳える大樹だった。


「…………」


 言葉は出なかった。そこには幻想的な絶景がパノラマに広がっていた。

 夜がこれだけ明るいのも頷ける。あんなに耀く神様の樹があるのだ。暗くなる前に帰りたいと思っていたが夜に来て正解だった。

 私は暫く吐き気も忘れ、この雄大な景色を焼き付ける様に大樹に見入った。あまりにも明るく、美しく、神力に溢れる世界の源の樹。そして圧倒的な大きさ。森の木が巨大化したもの何て枝にもならない。規格外過ぎて、こんなに離れていても天辺まで見えない。

 もしここに雲があれば幹に掛かったに違いない。枝葉は成層圏を突き抜け、もしかしたら大気圏すらも突破し、宇宙に届いているのではないかと思わせる壮観な光景。


(これが大樹……)


 正に神の成せる業。溢れる神力が光となって、大樹の周りで漂っている。精霊もあの中にいるのかもしれない。


「あそこまで……飛んで行ける、かな……」

「無理ですわね。遠過ぎます。辿り着く前に神力が尽きますわ」


 そんなに距離があるのか。大き過ぎて計り知れない。


(勝てない……)


 勝負しようと言うつもりもなかったが、考える事すらおこがましい力の差がそこにある。あの子供神様がこれを作ったと言うなら、どの道私は逃げられはしなかったのだ。


(あーあ)


 チートだ何だと騒いだところで所詮それは人の中での事。あの大樹を作った神からすれば、どれも同じどんぐりに違いない。

 私は放心して視線を地上に戻し、不図足元の石に目が留まった。


(白い……あの光を毎晩浴びてればそりゃぁ白くも…………)


 波で削られた、角の丸い石ころ。


「……白い石!!」


 慌てて振り返ると、そこここに転がっている岩も白い。


「何、急にどうしたの」

「白い石ならいくつか落ちていますわね?」

「持って帰りますか?」


 蘇芳が真っ先に私の意図に気付く。そう、家の材料である。


「これで白い家を作れる!?」

「勿論です」

「石灰岩かな!?」


 白い石なんてそれくらいしか知らない。


「セッカイガンかどうかは分かりませんが、人種に害があるものではありません。家の材料になさいますか?」

「勿論!!」


 これだけ真っ白なら色も好きに付けられる。


「でもここの岩を集めたくらいじゃ足りないよねぇ」


 何処を優先させるべきか。


「トーコ様、この石ならあそこに沢山ありますよ」


 思考を遮る蘇芳の言葉に、指差した先を見る。

 海の向こうに絶壁が見えていた。


「まさか、陸?」

「はい。向こうはこの石で出来ている様です」


 何て都合の良い夢だろう。


「……でもちょっと待って。あそこまでどうやって行くの?」

「飛んで行けば宜しいのでは?」

「それは無理」


 絶対に吐く。舟も揺れるから嫌だ。海には流れがあるのだ。三角形の砂浜の先っぽに立ってよく見ると、右辺は砂浜に海が満ち引きしているが、左辺は左から右へと流れがあった。


(もしかして、こっち河?)


 川幅が恐ろしい程広い気がするが、大樹のスケールを見た後だ。大した事ではないのかもしれない。


「では道を作りましょう」

「へ?」


 急激に瑠璃に神力が引き寄せられる。そして。


 海が割れた。

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