第24節 宅地造成と従者使用期間
「ガゥ?ガウガウ!!グゥゥゥゥゥ!!」
恐竜が唸った。
(何、どうしたの急に!怖いって!!)
大人しく地面に顎を付け、猫の様に丸まっていた恐竜が突如として目を見開き、頭の上の精霊を必死で探す様に目玉をぎょろぎょろさせ始める。
(あ、この瞳って殆ど緑色なんだ)
白目の所がない。何ともつぶらな瞳である事に気が付くが、ガウッと口を開ける姿を見た瞬間恐怖の方が勝って可愛い等という感想は吹き飛んだ。
どう見ても精霊の言葉に慌てている恐竜。基、神獣。そうだ、神話では竜だった筈だ。何故恐竜なのか、その辺もミィに詳しく聞かねば、等と悠長に考えている間に神獣は立ち上がり、頭をブンブン振り回し始めた。トカゲの精霊を振り落とそうとしているのか、それとも発言に抗議しているのか、神獣が大木にぶち当たり、枝が折れ落ちる。
「何でこの精霊と神獣意思疎通出来てないのよ!!瑠璃!!バリア!!」
「抜かりありませんわ」
ドォォォォンと大地が鳴り響く。風圧はバリアで中和されたが、直ぐ脇に落ちた枝の巨大さに目を剥く。
(当たったら絶対に即死じゃん!!)
バリアが防いでくれるかもしれないが、万一パワーが足りなかった場合プチっと行くのは確実だ。そんな事は怖くて試せない。
神獣は暴れ回っている。頭も足も尻尾も凶器以外の何物でもない。容易く大木をなぎ倒し、森の中に空を広げて行く。次第にその速度は上がり、しかもよく見ると神獣は浮いていた。
「ちょっと!あれ空飛ぶの!?」
「まぁ風の属性持ちですから、空くらい飛ぶのでは?」
(あんな巨体が!!?)
不味い。このままここにいたら踏みつぶされる未来しか見えない。既にミィはへたり込んで動けない。
「逃げよう。紅、ミィを……」
「あら、せっかくここまで来ましたのに」
「そうです、あれくらい何て事はありません」
「じゃぁあれを大人しくさせてくれる!?」
ちょっと涙目で強めにお願いしたら、「分かりました」と三方から返事が返って来た。
(本当に何とか出来るの!?…………ってちょっと待って紅!!?)
止める間もなく、蘇芳が土の蔓で飛んでいる恐竜を絡め捕り、地に叩きつけた。
「ギャオォォォォォォ!!!!」
大木の枝など比べ物にならない程の轟音が轟き渡り、大地の激しい振動に揺さぶられて尻もちを付く。鼓膜が破れんばかりの神獣の悲鳴に、慌ててバリアを遮音仕様に作り替える。
私は耳鳴りでふら付きながらミィの傍まで這って行った。
「ちょっとミィ、大丈夫?」
「…………はい」
ミィも半ば放心状態だ。
バリアの外では風が荒れ狂い、巨大な竜巻が何もかも上空へ巻き上げている。大地では、力いっぱいの抵抗も空しく伏した神獣の口を瑠璃の水の手が無理矢理こじ開け、紅がその中に巨大な火の玉を投げ込んでいた。
「ちょっとぉぉぉ!!神獣と戦争になりそうな事は止めてぇぇぇぇ!!!」
神獣である。神の獣である。ミィは今度こそ気を失って倒れるし、右手の刻印は物凄く痛い。
(私が頼んだけども!!そこまでしてくれなんて言ってないよ!!)
見事な連携だった。強制的に閉じられた口が爆発で一瞬膨れ上がり、隙間から煙が立ち昇る。
神獣が力尽きると風が止んだ。空で旋回していた様々な物が、求心力を失って彼方へ飛んで行く。
私は慌てて空へ手を伸ばし叫んだ。
「消えて!!」
飛んでいるものの多くが木や植物だったからだろう。私のイメージ通り一斉に発火したそれらは上空で塵となった。巨大な岩まで蒸発した気がするが、周りの木々が枯れなかったから多分熱風とかは大丈夫だ。
(何て恐ろしい……)
神獣ではなく私――の精霊――が。
伏して動かなくなった神獣の頭の上で、平然とトカゲが笑っている気がする。
(爬虫類が笑ってるとか思ってる私が心配だわ)
危機感もなくそれを背にして、私の精霊達が意気揚々と戻って来る。三人の眼は褒めて欲しいと口よりも雄弁に語っていた。
「はいはい、ありがとう。でももう少し穏便に片付けてくれても良かったのよ」
尻すぼみ気味にそう言うと、瑠璃は少し面白くなさそうに、蘇芳は少し項垂れた様子を見せる。紅は後半の意味を理解出来なかったのか、単純に褒められた事を喜んだ。
その背後でトカゲがひょいっと神獣の頭から飛び降りて着地したのが視界に入る。交わった視線に気付き、精霊達も振り向いた。その目線の高さは私より少し低いくらいだった。
(あ、これも恐竜だわ。手綱と鞍があったら乗るのに丁度良いかも)
主の姿形を真似ると言うのだから、元からトカゲではなかったのだろう。恐竜の神獣は恐竜だった。主の頭の上で伏せていただけだったのだ。
その姿は、高さはないが尻尾の長さを考えると体積は大人の馬と同じくらいの小型のティラノサウルスだった。恐竜の精霊はキィキィと鳴いた。
「瑠璃、あの精霊は何て言ってるの?」
「話の内容は良く分かりませんが、トーコ様の精霊になりたいという希望は凄く伝わってきますわ」
蘇芳と紅も頷く。どうやら精霊達は会話をしている訳ではなく、相手の意志を感覚で読み取っている様である。
「ちょっと誰か、ミィを起こしてくれる?」
これでは話が出来ない。凄く気の毒な気もするが、ここはミィに起きてもらって少なくとも相手の希望を正確に知るくらいは出来る様にした方が良いだろう。
その後瑠璃に無理矢理起こされたミィと、恐竜精霊の会話を要約するとこうだ。
「私を貴方の器に入れてくれない?だそうです」
まぁ分かっていた通りである。
「何で?」
「トーコ様の器が魅力的過ぎると」
そんな事を言われてもどうしようもないのだが。
途中で神獣が目を覚ましたので、序に彼?が暴れた理由を恐竜精霊に聞いてみた。
「いくら何でも神法が使えなくなるのは困ると言っているらしいです。精霊は些細な事だって言ってますけど」
ミィが困った様子で通訳してくれた。
そう言えば精霊が離れると神力のコントロールが効かず神法を使えなくなるのだった。恐らく回復も出来ないし、最悪の場合は精霊が離れ過ぎて光に還る。神獣にとっては大事である。
「でもあの精霊がトーコ様側に来る代わりに、瑠璃様と紅様が交代で神獣の器に入る契約を結ぶ事で話は付きました」
「………………は?」
話が付いた、とは何の事か。瑠璃達もきょとんとしている。
「この神獣は火や氷のブレスにとても憧れがあるみたいです」
「何その願望。今のままでも十分強いでしょうが」
「私もそう思いますけど…………神獣としては誰かが器に入っていればそれでよいと」
「そんなんで良いの?命かかってるんだよね?しかもそれ、瑠璃と紅は了承したの?」
「冗談ではありませんわ!」
瑠璃は怒って、紅は肩をすくめた。
「二人が嫌なら駄目だよ」
大体それで私にメリットはあるのか。紅は兎も角、瑠璃が離れるという事は万能透明バリアが使えなくなる。
それに、万一神獣の方が快適などと思われでもしたらどうするのか。精霊に見捨てられたら私の生存が一気に危ういものになる。道中暫く付き合って来た瑠璃にあっさり鞍替えされるのは私の心的ダメージも深刻だ。
神獣がガウッと鳴こうとして土の蔓で口が開けられず、グフッっと歯の隙間から音が漏れた。抗議だろうか。地に伏す姿は捕獲されたワニの様である。
「まぁ契約しなければ問題ないんでしょ?」
「契約など絶対しませんわよ!」
瑠璃は大丈夫そうだ。いや、そう信じたい。
「私は面白ければどっちでもいいかな~」
(何で私を見るの……)
「紅もトーコ様の精霊ですので、トーコ様がお決めになればいい」
私は蘇芳の補足説明で視線の意味を理解した。そう言えば私達は雇用契約に依って結ばれているのだ。勝手な副業は出来ないのだろう。雇用主の知らない雇用ルールとは是如何に。
(自分の気持ちで従ってくれている訳じゃないんだなぁ)
私と精霊の関係は私の中にある神様の器に起因するものだ。決して私自身に魅力があったり、他より優れているから従ってくれている訳ではない。いつ心変わりされるか分からない不安定な関係は、たまにこうやって私を苛んで来る。胃が痛い。
「それと、今日は日が悪いそうです」
ちょっと落ち込む私に、遠慮がちにそう伝えてくれるミィ。
「そうなの?」
「そうですね。今日はまだ火の廻りですから」
「今日は……火の日?いつなら良いの?」
契約するつもりはないが、何となくそう聞いてしまった。
「二日後の風の日が良いそうです」
「何で雇用される側が決めるかな……」
「神法の効果というのは属性に惹かれるものですわ。風の属性なら風の巡りに契約するのが最も効率が良いでしょう。私は水の廻りで顕現しましたし、蘇芳だって恐らく土の廻りに発現したのでは?」
頷く蘇芳。
「そうなんだ、知らなかった。でも曜日の名称って、属性に準えて人が勝手に決めたものじゃないの?それでも契約に影響するの?」
「そう言うのは神様がお決めになる事です」
その意図するところは良く分からないが、ミィの発言からどうやらここの神様は信仰以上に人々の生活に食い込んでいるらしい。人は昔からの経験で、力が強く表れる日を何となく理解しているという事なのかもしれない。
「では今日と明日は使用期間と言う事ですわね」
(ん?)
瑠璃がおかしな事を言い出した。
「二日間の二人の働きを見て、契約するかどうかお決め下さいませ」
にっこり微笑む璃々と恐竜精霊。私が呆気に取られている内にいつの間にか、そんな事が決まってしまった。
(もう何でも良いや。どうにでもなれ)
私に危険が及ばないならそれで良い事にしよう。どうせ妄想の世界だ。深く考えたら負けだ。
「じゃぁ、取り敢えずここに住むって事でいい?」
一斉に頷く一同。恐竜精霊はキィキィ鳴きながら尻尾を地面にぺしっと打ち付ける。どうやら肯定の合図らしい。神獣は動けないのでバチンバチンと瞬きをして答えた。
「取り敢えず…………森を再生するか」
神獣が暴れたおかげで、辺りはめちゃくちゃだった。ハリケーンの跡の様に木々は乱雑に折れて倒れ、とても綺麗な景観とは言い難い。
「蘇芳、神獣を離してあげて。貴方もう暴れないでよ?今度暴れたら精霊奪って光に還すからね?」
ビクッと跳ねた神獣は、蘇芳が土の蔓の拘束を解いても大人しく伏せの状態で待機した。
「よし。じゃぁ蘇芳、森を作ってくれる?」
「畏まりました。トラベレーターはどうされます?」
「それも消して、道は元の森に戻して塞いでおいて」
すっかり忘れていたが、逃げる用にトラベレーターを残しておいたのだった。戦闘でとてもそんなところまで気が回らなかったが。あれはもうなくなってしまった火災現場から一直線にここまで繋がっている。残しておくメリットはもうない。
森が再生されるにしたがって、陽は陰って行った。直ぐに道もなくなり、草木が映え、木々が大木へと成長した。私達はあっという間にその中に埋もれた。
(この神獣、完全に保護色だわ)
神獣は生えた木に身体を挟まれ、窮屈そうに身体を捩った。
ちなみにミィの羽織も緑だが、元々足元の草木が大き過ぎて人間の背丈では埋もれてしまっている。
「次は広場を作ろう。私がするから蘇芳、何かあったらサポートしてくれる?」
「はい」
何事も自分で出来るに越した事はない。今は切迫した状況でもないので、練習がてら土の神法で草木を移動させてみる事にした。
眼を閉じて想像する。イメージはそう、ゲームに良く出てくるタイプの歩く木だ。根っこが足になっている奴。草も動物も一緒になって歌い出し……。
(いや、歌わなくて良いよ)
ネズミの国仕様な想像を頑張って追い出す。今一斉に歌い出されたら大変な騒ぎになる気がする。
(広さはそうだな、ヤトーと契約した時囲った場所くらい……家を作るならちょっと狭いかな。もう一周り……思い切って水族館にしちゃう?)
私は東京の端っこにある丸い水族園の概観を思い浮かべる。実際に行った事はないが、写真で見るクリスタルな感じのドームと青空のコントラストは素敵だった。
あれの広場外周は結構な広さがあった。あれを目指して頑張ろう。水の上に浮かぶ家はサメが飛び出しそうで不安だが、あれだけの広さがあれば淵の数メートル程度は堀にして水をためても良い。最初だけ神力を消費して水を出せば、後は瑠璃に地下水とつなげてもらって水を確保出来るだろう。周りに民家もない。森の中は水も豊富だろう。今度こそ完璧だ。
そこまできっちり想像を固め、私は眼を開く。ちょっと周りの草木に屈んでもらい、巨木を見渡す。全てが一斉に動き出すよう願いを込めて、私はパンッと手を叩いた。
「さぁ皆移動して!」
掛け声と供に、植物達が騒いた。若干メルヘンな感じが残っていたせいか草や低木はぴょこんと飛び起き、右往左往し始める。少し遅れて大木がよっこらしょと立ち上がり、重い足取りでのっそのっそと動き出す。
「ギャウッ!!」
「あ、ごめん」
巨木に尻尾を踏まれた神獣が涙目で抗議して来たので謝ると、集中が途切れたのか途端に植物の動きが鈍くなった。
「トーコ様、よそ見をしてはいけません。我々を避ける様に私が誘導しますので、塔子様は広場の外周に木々を誘導してください」
「分かった」
蘇芳のサポートに神獣が安堵のため息を漏らす。失礼な神獣だ。
次第に空が開け、また光が森に降り注いだ。森の中央にぽっかりと、直系百メートル程の日当たりの良い広場があっという間に出来上がる。その周りに整然と間隔を詰めて並ぶ巨木。私の元来の性格がそうさせたのだろうか、そこには自然と壁が出来てしまっていた。
(土で壁を作ろうかと思ってたけど、手間が省けたわね)
巨木は概ねセコイアの様なものだが、中には太さがトゥーレの木に及ぶのではないかというものもある。これだけ詰んで並んでいても、蘇芳がいれば枯れる心配はないだろう。
木が高いので広場の一部は日影になっている。ここは光の源である大樹が動かないので、影が日向になる事はない。
(まぁでも一部だし。全部日向でなくても良いよね)
日向が欲しくなったら広場を広げればいい。森は広大なのだ。百メートルや二百メートル広げたところでどうと言う事もあるまい。
考えているうちに少し斜面になっていた地面は粗方平らになり、巨木の塀から十メートル程度が掘り下げられる。深さも幅も十メートル。ここに半分の高さまで水が溜まる。掘った土は自然と広場の方に集まり、盛土になって固まった。
周囲を塀と堀に囲まれた、完璧な土の広場の完成である。
「凄いわ私」
「流石ですトーコ様」
「「お疲れ様でした」」
自画自賛の後精霊達やミィに褒められ、恐竜精霊に生暖かい目で見られる。神獣は思いっきり尻尾を振っていた。
(犬みたいだな)
危害を加えないと分かればただ大きいだけの恐竜だ。一先ず自分のバリアで防げる事も分かったし、此方が命も握っている。
(いやいや。そこまで悪役じゃないけどね?)
そんなつもりはないが、咄嗟の時に光に還す等と口走ってしまっただけだ。
こんな森の中で住めるのかと半分思っていたけれど、日か当たる日を場は結構な安心感がある。砂漠の中の番人は私を襲って来たし、人は魔物より怖い。それを考えれば神獣を味方に付けた森は格段に住むのに適している気がしてくる。
それに今は精霊が一応四人もいる。ここなら他の何処よりも自分の身を守れる気がする。
「問題は家よねぇ」
「私が建てましょうか?」
「うーん」
確かに蘇芳に頼めば、土で思い通りの家を作ってくれるだろう。家の建て方なんか知らなくても神法がイメージ通りに形作ってくれるし、細部は気になったら直ぐ直せばいい。色も形も気軽に作り変えられる家なんて最高だ。構造計算なんか出来なくても倒れる心配も全くない。
だが、それを維持しておくとなると話は別である。基本的に神法は、現象を起こす力だ。
ミィが言うには、神法は風を操って香りを部屋に満たしたり、火を付けたりする程度のものなのだそうだ。要は扇風機やチャッカマンの様に、スイッチを入れている間しか効果がない。
ちなみに電力は空気中の神力。
神法とは、形あるものを作成し、それを維持しておく様な使い方はされていない。
余談だが、水屋が水を増やすのも実際には水脈に干渉するだけの事だし、蘇芳が森を再生したのも眠っている芽を起こし成長因子に働きかけただけだ。神法は無から何でも生み出してしまう魔法の力ではない。
空気中から水分を集めて水を出せば周りが乾燥するし、何もない所から水を呼べば何処かの水が消えている。
どういう原理か今一分からないが、形が変わるだけで世界の総量はそうそう変わらないと瑠璃が言っていた。
閑話休題。
(蘇芳は精霊だから寝ないけど、常に神法を発動させといてって言うのもちょっとねぇ)
そんなブラックな雇用主でいいのか。精霊の琴線に触れるのは不味い。
それに万一蘇芳がこの場を離れなければならない状況になった場合、家の中に置いてある土以外の家具や荷物、食料等はどうなるのか。
「やっぱり普通に建てた方が良いよねぇ」
「私では不満ですか」
「いや、不満とかではないんだけど。蘇芳が家を建てるとして、それを維持していくのに神力を使い続けるでしょ?回復で追いつくの?」
「この広場に建てるくらいなら問題ないかと」
瑠璃とミィと紅が、三者三様にため息を付く。尊敬と呆れと好奇心が見え隠れしている。
「じゃぁさっきみたいに急に戦闘になったら?家を守りながら戦える?」
「神獣とですか?…………私一人だと、少し不安はあります」
正直者な蘇芳らしい。口惜しそうな顔で俯き、拳を握りしめてしまった。瑠璃なら笑顔ではぐらかしただろうに。
「あら、でも私達もいるよ?心配ないって」
「そうですわ。それに神獣なんてそう転がっていませんわよ」
確かにこんなのにホイホイ出て来られたら堪ったものではない。
私は仰向けに服従のポーズでごろごろしている神獣の喉の辺りを撫でつつ考える。
(まぁでも今は実際に建てられないから選択肢がないもんねぇ。しょうがないかなぁ。大工を見つけたら直ぐに建築を依頼する事にして、取り敢えず蘇芳に建ててもらって…………大工かぁ。そう言えばあの時木材屋さんに遇ったなぁ)
木材なら周りの森に幾らでもある。あの巨木一本倒せば、家の一軒程度建つのではないだろうか。そう言えばここは領主の森だった事を思い出したが、これだけ好き勝手やっているのだ。木の一本や二本貰ったところで今更どうと言う事もない。怒られたらまた生やせばいいのだ。
(ちょっと試しに切ってみるか)
私は好奇心に負けて、一本の巨木に向かって水の神法を発射した。
ジェットカッターと言うのをご存じだろうか。水は使い方によってはダイヤモンドをも切断する、強力な威力を持つ。
何て事を想像していたせいで、最小限に径を縮めて勢いを付けた水の線は思ったよりもスパッと、巨木の根元を切り裂いた。それもほぼ一瞬で。
「え?あ……」
「「「「トーコ様!!!!」」」」
迫り来る陰と慌てるミィ、精霊達が一斉に発動する神法の気配。予告もせず考えなしに切った巨木が此方に倒れて来たのである。
「………………ごめん」
「無事で何よりですわ」
「加減を覚えましょうか、トーコ様」
「急に無茶は危ないですよ?」
「あ、あの、お怪我がなくて、良かったです」
バリアの中で瑠璃に抱きしめられながら、皆の安全を確認する。瑠璃に無理矢理バリアの中に引きずり込まれたミィが、腰を抜かしつつ私の心配をするのが可愛らしくて笑ってしまった。
「笑い事ではありません」
「ごめん」
珍しく蘇芳に怒られる。でも蘇芳に加減等と言われる日が来ようとは、私達も距離が近づいたものだ。
巨木は広場の方に倒れかけたまま、下から根元付近を水の手に支えられ、中腹を土の巨大フォークで串刺しにされ、私達に届きそうな先端の枝や葉は燃やされて消失していた。
体当たりでもしようと思ったのか、その歯で木を噛み砕こうとでも思ったのか、大きな口を開けて臨戦態勢を取っていた神獣が残念そうに口を閉じこちらを見る。
(そんな目で見られても困る)
子犬のCMを思い出し目を逸らすと、あからさまに寂しそうな声で「ガゥ」と神獣が鳴いて私に擦り寄って来た。そしてバリアに阻まれて涙目になる。
(何だろう。苦手な爬虫類に沸くこの感情は)
言動が可愛すぎる。これはもうペット確定ではないか。そこに全くあざとさがないのだ。そして馬鹿な子ほど可愛いと言うではないか。
私が悶えていると、恐竜精霊の話を聞いていたミィが此方を向いた。
「トーコ様、神獣が巨木を広場に下ろしてくれるそうですので、瑠璃様と蘇芳様に神法を解除してほしいとの事です」
「あ、そう?じゃぁそうしてもらって」
口で銜えて運ぶのかと思いきや、巨木がふわっと浮きあがった。
(そう言えば風属性なんだったわ)
神法を使う神獣の眼は先程のお茶目さは微塵もなく、真剣で澄んでいた。
水の手が堀に戻り土のフォークが砂と散ると、巨木は神獣の動きに合わせてゆっくりと広場の中央に降ろされた。
木の状態を確認する為ぐるっと一周歩いてみる。串刺しにされたところの穴と、根本が濡れている事、先端の焦げ跡以外は概ね良好。木の両端は神獣が通れる幅程度の余裕があった。
ちなみに広場の直径は堀を覗くと約八十メートル。先端が燃えた事を考えると恐らくこの巨木の高さは八十メートルを超えていたと思う。
横たわった巨木の切断面は、本当に機械で切ったかの様にスパッと切れていた。しかもイメージが良かったのか表面はつるつる。鉋をかける必要もないくらい滑らかで気持ちいい手触り。この辺りは神法ならではだろう。
(完璧じゃない?)
私はその後加減しつつ、ウォータージェットで巨木の皮を剥いで適当にカットしていった。万一大工に巡り合えた時に使える様に、角材にしたそれらを広場の一角に積み上げる。風の神法大活躍だ。
切断した巨木の後ろにはやはり巨木が生えていた。近づいて良く見ておけば良かったのだが、不幸な事に神獣が木を下ろした角度が悪かった。私が其方を見たのは広場の中央付近からで、その距離凡そ五十メートル。
私は振り返って切り株をちらっと見て、壁は元と同じ様に塞がっていると思い込んだのだった。




