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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
23/67

第22節 番人と新たな精霊と大火

 五の鐘が鳴った。

 森の中は暗いが、木々も草も私達の道には一切はみ出してはいない。しかも私は瑠璃に抱かれ、ご丁寧にバリアで守られている。ギェェとかグェェとか良く分からないものの鳴き声がこだまする樹海を想像していたけれど、夜が深まるに連れ森から音がなくなっていく気がする。

 バサッと一際大きな鳥の羽音が聞こえたのはそんな時だ。正直に言おう。今私は凄く怯えている。


(大体本当にこっちで大丈夫なの?)


 たまに垣間見える空は大樹の光を受けて明るく穏やかで、森の中……いや、私の心の中とはまるで別世界だ。瑠璃の服を握る私の手は緊張から汗ばんでいる。

 確かに森に入れば人には見つからないのかもしれない。木を隠すなら森の中とは言うけれども、町に戻らないなら選択肢はない。私はもう人ごみの中に隠れる勇気はない。

 ただミィの足音と微かな生き物の鳴き声、森の息遣いしか聞こえないこの状況も、恐ろしく私を不安にさせるというだけだ。


(そう言えば夜の森に入った事なんかなかったわ)


 夜どころか昼でさえ綺麗に舗装された道を散策した事がある程度なのに。

 ランプの明かりだけを頼りに、私達は森を奥へと進む。


(この森の何処に落ち着いて寝られる場所があるの?何処まで進むの?)


 森の広さなどまるで分からない。蘇芳の道は一直線に何処までも続いている。目的地が分からない事ほど不安な事はない。まるで私の人生の様だ。


 暫く歩き続けた私達は、ミィの息が上がる頃ピチャンという水の音を聞いた。


「瑠璃、近くに湖とかがある?」


 水が流れる音はしないから川ではない。では湖が良い。周囲の状況から考えるなら湖より沼の様な気はするけれど。若しくは水溜まり。ただ、私がこの世界に来てからあの村以外で雨が降った覚えはない。


「水が溜まる様な場所はありませんね」


 では一体何が。大型の獣の滴る涎が脳裏に浮かぶ。それだけならまだしも、富士の樹海で風に揺らめくモノの足元に溜まる赤い液体を想像してしまい慌てて追い払う。恐怖が増した。


「瑠璃、このバリアってどれぐらいの攻撃に耐えられるの?」

「神以外の全てに耐えてみせますよ」

(いやいやいやいや)


 微笑まれても困る。志でなく確実な事を聞きたい。そんな万能な事がある訳がない。ない……だろうか。瑠璃の笑顔を見ていると本当にそんな気がして来ないでもない。でも半信半疑は不安と同義だとも思う。

 それにしても瑠璃のあの自身は一体何処からくるのだろう。そのメンタルの強さを少し分けて頂きたい。

 次第に水の滴る音が増える。羽音が聞こえる。何かがこの先にいる。


「瑠璃、このまま進んでも大丈夫?」

「何がです?」

「何かいるよね?」

「いますが、あれが何か?」

「攻撃して来ない?」

「無数の闘争心を感じます」


 蘇芳が事も無げに言う。


「無数って、そんなにいるの?って言うか何がいるの!?」

「水属性の生命ですわね」

「ミィ、あれは何と呼称する?」


 蘇芳がミィの手を引き、私に断って先頭に立たせる。私は出来るだけランプの光を前方へと突き出す。しかし暗くて水音の正体までは分からない。


「もしかして、ンルザント……」


 ンから始まる単語をファンタジー小説の登場人物以外に私は知らない。でないとしりとりが終わらなくなってしまう。


「何、それどんな生き物?」

「番人です。この大森林を守る、魚の……」

「番人の魚?」


 水音は確かに聞こえるが、川も湖も沼も水溜まりもない場所に魚とは。

 懸命に目を凝らし森を見つめていると、暗闇の中からぼぉっとそれは浮かび上がって来た。


「魚……」


 まさしくそれは魚であった。

 水の様な液体を滴らせ、ゆっくりと空中を漂う黒い羽の生えた魚。飛び魚が羽を広げた姿に似ているだろうか。ランプの光に照らされて目が光っている。

 何と言うか、正面から見る魚というのは何とも間の抜けた顔をしている。一気に緊張感がなくなってしまった。しかし。


「ちょっと、ミィ。これ本当に魚?浮いてるけど?」

「魚……だと聞いていますけど……」

「しかもちょっと、大きくない?」

「大きいですね」


 抱き枕くらいないだろうか。一メートルを超える魚などテレビで解体されるマグロしか面識がない。

 でもそうだ、ここには魔獣やら神獣やらがいるのだ。今までの常識では計れない、見た事のない生き物が百や千いたところで何の不思議もない。ここはそういうところだった。

 その巨大な魚はゆっくりと迫って来た。一、二、三、四……。数えたのはそこまでだ。無数の光る目が、こちらをじっと見ていた。


「囲まれてない?」

「囲まれてますね」

「どうするの?これ」

「夕食にでもなさいますか?」


 瑠璃が口を挟む。


「食べれるの!?」

「人種がこういうものを食べているのは見た事があります」


 自信満々の瑠璃だが、それは一体いつの記憶だろう。何となくその口ぶりから恐ろしく昔の話ではないかと疑ってしまう。確か瑠璃達は三百五十歳くらいだ。

 しかも本当にそれはこの魚と同じものか。


(だって番人って神獣なんでしょ?普通食べる?神の獣を)


 神の、と言うくらいだから、神聖視しているのではないのか。それを信仰熱い人々が食べたりするのだろうか。確かにお供えは後で下げて食べたりするが、それとこれとは別物な気がする。


「食べる、か……」


 私の言葉にンルザント達がピクンと反応した。そして一様にその口を開けた。あどけない顔が見えなくなる程大きな口を。

 口内にはサメの様な細かく尖った牙が沢山生えていた。


「ちょっと瑠璃、あんたなんて事言うの……」

「あら。トーコ様が仰ったんですわ。私のせいでは」

「トーコ様、攻撃されます」

「見れば分かるよ!!」


 一斉にンルザントは襲い掛かって来た。


「ミィ、絶対私達から絶対離れないでよ!」


 ミィからの返事はなかった。慌ててミィを引き寄せようとしたが、ミィは硬直して微動だにしない。仕方なく腕を伸ばし、その頭抱き込む。私を抱いていた瑠璃がちゃんとその動きに合わせてミィの傍に寄ってくれた。


(ギャァァァァ!!)


 声にならない悲鳴で喉が痛む。サメに襲われる映画かフラッシュバックする。全方位から迫り来るサメの大群。


(これ大丈夫なんでしょうね!!!?)


 バリアを過小評価している訳ではないが、過信も出来ない。身を寄せ合う四人に群がるその光景は、宛ら鯉の餌やりだっただろう。鳩でも養殖のマグロでもいい。兎に角餌に向かって一心不乱に食い掛って来るあの貪欲さは怖い。餌になって見れば分かる。


(どうするのこれ!!)


 思わずきつく目を瞑った。攻撃されている時に敵から視線を外すのはどうかと思う。思うが、私は戦いなれた冒険者や傭兵ではない。襲われて咄嗟に目を閉じるのはどうしようもないのだ。

 しかし、襲ってくるであろう衝撃や痛みは、何時まで経ってもやって来ない。恐る恐る目を開けると、森が見えないくらいバリアに魚が群がっていた。歯を突き立てられようとビクともしないバリアのお陰で、ンルザントの攻撃の数だけ口の中が見えるという何とも言い難い光景が目の前に広がっている。

 ンルザントは入れ代わり立ち代わり、獲物を奪い合う様に競り合っているが、今のところバリアが砕ける様子は……。


「ちょっ、瑠璃!歯形が付いた!!歯が!牙が!!」


 割れないシャボン玉の様に、牙の形にバリアが経こんだ。


「もう少し真面目にやれ」


 蘇芳が瑠璃を睨む。


(真面目にって何やってるの瑠璃!!この状況で真面目じゃないとか信じられない!!ひぃっ!!)


 牙の跡が私の二の腕の上あたりにも出来て、反射的に身を捩る。


「そう言われましても同じ水属性ですし。相性が良くありませんのよ。それにあの見た目」

(見た目の問題じゃないでしょ!!)


 緊張感の欠片もない瑠璃。


(お願いだから真剣にやってぇぇぇ!!)


 ミィの頭を抱く腕にも力が籠る。


(ごめんねミィ!大丈夫だからね!!)


 この名前もいけないかもしれない。私は何となく飼い猫を守る様な気持ちでミィを抱いていたのだが、急にその重みが増した。


「ちょっとミィ!?」


 ミィの意識はなくなっていた。通りで全く声が聞こえなかった訳だ。意識がない人間は重いのだ。


「蘇芳!ミィを支えてあげて!!」

「はい」


 崩れ落ちるミィを受け止めてしゃがみ込む蘇芳。そのまま着物で正座してしまった。


(あんたも緊張感ないな!!もういいよ!二人が何もしないなら私が何とかするわよ!!)


 私は前方のンルザントをキッと睨みつける。勿論攻撃されていたので相手は敵である。しかし敵と戦う様な生活をして来なかった二十八年という歳月は長い。私にはどうしてもンルザントが魚という現実から目を背けられなかった。そして瑠璃が提案した言葉も悪いのだ。


「もう全部…………焼き魚になれ!!」


 あれは私の中で敵ではなく、常に食材だったのだ。しかもこんな森の中。キャンプで魚と言えば串に刺して焼く以外の調理法が全く思い浮かばない貧困な発想力。焼く為に必要な要素が私に備わっていない事などその時は頭から綺麗さっぱり抜け落ちていて、私は欲望のままにそう叫んだ。


 言葉と共に身体の中の神力が跳ねた。


(熱い!!)


 一斉に全身を駆け巡り出す神力に熱を感じて心臓を抑える。この感覚には覚えがある。末端の細胞まで一巡した神力は心臓に戻ったのか手に集まったのか、その辺りから一気に体外へ放出された。

 光が溢れ、そしてそれは収束して人の形に成った。


 現れたのは瑠璃や蘇芳と同じ年頃の美女。天使の様に飾り気のない真白な布の衣装に、赤く長い髪が映える。その赤はミィよりも更に深く重い色。ウエーブする姿は情熱と煽情を併せ持ち、しかも何処か残虐な欲求を秘めた深紅の瞳にアドレナリンが大量に分泌される。私は興奮し、心臓がバクバクと音を立てて脈打つのを必死で抑えながら、彼女に名を与えた。


「『紅』、あれ全部焼いて」

「承りました」


 ンルザントは水が滴っているから、少しくらい強めで焼いても良いかもしれない。周りの木々は大木だし、ちょっとくらい幹が焦げてもなんて事はないだろう。

 私の意志に答え紅がふわりと浮き上がる。ンルザントの大群を少し上空から見据えた彼女の燃える様な瞳に魅了されていると、何処かで聞いた様な力強い言葉が発っせられた。


「滅せよ!」


 炎が立ち上る。紅の身体から、後から後から炎は湧き出し、明々と周囲を照らす。ミィが神力で服を作ろうとした時の何十倍、何百倍も大きな強い炎。それが意志を持ってンルザントに襲い掛かる。

 ンルザントは逃げた。羽を力の限り羽ばたかせ一目散に。火の元から遠ざかろうと高度を上げるンルザントの群れを、炎の塊が容赦なく追尾する。

 逃げ惑う無数の魚と、それを追いかける無限とも思える炎。


「凄い……」


 やはり火は力だ。相手が水でも全く怯まない、何ものにも押し勝つ強い力。

 それに比例する様に、かなりの神力を吸われているのが分かる。そして熱い。水のバリアで守られていてもその熱さを感じる。幸い落ちて来る火の粉は防がれているが、寧ろ自分が発熱しているかの様に熱い。


(何だこれ)


 身体の中で熱が暴れている。右手の傷が酷く痛む。

 ンルザントが葉に触れる度火は燃え広がり、森を赤く染め上げて行く。生木は薪にならない等と誰が言ったのか。良く燃えているではないか。

 私の頭上で今、悲痛な声で踊り狂う魚達が炎と織りなす阿鼻叫喚の地獄絵が完成しようとしていた。


(ちょっとこれ、焼き過ぎじゃない?)


 今晩の夕食が、真っ黒どころか灰も残らない勢いで焦げている。次第に動きを止めるンルザント。


(いや、そうじゃなくて。これ火事……山火事!!)


 森はいつの間にか轟々と燃え、黒い煙を上げて始めていた。倒れる大木と燃える草木で辺りは完全に火の海と化し、炎の向こうには空も見えて来た。これでは火事を通り越して、既に災害規模だ。

 神力もどんどん吸い取られていく。更に激しく熱い。


(完全に人為的じゃん!マジどうすんのこれ!?神獣も森も私も燃えちゃいますけど!!?)


 それはニュースで見るアメリカの森林火災によく似ていた。花火で森林火災を起こした少年が四十億円の賠償金を請求されたのを思い出す。あのニュースは少年がまだ未成年で保護観察がついたが、この封建的な社会で未成年が守られるとは到底思えない。


(あ、私十五歳なんだった)


 十五歳は成人しているという。いや、それはそれ。今問題なのは領主の森を燃やした挙げ句神の獣を焼き殺しそうな事だ。万一事が公になろうものなら……。


(私の人生が完全に終わる!!)


 そもそもこの熱さで私が大丈夫なのか。外の熱さは感じないのに、身体の内側で熱が暴れている。右手の傷が泣きたいくらい痛い。こんな事ならあの時お金を掛けて治療しておくけば良かった。


(って、あぁーー!!行ってる傍から魚が光にぃぃぃぃ!!!)


 ンルザントが次々と光に還り、小魚の様な青く光る精霊が贈り物を落として大樹に還って行く。まるでイワシの大群だ。普段ならとても幻想的なその空飛ぶ魚に心を奪われた事は間違いない。

 しかし今はそれどころではない。

 山火事は空に昇って行くあれですら巻き込みかねない勢いの大火に成長を遂げている。大樹に照らされて明るく青い筈の空は最早赤黒く染まり、立ち込める煙で見通しは最悪だ。


(どうするの!!)


 紅もンルザントも大火も、私の遥か上空で戦いを繰り広げ続ける。私は首にも痛みを覚え視線を地上に戻したところ、嬉々としてンルザントの神石を拾い集める蘇芳の姿を目にした。


(蘇芳ぅ!!)


 放り出されたミィは私の足元で眠っている。幸いバリアに守られて火傷等はない様だ。


「どうしよう瑠璃」


 半分泣きながら名前を読んでハッとした。私は一体何を慌てているのか。


「そうだ、水の神法使えるんだった」

「そうですわね?それが何か?」

「この火を消さなきゃ私が消されちゃうの!!」

「何故ですの!!?」


 瑠璃が私の言葉に珍しく驚く。当然だ。瑠璃は私の記憶なんか知らないし、人間の社会の構造なんかまるで分かっていない。抱いている私がこんなに熱いのに、その熱さを全く感じていない涼し気な様子でもある。


「兎に角水を」

「それなら先に紅を停めた方が宜しいですわ」


 そうだ、先ず火の元を絶たなくては。

 バリアの中は熱風ではない。煙もまだここまで下りて来てはいない。私は大きく息を吸い込んで叫んだ。


「紅!!そこまで!!戻って来て!!」

「はーい」


 上から間延びした声と共に、燃えていた紅が炎を散らして降りて来た。

 ドッと疲れが押し寄せる。神力の消失が漸く止まる。まだまだ大丈夫とはいえ、この喪失感は何とかならないものか。しかもこれからまた点けた火を消す為に消費しなくてはならないなんて。


(何の拷問よ全く)


 体の熱は治まらないし、傷も痛みを増すばかりだ。


「もう宜しいんですか?まだ神獣も森も残ってますが、トーコ様の望みは叶いましたか?」

「…………森?」

「はい」


 誰が森まで燃やせと言っただろうか。

 唖然としている私の代わりに、瑠璃が空へ向かって片手を伸ばす。もう片方の腕は私を抱いているから塞がっている。


「雨を」


 瑠璃の言葉に大気の神力が呼応し、上空には見る間に雲の渦が巻いた。立ち昇る煙を吸い取った真っ黒な雲は、大樹の光を遮って辺り一面を覆いつくす。

 ぽつぽつと振り出した雨はあっという間に豪雨になり戦火に降り注いだ。山火事を消す程の大雨である。私はバリアに包まれて濡れはしなかったが、体内から大量の神力がまた吸い出され始めた。


 火は中々消えなかった。私は雨の間中、じっと欠落していく神力と身体の中でうねる熱、右手の傷の痛みに耐え続けた。その内焦燥感に苛まれ始め、我慢できない程の傷の痛みに唸り、更に頭痛とめまいがし始めた頃漸く瑠璃が雨を止めた。


「まだ火が消えてない」

「これ以上はトーコ様のお身体に触ります。もう粗方消えていますもの、何れ鎮火しますわ」

「そうですトーコ様。少しお休み下さい」

「トーコ様はお疲れなの?」

「そうだ」

「なら私頑張って神力集めますよ!」


 空気を読んだのか読んでないのか、紅も会話に加わって来る。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。

 正直しんどかったので、私はお言葉に甘えさせてもらう事にした。

 いつの間にか蘇芳の作った道は消えていたが、燃えた所がかなりの広場になっているので少し安心する。これだけ火から遠く、燃えるものがない空間なら大丈夫だろう。鬱蒼とした森に包まれては流石に落ち着いて眠れない。火もそうだが、虫や生き物もアウトだ。


 蘇芳のベッドに横になり、瑠璃のバリアに包まれて私は眠った。三人の精霊と、まだ気絶したままのミィを傍に控えさせたその光景は傍から見れば完全に毒リンゴのお姫様だったと思う。控えているのが女ばかりというのが何とも物悲しいが。




 一の鐘が鳴るまで、大して時間はかからなかった。私は習慣から何時もの様にその鐘で目を覚ました。寝不足な感は否めないが、行動に支障をきたすという程でもない。身体の熱はすっかり消えていた。

 神力は満タンには遠いけれど、順調に回復している。


「おはようございます、トーコ様」


 昨晩増えた精霊の紅が、改まって挨拶してきた。昨日見た時は地獄の様に重い紅の髪だと思ったのに、瑠璃や蘇芳同様透き通った様な色をしている。疲れていたし、夜でもあったし、見間違えただろうか。


(折角名前の由来にしたのに。まぁ良いけど)


 でもそれを差し引いても何となく、昨日と印象が違う気がするのは気のせいだろうか。


「あ、これですか?トーコ様もやっぱり気になります?良いですよね、黄金って」


 そうだ。装飾品が増えているのだ。昨日は真っ白で長くてひらひらした薄布の衣装を見て天使だと思った。今もその衣装は変わらないが、加えられた大きな金のネックレスが谷間に乗っているのが一際目を引く。腰には金糸の飾り紐。ブレスレットとアンクレット、大きなピアスも金だ。そして昨日は履いていなかったサンダルも金色。そのどれもに赤い神石が付いている。

 際どいスリットから見える太ももと、はみ出そうな豊かな胸を差し引いても。


(やっぱり相当疲れてたんだわ。この精霊絶対天使じゃない。ただのお金のかかるやつだ……)


 私は紅の認識を改める。これは古代エジプトのお姫様か何かだ。


「昨日は神力を沢山頂きましてありがとうございます。今私も一緒に回復してますからね、他の人種の四倍くらいで急速回復してますのでご安心なさって下さいね」


 普段ここまで神力を使う事がなかったので良くは分からないが、どうやら回復スピードが上がったらしい。喜ばしい事だと思いたい。装飾品を見て結構な不安には駆られるが。


 私はベッドの上から周囲の状況を確認した。まだ薄暗いが、広い空が見えている。森はかなり遠くまで焼けてしまった様だ。周囲に生きた植物が全くない。生き物の気配もない。流石に木材団地までは見えないが、遠くに詰め所へ行く小道が見えている様な気がするので、あの辺りまでは燃えてしまっているのだ。

 森の奥側はもっとひどい。奥に向かって少し土地が高くなっているから、下からの風に煽られて其方の方に燃え広がったのだろうと思う。

 何にしても、誰かに見られたら相当な騒ぎになる程度に森は派手に消失していた。


「燃えちゃったね」


 まさか森まで燃やすとは思わなかった。ちょっと焼き魚が食べれれば、くらいの気持ちだった。花火の少年もこんな気持ちだっただろうか。

 いや、大人な分私の方が罪が重いのは明白だ。


「少し言葉が足りなかったのですわ」


 瑠璃が私の前で屈み、右手を包んで諭す様に微笑む。


「私達はトーコ様を見て、貴方様に近づくんですもの。紅がトーコ様の意志を理解するにはもう少し時間が必要ですわ」

「そう、なの…………」


 そう言えば二人も最初はそうだったかもしれない。蘇芳は言葉もたどたどしかった。瑠璃に影響されたのかと思っていたけれど、私を見て二人は学習していたのだ。


(まるで刷り込みね)


 考えれば分かる事だったかもしれない。これは私の浅慮が招いた結果だ。しかし私は今、これを打開する力を持っている。それだけが救いだった。


「蘇芳、森を元に戻して」

「焼けてしまったので一から作る事なら出来ますが」


 移動させたのなら戻せるが、なくなってしまったものを元には戻せないという事だろうか。


「森になれば何でもいいよ」

「また神力を頂きますが宜しいですか?」

「少し気分が悪くなるくらいなら我慢する」

「畏まりました」


 蘇芳が紡ぎ出したのは「命」という響きを持った言葉だった。

 私達を避けてあらゆる場所から緑の芽が顔を出し、焼け野原になった森が瞬き一つで草原になる。芽は急速に育ち、私の背をあっという間に追い越して天に向かって太く高く伸びてゆく。


(これが生命の息吹…………)


 この世界で目覚めてから、私は沢山の忘れられない景色に遇った。この光景もきっとそうだ。力強い、このエネルギーに満ち溢れた自然の神秘は恐らくずっと、私の心を捉えて離さないに違いない。

 芽が木になり、木は大木になり、大木が森を造り上げる。

 それは瞬く間に私達を包み込んだが、新しいその森は明るく、木漏れ日に照らされた私は不安など微塵も感じなかった。


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