第21節 グリーセントメリベの界
ミィの羽織るマントが、風を受けてはためいている。マントとはいっても形はただの布なので実際は大きなストールだ。前を合わせて手で押さえただけだが、すっぽり膝上までは隠れるので彼女が奴隷だとは気付かれまい。
「その色、嫌じゃな…………」
「?」
嫌ではなかったかと問おうとして、私は言葉を停めた。またミィが苦しみ出すのではないかと、質問をする様な会話が少し怖くなったのだ。
「その色が嫌じゃなければ良いなと思って。ほら、あの館のテーマカラーじゃない、緑って」
私は誤魔化す様にそう言い直した。
土の小舟は街道から一定の距離を置いて平行に滑走している。今日中には森に着ける気がする。
少しの間きょとんとしていたミィは、はにかんでマントを抑える手に力を籠める。
「そう、ですね。でもトーコ様が下さったものですから、嬉しいです」
嫌な事を思い出させたかと心配になったが、そんな事は気にならないとばかり喜ぶミィ。可愛い。傍から見ればミィの方がお姉さんなのだが、どうも私は子供を相手にする様な気になっている。だって高校生、下手したら中学生くらいなのだ。大人の私から見れば保護の対象である。
「なら良かった」
私は勝手に緊張して、その後はずっと景色を見ていた。普段なら実際幾つなのかとか今までどんな生活だったのかとか、聞きたい事は気ままに聞いていたと思う。でも躊躇してしまった。
三の鐘が鳴る頃には少しずつ低木が背の高い木に変わり始めていた。森が少し近づいているのが分かる。
蘇芳に携帯食を出して貰い、ミィに水の入ったコップと共に差し出す。「頂きます」の挨拶を真似するミィに感謝の御祈りだと告げ、後は無言で食べた。
舟は相も変わらず疾走した。木々がどんどん後ろに流れて行くのを見ていると、宛ら新幹線にでも乗っている様な錯覚を覚えた。
その内四の鐘が鳴った。そして私の心の整理が付かないまま、私達は森に到着した。
正確には森に接する部分の大分手前で、私達は目撃してしまったのだ。
「ちょっと瑠璃止まって。何あれ」
「何と申しますと?」
小舟が速度を落とし静かに停まる。
「だからあれ、家みたいなのがいっぱい」
「建ってますね?」
(何あれ。集落?何でこんなところに)
森に人はいない筈だった。なのに家が十、いや、十五軒以上は見える。家というよりあれは小屋。ガンゼット近くの街道に在ったログハウス風の小屋だ。
「舟消して歩こう」
「「「はい」」」
私は慌てて舟も水の道も跡形もなく消した。ログハウスから人が出てくる気配はなく、騒いでいる様子もない。百メートルくらいは離れていると思うから、気付かれてはいないと思う。
森までの土地には疎らに木々がある。但し隠れるという程の本数ではない。遮蔽物の殆どない草原を、私は恐る恐る森へ向かった。ログハウスは私達が最短で森へ行くより大分右手の森の傍にある。恐らく街道が森に突き当たる辺りだろう。
ここがもし現代日本だったなら、森の傍のコテージなど何処にでもあるリゾート地の一角で済ませられた。しかしあれがそういう類のものでないのは直感的に分かる。
「もしかして木材屋?」
「そう言えば木を切る者がいるのでしたね」
「蘇芳、人の気配はある?」
「幾つかの家の中にあります」
「強そう?」
「強そう、とは?」
「冒険者とかいる?神力の大きさは?全部で何人くらい?」
「種類や数は正確には分かりませんが、境界の方にいる人数よりは多いです。町や村には及びません。神力は微々たるものですね」
蘇芳が土から伝わる情報をそう分析する。
神が作った人を分ける境界、領界の詰め所には兵士がいると言っていた。それよりも多いらしい。兵士が何人いるか知らないのであまり参考にはならない。
そもそも、私はてっきり数人の作業員が一本ずつ木を切り倒しているのだとばかり思っていた。まさか家が立ち並び、大規模に伐採を行っているとは全く予想していなかったのだ。
(こんなに人がいるなら、そりゃぁここまで態々来る商会の商売も成り立つでしょうよ)
予想外に大きな木材団地に焦る。私は勝手に森へ入るのだ。見られては困るというのに。
(外に人はいないな。四の鐘が鳴ったし、仕事はもう終わったって事だよね?)
まぁ森へ入るだけならあのログハウス軍に近寄らなければいい。森は広い。別の場所からこっそり入ればいいだけだ。
しかし、行商の荷馬車は違う。ヲールは母親と街道を使って森へやって来る。するとあの木材団地にぶち当たるのである。
(どうしよう)
こっそり取引をしたいのに、これでは見つかってしまうではないか。立ち入り禁止の森から出て来る不審者が受け入れられる訳はない。
(ヲールが来るまでに何か良い方法を考えなきゃ)
幸いまだ日がある。先に森へ入って居場所の確保をしてから考えても罰は当たるまい。寝る場所の確保が今の最優先事項だ。
辺りは徐々に暗くなり始めている。正直この時間から森へ入らねばならないのは不安だが。
(考えようによっては見つかる確率が減ったかもしれないもんね)
それでも急がなければならない。そう、精霊は夜光るのである。薄っすら発光するその姿は宛ら幽霊だ。
「静かに、見つからない様に森へ入ろう」
「「「はい」」」
三人が一斉に頷く。蘇芳と瑠璃は元々浮いているので喋りさえしなければ音を立てるという事がない。気を付けなければいけないのは私とミィだ。
私達は木材団地から数十メートル西側からそっと森へ入った。人が出て来る様子はない。一先ず安心してよさそうだ。
森の木々は巨大だった。幹も太ければ背も高い。幸いだったのは、ここが熱帯雨林ではない事だ。カンボジアやオーストラリアの熱帯雨林を見た事があるが、鬱蒼と茂る植物が木々の間を埋め尽くし、とても入れる様な状況ではなかった。この森は手入れがされているのか、植林地とまでは言わないが整然と木が並び、低い所の枝は落とされている。地に落ちる葉や枝はあるものの、地面も綺麗に片付けられているといった様子だ。
それもその筈。私達は直ぐ、石畳の敷かれた道を見つけた。街道の半分もない、荷馬車がギリギリ一台通れるくらいの幅の小道である。
「これが森の南の入り口と領界の詰め所を結ぶ小道だよね?」
「恐らくそうですわね」
これより南、つまり今通って来たところは領主から伐採の許可が出ているという区域だ。だから綺麗だったのだ。その証拠に小道の奥の森は鬱然とし、分け入ろうという気にはならない。命の気配を感じさせる、自然な森がそこにある。
「どうしよう」
草や低木をかき分けて入って行く勇気がない。どう考えても危ない虫や得体のしれない生き物等もろもろ私の苦手なものが出そうな雰囲気だ。
「ここまで来たのに……」
森の中で生活出来る等と思っていた私が甘かっただろうか。サバイバルどころかキャンプの経験もほぼない素人が粋がり過ぎただろうか。
小道を右に進めば木材団地。左に進めば領界の詰め所。
(どっちに行っても家があるなぁ…………いやいやいや、現実逃避は止めよう)
私は森に住む場所を確保しに来たのだ。何が現実なのか今一分からないが、取り敢えず今は森の調査が必要だ。諦めるのはそれからでも遅くはあるまい。
詰め所にいるという兵士も、木材団地に住む木材屋も、街道を掃除する冒険者も、誰も小道を通る様子はない。私は数分悩んだ末、森に入る妙案を思い付いた。
「瑠璃、植物って水をあげたら直ぐ生えたり成長したりしない?」
「水だけあげたところで植物が急激に成長したりはしませんわ」
何を馬鹿な事を、とでも言いたげな瑠璃の視線が痛い。
(流石にそんなファンタジーないか。残念。後で生やせるなら土に全部沈めて道を作ったのに)
戻せないならやらないが。
「寧ろそれは蘇芳の領分ですわね」
「え?」
妙案は打ち砕かれたが、瑠璃が代替案をくれた。
「蘇芳は生と死を司る精霊ですもの」
「そうなの?出来るの?」
蘇芳に視線を向けると、大きくこくりと頷いている。
「もしかして植物を土の中に静めたり動かしたりしても元に戻せた?」
「勿論です」
「………………」
私が何故水の道を敷く事になったかというと、水路を掘る手法は掘った場所の草木を戻せないと思ったからだ。あの時も瑠璃が地面の上に水を敷くという斬新なアイデアをくれた訳だが。
(出来るんなら先にそう言ってよ……)
知らない私が悪いのだと自分に言い聞かせる。ここでは無知は生死にかかわる。かもしれない。情報収集を怠った私が悪いのである。
「じゃぁ蘇芳、早速森に入りたいからこの草とか寄せて道を作ってくれる?」
「畏まりました」
蘇芳の言葉と共に、突如として木も草も、全てが根ごと寄って行き、私の目の前に何もない空間が出現する。森の奥へと進む真っ直ぐな小道があっという間に出来上がる。
大人が二人並べばいっぱいになる程度のその道に入るのを若干躊躇していると、「失礼します」と瑠璃に抱き上げられた。
「………ありがとう」
「どういたしまして」
瑠璃が満足そうなので良い事にしよう。決して私が頼んだ訳ではないのだが、今はその厚意に甘えておく。万一蛇が葉っぱの陰に隠れていたりしたら怖過ぎる。
「切実にバリアが欲しいわ」
「バリアでございますか?これではいかがでしょう」
瑠璃が私の周りに水の膜を展開した。
「ちょっと瑠璃、天才じゃない?」
瑠璃が物凄く褒めて欲しそうにしているので、頭を撫でてあげる。
瑠璃の作り上げたバリアはウォーターボールに似ていた。中に入って海の上を散歩するあの透明な道具だ。今私達を包んでいる水の膜はとても薄く透明だ。視界を遮らないどころか、正直見えない。神力の流れと気配であるのが分かるだけだ。瑠璃の神力の気配が自分と同じで、しかも宣言して展開していなければ、恐らくある事に気が付かなかっただろう。しかもこのバリアは音も空気も通す。しかし生物や植物は通さないという優れもの。
調べなくてもこういうのは感覚で何となく分かる様になって来た。同じ器から神力を使うからだろうか。展開する神法と、繋がっているという感じがするのだ。
(全方向守れるとか、盾より完璧じゃん。神力が余ってるならこっちがベストかな)
形は縦に長い楕円形。これなら服が木々に引っかかる事も、虫が降って来る事も、足元を何かが通り抜ける事もない。
安全が確保出来たら是非これは身に付けようと決意を新たにして、私達は森へ踏み出した。
「痛っ!!」
踏み出して数歩。後ろからミィの声が聞こえた。振り返ると、付いて来ていたミィが足を庇う様に蹲っていた。森の中だ。声は思ったより大きく響いてしまい、私は慌てて周囲を確認する。
「すみません。トーコ様」
「気付かれないくらいなら良いけど。どうしたの?」
「いえ、その、何かにぶつかって……?」
土の小道だが、蘇芳のお陰で地面は綺麗に平らだし、周りの木々の枝も小道のところは避けている。障害になる様なものは見当たらない。
直ぐに立ち上がったミィは再び私達の跡に続こうとして、一歩も進まない内に足を戻す。どうしたのかと不安になってミィを見ていると、ミィの伸ばした手がパントマイムの様に空中に張り付き制止した。
「ミィ?」
「トーコ様、私、これ以上進めません」
ミィの声が震えた。
「ここに壁があって、私入れません…………見えないですけど」
みるみるミィの目に涙が溜まる。
「壁?」
何も感じなかったし、水のバリアはミィの行く手を阻む様なものではない。
本当に何かあるのか、私も触って確かめようと手を伸ばす。瑠璃が気を利かせてゆっくりとミィの方へ引き返してくれたが、ミィに届くまで何かに触れる感触はなかった。
「?何があるの?」
ミィが絶望した様に私を見る。
「嫌ですトーコ様、置いて行かないで下さい!」
「ちょっとミィ、もう少し静かに。気付かれるって」
小声でミィに注意するも、気が動転しているのかミィは見えない壁に張り付いて泣き出した。
「お願いしますトーコ様!私も連れて行って下さい!!」
「分かった!分かったから静かに、ね?」
辺りは次第に暗くなっていく。もう少ししたら瑠璃と蘇芳が光っているのが分かるだろう。それでなくても鬱蒼とした森の中までは大樹の光も届かず、奥は暗い。
私はミィを安心させようと元いた石畳の小道まで戻った。ミィはそれでも不安からか、マントをきつく握りしめている。
(この緑、暗いと完全にミィを見失うわね)
私はランプを取り出してミィに持たせる。神石を入れて火が灯ると、周囲が急に狭くなった気がした。
ランプを付けた事で確実に発見される確率は上がってしまったと思うけれど致し方ない。折角連れて来たのに見失っては元も子もない。
「ミィはそれをちゃんと持っていてね。迷子にならない様に」
「はい」
「大丈夫。ミィだけを置いて行ったりはしないから」
「……はい」
そんなに信用がないだろうか。まぁまだ会って間もない間柄だから仕方がないのかもしれない。私だってミィを全面的に信頼しているかと言えばそうではないのだ。私がそこまで警戒しないのは、多分圧倒的にミィより安全な位置にいるからというだけだ。
「何なんだろうね?ミィだけ通れない壁って」
思い当たる節がない訳ではない。神法だ。私は手を伸ばす。ミィが付いている壁にはやはり触れられないが、瑠璃のこの水のバリアの様な神法がここにあるのだ。恐らく。
(何で私は平気なんだろう?)
水のバリアは私が味方だと認識したものには干渉しない。しかし私は森に神法を展開する様な人物に心辺りはない。
「やはり駄目ですか」
「やはりって、瑠璃は壁が見えるの?」
「ええ。トーコ様も意識すれば見えると思いますが」
壁があるという辺りをじっと見る。手に意識を集中してみると、何となく風の流れがある様な気がする。でもその程度だ。言われなければ絶対に分からない。
「微妙」
「左様ですか」
「それよりこれ、何なの?」
「風属性の結界ですね。人を通さぬ為のものでしょう」
やはり神法だ。この森は領主のものだと言っていたから、侵入防止柵と言ったところか。
「まぁこんな弱いものではトーコ様の妨げにはなりませんけど」
「ミィ……だけじゃなくて今まであった人達の中で通れそうな人はいた?」
「通り抜けるのは無理でしょうね。器が小さすぎます」
つまり私より弱くて皆より強い神法が使える何者かがこの結界を張っている。
(でも待って。あの冒険者達は寝たら神力で作ったものを維持出来ないとか言ってなかったっけ?私の場合は同じ器を共有している瑠璃や蘇芳が起きてるけど、じゃぁこの結界を発動している人は?)
人間がずっと起きていられる訳はない。では誰がこの結界を維持しているのか。
「瑠璃、神法って意識がなくても発動し続ける事もあるの?」
「人種には難しいかと思いますが」
「だよね」
まさか同じような人間が他にもいるなんて事になったら、私の身の安全が一気に危険に晒されはしないだろうか。
「でも人種は紙に神法を入れたり色々しますから、これもそういった類のものなのでは?」
「紙?」
「宿屋で手紙を貰いましたでしょう?」
そう言えばあの手紙は動きを封じる神法のおまけつきだった。但し私には「寝たら金縛りにあう」程度の弱いものだったけれども。
「なら結界を発生させる神法を何かに付与する事も可能なのか」
神法の付与。それは少し興味が湧く。やはり神法は奥が深い。
(後でちょっと試してみるか)
「いけません!」
無意識に口角でも上がっていたのか、ミィが私の思考を読んだ様に声を荒げてから慌てて口元を抑えた。
「すみませ……」
「いや、いいけど。何?駄目なの?」
「え?だって、物に神法を載せるなんて……やってはいけない事です。あれは非合法な手紙で……」
ランプの光が揺れる。ミィが震えているのだ。
「大丈夫、行動を制限する様な非道なものは試さないから」
「大丈夫って…………そもそも神法は神様と人との対話です。神聖な神法をものに閉じ込めるなんて、神様への冒涜です」
「でもランプの神石って充電するんだよね?」
「ジュウデン?」
「補充か」
「補充するのは神力を貯めておくだけですから、これとは違います」
「?どう違うの?」
「どうって、全然違うじゃないですか……」
ここまで来たら私も精霊や神を全く信じていない訳ではないけれど、信仰している訳ではないので今一ミィが言う善悪が分からない。宗教の教えとはそれがあたかも真理の様にまかり通るが、信者ではない者にとっては時々謎である。
(有効利用出来るならすればいいのに。そしたら生活はもっと豊かになるよ?)
何故そうしないのかと不思議に思ったが、直ぐにミィが非合法と言った事に気が付いた。非合法と言う事は、物に神法を付与する事は何らかの法律で禁止されているのだろう。
しかしこの領主の森は、結界を張る神法の込められた何かで守られている。上層部は民間人に法を順守させながら、自らは違法と知りつつそれを使用しているのだろうか。この矛盾は何だろう。
(上層部が力を独占する為?)
神法に寄る豊かで安全な生活を、上流階級の一部だけが独占しようという事か。民間人との格差を作り上げ、自らを選民と崇めさせて。
(ここの政府って宗教と絡んでるの?何かそういうのは嫌だな)
信仰心を利用されているのか、そもそもこの為に教えや法を創ったのかは分からないが、下の者が搾取されるのはどうだろう。民主制なら上を選んだ者の責任もあるかもしれないが、この世界を観ているとどうもそうは思えない。
宗教関係の本はヤトーには頼んでいないが、信仰が子供にこれだけ根付いているのだからある程度の歴史がある筈だ。歴史書はお願いしている。身の安全の為に、ここは一度きちんと読んでみるべきだろう。法を犯してから「知らない」で済むのかどうか確認しなければ。
(でもこれが神法の結界なら…………)
私は結界の辺りに手を伸ばした手の位置を確認し、一言呟いた。
「壊れろ」
突風が吹いた。森が一斉にざわめき、ミィが小さく悲鳴を上げる。風の波が乱れて踊る。
私は手を引っ込めて安全なバリアの中から荒れ狂う森を見た。不安は全く感じない。バリアを信用しているのだと思う。ミィの足が浮くのに反応した蘇芳が、彼女の腕を捕まえてバリアの中に引っ張り込んだ。瑠璃はすぐさま四人が入れる程度にバリアを拡大してくれた。
(器物破損を裁く法があったら困るなぁ)
でも私の行く手を阻むのが悪いのだ。どうせ誰にも見えない壁だ。壊れたところで誰が分かるというのか。
何処か遠くで何かが割れる音がした様な気がするが、気に留める間もなく風は凪いだ。結界が壊れたようだ。それはほんの数十秒の出来事だった。
「ミィ、手を」
瑠璃に抱き上げられたまま、ミィの伸ばされた手を取る。私はそのまま手を引いて、ミィを森の中へ導いた。実際に歩いているのは瑠璃だけれども。
ミィは緊張気味に足を踏み出し、そして先程まで結界があった辺りを超えた。
「良し、これでいいね」
「…………はい。ありがとうございます。トーコ様」
間が気になるが、まぁ良い。これで皆揃って森へ入れるのだ。
蘇芳が先頭に立とうとしたが、私は不安そうなミィの為に蘇芳に手を繋ぐ様に言った。蘇芳は少し嫌そうな顔はしたが、結局後ろに回ってミィの手を握ってくれた。これで迷子の心配も置き去りの心配もないだろう。
先頭に立つのでランプは私が頂いた。
「じゃぁ蘇芳、後ろの小道は元に戻しながら付いて来てね」
「はい」
私達が進む度、後ろの道が消えていく。草は大木諸共元の位置に治まって、何事もなかったかの様に生えている。この光景を見て、誰がここを人が通ったばかりだと思うだろう。
(完璧ね)
少し進むと石畳の小道は全く見えなくなり、私達は人のいる場所から隔離された。これで誰かに追われる心配はないだろう。
私は安易にそう考えて、森の中を奥へと進んで行った。
思いの外ランプの光が明るく漏れている事を思案もしないで。




