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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
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第1節 荒野と時鍾と日月の光木

 大きな鐘の音で目が覚めた。既に不快な感覚も光りも消えていて、私は荒野に寝ていた。


(ちょっとこんな砂埃の中に女性を一人寝かせとくってどういう事?しかも靴履いてないんですけど。そりゃぁまぁ、あそこから来たなら履いてないのは当然なんだけど。ちょっとくらい考慮してくれてもよくない?ここ外だよ!?)


 黒いタイツは既に砂で白くなっているし、白いニットのワンピースも砂ぼこりで汚れていた。そのうち黄色になりそうだ。寝ていたから当然背中が砂まみれ。手が届く範囲は叩いてみたけれども。


(ん?んんん?手に何か触る。あ、髪か……髪?私セミロングだったはずだけど、なんで腰まで髪が)


 一瞬ジュリエットを思い出す。

 それより何か、身体が細い。


(私こんなにスリムだっ……)

「胸がない!!」


 思わず叫んでしまった。服余っていると思った。肩も片方出ているし、私の胸何処行った!!

 元々ミニだったニットワンピも、膝上くらいある。


(私縮んだの?伸びたの!?)


 手元に鏡がないから分からないが、驚愕の事実が次々と判明する。この両手もお肌のハリが違う。ほっぺなんかムニムニしててすべすべ。


「若返るとかそれ何てファンタジー」


 これは喜ぶところなのだろうか。


(落ち着こう私!はしゃぎ過ぎだよ。余裕のある大人の自分、素敵よ?そうそう深呼吸して。あ、砂入った。ちっ)


 と言うかこの状況は何。

 オレンジの砂と丘と、荒れた大地に転がる岩。雲一つない真っ青な空。

 どうしたものかと考えて眼前の小高い丘を登ったら、眼下にも似た様な光景が延々と広がっていた。あってほしい人工的な何かは何もない。


 右手の方、遥か彼方に山が見える。近くに見えても実は結構遠いっていう落ちっぽい。対比するものがないからよく分からない。その向こうには蜃気楼か、何か見てはいけないものが光っている様な気がする。一先ず見なかった事にしよう。


 対して左手側には、これまた高い壁の様な何かが薄っすら延々と続いている。此方も距離がありそうだけれど、手前にある丘よりも高い塀とは果たして。


(国境の壁的な?近寄って射殺されたりしないでしょうね。あれに近づくのはなんか怖いな。どうしよう)


 外気が寒くなくて良かった。寧ろちょっと熱い。ニットが気温に合っていないのは見れば分かる。湿度は全く感じないのでそんなに不快ではないけれど、綿のワンピースがあれば着替えたい程度には不快だ。

 誰もいないなら、少しくらい裸族になっても平気かもしれない。海外旅行で開放的になるアレだ。

 いや待て待て私。自嘲しなさい。


 日向なのに太陽は見えない。明るいから取り敢えず時刻はお昼くらいだろうか。


(そういえばさっき鐘の音がしてたよね?近くに教会か何かある?)


 見渡す限り何もない。どっちだろう。丘の向こうだろうか。そんなに遠くの音があんな音で聞こえるものか。

 私は取り敢えず壁と山に挟まれた荒野を歩き出した。国境の壁的な何かには何となく近づきたくなかったし、山と言っても緑ではなく荒野と同じオレンジ色だったから、麓まで行っても何もない気がしたのだ。


(ならこの荒野を真っ直ぐ抜けてしまえばいいのよ!)


 でも本当に良かった。こんなストレス溜まりそうな状況で藤さんが一緒じゃなくて。


(取り繕うのしんどいと思うわー)




 いや、若いって素晴らしい。身体が軽い。もう直ぐ三十にもなると、本当に身体は動かない。動かす機会もない。清楚系お嬢様的には特に。

 あと靴を履いてないのも考慮してほしい。結構気を付けて歩いているんだけれど、足の裏は正直凄く痛い。だって荒野には石がごろごろ落ちている。


 それから誰かに愚痴りたい。これだけ歩いて景色が変わらないとか。


(あの山も壁もこの荒野もどんだけ広いの!!)


 何処まで行っても教会どころか民家もない。


(砂漠的な荒野なの?広さ舐めてた私が悪いの?初心者に不親切すぎるわこのリアルRPGめ!)


 歩き続けて本格的に方向間違えたかなーとか思い始めた頃、大きな音で四回鐘がなった。どうやら来る方向は間違っていない様だ。

 でも不味い。もう夕方だ。直に暗くなるけれど、相変わらず周りには何にもない。


(何処から鳴ってんのよこの鐘の音。もう近くなの?まさかあの壁、国境とかじゃなくてオアシス的な何かだったりして。確かペルーとかにそういう町があったはず。いやいや、でも紛争地帯だったら怖いし。あんな高い塀作るぐらいだから、超えてほしくないんだろうし)


 荒野の土は砂のところもある。砂漠化しかけている様だ。荒野に行った事なんかないから分からないが、そもそもこれは荒野なのか。


 そうこうしているとあっという間に日はとっぷり暮れる。次に鳴った鐘は五回だった。

 夜に響く鐘はとても不気味だ。


「マジで今日ここで野宿ですか?」

(するの?私、出来るの?この遮るものの何にもない荒野で?)


 考えなくても無理だ。ここで寝るとか絶対。ハイエナとかマングースとか蜥蜴とかよく分からない虫とか出て来たらどうしたらいいんだ。


 月明かりがあるのは有り難い。いや、月とかはない。今まで見て見ぬ振りしていたけれど、遥か向こうの山の更に向こうに巨大な光る木がある。月でないならあれの明るさだと思う。

 夜にしてはかなり明るい。満月の時くらいには明るいのではないだろうか。良かった、足の指石にぶつけずに歩けそうだ。


 にしても何だろう、あの非常識な大きさ。雲を突き抜けて、存在感抜群で発光している。そりゃぁ夜光っている姿は凄く幻想的で見惚れた。ビバ☆世界樹的な何か。


 そう言えばお日様も見えなかった。その代わりあの木、昼間も凄く光っていた。正直発する光と同化して、形がよく見えなかった。

 あれが太陽の代わりにこの暖かさを伝えているのなら、それはもう木ではない別の何かだ。一体どんな物質で出来ているんだか。


 他にする事もないし、人も家も何も見つからない。自力で歩かないと、こんな荒野の真ん中まで誰が助けに来てくれるというのか。

 いや、我ながら月夜の散歩気分だったけれども。これでお酒があれば最高だ。お団子もあれば月見酒は完璧。


(あ、月もないんだっけ。月見酒要素何もないじゃん)


 ロケーションは最高だった。毎日残業に追われて余裕のない都会の生活とは大違い。心が洗われる。これが夢なら覚めなきゃいい。

 いや、それはどうだろ。ここには美味しい料理も便利な執事もいない。ここに藤さんさえいれば……一緒に歩くのはしんどいか。やっぱりそれはいい。

 で、結局徹夜になりました。


 まだ薄暗いけれど朝早いうちに、やっぱり何処からか大きな音で鐘が鳴り響いた。今度は一回だけだった。

 朝聞く鐘の印象は、夜とは随分違う。何か夜明けを告げるみたいでなんだかほっとする。

 ところでこの鐘、近くで鳴っているという感じではない。響いているけれど山に反響してという感じでもない。頭の中に直接響く気もするし、空から振って来る感じもする。何と言うか捉え処がない。


 辺りは次第に明るくなり、その内二回鐘が鳴って、お昼頃に三回鳴った。夕方に四回、夜に五回。

 何処から鳴っているかはもういい。見つからないなら取り敢えずおいておくしかない。そんなに必死で探している訳でもないし。

 兎に角、時刻の目安には違いないと思う。ほらあれだ、防災無線的な。正午にサイレンが鳴るのとか、夕方に夕焼け小焼けが鳴るのとか聞いた事がある。翌日も翌々日も確かめたから、間違ってはいないはず。


 背景描写がない?そりゃぁ、何にもない荒野でひたすら歩いていた、以外の進展が何もないからだ。

 徹夜続きだし、泣きたいのはこっちだ。


 三日目、四日目を敢えて描写するなら、こう。

 兎に角全く景色の変わらない荒野をひたすら歩き続けて、朝になり始める頃鐘が一回、明るく成り切ってから鐘が二回。相変わらず山と光る巨大な木と国境の壁的な何かと丘と岩以外何も見えてこない。

 若さゆえか徹夜が続いても大丈夫だけれど、景色が全く変わらないのは精神的に辛い。自分が本当に進んでいるのか分からなくなってくる。道間違えたら無限ループするゲームのようだ。


 まぁ大きな岩の横を通り過ぎたり、砂の丘を越えたりっていう微々たる変化はある。あるが、それを超えたところでまた同じ景色。

 家どころか人っ子一人いやしないし、車もラクダも見えない。飛行機もヘリコプターも飛行船も気球も戦闘機もアドバルーンも見えやしない。空には雲のみ。しかもたまにぽつんとあるだけ。


 その内、その日三回目の鐘がお昼頃に三回鐘が鳴り、夕暮れ時に四回目の鐘が四回鳴り、五回目の鐘が五回鳴る頃には真っ暗になっている。


(また夜の散歩ですか。そうですか)


 四日目の夜、私はとうとうその場でしゃがみ込んだ。

 昼も夜もほぼ快晴で明るかったし、寒い事もないし、歩き続けようと思えば行けたんだけれども。でも疲れた。心が。

 ただやはり寝るのは不安で、私は四回目の徹夜した。火を起こす事を考えたけれど、丁度いい木なんて落ちてなかったからどうしようもない。


 それで今日、ここに来て五日目。これはもう私のお花畑な妄想ではなく、悪夢か地獄だと思う。

 ぼちぼち変だとは思っていた。若いとは言っても流石にずっと飲まず食わずで歩き続けるとか、私は秘境に住む原住民ではない。現代人の体力のなさを舐めるな。しかも一回も寝ていない。どう考えてもおかしいだろう。


(妄想ならもっと楽な事考えるわ。ほんと大丈夫かな私)


 神様の夢の続きなら、あそこが天国でここが地獄なのだろう。藤さんは天国で私は地獄。日頃の行いを振り返れば妥当な気がしなくもないけれど、何か釈然としない。

 まぁ煮たり焼いたりという地獄ではないだけましなのか。いや、賽の河原やシジフォスの労働みたいな事もありうるのか。


 そしてその日四回鐘が聞こえた頃。辺りが薄暗くなり始めた五日目の夕方。私は遂に生き物に出会った。

 ちょっと大きな岩がごろごろしている辺りで、岩陰からひょいっと出て来たのだ。何と可愛い黒豹が!


「って黒豹?!死ぬ!!」


 口から出ているのは牙。涎。


(こういうのじゃないのよ求めてたのは!!)




 人間走ろうと思えば走れる生き物なのだ。必死で走ればちょっと大きな猫なんて追いつけない。


(ってそんな訳あるかっ!相手は豹だよ!?サバンナだよ!?時速六十キロとか車並みだよ!?あれチーターだっけ?……ぎゃぁぁ迫って来たぁぁぁぁぁ!!!)


 悠長に考えている場合ではない。前向いて走りなさい私。振り返るとかどんだけ余裕なんだ。

 丘を飛び越え大岩を駆け上がり、もうこれは人ではない。忍者だ。いやパルクールとかフリーランニングとかあるけれども。私は筋力もない運動不足の普通のOLだ。元だけど。今少女だけど。


 何か背後で光った気がしなくもないけれど、振り返るのは流石に止めよう。

 砂で沈む地面に足を取られたり、ひび割れた大地で躓いたり、思う様に進まない。でも足は前へ前へと出続ける。素晴らしく良く働く私の無意識。飛び掛かって来る豹を寸でのところで避けもする。


(凄いよ私、やれば出来る子!)


 何回か丘や岩からも飛び降りた。スノーボーダー並みにジャンプして空を飛ぶ。景色が後ろへ流れて行く。現実で着地したら複雑骨折しているに違いない。

 それから地面に華麗に足を付け、足の裏に痛みを感じる。飛ぶ度に痛みが強くなっていく。これは絶対に足の裏切れている。痛過ぎて涙が出て来た。そして何回も足の指に小石を思いっきりぶつけて悶絶しそうになる。でもそのまま走り去る。走り続けないと正直、死ぬ。


 と思っていたんだけれど、何度目かにジャンプした瞬間、嫌なものが目に入って来た。


「ちょっ、まっ!!それ反則!!」


 着地地点で急停止。思って出来るものではないとか言っている場合ではない。つんのめりそうになって必死で踏ん張った。


(良かった停まれた!足凄く痛いけど……)


 いや、良くない。前方に何十匹も黒豹がいる。

 確かに一匹ではないなーとは思っていた。でも流石にこの数はなくないか?十とか二十ではない。

 見回していたら、横から私を掠める猫パンチが飛んで来た。


(ひいぃっ!!)


 悲鳴が声にならなかった。

 反射で気配のした方を向いてしまって、慌てて頭を庇う。一瞬反応が遅れただけだ。でもその一瞬が、本当にこんな事になる。

 ザックリ刺さった黒豹の爪が、私の右手の甲を力強く引き裂く。

 飛び散る赤い液体が目に焼き付く。


「ギャャァァァァァ!!!!」


 今まで出した事のない金切り声が出た。


(痛い!何これ!!血が飛んで!!?)


 私が読んでた異世界転生ものは、女の子は貴族の屋敷に飛ばされていた。王宮でお姫様になったり、領地経営してみたり、何か凄い癒しの力で人々を救ったり。

 間違ってもこんな荒野でよく分からない内に獣に襲われて終わりなんてあり得ない。


 立ちふさがる黒豹も追って来た黒豹も、数十匹は見える。全方位に気配がある。ちょっと前方の大きな岩の上から見下ろしているのもいる。あれ絶対飛び掛かれる距離だ。このリアル過ぎる幻覚は何?


(私、ここで死ぬの?)


 涙が溢れて、こんな大事な時に前が見えない。手痛い。足も痛い。熱い。

 何で自分はこんな目に合っている?結構逃げた。もう二、三数時間くらい走った。上出来ではないか。何故諦めてくれないのか。私は美味しくない。雑食だし、肉も大好きだ。


 距離が詰まる。二十メートルが十五メートルになり、十メートルになり、五メートルになり。

 涙と貧血で頭が朦朧とする。黒豹達が一斉に飛び掛かって来るのがスローモーションで見える。

 これ走馬灯……。


 鐘の音が何処か遠くで響いている。何回鳴ったか。

 黒豹の背後に光る大きな木。幻想的な青い光も、絶望の中では映らない。


 何でもいい。誰でもいい。私を助けて欲しい。悪夢なら早く覚めて欲しい。地獄から救い出して欲しい。


(誰か…………)


 裂かれた手だけでなく、全身が燃える様に熱い。心臓の辺りで何かが轟々と渦巻いている。息苦しいのに呼吸の仕方は思い出せない。気持ち悪くて吐きたいのに何も出て来ない。


 うねる何かは一気に私の中を駆け巡り、そして光となって溢れ出した。光は大きく膨れ上がって、私の視界を奪っていく。同時に血がなくなる様な感覚。冷や汗と悪寒。

 視界は完全に光に包まれて、その後、どうなったんだろう。


 神に祈りが届いたのか、それとも悪魔に願いが通じたのか。

 そこから先の記憶はない。

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