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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
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第15節 館とカエルと深紅の少女

 その後の乗合馬車の旅は、また特筆すべき事もなく順調だった。

 暇な馬車の中で御者のお兄さんに見つからない様にこっそりコップと飲み水を出す練習をして、何度か床を水浸しにした。馬車は結構揺れるのだ。直ぐ乾かしたので、これは必要な失敗だった事にする。

 行商人からまた三食分の携帯食を買って次のログハウスに着く頃には、それはもう完璧に飲み水を入れるコップを維持する神力の調整が出来る様になっていたから優秀なものだと思う。飲み水と、掌に乗るこの大きさと形のコップ限定でだけれど、出来れば良いのだ出来れば。

 クリーニングの様にそこそこ大きな現象を起こすものと違って、小さいものは集中しないと直ぐ溢れ出る。または形が安定しない。元が水というイメージが強いからだろう。意外と私は常識に縛られている。


 御者に遠慮して次の小屋で瑠璃に境界の壁の事を聞こうと思っていたら、その日はガンゼット方面からも乗合馬車が付いて見知らぬおじさんやおばさん達と相部屋になってしまった。冒険者の三人とは違って挨拶程度で終わってしまったのは、向こうが直ぐ寝てしまったからだ。人にはそれぞれの領分があるから侵してはいけない。


(でも相部屋だとお風呂とか気を使うのよね)


 誰も入っている様子も身体を拭く様子もない。ましてや私達みたいな神法の使い方をしている人を見かける事もない。


(やっぱり自分の部屋は確保したいなぁ)


 そんな思いが募って行く。

 まぁ部屋があったところで少し大掛かりな神法、例えば水とか土の壁を直ぐ使える様に練習が出来るかは微妙だ。失敗して部屋どころか家を吹き飛ばすなんて事になったら損害賠償で生きていけない。


(やっぱり自分の家が欲しいなぁ)


 私は希望を訂正する。とは言っても直ぐに叶う様なものではない。もう少し現実を見よう。


(取り敢えず身が危ういのだけでも何とかしたいんだけどなぁ)


 そうそうれだ。考えても見てほしい。あんな大剣を帯刀する人々が道を歩いてるのだ。普通に怖い。


(バリアとか、盾は早々に練習すべきよね絶対)


 乗合馬車には途中乗車の方が乗って来たり降りたり、小屋も相部屋だったりで残りの二泊が過ぎた。

 行商人からご飯も二回買った。今までの感じから衛生面も考えて三食ずつ買っていたら、丁度いい感じで町の門が見えて来た。ここのところきちんと三食食べていたけれど、流石に携帯食にはそろそろ飽きて来たので助かった。


 近づいて来る前方の門の上を確認すると、町の名前はガンゼット。漸く目的地だ。

 例に漏れず町は壁で囲われていた。但しロドの町と違ってかなり立派な高い壁だった。梯子でも普通の人は中々超えられないだろう。

 しっかり門番が見張りをしていて、御者は通り過ぎる前に何かを見せていた。通行証か何かだろうか。個別に見せる必要はない様子だった。


 町は活気があって人が多い。ロドの町より随分大きく感じられる。門を入って直ぐの通りだからか、繁華街のイメージが強い。何というか、煌びやかな町である。

 町には緑色が特徴的な、独特な建築様式の建物が立ち並んでいた。四、五階あるものが多いく、ロドよりも空が狭く感じる。


 停留所で乗合馬車を降りる時御者に手紙を見せて宿の場所を聞いたら、態々宿まで連れて行ってくれた。

 宿はとても大きくて立派で、御者が「緑の館」と呼ばれている事を教えてくれた。正直入る前にお金が心配になったけれど、御者が手紙を見て心配いらないと笑った。紹介状の効果は凄い。


(取り敢えず金額を聞くだけでもいいか)


 そんな感じで風の日の四の鐘が鳴って少しした頃、私達三人は予定通りその緑の館に足を踏み入れた。


 迎えてくれたのは女将だった。いや、女将と言うより女主人と言うイメージだ。館だし。

 肩の出た派手目のドレスを着ていて、ロドでは見なかった服装である。


(ちょっと民族衣装っぽい?相変わらず足は見えないけど、肩出すのはいいの?)

「いらっしゃい。まぁ、あの子の手紙ね。ルリさんにスオーさんにトーコさん。ようこそ我が館へ。もう少しで晩餐になるわ。部屋に案内するから荷物を……あまりないのね」


 スタイルが良くないとこうはいかない。ナーフェの様に大人の魅力が溢れる美魔女。宿屋のおじさんを「あの子」と呼ぶくらいだ。年齢は推して知るべし。美意識が半端なく高そうで若干怖い。


「お世話になるわ」

「えぇ。夕食まで家だと思って寛いで頂戴」


 微笑む女主人の後について、私達は三階まで上がった。

 緑の館は、少し甘い匂いが漂っていた。ロドの宿屋の食事は甘くはなかったけれど、ここは甘い食事でも出るのだろうか。しかし醤油やみりんの甘さではない。何だろう。また見た事のない料理かも知れない。


(まぁ美味しければ良いか。お腹がすくなぁとは思うし)


 甘味でなければ何でも良い。流石に夕食が砂糖菓子とパンケーキではしんどいが。それに身体は育ちざかりだと思う。携帯食ばかりで栄養が偏っているし、そろそろバランスの良いものを食べたい。とか思ってしまうところがおばさんかもしれない。


 前を歩く女主人の後ろ姿を追う。お尻がキュッキュッと左右に動いている。それにしてもラインの出るドレスだ。私は出来れば遠慮したい。

 紹介状のお陰か特にチェックインもなく、私達は奥の部屋に通された。部屋にもやはり、甘い匂いが漂っていた。そしてロドの宿で言われた通り、部屋は広かった。ベッドも三つ置いてあって、更にテーブルと椅子がある。十畳くらいはあるんじゃないだろうか。内装も良く、普通にホテルだ。


「ここ使っても良いの?」

「えぇ。その為の部屋ですもの。食事が出来たら呼びに来るわね。ベッドは……」


 女主人が部屋の説明を始める。そう言えば金額を聞いていなかった。


(後払いなの?いくら?足りるの?これ。絶対足りないでしょ。どうしよう……)


 説明は続く。断るに断れない雰囲気が漂っている。


(最悪魔石を換金して、騒ぎになったらさっさっと町を出よう)


 落ち着いた生活が出来るのは何時になるのだろう全く。


「では食事までごゆっくり」


 女主人がゆっくりと扉を閉めると、私は近くのベッドに身を投げ出した。


「まぁここは住むって感じじゃないしなぁ」

「そうなのですか?」

「うん。騒がしいでしょ」

「トーコ様は人気のない所がお好みですか?」


 人気のないと言うと少し語弊があるが。


「もう少し普通に生活しているところというか。ここみたいに着飾らなくて、どっちかって言うとメルイドのお店みたいに生活感のあるところで、出来れば服屋さんみたいに綺麗な町が良い。でもこの広さは魅力的だなぁ。この大きさの部屋が三つくらいある普通の戸建てに住みたい……」

「はぁ」


 この返事はあまり解ってない。感覚を説明するというのはとても難しいのだ。

 それにしても眠い。この柔らかいベッドも最高だ。


「トーコ様?あら、どうしましょう」







 コンコンと部屋の扉をノックする音がする。


「瑠璃」

「………」


 二人が返事をせず思案していると、扉が開いた。


「おや、寝てなかったのかい?」

「許しもなく部屋に入るな」


 無断で立ち入った女主人に抗議したのは蘇芳だ。

 背後に屈強な男を数人引き連れた女主人と、塔子の眠るベッドの前に引き寄せた椅子に座る瑠璃の間に立つ蘇芳。


「法は発動している筈だけどね。まぁ香が直ぐに効くさ」


 塔子が宿屋から貰ったあの紹介状をパタパタ振りながら、女主人がさっきは見せなかった表情をする。


「これかい?まぁもう少しの自由だ。教えてやってもいいよ」

「もう少しの自由?」


 蘇芳の声がぐっと低くなる。瑠璃の細められていた目に明確な敵意が現れる。


「これは呪いの手紙さ。気付かなかったのも無理はないね。物にこんな神法を込めるなんて表の世界では非合法。でも裏にはいろんなものが」


 ある、と言いかけた女主人は不図、二人の様子が変わらないのに気が付いて沈黙した。

 確かに手紙からは微かに風の神法の気配が流れていた。だが普通の人が気付く様な神力ではない。けれどもどうだろう。目の前にいる娘二人は、まるでそれが見えているかの様に視線を動かしたのだ。


 勿論精霊である二人には、そのか細く今にも途切れるのではないかという細い神力の流れがはっきりと見えていた。精霊が神力の気配を感じるのはデフォルトである。


「気付いていない?そんな訳ないでしょう。あからさまな透かしの呪文に行動を制限する風の神法。あまりに小さいものだったから放置して置いたのだけれど、トーコ様に害を及ぼす気なら話は別ね」

「はったりを」


 鼻で笑って見せた女主人だったが、その実内心ではとても驚いていた。まさかこの呪いを、しかも正確に見抜く者がいるとは思わなかったのだ。

 しかし焦りはない。この部屋だけでなく、館中に香は充満している。耐性のないものが吸えば数分で思考が鈍る筈だ。個人差もあるが、もう少し待てばこの二人にも効果が認められるだろう。

 大人なら「気持ち良く」なるところだが、少女が寝ているところを見ると子供には少し違って作用する事もあるのかもしれない。


「まぁいいわ。あんた達、さっさと上へ連れて行きな!」

「「「「はいよ!」」」」


 女主人の脇から四人の男が前に出て三人に迫る。蘇芳に掴みかかろうと伸ばされた腕は四本。


「私に触れるな」


 蘇芳が冷静に紡いだ言葉が、真下の土を呼び起こした。

 床下から土が二本薄い帯状になって一気に延び上がり、真っ直ぐ男達に到達する。

 元が土だろうと、それが薄く途轍もなく強度があり、そして更にスピードが乗るとなるとそれは刃にも等しい。下から伸びて来た事を除けば、それはギロチンの刃に似ていた。


「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」


 二人の男の悲鳴が部屋に響き渡った。


「あんた!!」


 女主人が叫んで二人の方へ駆け寄る前に、一人が光に還る。土の刃が通り過ぎた場所は前へ伸ばされた男の腕の付け根の辺りで、顎から頭を半分削り取っていたのだ。噴き出した血が床に落ちる前に光に変わり、彼が着ていた服と精霊の贈り物だけが無造作にその場に落ちる。

 塔子がもしこの光景を見ていたら、ゲームの様だと思ったに違いない。死を実感する前に何もなかったかの様に光になって消えてしまう光景を、ただ綺麗と表現するには悍ましい苦痛に満ちた声が水の壁に反響して蘇芳の耳に返る。


 その時瑠璃は、塔子のいるスペースを水の壁で部屋から切り離していた。主の眠りを妨げない為の、音も通さない水の壁。

 分厚い水の壁の中では二人の男がもがいている。

 振り返りもせずその気配を感じとった蘇芳は、贈り物の神石を拾い上げた。


「返しな!それはあたしのだ!!」


 女主人が倒れたもう一人の腕を傍に会った部屋の飾り布で縛りながら怒鳴った。

 その男は両肘より先が身体から離れ、血と共に床に転がっていた。


「嫌だ」


 蘇芳は律儀にそう答え、女主人の意向を無視して神石を袖に仕舞う。


「返せ!!」


 走り出そうとした女主人を、両手を失ってしまった男が服に噛みついて必死で留めた。


「止めろ!あれはやばい!!お前まで光に還るつもりか!!」

「だってあんた!!」

「そうだ、近づくのは止めておけ」


 戸口から別の男の聞き取り辛い声が聞こえた。蘇芳がそちらに目を向けると、戸口に年老いた背の低い男が立っていた。

 ガマガエルとは良く言ったものだ。その男はとても見難くかった。顔は横に拉げ脂ぎっていた。しわがれた声に太った身体。ごつごつとした手。


「何事かと思って来てみれば何だこれは。下の階も騒いでいるぞ」

「無断で部屋に入るな」

「ここは私の館だ。何処にいようが私の自由。故にここにある神石も全て私のもの。返した方が身の為だぞ?」

「嫌だと言った」

「ではこれならどうだ?」


 ガマガエル、もとい館の主人が何かを胸元から出し振って見せる。

 それは呪いの手紙と同じくらいの紙だった。


「これは呪いを解く神法が込められた札だ。お前は平気な様だが、そこで寝ている子供は動けないのではないか?妹を助けたくはないか?ん?」

「あの方は妹ではない。間違えるな。今は疲れて休まれているだけだ」

「本当にそうか?少しうなされている様に見えるが?お前達は見たところ運よく呪いが効き難い様だ。だがその子供はどうだ?動けないのであろう?早く楽にしてあげたくはないか?」


 蘇芳は館の主人が正にガマガエルの如く大きな口をにぃっと横に伸ばし、下卑た笑い顔を覗かせているのを見て素直に醜悪だと思った。


 女主人の金切り声が、その場を支配していた空気を劈く。瑠璃の水の壁に捕まった男が一人、光に還っていた。

 もがくもう一人を無視して水の中に手を突っ込んだ瑠璃が、水の中に生み出された精霊の贈り物を掴み取る。

 

「いっ、急がないと妹は一生そのままかも知れんぞ!!」


 焦った主人の声が飛ぶ。怒声と言うには滑稽な掠れた声。


「間違えるなと私は言ったぞ?」


 一方地に響く様に低く呟いた蘇芳は、その紫の瞳を真っ直ぐに館の主人に据え、神力に怒りを滲ませた。怒りは彼女の全身から溢れ出し、神法と化す。神力が彼女の身体から靄の様に立ち上がり、細かい砂粒になり、帯状に形を成していく。帯は無数。ゆらゆらと揺れる帯が完全に形作られるまで刹那。その場にいた館の面々には、蘇芳から土の帯が突如として生えた様に見えた。

 揺らめいていた帯が蘇芳を中心に咲く花の花弁の様に広がり、先を少し曲げて館の主人に狙いを定める。


「化け物!!」


 その声を号令に帯は刃物の様にピンと張り、館の主人目掛けて一斉に伸びる。が、とどめを刺すかと思われたその神法は、主人の絶叫と共に弾かれた。

 蘇芳が僅かに目を見開くと、主人の手に握られていた札が塵になって崩れて散った。呪いを手紙に込めるのだから、防御の神法だって札に込められるのだろう。蘇芳はそう判断する。風の神法の気配がその場に残っている。


「小賢しい」

「貴方、何を遊んでいますの?」


 蘇芳は館が壊れて主が起きる事を懸念したのだが、力を最小限に抑えたのはよくなかった様だ。あんなもので弾かれるとは、瑠璃にそう言われても仕方がない。

 弾かれて跳ねた帯は所在なさげに空中をうねうねとしていたが、蘇芳の気持ちと共に先端は直ぐに刃物に戻る。それは館の主人だけを狙っているのではない。


「あの役立たず、何てものを送ってくれたんだ。貴重な法まで授けたというのにこれでは割に合わん!育ててやった恩を仇で返しおって」


 男の怒りの矛先が何処に向いているのか、蘇芳には分からなかった。ただ、次はないと思っただけだ。

 主と器を共有する蘇芳にとって神力の無駄遣いは厳禁だが、加減し過ぎて弾かれては意味がない。

 階下で騒ぐ声が徐々に大きくなっている。


 館の主人を捉えていた蘇芳の視界が虚ろになる。内に燃える様にうねる激しい感情を持ちながらも、その瞳は人も何も景色に捉えたかの如く焦点が定まらなくなる。

 否、蘇芳は全てを捉えていた。館の全て。彼女には今、館中の人々の声が聞こえている。荒々しい感情、艶めかしい息遣い、発せられる言葉全てが蘇芳の全感覚を刺激する。このガマガエルを主人と仰ぐ者達、沢山の捕らわれた人々の恨みと諦め、それら全てが蘇芳に流れ込んで来る。


「不要、だな」


 言葉は力。

 土の花弁は一斉に伸び、館の中のあらゆるものを貫いた。主人も女主人もその腕の中にいた男も、そして瑠璃の水の中でもがいていた男も、息を呑む暇もなく光に還る。

 それでも神法は止まらず、凶器と化した花弁は床に天井に突き刺さる。床からは無数の土の槍が付き出す。積まれた石が崩れ、塗られた壁が砕け、床や天井が木屑に変貌を遂げるけたたましい音。階上階下で飛び交う悲鳴。無数に飛び立つ精霊の、色とりどりに綺麗な事。


「トーコ様が起きてしまうわ」


 瑠璃が水の壁の向こうでそっと愛しい主の眠るベッドを水に浮かべ、床から切り離した。序に周囲全てと天井も水で覆って、完全に独立した空間を作り上げる。


「これで朝までお休み頂けるわね」


 部屋は入り口どころか壁も廊下も天井もなくなり空が見えている。阿鼻叫喚と共に走り回る人々、鈴の鳴る音。外の喧騒を他所に瑠璃は優しい手付きで主の頭を撫ぜる。

 当の主はこの騒音の中で静かに眠っていた。







 その日、私は夢を見た。熱くて寝苦しくて、それから金縛り。体が動かない。

 誰かが喘いでいる。自分の声かと思うほど近くで。そこかしこに反響する沢山の淫らな吐息、鈴の音。館は妖艶な空気に満ちている。甘ったるい匂い。身体から何かが失われていく感覚。何かが、オカシ………。


 と言う欲求不満を疑う可笑しな夢を見て目覚めると、何だか前にも見た様な光景が目の前に広がっていた。

 深紅の髪のあられもない格好の少女が、ベッドの横で正座させられている。

 そしてあろう事か、館が半壊していた。入って来た扉も壁も、その向こうの廊下もない。床に大穴が開き、そして何よりここより上の階が全くない。頭の上は空が広がっている。


「…………二人共、昨日の夜何してた?」

「ここでトーコ様が起きるのを待っておりましたわ」


 瑠璃がいつも以上に笑っている気がする。怪しい。

 確かに瑠璃がそう言うのだから、間違いではないのだろう。彼女はただ言葉が足りないだけだ。


「待つ間に何をしてたか、具体的に教えてくれる?」

「水の壁でトーコ様の安眠を確保しつつ、眠っているトーコ様を撫ぜながら一晩中寝顔を拝見しておりました」

(怖っ!何時間も何してんのよあんた)

「それは今日から止めて頂戴」

「「そんな!」」


 何故か蘇芳まで叫ぶ。


「……蘇芳は?何してたの?」

「カエルをあやしておりました」

「カエル?」

「はい。部屋に見難いカエルが入って来ましたので、光に還しておりました」

「蘇芳、無闇に生き物を殺しては駄目だと思う」

「光に還しただけです」


 どう違うのか。


「無闇に光に還すのもちょっと……」

「トーコ様に害を成そうと致しましたので正当防衛です。それに無闇でもありません。きちんと選びました」


 寧ろ褒めて下さい、くらいの勢いで蘇芳が胸を張る。

 カエルに害されるほど弱くはないと思ったけれど、よく考えればこの世界のカエルがどんなものか分からない。毒の汗を流すとか口や耳に入る習性があるとか、そんな恐ろしいものだったら大変だ。


「まぁそう言う事なら、ありがとう蘇芳」

「お褒め頂き光栄です」

「私もトーコ様の為に水の壁で外の騒音を遮断しておりましたわ!!」


 張り合う瑠璃。これが演技でなければ精霊は精神的に子供だ。


「はいはい瑠璃もありが…………」


 ドクンッ!!


 唐突に、心臓が大きく一回跳ねた。右手が炎に包まれて、激しい熱さを感じる。


(何!?)


 でもそれは一瞬で、直視した時には何の変化もない。右手の甲にはシーザンドカントの番人、ベリーシエの五本の爪痕が残っているだけ。


「トーコ様?」

「………何でもない。それで蘇芳、カエルと遊んでてこの惨状?」

「それは……」


 蘇芳は瑠璃と違って素直だ。思いつめた顔で俯いてしまった。


「申し訳ありません。跡形もなく綺麗にしておくべきでした」

「違う!そうじゃなくて」


 お見苦しいところを、などと頭を下げる、そんな姿が見たい訳でもましてや謝罪を聞きたい訳でもない。


(こんな激しい壊し方をしなくちゃ光に還せないカエルって何なのよ)


 そしてこの惨状をどうすればよいのか。お金はない。


(弁償しろなんて言われたらどうやって返すの?)

「あの……」


 おずおずと私に声を掛けたのは、床に正座する深紅の髪と瞳の少女だった。


(深紅?何処かで聞いた様な……)

「トーコ様がお会いになりたいご様子でしたので捕まえておきました」

「捕まえてって……」


 私は記憶の糸を手繰り寄せ、漸く思い出す。そう、この少女こそ冒険者三人組が話していた特殊能力者である。しかしあれは娼館にいるという話ではなかったか。


「瑠璃、まさか娼館に行って来たの?」

「私はここにおりましたよ?」

「じゃぁここって」

「娼館はここです」


 深紅の瞳に私が映る。生地は良いけれど布地のとても少ない、と言うか薄い、同性でもちょっと目のやり場に困る程の透け具合の衣装を身にまとったあられもない格好の少女が、私を見て小さく首を傾げた。


(そのチョーカーってやっぱりそう言うプレイ用?)


 チャームの鈴がチリンと鳴った。

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