第14節 冒険者と世襲と神の称号
最初に動いたのは蘇芳だ。蘇芳がテーブルと扉の間に立つのに一瞬遅れ、大男が剣を振り上げる。
瑠璃が直ぐ私の元へ来て、そちらを睨みながらも私を抱きしめる。子供を守る母親の様だ。どこかでもこんな事があった気がする。
「ちょっとロワ!!」
「蘇芳!」
剣は空を両断し、蘇芳に当たる、と思ったが、そんな事はなかった。
「すげぇ良い反応してやがる」
向かい合った二人の間に床から真っ直ぐ突き出した土の腕が、がっちりと大剣を掴んでいた。
「ロワ、冗談が過ぎるよ!馬鹿なおじさんがごめんなさい!大丈……うわっ!凄い何その腕!!」
「おいハウリ、おじさんは酷くないか?」
「うるさいよ二人共」
入り口を覆っていた大男の後ろから、少女と青年?がひょっこり顔を出す。
「誰?」
「俺か?俺はロワ。アルゼンナーエから来た冒険者だ。それよりこれ、離してくれねぇか?」
大男が両手で握った大剣を土の手から剥がそうとするがビクともしない。
(ちょっとというか、大分怖いんですけど。初対面の相手に剣を向けるってどういう人よ)
そんな攻撃的な知り合いはいないし、どう対応して良いか分からない。
警戒する私に、ロワと名乗った男は大剣から手を離し、両手を開いて顔の前まで上げた。
「悪かったって!降参だ」
流石にそんな言葉で信用する程私も馬鹿ではない。
「蘇芳、その剣床に縫い留めておいてね」
「はい」
土の腕は剣を握ったまま床へ沈んで行き、剣が床に付くとケーブルカバーの様に形を変えて剣を覆い隠した。
「おいおい!返してくれよ!?」
大男が慌ててしゃがみ込み剣を取り出そうとするが、土の膜が崩れる様子はない。
「…………小屋を出る時に返してあげる」
「もう、ロワがふざけすぎるからだよ!?女の人とこんな小さい子に!ごめんなさい、本当に冗談だから」
ハウリと呼ばれた少女が前に出る。青年と思しき人も、大男の腕を潜って中に入って来た。
「え!?テーブルと椅子も土!?凄いね!」
(テーブル?今それどころじゃない……いや、何かあったら土の壁があるし、水も防御に使えるか)
ロワは三十くらいのおじさん。中身二十八の私がおじさんとか言うのは失礼かもしれないが、言動がおじさん見える。甲冑の手足、鉄なのかスチールなのか分からない肩パットみたいなものの付いたワンピースに身を包み、その上からマントを羽織っている。
(これはもしや……)
大剣を持っているので取り敢えず職業は「剣士」だと思う。
私の買ったランプは照らす範囲が狭いので色ははっきりと分からないが、青っぽい髪から察するに恐らく水属性だ。
それからハウリは茶髪。なので恐らく土属性。高校生くらいの女の子である。
胸元の大きなリボンに、膨らんだベレー帽みたいな帽子。センターに二本のラインの入った長めのトップスと、アシンメトリーのミニスカートは無駄にひらひらしている。それにヒールのあるブーツ。完全にコスプレである。
腰に長剣を差しているけれど、正直その格好で戦う気はあるんだろうか。この子も職業というなら「剣士」だろうか。
最後の一人は長髪を後ろで束ねた線の細い綺麗な男性だった。多分男性だろうと思う。寧ろ男性であってほしい。
弓を持っているので恐らく弓使い。綺麗な髪は緑色、風属性だ。
(あれ、でも槍も背負ってるんだけど……)
職業不明、性別微妙な二十代の人。これで全員だろうか。パーティーだとしたら大分バランスが悪い。
「……僕はコフール」
涎を抑えつつ見ていたら、美男子がこれまた綺麗な声で答えてくれた。
(冒険者…………)
妄想の定番、冒険者である。気付いた時には恐怖など何処かに消え去っていた。好奇心が勝って前のめりになる。
しかし問題がない訳でもない。
これがゲームなら、私は彼等をキャラクターとして捉えられただろう。が、現実に相見えるとその印象はガラッと変わる。
そう、彼等は男二人に女一人。問題が起こる予感しかしないのである。
(いやねぇ、現実が見えるって)
まぁここを妄想力でカバーするのが腐女子であるが。
ハウリ→コフール→ロワ→ハウリ的な三つ巴……いやいや、そんな面白い事がそうそうあってたまるものか。ここは断然ロワコフだろう。コフロワも捨てがたいが、どっちにしてもハウリが余る。
(BLに女子って、当て馬以外の用法があったかな)
ニヤケル口元を隠しつつ三人を観察する。
「私達今晩ここに泊まるんだけど、これも何かの縁だと思うの!貴方達の名前を聞いても良い?」
「トーコ様になんて無礼な」
涎を出している場合ではなかった。
ガキッという不思議な擬音と共に、瑠璃の物凄く低い声が聞こえて来る。土のテーブルの端が欠けている。
(結構硬いのにこれ……)
「トーコ様と対等に話そうなどと……剰え下に見ようなどと不遜にも程が……」
「瑠璃、いいから」
「なりません。こんな小さいものがトーコ様と対等に話すなど思い上がりも甚だしい……我慢出来ません」
もしかしてあの行商人を睨んでいたのは、抱っこの件ではなく喋り方が原因だったのだろうか。抱っこも込みかもしれないが、いい加減慣れてもらわないと、十五にすら見られていない私が出会う人々は結構な確率で年上である。等と言った理由が瑠璃に有効なんだろうか。
「瑠璃、蘇芳もちょっと」
私は一応冒険者を警戒して距離を取りつつ、二人を連れてログハウスを出た。
話し声が聞こえないくらい離れた所で、振り返って二人の目を見る。そこには澄んだ綺麗な瞳があった。
(ビー玉だ。お人形みたい)
大樹の光の方が、ランプよりも余程明るいのではないだろうか。暗いが明るい、そんな夜は私がここへ来てからずっと変わらない。
「ねぇ瑠璃、人が私に敬語じゃないのは当たり前だよ。人は器を感覚で測るなんて芸当は出来ないから、年が若い私の方が敬語を使うのが普通なんだよ」
「では分からせれば良いではありませんか」
「私は器が大きいって人に知られたくないの。人は自分達と違うものを排除するの。そうやって自分の身を守る生き物なの。私は人の世界で生きたいし、人と違うと思われて追い出されたくないの。居場所を奪われるのも迫害されたり弾圧を受けるのも嫌。瑠璃は私の望みを叶えてはくれないの?私を危険に晒すの?」
そんなつもりは勿論ないけれど、ちょっと大げさに言った自覚はある。私の言葉に瑠璃は面白いくらいに慌てた。
「とんでもない!!私はトーコ様の味方です!!」
「なら、言葉くらいで目くじら立てないで。そりゃぁ目に余る態度の人がいたら不快にはなるけど、それは余程の事だから」
「程度が分かりません」
「なら、私が言うまでは怒らないで。約束して、くれる?」
「……………努力します」
項垂れる瑠璃の目元が光った気がして、私はぎゅっと瑠璃を抱きしめた。
「ありがとう、瑠璃」
「……トーコ様、私も約束、出来ます」
「蘇芳もありがとうね」
同じ様に蘇芳の胸にも飛び込んでぎゅっとする。
「さて、小屋に戻ろうか」
「「はい」」
こうしてまた一歩精霊が人に近づく。それは嬉しい事だと思う。
ログハウスに戻ると、三人がテーブルに噛り付いていた。
「凄いねこの強度!端が欠けてるけどどうやったんだろう、ナイフでも傷一つ付かないよ?」
「使い手が離れても原型を留めてんのがすげーな!」
「肌触り良いね。滑らかで完璧なフォルム」
何故だろう。机の品評会が始まっている。
「お、戻って来たか!気位の高いって従者ってのも厄介だな」
(瑠璃、押さえて押さえて!)
「もうロワ!そんな風に言わないの!ごめんね、このおじさん口が悪くて。名前、聞いても良い?無理にとは言わないけど」
「蘇芳」
「瑠璃よ」
渋々といった表情ではあるが、瑠璃も蘇芳も返事をした。
「私はトーコ。泊まるならそっちのベッド使って、ハウリ」
同い年か、少し違うくらいだ。ハウリで良いだろう。
(喜んでるっぽいし。年相応な子供だな)
近いのはあくまでも外見である。私は大人だ。
私は部屋の奥に三つ並んだベッドを指差してハウリに指示をした。入り口のある壁側に並べてあるベッドは私達が貰う。何かあったら時に直ぐ逃げれる様に。いくら少女がフレンドリーに話しかけて来ても、見ず知らずの人間と一夜を共にするのだ。警戒しない訳にはいかない。
「そんなに怖がらないで?これでもロワは面倒見の良いおじさんなんだよ」
それをどうやって信じればいいのか。
「お兄さんな!そうだぞ?こんなお転婆娘の面倒を見てやってるんだからな」
「それロワが言う事じゃない。俺から見ればどっちもどっち」
「うるせーよコフィ!」
ロワがコフールの肩を抱く。
(きゃぁぁぁぁぁ!!目がぁぁ!!)
…………とかやっている場合ではない。自重しなければ私が残念な子に思われる。
「兎に角、一晩だけどよろしくね」
ハウリが蘇芳に手を差し出す。無言で蘇芳がその手を見返す。
暫くそこに視線が集中していたが、動かない蘇芳にハウリが折れた。
「これもダメかぁ。残念!じゃぁ私達は奥のベッド使わせてもらうね」
多分蘇芳は握手の意味を解っていないだけだと思う。
三人は奥の壁側のベッドにそれぞれ荷物を下ろし、各々携帯食らしきものを取り出した。
シングルベッドに荷物を置いたら、寝るところはそれなりに狭くなる。しかし皆盗難を警戒してか、荷物をベッドの脇や下に置いたりはしない。それとも共有スペースを私物化しない様マナーを守っているのか。私は冒険者の常識などさっぱり分からない。たとえ彼らがバックパッカーでも分からないとは思うが。
「ハウリ、テーブル良いな。お前もやれよ」
「私もそう思うんだけど無理だよ。あんな神力の無駄使い私には出来ないよ」
「じゃぁ何?あの子はそれだけ器が大きいって事?」
「多分ね」
何か嫌な方に話が広がっていく。賑やかなパーティーだ。
「トーコ様、気になるなら光に還しますか?」
「いい。そんな事しなくて良いから」
「そうですか?」
「ねぇトーコちゃん!一緒に食べない?」
幸い今の蘇芳の台詞は向こうに聞こえなかった様だ。
部屋の真ん中に作った土のテーブルセットで食事をしていた私達の元に、ハウリが急に駆け寄ろうとした。瞬時に緊張する私に、蘇芳の視線がハウリを捉える。
「蘇芳!」
私の声で、床からせり上がり私とハウリを隔てようとしていた分厚い土の壁が成長を止めた。
丁度それはハウリの腰の高さ程で止まっていた。
(焦った。槍とか剣山とかかと思った)
ハウリはいきなりの事に停まり切れず、とっさに壁に手を付いていた。
「ハウリ!」
「いった~!あ~ちょっとお茶零れちゃったー」
部屋を二つに仕切る土の壁。高さ一メートル強、厚さは二十センチといったところ。乗り越えられなくはないけれど、私の心の平穏の為にあっても良いかもしれない。
ログハウス自体はわりと広い。ベッドは入り口の壁と奥の壁に沿って三つずつ並べられているけれど、この土の壁さえなければ他には何もないから広く感じる。ロワくらい大きな大人でも、両サイドのベッドの間に余裕で寝られる。だから土の壁があってもそんなに圧迫感はない。
大きなパーティーが来たら雑魚寝でかなりの人数が泊まれるのではないだろうか。私達みたいな乗合馬車も他にもあるかもしれないし。
(あ、だから部屋に何もないのか)
大部屋で雑魚寝などした経験がないからよく分からないが。
「ありがとう蘇芳。その壁そのまま明日まで維持しておいてね」
「はい」
「私だってそれくらい出来ます」
「瑠璃は張り合わなくて良いから」
蘇芳を褒めると瑠璃は直ぐ焼きもちを焼く。瑠璃を褒めると蘇芳は密かに悔しそうにしているから、どちらかと言うと蘇芳が気の毒に思う。
「明日まで維持って……ハウリ、お前出来るか?」
「絶対無理だよ、こんな硬くて大きいの。意識がなくなったら確実に土に戻るし。ロワは私に寝ずにいろって言うの?」
「そこまで言ってないだろ。なぁ、俺ら何かとんでもないもんに手出しちまったか?」
「俺ら、じゃなくてロワが、だよ」
「そうだよ!仲良くなれそうだったのに!」
「ハウリ、それ違う」
この程度でも駄目なのか。まぁ寝たら戻るのはどうしようもない。精霊は寝ないのだ。
密かに冷や汗を流しつつ、私はこの状況を思案する。
(困ったな。この状況で二人が寝ないで私のベッドの前で立ってたら凄く怪しいよね?)
壁で隔てているとは言っても、立ち上がれば向こうは見える。仕方がない。
「瑠璃、蘇芳、今日はベッドで寝てくれる?振りだけで良いから」
「なら私がトーコ様と一緒に寝ます」
「それは流石に狡い!」
折角小声でお願いしたのが水の泡だ。そういう話ではない。
「ねぇトーコちゃん、もうそっちには行かないからさ、お話しくらいしない?」
「いい加減諦めろハウリ」
「良いじゃない少しくらい!いろんな人とお喋り出来るのがこうやって小屋を利用する醍醐味だよ?!」
「そーかよ」
「そうだよ!」
ハウリがめげずに声を掛けて来る。
(メンタル強いなこの子)
小心者の私としては羨ましいかぎりだ。でもまぁそうだ、冒険者には少し興味がある。
「じゃぁハウリ、ハウリは何で冒険者になったの?」
これは少し意地悪だろうか。重い過去等あったら口を閉ざすかもしれない。
しかしハウリは私が話しかけた事にぱっと花を散らしながら、快活な調子でこう答えた。
「何でって、親が冒険者だからだよ!他に何かあるの?」
何か聞きたかった答えと違う。
「そうではなくて、冒険をしてみたかったからとか、器の大きさと神法で何か功績をあげてみたかったからとか、何かそういうのはないの?」
ネガティブな方面だと、頭がお花畑過ぎて他に付ける仕事がなかったからというのも思い付くが。
「そんな人見た事ないよ?だって仕事って親のを継ぐものでしょ?トーコちゃんもそうじゃないの?」
ハウリが本当に意味が分からないとばかりきょとんとした顔で私を見る。心外だ。
(世襲……冒険者なのに……)
職業選択の自由はどうした。第一夢がない。浪漫が。
「継がない事はないの?」
「あるけど、階級を落とされたりとか特殊な事情の時くらいじゃない?あ、あとは戦争で住む場所を追われた時とか」
予想外にシビアな答えだった。そこまでは求めていない。
(階級って落ちるんだ?貴族が平民になるって事?)
流石にそれでは後は継げないだろう。
「でも属性って遺伝し易いし、住む場所が変わっても大体同じ職業に就くんじゃない?」
「遺伝するの?精霊が属性を決めるんじゃないの?」
「同じ属性は惹かれ合いますから、同属性の子孫が生まれる事は理に適っています。番のメルイドとククルも同じ属性だったでしょう?」
瑠璃から補足説明が入る。
(番……瑠璃って人間の事を蝶か何かだと思ってるのかな)
「もしかしてトーコちゃん、継ぐのが嫌で家出したとか」
「違う。大人が一緒でしょ」
よく見ろとばかり瑠璃と蘇芳をアピールする。
補導されてはたまらない。そもそも私には家がない。
(…………自分で言ってて悲しくなるなこれ)
家出少女ではなく、私はただの迷子だ。世界的にと言うか、精神的にと言うか、人生のと言うか。
「そうだよね。今は、お家のお使いとか?それとも三人で行商をしているとか?」
「まぁ…………」
ハウリには私が商人に見えるらしい。
「それよりハウリは今どんな冒険してるの?」
せっかくなのでもっと夢のある話が聞きたい。ファンタジー感が欲しい。
「今はねぇ、指名依頼中だから内容は言えないの。守秘義務があるから」
「指名依頼?」
「うん!冒険者ギルドで私達を指名してくれた人がいるの。お給金も少しいいんだよ~」
(そうそう、そういうの)
「次の冒険は携帯食が少し豪華になるかも!」
世知辛い。この年で食費の心配をしなければならないのだ。不憫以外のなんだというのか。
働かざるもの食うべからず。ハウリくらいの子でもしっかり働いている事実にただでさえ下がり気味だった私のテンションが落ちる。
だが土の壁に寄りかかって此方を見ているハウリの表情は晴れ晴れとしていた。心配など余計なお世話なのかもしれない。
私はもっと明るい話題を探した。
「ハウリは土属性でしょ?どんな風に神法を使うの?」
「そんな事教えられないよぉ!でも少なくともこういう使い方はしないかな」
よく考えれば実生活で戦闘がある暮らしである。戦術を教えてくれる訳はないが、実感が沸かないので気軽に聞いてしまった。
(そうよね、私達は敵かもしれないもんね)
ではこれも教えてくれないだろうか。
「ロワは水属性の剣士でしょ?魔法剣とか見てみたいなぁ」
武器と技の華麗な融合。中二病じゃなくても特殊効果付きの剣舞は惹かれるものがないだろうか。
「マホウケンって何?」
(あ、魔法じゃなかった。なら神法剣?)
「水の神法を纏った剣とか、ハウリも剣持ってるから土の神法を纏った剣とか」
土や風よりは水の神法剣を希望する。単純に見た目の美しさで。
「剣と魔法を一緒に?そんな事出来たら凄いと思うけど」
これはとぼけられたのか、そうでないのか。ハウリを見ていると無邪気さしか伝わって来ない。私が人を見る目がないだけだろうか。
神法を纏った剣はないらしい。残念だ。非常に残念だ。折角夢のある何かが見られると思ったのに。
では剣と神法でどうやって戦うのか。
この世界の神法の程度や使用方法を、私はもう少し勉強した方が良いだろう。
(そう言えば確かギルドが戦い方を教えてたよね?)
一度受けておくべきだったか。
「ハウリは冒険者ギルドで戦術指南を受けた事がある?」
「あるよ?」
「戦術指南の教科書とか持ってる?」
「指南書の事?医療ギルドや商業ギルドにはあるけど、冒険者は体得するから本になったものはないよ?」
幸いハウリはそれ以上踏み込んで聞いて来る事はなかった。
しかし教本がないのは残念だ。町に行かなければ多分内容を知る機会には恵まれない。
(知らない戦い方があるなら知っておきたかったのに)
無知はいつか命取りになる気がする。
「ハウリはどうやって勉強したの?」
「ギルドの指南も受けたし、あとは親からかなぁ」
「私も教えてもらいたかったらどうしたらいいと思う?」
「トーコちゃんが?危ないから止めた方が良いよ!それに冒険者にならないと難しいと思うよ?まさかトーコちゃん冒険者になりたいの?」
「違う。ただの興味本位」
難しいとは、登録しなければ受けられないという意味か。もしそうなら私は冒険者ギルドに加入が出来ないので絶望的だ。
戦術を知る機会があればいいのだけれど、ないならないでどうし様もない。取り敢えず今は水と土の壁を瞬時に使える様に訓練しよう。
(そうよ。私は戦いたい訳じゃなくて、身を守れればいいんだからね)
出来ればあまり大げさなものではなく、そう、盾ぐらいのイメージだ。維持し続けるのが不自然だと言うなら、何回か当たれば砕ける、みたいな仕様でどうだろう。
五の鐘が鳴って、今日はもう寝ようという事になった。ランプから神石を取り出して明かりを消す。全然熱くない。これなら直ぐ鞄に入れられる。ポケットのいっぱいある鞄にしておいて正解だった。
冒険者三人組がベッドに就いたのを見て、私はこっそりテーブルと椅子を消した。何となく力を使うところを見られたくなかった。それに土属性は蘇芳だと思われていると思う。私の事を態々知らせる必要はない。
(まぁこんな時くらい自分の練習は後回しにして蘇芳に消してもらえば良かったのかもしれないけど)
それから蘇芳をその場を任せ瑠璃と外に出る。恒例のお風呂タイムだ。建物の死角で、私はお風呂と序に洗濯もお願いする。小屋の中からは死角でも外からは丸見えなのは御愛嬌。流石に三人がいるところでこの神法を使う気はない。
一応気配を確認してもらってはいるが、これもよくよく気を付けないといけないのかもしれない。相変わらず大樹は明るい光を放っていて、満月状態がずっと続いている。夜でも周りが良く見えるのだ。
それにハウリ達は飲み水も鞄から出していた。恐らく水属性の仲間がいないのだ。女の子なのにお風呂もなしでさっさと寝てしまったけれど、気にしている様子はなかった。
水属性がいたところでこういう使い方をしているかは怪しい。神法ではただ水を出すだけで後は自力で洗うのかもしれないし、そもそも三人は冒険者だ。日中戦いで神力を使っていたら、生活の為に神法は使えるのだろうか。
それに町では風の属性の人が乾かすみたいな事を言っていたので、水の神法で水分を抜いたりはしないのだろう。水の神法の使い方や、そもそも考え方が違うのかもしれない。
ログハウスへ戻ると、私の目にベッドで眠る冒険者が飛び込んで来る。服は兎も角防具も付けたまま。寝難くはないのだろうか。冒険の途中なのだから、例えこんな平和な街道の小屋でも警戒しているという事か。
(いやそれより、当然寝る部屋も男女一緒だよね。別にこっちみたいに添い寝する訳じゃないけどさ)
誰も気にしている様子はないのでスルーしていたが、女子高生がおじさんと旅って、親はどう考えているんだろう。十五で成人ならハウリも成人かもしれないが、何かちょっと背徳感が漂う。
(いや寧ろロワとコフールが。期待しちゃうじゃん)
ちなみに私達はシングルベッドに三人で寝る事になっている。女性二人が夜中立ったままというのはどう考えても不自然なので、パフォーマンスだけベッドで寝て欲しいと希望を伝えたところ、どのベッドにするかで瑠璃と蘇芳がもめたのだ。ちなみにベッドは縦に並んでいて、扉を挟んで二つと一つに分かれている。正直どうでも良い程微々たる距離だが、二人共私に近い方が良いらしい。抱っこ当番の様に適当に決めてくれれば良いのに、瑠璃が「一緒に寝る」などと思いついてしまった為にこんな事になった。
正直狭い。けれど、寝て欲しいとお願いしたのは私だから仕方がない。一先ず私の希望は叶ったのだ。二人が私を両側から抱き枕にしてご満悦だったので、これくらいは我慢する事にした。
(私も精霊を随分信用した事……)
全てではないにしろ、今のところ他の人より私に寄り添った存在であるのは間違いない。荷物にしたって、瑠璃と蘇芳ではなく冒険者を心配してる訳だ。
精霊が人に近づくのと同じ様に、私も彼女達に寄り添う事が出来るのだろうか。
まぁ結果何事もなく、普通に相部屋しただけで夜は終わった。
夜這いとかそんなハプニングは一切なかった。
(そんなもんよね、現実なんて。あーぁ、生でBLとか聞いてみたかったなー)
それはそれで私が大変な事になるのは間違いないが。
(完全に欲求不満だわ)
女でももちろんそういう時はある。
朝から不純な事を考えていると、一の鐘で一斉に起きた三人の冒険者が明るくなるにつれ室内のクリーニングされた色に気付き始める。ロワは目を疑って何度か拳で目を擦り、コフールは見極めるかの様に眼を細め、ハウリはきらっきらした瞳で「凄い」を連発する。
三者三葉にはしゃいでいるかと思えば、日差しの降り注ぐ中こちらを見た三人は今度は一様に呆れた顔をした。
「全員神の称号持ちかよ」
「本当だぁ」
「凄いね」
(?神の称号って、メルイドみたいな特殊能力者の事だよね?持ってないけど?)
「なんだ、気付いてないのか。髪の色が違うのは神様から与えられた称号を持ってるからなんだぜ?冒険者の中ではわりと有名な話だ。でもそっちの二人ほど鮮やかな色は見た事ないな。黒ってのも初めて見た」
気付かないうちに称号を取得した覚えはない。私の髪の色は日本人だからだし、瑠璃や蘇芳の髪の色が基本の五色と違うのは器が大きいからだと聞いている。三人の周りには大きな器の人がいないのかもしれない。それともそこから更に上位互換されて色が鮮やかになるのだろうか。
考えたくはないが、誰かが嘘をついている場合の事も一応心の隅に置いておく。私はまだ神様の力について知らない事が多過ぎて、こういう時上手く判断出来ないのだ。
「称号って、例えばどんなものがあるの?」
「力の中身を教えてくれる奴なんかいねぇよ!」
それはそうだろう。属性の色が分かるだけでも戦うなら死活問題だと思う。
瑠璃や蘇芳がメルイドの様に特殊な能力を持っているかどうか私は知らない。私に害がある様なものがあるとは思いたくないけれど、根掘り葉掘り聞いて、もし嘘に気付いてしまったらどうすればいいのか。
「でも深紅の髪ならガンゼットで見た事あるぜ?」
知らない事の幸せと聞いて安心したい衝動を天秤にかけていると、ロワが思いもしない情報をくれた。
「深紅?火の属性?」
「そうだろうな。赤よりもずっと深くて引き込まれる色だった」
「それは是非見てみたいわ」
そして能力について聞いてみたい。でも近づいて大丈夫だろうか。相手の特殊能力までは分からない。
(危険な様なら近づくとか浅慮かなぁ。触らぬ神に祟りなしって言うし)
見た目で判断できると言う事は自分を売り込むチャンスにもなるけれど、この様に引き寄せるものが危険な場合もある。人の口に戸は立てられない。
まぁ念の為、居場所だけは聞いておこう。
「ガンゼットの何処で見たの?」
「娼館!十五、六の綺麗な女だった!」
「娼館?」
「ロワ、子供に言う事じゃない」
「あ、わりぃ」
そう言う事か。ロワはコフールだけを見ていて欲しかったのに、残念だ。
でもそうだ。十五で娼館はありなのだ。十五歳はここでは成人しいてるらしいから。
(でも待って、まさかコフールも娼館に通ってるの?)
「何?」
「お前も疑われてるんじゃね?」
「二人共止めなさい!トーコちゃんはまだちっちゃいんだからね!」
ちっちゃくはない。サイズ以外は。中身は二十八のおばさんだ。
明るい中で見る三人はそんなに怖くはない。話をしたから慣れたのかもしれない。
私は蘇芳にテーブルセットを作ってもらって、落ち着いて朝食を取った。ハウリはしきりに羨ましがっていたけれど、瑠璃も蘇芳も嫌そうな顔をしたので誘うのは止めておいた。
(このテーブルセットも、他人に見せるの止めた方が良いんだろうなぁ)
話していると二の鐘なんかあっという間に鳴ったので、私は蘇芳に壁を壊してもらって、序に忘れかけていた大剣をロワに返した。
扉を出た所で直ぐに御者さんに呼ばれ、私達は出発する。
(良かった。クリーニングは気付かれてないみたい)
やはり部屋の中に限定したのは良かった。
「じゃぁねハウリ。ロワとコフールも。さようなら」
「またね!!」
「またどっかで会おうぜ!」
そんな事があるのだろうか。
手を振って乗合馬車を見送ってくれる三人が小さくなって行くのを見ながら、私はいつまでここにいられるのか考えていた。




