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在りか ~私の居場所と異世界について~  作者: 白之一果
第1章 旅の始まり
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第12節 中流階級と手紙と旅立ち

 ククルと別れて宿に帰ると、宿屋さんが仁王立ちでフロアを睨んでいた。接客業でその対応はどうだろうと思う。


「ただいま帰り……」

「水屋を見ませんでしたか?」


 私の言葉を遮って、宿屋さんが突っかかって来た。


(水屋さん?知らないけど)

「いないんですか?」

「…………はい。御存じないですか?」


 宿屋さんが瑠璃を睨んでる。何かした訳ではあるまいな。やり兼ねなくて不安だ。


「瑠璃?」

「昨日も今日も見ておりません」

「そうですか」

(本当でしょうね?)


 階段を上がってフロントが見えなくなるまで、宿屋さんはずっとこちらを見ていた。疑われているのだ。部屋の扉を閉めると大きなため息が出た。

 この狭い部屋も正直嫌気がさしている。流石に三畳に三人はないと思う。


「明後日、服と靴を受け取ったらさぁ、この町から出ようと思うんだけど、どう思う?」


 ぼつりとそんな言葉が漏れる。前から考えていた事ではあったけれど、この景色に後押しされた。住めば都とは言うが限度もある。もう少し広い場所、そして綺麗な町に住みたい。


「良いのでは?」

「トーコ様がそう仰るなら私達は従います」


 あっさり肯定された。


「良いの?」

「構いませんよ?」

「何か問題でも?」

「いや、良いなら良いんだけど」


 障害がなさ過ぎると逆に大丈夫か心配になる。勝手なものだ。


 魔石はここではもう売れない。今のままだとここの通りの向こうに住むだけのお金はない。なるべく早く別の町に行って、今度は噂が広まる前にもっと大きな石屋でさっさと裁いて現金を増やすのだ。この辺りの交通手段は馬車だ。ネットも電話もない。きっと町の外に噂が広がるには時間がかかるだろう。

 そうやって作ったお金で、ここよりもう少し良いところに家を借りたい。流石に夢でもずっとホテル暮らしは落ち着かなかった。


 魔石売って目立ち過ぎたら、次は中央都市に行ってみても良いかもしれない。中央と言うくらいだから都会だろう。家賃もその分高いかもしれないけれど。せめて通りの向こう側くらいの中流階級市民になりたい。じゃないと目立つ。主に瑠璃と蘇芳の服が。

 まだオーダーした服が出来るまで一日ある。瑠璃達が良いと言うなら、後学の為に明日は通りの向こうを見学しよう。メルイドかククルに案内を頼めばいいだろう。


「どうなさいました?」

「明日は通りの向こうを見に行こうかと思って。行ってもいい?」

「お供致します」


 快く聞いてくれた。私のお願いには基本的に頷いてくれる。とか甘い事考えてていいのか。見誤ったらしっぺ返しが怖い。

 夜の食事は一階で取った。その間中宿屋さんの視線を感じた。何なんだ。何故疑われるのか、心当たりは全くないのだが。




 翌朝、私達はいつも通り一の鐘と共に起床し、早くに宿を出た。宿屋さんには合わなかった。一階は元々おかみさんが仕切ってる様だし、まぁチェックアウトの時に会うかもしれない。

 瑠璃には若干抵抗されたが、道中屋台に寄って、串に刺さった揚げ物やお団子風の何か、よく分からない飲み物を買ってみた。お腹もこわさなかったし、こんな衛生状態の屋台でも私は割と平気だった。

 金銭的には、合計すると宿屋の一食分になってしまった。正直宿屋の食事の方が美味しいし量も多い。まぁ勉強だと思う事にしよう。


 私は通りの向こうの見学をしようと石屋に行きメルイドに案内を頼んだ。


「通りの向こうは私共ではご案内が出来ません」


が、返って来た返事の色は良くなかった。


「詳しくないの?」

「えぇ。あまり向こうには立ち入りませんから」


 平民の中にも階級の様なものが存在するのは分かっていた事だ。鍛冶屋も向こうの服屋には入れないと言っていたではないか。


(ちょっと考えが足りなかったな)


 申し訳ないと思っていると、メルイドが代替案を出してきた。


「知り合いなら紹介出来ますが」

「知り合い?」

「はい。通りの向こうの石屋です」

「石屋同士で交流があるのね。てっきり身分的な隔たりがあるのかと思ってたけど」


 町を歩くのですら遠慮するくらいなのに。


「そうですね、普通は通りの此方側と彼方側では格が違いますからあまり関わりません。ただ私はこの能力が少し知られているので、商業ギルドが定期的に開く会合や研修の……彼方の席にも呼ばれる事がありまして」

(階級だけじゃなくて能力主義も取り入れてる?それとも上手く利用されてる?)


 メルイドを見ていると心配になって来る。

 それにしてもギルドは構成員の教育も行き届いている様だ。明朗会計で社会の役に立ち、社員教育の行き届いた組織。暴利を貪る悪の組織でもなく、荒くれ者の徒党でも、世界の裏を牛耳る秘密組織でもない。


(現実ってこんなもんかしら)


 若干ファンタジーを期待していた私は少し残念にも思う。これでは普通の企業と変わらないではないか。治療費が高いのは少し気になるが、保険制度がないならこんなものだろう。私だって三割負担でなかったら多分殆ど病院なんか行かない。


「なら一緒に行って、その石屋さんに頼んでもらえる?今の今で申し訳ないけど」

「分かりました。ククル、お相手を」

「はい」


 出来れば今直ぐと思ったけれど、メルイドは私達の相手をククルに任せ二階に行ってしまった。準備がある様だ。まぁそれはそうだろう。我儘を言っても仕方がない。瑠璃が不機嫌そうなのを無視して大人しくククルとお茶をしていたら、メルイドは割と直ぐに戻って来た。上等な服に着替えて。


(あぁそっか、あっちで浮かない様にね)

「出て来るよ」

「行ってらっしゃいませ」


 ククルに見送られ石屋を後にする。

 服屋に行く時も思ったけれど、大通りを徒歩で渡る私達は結構目立つ。ここはメルイド風に言うなら格の高い人々が馬車で通り抜ける道であって、歩いて渡る様な場所ではないらしい。メルイドはいつも一人で渡ってる様だけれども。意外と肝が据わったところもあるのだろうか。


「でも役場はあっち側に合ったよね?こっちの人は役場に行くのに態々馬車を使うの?」

「此方には此方の役場がありますので」

(家の格で公的機関まで分けるの?)


 二重行政はいろいろ無駄じゃないかと思うけれど、身分や階級があるなら仕方がない。日本にだって地域に合わせたお店があるのだから、その程度の事なのかもしれない。 

 私達は真っ直ぐ此方の石屋にやって来た。石屋はセンター街に面していたが、同じセンター街でも此方の道幅は広い。店もメルイドの石屋より大分広いし、絨毯が敷いてあって内装も上等。生活レベルが違うのが分かる。


(格か。収入どれくらい違うんだろう)

「お初にお目にかかりますお嬢様、ナフェンジアと申します」


 ナフェンジアと名乗った店主は、どうやらメルイドを会合で世話している人らしい。ククルと同じ黄色の目、黄色のゆるふわな髪のグラマラスな年上の美女だった。ここにククルがいなくて良かったと思う。キャラ被りとかじゃなくて女の闘い的に。子供の発想だろうか。


「申し訳ございませんお嬢様。私はこの後用事がありますのでご一緒出来ませんが、大通り沿いの服屋でしたら町のご案内が出来るかと。いかが致しましょう?」


 どういう風に紹介されたか分からないけれど、断られたところを見ると貴族的な紹介ではなかったのかもしれない。グッジョブだ。


(大通り沿いの服屋?セバス?)


 中継ぎを頼むと、ナフェンジアは快く受けてくれた。そして躊躇うでもなくお店の扉にcloseの札を掛ける。良いのだろうか。潔過ぎて不安になる。


 今日の抱っこ係蘇芳に並んで歩くナフェンジア。私の精神年齢からすると「お姉さん」だが、この姿で呼ぶなら「おばさん」でも間違いではない。勿論呼びはしないが。この落ち着き様から言ってククルより結構年上。ククルは私の精神年齢より少し上そうだから四十代だろうか。

 反対側には瑠璃と、ちょっと後ろにメルイド。道幅があって良かった。三列に並んで歩いても他の人の通行は妨げないだけの余裕がある。


 着いた先はやはりあの服屋だった。ナフェンジアは慣れた様子でドアマンに扉を開けさせ、遠慮の欠片もなく中に入って行く。


「兄さん、いるー?あ、カトレー、兄さんは?」

「お父さんなら奥に…………あ、ようこそいらっしゃいましたお嬢様。仕上がりは明日での予定でございますが」


 服屋のお姉さんが慌てて礼を取る。


「まだ受け取りに来たんじゃないの」

「この方達に町を案内してあげて欲しいんだけど。私はこれからスイと出かける約束してるし。あ、スイ!遅いわもう!!」


 遅れて奥から出て来たのは、私に従業員の制服を小銀貨五枚で譲ってくれた若い方のお姉さんと、支配人の老紳士。確かト…………私の中では既にセバスだからセバスでいい。


「あれ?叔母さんもう来たの?約束までまだ鐘一つ分早いよ」

「良いじゃない!可愛い姪っ子に合うのに時間なんて関係ないわ!!」

「ちょっとやめっ!」


 あの胸で押し潰されてるのは正直女の私でもちょっと憧れる。BLじゃなくても大歓迎。自然と口元が緩む。そしてぺったんこの胸が悲しい。


「お前達何を騒いで…………ようこそお越し下さいましたお嬢様」


 私を見つけたセバスの目がキラッと光る。黒タイツ事件の要注意人物だ。よく分からないが気を付けよう。


「兄さん、この方に町を案内して差し上げて?私今日スイとデートだから」

「ナーフェ、取り敢えず落ち着きなさい。スイ、お前はもう出かけなさい」

「いいの!?じゃぁお姉ちゃんお嬢様の服お願いね!」

「はいはい。もうお父さんも叔母さんもスイには甘いんだから」


 先輩後輩だと思っていた店員さんは姉妹らしい。家族経営の服屋の様だ。


(お母さん見ないけど、聞いちゃいけないかしら)


 人様には人様の事情がある。仲が良い家族とは、きっとこんな感じなのだろう。少し擽ったい。

 丁度二の鐘が鳴っている。商店が開く時間だ。スイが緊張気味に私に礼をして、ナフェンジアと店を出て行った。


「町の案内でございますね。ではこのまま参りましょうか」


 本日二回目のcloseの札を見る。メルイドの店のより数段立派な札だが、ここの人は簡単に店を休みにするが大丈夫だろうか。


(不定休が基本とか?どうやってそれで生活が成り立つか知りたいわ)


 自由な働き方だ、羨ましい。

 お留守番のカトレーは、どうやら今日は私の服作りに専念してくれるらしい。私達はセバスと共に再び町に出た。


 大通りから離れても此方側に細い路地はなく、それなりに馬車が通れる広さの道が整然と通っていた。町並みも綺麗で、ところどころに花なんかも飾られていて、人の笑顔も柔らかい。向こうの人は一生懸命生きている様子だったけれど、ここは生活に余裕を感じる。


(文明の香りは全くしないけどね)


 そしてここも結局は井戸だった。ただ、井戸には水屋ではなく兵士っぽい服の人がいた。今のところ私が唯一就職出来そうな職業が水屋だというのに、このくらいの町の人は井戸の管理を仕事にしないのだろうか。

 今私にはお金を稼ぐ手段がない。宿屋も石屋も鍛冶屋も商い出来そうにない。冒険者にもなれない。まぁ水屋にしたところでもう少し加減を覚えないと仕事には出来ないかもしれないが。


(もう少し他の神法も練習しようかなぁ)


 お金を稼げる様な神法があればいいのだが。

 彼方より良いとは言っても、ここには決して上流階級ではない生活様式が広がっている。メルイドが怯える様な貴族はいない。相当な悪者を貴族と想像しているけれど、金ぴか御殿もそれに準ずる豪邸も見当たらない。


(あるなら後で案内してもらおう)


 屋敷の概観だけでも見ておけば、今後近寄らなければいい。

 此方の服屋の従業員服を頂いていたおかげで、私は町に馴染んでいた。しかしここでもやはり瑠璃や蘇芳はいろいろ上等過ぎて目立っている。


(二人はここでも駄目か。でもこれ以上になると生活の目途が立たないのよね)


 セバスに案内されながら町を見る。二つ目の井戸の前を通る時、兵士について聞いてみた。


「通りの向こうにはあぁいう兵士はいなかったけど、井戸は水屋が管理しているのではないの?」

「あれは冒険者です。普段は水屋の管理ですが、四日ほど前に急に井戸の水が減り初めまして。町の外に出来た湖まで行くのは少し遠いですし、奪い合いを恐れた水屋達がギルドに監視を頼んだのです」

(なんか私のせいで、本当にごめんなさい)


 物事は大抵多方面に根を張っている。私のたった一つの行いで、一体どれくらいの人の生活に影響があったのだろう。

 水屋と言う職業はこの階級にも存在したが、素直に喜べなかった。


「トーコ様、他に見たいところはないですか?」

「そうですわ。もっと行きたいところはございませんの?」


 落ち込んでいただろうか、精霊に励まされた。


「見たいところ……そうだ、貴族の館」

「申し訳ありません、お嬢様。ロドに貴族街はございません。一番近い所はガンゼットですが、お嬢様の御家は……中央都市、でございますよね?」


 セバスが申し訳なさそうにこちらを見る。


「…………うん」


 嘘を吐く。こうやって小さな嘘が積み重なって、私はこの地獄に来たのかもしれない。

 中央都市は、確かギルドと大きな神力計があるかもしれない場所。ガンゼット経由で三週間。


(私って中央都市出身に見えるの?)


 ガンゼットにも貴族街はあるという。中央都市にもあるのだろうが、違いが分からない。それにこれは、私が貴族認定されているという事だろうか。まぁ黒い生地の時点で確定されたのかもしれないが。


(でも私服屋で銀貨で買い物したよね?貴族は金貨を使うんじゃなかったっけ?)


 実際は使用人等が支払うのだろうから、金貨だけという事はあるまい。野菜や主食が一つ何十万円もしたら流石に困るだろう。

 それに、想像の貴族はもっと極悪非道な人達だと思う。搾取を繰り返し、平民に恐れられている。それと一緒にされるのは少し納得がいかない。


「もしこの町に住みたいって言ったら、どうすればいい?」

「こちらにですか?でしたら商業ギルドで不動産屋を紹介してもらえますが、ご契約はご両親が?」

「あー違うの。聞いてみただけよ」

「左様ですか」


 明らかに納得していないが、そこは大人のセバスである。


「ギルドは役場だよね?通りの向こうにも役場があったけど、どう違うの?」

「役割としては同じでございます。役場同士で情報は共有されていますので本来どちらに行っても構わないのですが、やはり皆近くにある方へ赴きます」


 念の為一度自分の目で見ておきたい。町を移ったら生活に直結しそうな案件だ。セバスを信用していない訳では……いや、信用していないから確かめたいのか。


「やっぱり役場に行きたい。あと、この町で一番お金のある家って知ってる?」

「でしたら役場の前の豪商かと思います」

(なら通り掛けに見られるか)


 役場に着くまでにも様々な物を見た。向こう側に比べ、まだ日本の生活水準に近い。屋台の様なごちゃごちゃしたものは一切なく、何処もきちんと通りの店舗の中に納まって、整然と町の形態を維持していた。


 役場の前に建っていたのは、セバスの服屋三軒分くらいある大きな商店だった。ただ、外観は特別煌びやかな訳ではない。町並みと同じで昔のヨーロッパ風の可愛い感じだ。


「日用品店?」

「ここは雑貨屋でございます。お入りになりますか?」

「うん」


 中は整然とした日用品店だった。この階級では雑貨屋と言うらしい。お洒落な百円ショップの様だ。商品は百円、大銅貨で買える様なものではないけれど。総じて向こうよりも品物の値段が高い。この階級で暮らすのは定職がないと無理そうだ。

 序に神力計も見た。確かに物は良い。でも中身は同じ。


(欲しいのはこれじゃないのよねぇ)


 次は役場。ここも値段が違った。税率は同じ。ただ売っている品が良いのでその分高い。塾代も高い。教える内容が違うのだろうか。試験料や治療費は同じだった。


「どうして通りの向こうの役場より高いの?」

「それは神力に合わせてでしょう。神力の器が大きい分、私達は通りの向こうの者より多くの事が出来ますから。勿論お嬢様には及ばないでしょうが」


 素直に聞いてみた私に、セバスが何やら気になる発言をした。


(こっちの人って神力が多いの?どれくらい?それより私が多いって何で……)


 無意識に身体が強張る。蘇芳の肩を掴む手に力が籠る。


「余計な事は口にするな」


 蘇芳がセバスを睨んだ。ここの役場は向こうと違って落ち着いているので静かだ。でも蘇芳が空気を読んでくれたのか、かなり強い口調ではあったけれど放った声は小さかった。


「申し訳ございません」

(瑠璃も表情、止めてその目。いいから、大丈夫だから)


 二人の精霊にやきもきしつつ、私は小声で役場を出る様に皆を促した。


 その後三の鐘が鳴ったのを機に役場の前でセバスと別れ、私達は一旦メルイドの石屋まで戻る事にした。道中、ずっと無言で付いて来ているメルイドに神力に付いて尋ねる。


「ねぇ、こっちの人の神力がどれくらいか知ってる?」

「詳しい数値までは」

「貴方は確か千五百だったよね?皆それより多い?」

「凡そそうでしょう」

「どうして?」

「先程服屋の方が少し仰っていましたが、神力が多いとそれだけ多くの力を使って仕事が出来ます。だから稼ぎが多く生活は豊かになります。逆から見ると、良い生活をしているという事は、それだけ多くの神力があるという事になります」


 神力は全て。生活にも仕事にも、生きて行く上で絶対のもの。


(何だ、そう言う事か。だから貴族かもしれない私はもっと神力が高いと思われたんだ。良かった。何かを見られた訳じゃないみたい。緊張したー)


 私は本当にメンタル弱い。こういう自分は嫌いだ。


「大丈夫です。御家に帰られて、学院に通う様になれば習いますよ」

(そんなつもりじゃかったんだけど。何か今日慰められてばっかりだわ)


 セバス案内のおかげで、私はこの町の生活感を凡そ掴む事が出来た。メルイドがいる方が平民の中でも下級、下流の社会とするなら、セバス達がいるのは中流階級。恐らく平民にももっと上はあるだろう。

 許容範囲内だ。贅沢は言わない。私は平民の中流階級を目指して行こう。そう決断しかけ、私は不図気付いた。


(この夢、いつまで続くんだろう……)


 石屋に戻るとククルに昼食に誘われたけれど、申し訳ないので辞退して宿に戻って食べた。宿屋さんはいなかったので、落ち着いて美味しく頂いた。




 更に翌日、風の日。今日は服と靴が出来上がる日である。

 チェックアウトをしようとカウンターに行くと、一日ぶりに宿屋さんと合った。


「次に泊まる場所はもうお決まりですか?」

「まだ。でもこの町は出るから」

「もしかしてお迎えが来られましたか?」

「そうじゃないけど……」

「そうですか。では宜しければこれを」


 宿屋さんが一枚の便箋を出す。


「これは?」

「ガンゼットの宿への紹介状です。私の知り合いが宿を営んでおりますので、これを見せれば受け入れてくれるでしょう。ここよりランクの高い良い宿です。三人でお泊まりになられても狭くはないでしょう」


 忙しなく動き回っていたおかみさんも手を止めてカウンターにやって来る。


(何、突然。何で親切なの?)

「一番近い町ですし、通られるでしょう?」

「まぁ……ここからガンゼットまでどれくらいかかる?」

「乗合馬車で五日ですね」

「五日?一番近いのよね?その間の食事とかは」


 風呂やトイレはどうすればよいのか。


(そう言えばここの人ってお風呂どうしてるの?それより乗合馬車って安全なの?私達見た目はか弱そうな女三人なんだけど)

「街道にはこことガンゼットを往復する商会の馬車も走っておりますので、途中で御者に頼めば停めてくれます。一日分くらいは何か持っていた方が良いかもしれませんが」

「そう。魔獣とか出ない?」

「魔獣も野盗もこの街道には殆ど出ません。交易の主要な街道は、基本的に役場に雇われた冒険者が巡回しておりますから」

「そうなの」


 意外と整っている。交易があるなら当たり前だろうか。

 それにしても移動販売とは。田舎や離島では現代日本でもあると聞く。実際に見た事はないが、あれと同じものだろうか。

 風呂はこっそり入るしかなさそうだ。まぁ瑠璃の水の神法がある。隠れる場所さえあればそんなに困る事はないかもしれない。


「ではお名前とご年齢を記入致しますので、お伺いしても?」

「…………塔子、十五歳よ」

「十五ですか?」

「ええ。何か?」

「いえ。成人されていたんですね」

(してませんが。いや、精神年齢は大人だけどね?)

「そちらのお二人は?」

「瑠璃と蘇芳は二十歳」


 くらいでいいだろう。


「トーコ様十五歳、ルリ様とスオー様、二十歳ですね」


 宿屋さんが紹介状に書き込んだ。タダで泊まれるとは思わないけれど、関係者割引やウェルカムドリンクが付いたりするのだろう。

 流石にそれ以上の事を聞かれたらどうしようかと思ったけれど、名前なら呼び合っていたし、きっと知られているから答えても大丈夫だと思う。


「お泊まり頂きありがとうございました」


 宿屋さんはおかみさんと入り口まで見送りに来てくれた。次の宿まで紹介してくれるのって普通?

 瑠璃と蘇芳は手紙が気になるのか、それとも私が怪しんでいたからか、暫くじっとそれを見ていたが、結局手紙は蘇芳の袖の中に納まった。


 通りの向こうで靴を受け取って残り半金の支払いを済ませた私は、久々に地面に足を付ける。もう傷も癒えているし快適だ。これからは足の筋力回復の為に頑張って歩こう。精霊二人が残念そうにしているが、気にする必要はない。


 服屋で出来たドレスは、瑠璃には及ばないながらもそれなりにパーティーに出られそうなものだった。予想よりも大分豪華だ。何故だ。

 ホルターネックの、胸の下で切り替えのあるエーラインのピンクのドレス。右前に瑠璃を真似たのか飾りのお花。そこからリボンが垂れている。裾はやはり長い。つま先が見えるかどうかといった長さだ。ちなみにロングのグローブ付き。これは、この町ですら浮くかもしれない。何の為に作ったんだか。


(貴族街を歩く時にでも着ようかな)


 まだ見ぬ貴族街を想像する。

 試着して最終確認をして、引き取ったドレスは丁寧に箱に入れられていた。これから旅に出るというのに、どうやって持ち運ぼう。全く考えていなかった。

 困っていたら、さっと蘇芳が持ってくれた。良く出来た精霊だが、ずっと持たせておく訳にも行かない。後で箱から出して鞄に詰めよう。しわにならないと良いが。


「またいらしてください」


 そう言ってセバスと娘達に見送られたけれど、多分もうここには来ない。何とも言い難くて、私はただ笑っておいた。

 さぁ気持ちを切り替えよう。この町で最後の仕事が待っている。


「ってあれ?蘇芳、ドレスは!?」

「ここですが」


 蘇芳が着物の袖を指す。重さも大きさも全く無視する着物の袖。便利過ぎる。私は半ば呆れつつ、深くは考えない事にした。どうせ私の持ち物ではない。


 私達は大通りを戻って石屋に行った。挨拶は基本だ。

 もし二人が一緒に来てくれたなら、煩わしいの半分、だけどきっと安心するのも半分。精霊契約も今一信じ切れない部分があるし、ククルはお母さん的な感じで実は結構好きなのだ。でも、それは流石に我儘が過ぎる事は解っている。二人にはここでの生活や付き合いがある。私の都合でどうこうする訳にはいかない。

 店の扉を潜ると、メルイドとククルが並んで迎えてくれた。


「あら、靴が出来上がったのですね。良くお似合いです」

「ありがとう。今日は、一旦お別れを言いに来たの」

「町を離れるんですか?」

「知ってたの?」

「風の日まではと仰っていたので」

「あぁ」


 そう言えばそんな事を言った気もする。あの時はただ逃げたくてそう言ったけれど、今は少し違う。


「数日だったけど、ありがとう」

「いえ」

「くれぐれも契約を忘れるな」


 しんみりした空気を蘇芳がぶち壊す。


「トーコ様がいつ立ち寄られても良い様にお前達はこの店を離れない事。召喚があれば直ぐにトーコ様の元まで馳せ参じる事」


 瑠璃が駄目押しする。

 これは口約束。精霊契約じゃない。でも夫妻は神妙な顔で頷いた。ちょっと可哀そうな気もするけれど、でも約束が反故にされる可能性もある訳で、絶対の安心なんて結局何処にもないのだと思い知らされる。


「後はそうね、店のお金と食べ物をトーコ様に差し出しなさい」

「ちょっ、瑠璃!?」


 何を喝上げてくれるんだ。


「一日分の食料は持っておく様にと宿屋でお聞きになられましたでしょう?トーコ様にはお金と食事が必要です。私きちんと学んでおります」


 そんな誇らしげに言われても困る。


「ククル!貴方も素直に用意しないでいいから!!」

「あの、でも……」


 ククルが困って瑠璃を見る。


「……じゃぁ魔石と交換にするから、それでいいでしょ?」

「トーコ様がそれで良いなら」


 渋々といった様子の瑠璃。でも許可は出た。大丈夫だ。


「じゃぁメルイド、大変かもしれないけど時期を見て売ってね。今の神力は?魔石幾つなら浄化出来る?」

「宜しいのですか?」

「いいよ」

「トーコ様のものですのに。持って行けば良いではないですか」

(まだ言うか。本当にもうこの精霊は……)


 私の事を心配してなのか、それともやはり人の事は良く分かっていないのか。


「瑠璃、全て私のなんだったらどう持っていても同じだよ?使い勝手が良いものが必要なだけ手元にあれば私はそれでいいの。それに何かあった時に別の場所で保管出来てたら保険にもなるし、ここで資産を回して運用してもらうのも悪い事ではないと思うよ?」


 投資や資産運用なんてはっきり言って全く分からないが。


「そう言う事ですか。流石ですトーコ様」


 まぁ、そう言う事にしておこう。


「神力は私は千二……!?」


 神力を測っていたメルイドが、短く声をあげて神力計を凝視している。


「メル?」


 除いたククルも目を見開いた。


「どうしたの?」

「あの、それが、神力がおかしいのです」

「どういう事?」


 見せられた神力計は「1500/1500」。これの何処が変なのだろうか。


「ククルは千百二十です。御覧の通り、私も回復途中の筈なんですが」

「全回復してるね。そう言う事もあるの?」

「こんな事は今まで経験した事も聞いた事もありません」

「そうなの?」


 何故だろう。不思議な事もあるものだ。今一不思議かどうか分からないが、睡眠の取り方が良かったとかだろうか。


「これでしたら、魔石五つお受け出来ます」

「それだとギリギリじゃない?他の依頼も来るんでしょ?」

「大丈夫です。こんなに大きな魔石はそうそうありませんから。お気遣いありがとうございます」

「そう?でも無理は駄目よ」


 私は蘇芳に魔石を四つ出してもらって、メルイドから大銀貨十八枚、十八万円を受け取った。

 そう言えば浄化も買い取りの代金もある程度は商業ギルドが決めてるらしい。自由競争が起こり難い気がするけれど、この二人の様な正直者には良い仕組みかも知れない。


「じゃぁ最後に」


 私はお金を自分の鞄に仕舞ってから二人に向き直る。メルイドもククルも姿勢を正した。

 これは私の中のけじめだ。


「貴方達が約束を守ってくれるなら、私も貴方達との約束は守る。メルイドの能力については誰にも話さない。瑠璃も蘇芳もそれで良い?」

「トーコ様がそう仰るなら」

「はい」


 皆が頷いてくれた事に、私は殊の外安堵した。


 それからククルにパンやらチーズやらを包んでもらった。元が何か分からない肉も出そうとしてくれたが、そもそも調理出来ないので断った。

 二人は私達を町の門まで送ってくれた。私は二人に手を振って、教えてもらったガンゼット行きの乗合馬車に乗り込んだ。料金は前払いで一人大銀貨五枚。結構高い。別途食事代もかかる。瑠璃が自分達には必要ないとごねていたが、子供一人という訳に行かないのでどうしようもない。飛んで付いて来たり、小さくなって服の中から喋って来たりは止めて頂きたい。乗合馬車は六人乗りだ。一人で喋っていたら完全にオカシイ子だと思われる。

 折角魔石を買ってもらったのに、手持ちはまた減ってしまった。今手元にあるのは大銀貨十一枚と大銅貨が五枚。十一万五百円。あと蘇芳の袖の中に魔石が九十二個。


 懐が心許なくなりつつ、私達が新たな土地に向けて旅立ったのはエルダーン歴1000120500年、神の季節第四週の風の日。この世界で目覚めて十五日目の事。これが夢でも幻覚でも、現実世界の私はきっともう干からびてる。

 そんな一抹の不安を抱えつつ、私達は馬車で町を離れた。

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