第10節 石屋の前途とこの世の理
ちょっと遅れましたが更新します。
「ならば連れて行けば良いのですよ」
入って来た瑠璃が、満面の笑みでそう言い放つ。
(いやいやいや。やり兼ねないよこの人。人じゃないけど)
濡れたままの夫妻が視界の端に映る。暖かいとは言っても一晩中ずぶ濡れで風邪をひかないだろうか。
ただ私はまだ人に向けて神法を放つのは怖いからどうしようもないのだけれど。
(人って殆ど水だし、数パーセント失われただけで大変な事になるからね。水分補給大事よ)
それよりも今は瑠璃の発言である。
「何言ってるの、無理に決まってるでしょ?それより瑠璃、二人をいつも私にしてくれるみたいに乾かしてくれない?」
「何故です?」
これは本気で理解していない時の顔だ。少しずつ精霊の思考が分かって来た。
「部屋が濡れてるの嫌なの。服が濡れちゃうかもしれないし」
ここはこう言うのが正解だ。彼等の為ではなく、私の為なら動いてくれると最近学習した私。
「……そうですね」
ちょっと間が開いた。まぁ結果が良ければ良い。
瑠璃がいつもの様に彼等の服から起用に水分を抜く。強張った夫妻が手を強く握りあって瑠璃の神法に耐える。そんなに心配しなくても大丈夫だ、多分。
直ぐにそれは終わった。二人の髪や肌は若干しっとりだけれど、どうせこの気候だ。直ぐ乾く。
「私も微調整練習しようかなぁ」
「それは良いお考えです」
「そうなんだけど……まぁ今日は二の鐘から話し合いがあるんだよね?そろそろ支度した方が良くない?」
「はい。では私達は一旦失礼しても宜しいですか?こんな格好ですし」
寝室から連れて来られた二人は寝間着姿。どうやって家まで帰るのだろう。
「トーコ様、これはまだ使い道がございます」
私が頷くのを見て退室しかけた二人がロボットの様に動きを止め、恐る恐る振り返る。
(瑠璃さん?今度は何を言い出すの?)
「話し合いでしたらそれで十分かと。これはこちらに頂きたいのですが」
「頂くって……」
二人が見る間に青ざめて行く。よく見ればククルの両足が水の手に捕まれている。
「何を……させたいの?」
「神力が残っていますので少しでも浄化させようかと」
「とても浄化出来る程は!」
瑠璃の眉がぴくっと動く。視線がククルを捕らえるまで一瞬だった。足首を掴んでいた水が一気に膨れ上がり、ククルの全身を包む。
「瑠璃!!」
「ククル!!」
(ククルさん溺れちゃう!!)
とっさに伸ばした手が、宙に浮く大きな水玉を勢いよく吸収する。手が熱い。瑠璃と力比べをしたら、本当はどちらが勝つのだろう。私が手を出したからか瑠璃は直ぐに引いてくれた。
水から顔を出したククルが激しく咳込む。私は足元まで水を消して、それ以上は怖くて止めた。
残った水が形を失い床に落ちる。倒れ込むククルを慌ててメルイドが支える。結局二人共ずぶ濡れに逆戻りだ。
「何だい騒がしい」
階下でおかみさんの声がした。階段を昇って来る音。私は慌てて扉を閉め水の壁を作った。今度は音が外に洩れない様に。
「瑠璃、彼等は眠らないと神力が足りないでしょ」
水の壁にもたれ掛かり後ろ手に鍵を掛けて、瑠璃ではなく石屋夫妻を見る。ククルの背中を擦るメルイドの、震える小さな背中が哀れに見えた。
「まだ四百あるのでしょう?限界まで浄化させれば良いではないですか」
「死んじゃったらどうするの」
「トーコ様、神力を使い果たしても光には帰りません。意識がなくなるだけです。そのまま寝させれば宜しいかと」
「私は出かけてほしいんだけど」
「ですからそれは片方で」
「瑠璃!」
そろそろ限界だ。もっと早く、もう少し勇気を出しておけばこんなに罪悪感を感じずに済んだのだ。私はそろそろきちんと精霊と話をしなければいけない。
顔を上げ、瑠璃を見据える。視線が交わる。瑠璃が口を閉ざし笑みを消した。
「蘇芳も聞いて。私が一番偉いと言うなら、私の言う事を少しは聞いてほしい。人を無視するのは止めてほしい。話しかけられたらきちんと答えてほしい。もの扱いしないで名前を呼んでほしい。私以外も私と同じ、人なんだよ」
怯えてこちらを見る夫妻が、小さい頃の自分に重なった。暴力を受けた訳じゃない。関心を持たれなくなっただけだ。でも、私を見て欲しかった。名前を呼んで欲しかった。私がこんなに罪悪感を感じるのはきっとそのせいだ。
心臓の音が煩い。血が下がって行く、冷える様な身体の感覚。なのに力は渦巻いて、体内は燃える様に熱い。
恐いけれど、私は勇気を出して二人を見なければならない。視線を外してはいけない。あの時は手を振り払われただけだったけれど、今精霊にそれをされたら私に訪れるのは死のみだ。
長い、長いと思える時間が過ぎる。瑠璃と蘇芳が私の前に膝を付いた。伸びて来た瑠璃の手が、きつく握られていた私の両手を包み込む。溶けた左手を蘇芳が取り、傷ついた右手を瑠璃が引き寄せる。
そして恭しく、二人はそれぞれ私の手の甲にキスをした。
「トーコ様。お気持ちを察する事が出来ず申し訳ありませんでした。お言葉、確かに承りました」
そっと離された手が熱い。顔も火照る。
(何この展開。ジャンルが違う。欲しいのはこっちじゃないんだけど)
私は百合より薔薇が好きだ。
「ではククルを頂きたいのですが」
私はがっくりと項垂れた。でもまぁ、何事も一朝一夕にはいかないものだ。名前を呼んでくれただけでも良しとするべきだろう。
(名前、把握していない訳ではなかったのね)
顔を上げて、皆を見る。
「ククルさんは疲れてるから」
「トーコ様も敬語はいけません。御自分の尊さを自覚なさって頂かなくては。同じ人種というなら認めましょう。でもやはりトーコ様がメルイドやククルと同じではないのですから」
「…………」
さらっといつもの柔らかい表情を覗かせた瑠璃に釘を刺された。
(私は神でも仏でもないんだけどね)
前から思っていたけれど、この二人(特に瑠璃は)雇用主を崇め過ぎではないだろうか。私は別に偉くない。瑠璃が勝手にそう言っているだけだ。
「どうしても駄目?」
「駄目です。仕様のない方ですね。ちょっとお前達出て来なさい」
(出て来なさいって誰を……)
目を見開いたのは私だけではなかった。恐れる事を忘れてしまったかの様に、夫妻もぽかんと口を開けている。
それは彼等の心臓の辺りから現れた。手乗りサイズの、小さな生き物。黄色に光る妖精が。
「見て下さいませトーコ様。私が力を貸さなければ器から出る事も出来ず、それでも尚この様にか細い姿しか保てない、この矮小な存在を」
「これって二人の精霊?」
「そうです。私達と比べてどうですか」
「儚い、ね……」
触れたら壊れてしまいそうな、小さく淡い精霊。
「お解り頂けますか?彼等とトーコ様ではこれだけ違うのです。メルイドもククルもその他の人種も全て、そしてその恩恵に与る我々も、貴方を尊ぶのは当たり前です」
確かにこの精霊達と瑠璃や蘇芳では明らかに違う。比べるなんて馬鹿げていると誰もが理解出来る程に。
「確かに神力は多いのかもしれないけど……でもそれは偉いとか敬うとかとは違うと思う」
「違いませんよトーコ様。このエルダーンでは器が全て。大気に満ちる神力を制するものは、神にも代わりうる無上の存在。それがこの世界の理です」
反論したいと思うのに、上手い言葉が見つからない。瑠璃は知識の精霊だ。だからこれは本当の事かもしれない。言いくるめられている気がしないでもないけれど。
「ねぇ、精霊出てるけど、平気?」
「問題ありません。神法が使えなくなるだけですわ」
石屋夫妻に声を掛けたけれど、中々返事が返ってこないので瑠璃がそう答えた。
(今さらっと怖い事言ったよ?この世界で神法使えない人何ていないんじゃなかったっけ?それでなくても浄化出来るのが今の彼等の命綱なのに!)
「大丈夫じゃないじゃん」
「大丈夫ですわ。精霊は主の力の分しか離れる事が出来ませんし、戻ればまた使えます。まぁ」
瑠璃が近くにいたメルイドの精霊を鷲掴みする。
(潰れる!!潰れるからっ!!)
掴まれた精霊が瑠璃の手の中で暴れている。瑠璃はそのまま精霊をメルイドから引き離す。
「私達が無理矢理剥がす事は出来ますわね。力の繋がりが切れればメルイドとククルは光に還るでしょう」
「早く戻して!」
(コントじゃ済まないでしょ!!)
瑠璃は心得ているとばかり落ち着き払って、精霊を握ったままメルイドの胸に手を突っ込んだ。
(ぎゃぁぁぁ!!手が!!手が!!!入ってる!!!!)
「トーコ様は流石に器には触れられませんから、精霊は力で呼び出して下さいませね」
(力づくで!?いらんわそんな情報!!人体に手入れたままそんなさわやかに微笑まないで!!)
瑠璃が手を引き抜く。固まっていたメルイドが、さっきまで瑠璃の手が入っていた自分の胸を見つめた。
心配そうに寄り添うククルを見て、私は慌ててククルの精霊に声を掛ける。
「貴方も早く器にお帰り」
妖精も焦った様に私を一瞬見て直ぐククルの元へ飛んで行き、溶ける様に消えた。
「大丈夫?違和感とかない?」
私は今度こそ二人に答えてほしくて声を掛ける。二人はお互いに視線を交わして、何かを確かめる様に頷いた。
「大丈夫です。今は神力を感じ取れます」
「さっきは、分からなくなってた?」
「はい」
「神力計、今幾つ?」
「400/1200です。変わりありません」
ククルがロケットを開いて見せてくれる。良かった。何ともない様だ。
「取り敢えず皆で一度石屋に行きたい。ここ狭いし、貴方達も着替えなきゃ。後の事はそこで話しましょう。いい?」
皆が一斉に頷く。
「あ、でも、二人はどうしようか。流石にその格好で外に出るのは」
「あの、宿屋に外套を借りてきますので」
「そう?じゃぁ瑠璃、もう一回乾かして」
「……はい」
この期に及んで渋る瑠璃。まぁすぐに乾かしてくれたけれど。
「じゃぁメルイド、外套を借りて来て」
「は、はいっ!」
私が水の壁を消すとメルイドは慌てて部屋を出て行き、割と直ぐに戻って来た。
既に自分は寝間着の上にローブを羽織っている。靴も履いている。手にした一式をククルに渡すと、ククルも素早くそれを身に付けた。
「じゃぁ行こう」
瑠璃にさっと抱き上げられる。自然と首に回す様に手を伸ばしてしまった。抱っこに何の疑問も抱かなくなって来た私も、何かいろいろ感化されているのかもしれない。
石屋に行くと、人だかりが出来ちょっとした騒ぎになっていた。
「どうしたん…………蘇芳」
「はい」
石屋の前の石畳が盛大に破壊され、土が盛り上がっていた。くっ付く様に立っている両隣の建物との間にはきっちり土が詰まっていて、一階の小さな窓を塞いでいる。これは明らかに蘇芳の仕業だろう。昨日二人を連れて来る時に何かしたのは明白だ。
ご近所さんだろうか、夫妻が帰って来た事に気付いた住民が苦情を訴え、二人が何度も頭を下げている。しかし私達に気が付いて、二人が片付けると言った事もあり皆直ぐに家へ帰って行った。
「蘇芳、誰も見てない時に、不自然に思われない様に綺麗に元に戻せるよね?」
「…………はい」
(無理なの?……嫌なのか。でもはいって言ったし良いよね?怒ってはないみたいだし。でも何その拗ねた様な顔は。怒ってんの?もうどっちなのよ、心臓に悪いなぁ)
石屋は開いていた。昨日蘇芳が閉めなかったせいだろう。中に入って扉を閉める。荒らされてる形跡がなくて良かった。
私はそのまま前に来た時に座った応接用のソファーに下ろしてもらった。
「二人は着替えて来てね」
「「はい」」
二階に上がって行く夫妻を見送って、瑠璃と蘇芳に向かいに座ってもらう。
「昨日の夜私が寝てから何をしてたか、正直に話してくれる?」
「私はメルイドとククルをトーコ様の元へ連れて行きました」
「あの土は何?」
「騒いだので家ごと土で覆って、音が伝わるのを防いでおりました」
(騒ぎになるのを懸念した?精霊が?だったら土も消して帰りなさいよ)
そう思ったけれど、口には出さない。怒らせたくはないのだ。
「音を聞かれて貴方が困る事って何?」
「トーコ様の眠りを妨げぬ様にと瑠璃が申しましたので」
(こいつか。知識の精霊じゃなくて、知恵とか知略とか、もっと絶対腹黒い方だよ瑠璃って。蘇芳まで瑠璃を真似してかいつの間にか敬語で喋り出してるし。そこ感化されなくても良いんだけど)
敬語で喋られると勘違いしそうになる。本当に自分が偉くなったのかと。でもそうではない。私が人として何かを成して、尊敬される訳ではないのだ。それをしっかり覚えておかないと、いつか足元を掬われる気がして怖い。
「で?空を飛んで二人を連れて来たの?その後は?」
「その後は、瑠璃が事情を聴くのを見ておりました」
「蘇芳!それでは私が全部悪いみたいではないですか。私は二人共連れて来いとは一言も言ってませんからね!」
「でもメルイドを連れて来る様には言ったんだ?」
「それはそうですけど」
「何で蘇芳はククルも連れて来たの?」
「浄化させようと思いまして」
そう言えばそう言う話だった。
「蘇芳は人の属性が分かるの?」
「二人の精霊を呼び出しましたので。それを見れば分かります」
という事は、外見を見ただけでは人の属性は分からない訳だ。それにしても精霊とはそんなに気軽に呼び出す様なものなのか。もっとこう、重大な何かではないのだろうか。
「じゃぁ瑠璃、貴方は何をしてたの?」
「私は井戸を見に行っておりました。この町の井戸はどれも小さくて、トーコ様が御創りになった湖一つあれば町中の井戸を余裕で満たせる程度のものでしかありませんでしたわ。あれ一つ満たせないなんて、本当に今の人種とは小さな器しか持ち合わせていないのですね」
(またそういう言い方を)
不図気配を感じて奥を見ると、石屋夫妻がこちらを凝視していた。
(今の聞かれた!!?何処から!?)
「あら、聞かれてしまいましたわ。こちらの秘密をこうも次々と。これはもう放置しては置けませんわねトーコ様」
(あんた今の確信犯でしょ!!まさか最初からこうなる事を見越してた!?)
夫妻が焦って此方に駆けて来て、二人で勢い良く床におでこを付ける。いや、もう土下座は結構なのだが。
「神様!絶対に人には話しません!湖の事もお二人が精霊である事も。浄化も協力させて頂きます。店のお金も差し上げますからどうか」
「神様じゃないから、流石にそれは止めて」
ここはきっちり否定をしておかないと、私の地位が鰻上りだ。まぁこれだけやらかしたら瑠璃と蘇芳が人ではない事に気付いて当然かもしれない。
「あら、丁度良い財産が出来ましたわね」
(貴方が言う財産って何処まで入ってるの!!)
瑠璃の笑顔が黒い。
助け船なのか何なのか、二の鐘が鳴った。
「役場に行かないといけないんじゃなかったっけ!?」
「そうでしたわね。トーコ様も行かれますか?」
「そう、だね…………」
今メルイドだけ一人にするのは心配だ。この人は喋るなと言っても前科がある。これ以上人に余計な事を知られたくはない。出る杭になって打たれるのはごめんだ。
「私も一緒に行く。蘇芳はお留守番ね。ククルとここにいて」
「そんな!瑠璃だけ狡いです!」
「土の片付けがあるでしょ」
「直ぐ終わります!」
「不自然に思われない様に片付けてね?ククルはお店を開けるなら開けてもいいし、店の中なら自由にしてもいいから。疲れてるなら寝ててもいいし。仕事があるなら蘇芳は手伝ってあげてね」
「はい」
「……………………………………はい」
(子供か)
蘇芳の眉間にしわが寄っている。私は蘇芳がこんなにも感情を表に出す事があるのだと知る。表情がそこまで変わる訳ではないが、瑠璃と違って分かり易い精霊だ。
「じゃぁ私達は急いで役場に行きましょう。分かってるとは思うけどメルイド、私達の事は喋らないでね」
一応釘を刺しておかないと。
「はい」
「もし今度約束を破れば、ククルがどうなるか分かるわよね」
瑠璃の笑顔にメルイドが硬直する。
「しょっ、承知しております!」
(私はそういうつもりで言ったんじゃないよ!?)
金縛りにあった様なメルイドを無理に動かして、私達は役場に向かった。手と足が一緒に出ている。大丈夫だろうか。
役場に着くと、昨日の部屋にはインテリ眼鏡様と宿屋さんと鍛冶屋さんがいた。
(水屋のおばあさんはお休みかな)
「態々お越し頂いて恐縮です」
インテリ眼鏡様の号令で三人は一斉に立ち上がり、深々と礼を取る。今朝ローブを借りに行ったから時間的に遅れる事が分かっていたのか、遅刻を責められはしなかった。いや、貴族を糾弾したりはしないのか。
私達が着席するのを待って、皆座った。
「本題に入らせて頂く前に、石屋さん。水屋さんが来ませんが知りませんか?」
「水屋さんが?さぁ私は会っていませんが」
「そうですか」
皆休みの理由を知らないらしい。どうしたのだろう。就職活動等だったら申し訳ない。
「では本題に入りましょう。宿屋さん、どうぞ」
本日の話し合いが始まった。
「まず本日の最初の議題ですが、調査団についてです。番人は全て光に還ったという事ですし、冒険者ギルドへの依頼は必要ないかもしれません。正直貴族様達のお陰で助かりました。通りの向こうの奴等は金を出し渋りますから」
自分達で工面するのかと思っていたが違う様だ。まぁ町を見たら余裕がないのは解る。通りの向こうの裕福な人達に借りに行くつもりだったのだろう。鍛冶屋さんはともかく、宿屋さんならそれも可能な気がする。
「念のため、番人が残っていないかだけ調査に行こうと思いますが、これは早い方がいい。今日から役場と宿屋で募集をかけようと思います。少数が集まり次第調査を行います」
「意義のある方は?」
インテリ眼鏡様が決を採る。昨日のグダグダな会議とは打って変わって、整然と進行する。いつもはこうなのかもしれない。反対意見は出ない様だ。
「では次の議題です。湖についてですが、水屋を集めて井戸と湖の範囲や水質を調査し、その対策会議を行おうと思います。本日は水屋代表が居りませんので、これはまた後程詰めるという事で」
「意義のある方は?」
反対意見が出ないというより、これは報告会ではないだろうか。
「貴族様、僭越ながら、この件にご助力頂く事は叶いませんでしょうか」
ぼんやり聞いていたら、急に話しかけられた。
「従者様は水属性とお見受けします。調査にご協力頂く訳には」
「嫌です」
瑠璃が返事をしたので、事情を知らない三人が驚いた顔をした。
(その自由な性格、本当に羨ましいわ)
宿屋さんには凄く残念そうにされたけれど、ここは瑠璃に乗っておく事にする。まさか湖を作った本人だとは思われていないだろうが、悪い事しか起きない気がするので。
「そうですか。出過ぎた事を申しました。では次の議題ですが、アサギ村の確認に誰が行くかです」
「アサギ村?」
何処かで聞いた気がする。何処だっただろうか。
「アサギ村はここから一番近くにある荒野の村です。これまで魔獣被害があって足が遠のいていたのですが、それもいなくなったとの事ですし、湖や井戸の様子も気になります。あそこは土地が低く貧しい村ですからどうしているかと」
「荒野の村って他にもあるの?」
「ございます」
ではあの村とは限らない。しかし嫌な事を思い出してしまった。
(意外としっかりした相互扶助の関係があるのね)
これは注意しないと、近くの町にも情報が伝わる可能性があるという事だ。魔石の換金もまだ終わっていない。油断出来ない。
「続けて」
「はい。私は石屋が良いと思うがどうだろう」
「私、ですか」
石屋さんの声が震えた。
「あぁ、調査の奴等と一緒に村まで行ってもらえばいい。序に食料や物資を運んでもらいたい。商業権はお前しか持っていないしな」
「私は……」
焦ったメルイドが私達を見る。
(メルイドを一人で行かせる?)
それは不安だ。だがもしあの村がアサギ村でなかったとしても、私はもう荒野に戻るつもりはない。
(どうしよう。私が反対するのは変だよね?でも……)
「それは駄目ですわ。メルイドもククルも、もうトーコ様のものですもの。野放しには出来ません」
私が折角考えているのに、瑠璃がスパっと切り捨てた。
(瑠璃ぃ。貴方ちょっと黙っ……いや、良いかも?)
「それは、どういう事ですか?」
流されかけていたら、鍛冶屋さんが声をあげた。殺気を放っているのは気のせいだろうか。
「どうと言われても、トーコ様の役に立つ様なので」
「瑠璃、そこまで」
それ以上は流石に余計だ。一気に場の雰囲気が悪くなっている。
「やはりそういう事か」
(宿屋さん!?どういう事!?)
「メル、本当か?」
メル、と声を掛けたのは鍛冶屋さんだ。やはりこの二人は何かある。
「…………はい」
(でもいつのまにそんな事になったの?)
「このお方に…………着いて、行こうと思います」
「何言い出すんだ急に!!」
鍛冶屋さんが怒鳴る。
(本当に何を言い出すのかな!?)
「義兄さん、もう決めたんです」
(兄!誰が誰の!)
鍛冶屋さんはメルイドの兄らしい。衝撃の事実。
「店は……ククルはどうするんだ」
「一緒に行くと。店は、すみません。折角用意して頂いたのに」
(マジですか。禁断の兄弟あ……いやいや、今それどころじゃないわ)
そうだ、にやけている場合ではない。
(着いて来るの?本当に??お店辞めて二人で!?)
瑠璃が満足そうに頷いている。
「こちら側の石屋がいなくなるとなると、光属性の者を雇わないと都合が悪いな」
「そんな話してんじゃねぇ!!」
場の空気を読まないインテリ眼鏡様に鍛冶屋さんが怒鳴る。
「まぁそれはまた後で話せ。今は話し合いが先だ。アサギ村の件は一旦保留だな。最後の議題に移らせて頂きますが、宜しいでしょうか」
「いいわ」
どうぞ好きにしてほしい。別に私に許可を求める必要はない。
「では、最後に貴族様、どうか我々に魔石を保存する術をご教授頂けませんでしょうか」
「はい?」
「魔石は人に害を与えます。小さな魔石でも一日傍に置けば具合が悪くなるでしょう。あまり長く持つと魔獣化してしまう」
魔獣化。人が魔獣に変わって、恐らくそれは人を襲うのだ。
「なのに貴方様のご従者は、大量の魔石を所持して平然としておられた。本日はお越し頂けませんでしたが……石屋、体調が悪い訳ではあるまい?何処にいらっしゃるんだ?」
「…………石屋におられます」
石屋さんが真っ青になって蚊の鳴く様な声で答える。メルイドはククルと違って結構小心者だ。凄く親近感が湧く。
(と言うか、一日でアウトとか、魔石ってそんなに危険なんだ?)
確かに触るなと言われたけれど、そこまでとは思っていなかった。
「どんなに命を懸けて魔獣を倒したところで、浄化する金や術がない者は精霊の贈り物を拾う事が出来ません。目途が付いた時にはもう魔石は誰かに拾われていて、二度とそれは手に入らない。もし魔石を保存出来れば、我々の生活は良くなるのです!底辺である私共の為にどうか、保存方法を教えて頂けないでしょうか!」
宿屋さんとインテリ眼鏡様が頭を下げた。鍛冶屋さんはさっきの話にまだ納得がいっていないのか、私達をじっと睨んでいる。
(でも底辺は言い過ぎ。あの村の方が貧しそうだったし、路地を入れば破れた服を着た人達もいるんでしょ?)
それにこれは答えられる質問ではない。メルイド達にはバレてしまったけれど、これ以上周りに広める気はない。
「少しは自分達で考えなさい。トーコ様がいくら慈悲深くとも、何でもお与え下さるとは思わない事ね」
どうやら瑠璃も同じ考えでいてくれる様だが、その声は低い。これは良くない。
「瑠璃!帰ろう」
「そうですわね。メルイド、お前も来なさい」
「はい」
瑠璃が私を抱えて席を立つ。最後の議題だと宿屋さんは言っていたので、そろそろ会議も終わりだろう。
「あの、失礼ですがその髪飾りは何処で?昨日はお使いでなかった様ですが」
メルイドが先に立ち瑠璃の為に扉を開けた時、宿屋さんが私達を呼び止めた。
「お前には関係ないわ」
「……そうですか」
どうやら瑠璃に声を掛けた様だ。
(何?髪飾り?良く気付いたな宿屋さん。今まで瑠璃が髪飾りしてる事すら気付かなかったわ。アクセサリーも持ってるんだ?蘇芳の袖にでも入れてたのかな)
身だしなみに気を使うとは、精霊も人も似たところがあるのかもしれない。
役場を出た私達は、まず一番近くの井戸へ寄った。そこは水屋のおばあさんが管理している井戸らしかった。職を失って光に還るかもしれない水屋。
井戸は瑠璃の言う通り小さかった。ここの水屋達は、これをいっぱいに出来ないという。
(神力の大きさが全て……)
瑠璃の言葉が、私の中で重みを増した。