9.おしゃべり
ぐるぐると巡り巡る「もやもや」はなかなか晴れない。…どうにかしたいのに、私にはどうにも出来ない。問題の大きさに、太刀打ちできるのだろうか。考えようとする頭が硬直する。…なにか出来ることが浮かばない。
先程からずっとだんまりを通していた。レーズンに気を遣わせる訳にもいかないと、やっと目の前にいる彼女に意識を向けることが出来た。
レーズンは私を心配そうに見つめていた。余計に胸の奥が締め付けられる。
「ごめん、レーズン。この世界のぽっと出の私がどうにかできないか考えても、仕方ない…よね」
「まあ、そうだね」
「…うん」
「でも、ありがとう。ボク達の為に怒る人間なんてあんまりいなかったから。…だからこそミヤコが選ばれたのかもしれないね」
「……えーと、勇者の話?」
「そうそう、神様方に選ばれた人間が極悪人だったなんて聞いたことないからね」
レーズンはベッドの上でゆらゆら足を揺らしていたが、足を抱えて、窓の方を向いた。空は星が散りばめられている。下の方からオレンジがかった灯りに森が照らされている。まだ村の市場が賑わっているのだろう。
神様、か。どうして私を呼んだのか、もうちょっと災厄のヒントがないか〜なんて、直接聞いてみたいものだ。夢の中でもいいから会えないものか。
「…そういや、神殿は酒場のある村より先に行った方がいいんだっけ?」
「うん、行けるようだったら、だけど。ミヤコの荷物もちょっとは減ると思うし」
いろいろお供えすると言っていたような。フルーツかな?……それとも、お金?
リュックの中に何が入っているのか、気後れして確認していなかった。ほぼレーズンの荷物だしね!そのまま私の部屋に置いているけれど、中身を見てみたい。
「いろいろ奉納するからだっけか。…何が入ってるかリュックの中って見てもいい?」
「いいけど、中の物を適当に扱わないでよ。……最悪の場合」
「やめて」
「冗談だよー」
「爆弾も入ってるじゃん?冗談に聞こえないよね!!」
レーズンがとてもいい笑顔を見せる中、控えめなノック音が聞こえた気がした。ドアの方へ顔を向けた後、レーズンと顔を合わせ、ドアの方へ向かう。
「どうかした?だあれ?」
「レーズンさん、イザベルです。今大丈夫ですか?」
「どうぞどうぞ、ミヤコもいるよ」
「ミヤコさんも?」
扉を開けると、私と同じような寝間着のイザベルちゃん。よく見たら普段着で見えなかった短いチェーンの指輪のネックレスを首にかけている。お洒落さん。
イザベルちゃんは長い耳を垂れさせていた。もしかして、レーズンを心配して見に来たのだろうかと勝手に捉えてしまう。
先ほどからいい笑顔のレーズンを見て彼女は強張った肩の力を抜いたみたいに、安心した様子で息をついた。ほらほら、やっぱり。
「イザベルも心配してくれたの?」
レーズンがじっとイザベルちゃんを見つめる。か細い声で「はい」と告げると頭を下げるイザベルちゃん。
「…ということは、ミヤコさんもレーズンさんの様子を見に?」
「そういうこと。レーズンってば、ちょっと考え事してたみたい」
「照れくさいけど、ありがとね、イザベル」
そんな、私何もしてませんよお…と慌てるイザベルちゃん。レーズンは彼女も部屋に招き、先ほどの会話に加わらせた。次の行き先は神殿、その後酒場のある村に寄りたい旨も伝えた。イザベルちゃんが仲間になったし、酒場はチラ見程度でいいかも。
イザベルちゃんはレーズンの隣でベッドに座っている。
「神殿、ですか…」
肩を縮こませ、視線を落とすイザベルちゃん。
「奉納はすぐ終わると思うから、外で待っててもいいと思う」
「そうだね、寄るのが難しそうなら、レーズンがお供えしている間、私と外で待とうか?」
「っ!いえ、大丈夫です。すみませんお二人とも、お気を遣っていただいて…」
「そんなー、お互い様だよ」
妖精族とエルフ族だと、宗派の違いがあるのかもなあ、なんて軽く考えていた。
そんな中、レーズンがさっきからずっとイザベルちゃんのネックレスを見ているのに気づいた。その視線は熱心なもの。私もよく見てみると、指輪には小さな赤色の宝石が埋め込まれているのと、指輪の内側にこの世界の言語らしき解読不可能なものがびっしり刻まれている…。
「あ、あの…、二人とも?」
気が付くと、イザベルちゃんの方へ身を乗り出して指輪をまじまじと見ている怪しい二人組がいた。