3.いざ戦闘
屋台料理を食べまわったり、呪いの雑貨を厳選したりして、妖精の村を満喫した私達。財布はすっからかん。だが、腹の具合も装備も整った。
村のベンチに腰掛けた私達は、再度地図を広げた。これから先どこへ向かうべきか、起こるべく災厄(魔王?)に立ち向かう為にどうすればいいのか話し合う。
「…えーと、とりあえず村の近くで魔物を倒して経験をつむ…に異論はないよね」
「うん、いいんじゃない?ここら辺のモンスターは雑魚だから、返り討ちにあうことはないと思うけど」
「そう?…でも油断できないなあ。…その後は、地図をみるに、エルフの里は行けないから…、近場の村に行こう」
そこで再び食料や装備を補給した後、魔物狩りに勤しむ。いつ終了するか分からない時間制限のある勇者大変。
「そういえば」レーズンが思い出したように声をあげた。
「ここから西の村に、酒場があるって聞いたよ。そこで仲間でも募ったら?」
「酒場…。私でも、入れるの?」
「別にいいんじゃないの?特に規制はしてないだろうし」
「この世界、ゆるいなぁ…」
さすがファンタジーである。自由。
しかし仲間か、出来れば回復役の人が欲しいかも…。安全に旅を進められそうだ。それか、バリバリ前衛の人。一緒に戦ってくれる人がいるだけで心強い。
レーズンが言うに、魔王城に近づくにしたがって魔物も強くなっていくらしい。…とりあえず最終地点は魔王城のあたり。そこで時間の許す限り、勇者として成長する。今の私はRPGでいうレベル1にすぎない。
「じゃあ、旅のおおまかな内容は決定したって事で、ボクの要望も言っていい?」
「お、うん」
ぴょこっと手をあげるレーズン。彼女が地味にボクっ子だという事が判明した。快活なレーズンに似合っている一人称だなあ。
レーズンは目を細め、嬉しそうに語り始める。
「まずは、神殿でお参りしたいと思います!」
「神殿…ってこの建物か。どういう所なの?」
「いい質問!ここは神様が住んでおられる神聖な場所なんだよ」
神社とかお寺みたいな所か。割と宗教がさかんなんだな。ファンタジーなだけに。この人が私を勝手に呼びだした神様なのだろうか。
「商業、お金を司る神様に、日頃の感謝の気持ちをこめて、色々奉納しに行きたいんだ」
「……色々って」
「あとは王都サクラギの観光と勉強がしたいです!」
私の発言を遮るように次の案を言ったな。
王都サクラギ…。この、桜が城塞からはみ出している所か。名前の通りなら、本当に桜が咲いているかもしれない。ここより賑やかな、城下町を想像する。石畳の町らしい。
「そういえば商売の勉強がしたいって言ってたっけ」
「うん!商店を見てまわって、妖精村の今後の参考にしたいんだ」
「…あの商品のラインナップを見るに、大丈夫だと思うけど」
遠い目をしだした私に「念には念を、だよ!」と言う、生き生きとした様子のレーズン。なんだか眩しく見える。彼女達妖精はものすごく頑張り屋さんなのだな。
「商品のストックも持っていくから、そこで売り込みたいし」
「だから色々貰ってまわってたのね…。しかも、それを私に持たせたのね…」
「か弱いボクの為に、重いものを持ってくれるミヤコは素敵だよ?」
「はは…」
私の隣に置いてある登山用リュック。中身パンパン。1.3倍!1.3倍!大丈夫ちょっとだけだから!とレーズン押しに押され、この様である。奉納用の食料も入っていたのか。あきらかに「ちょっと」ではない。とてもいい顔で私に微笑んでくるものだから、いい気になってほいほい受け入れてしまった…。この有様である。
でも、1.3倍の恩恵のおかげで、割と荷物が軽く感じるから怒る気にはならなかった。
「ボクから話す事は終わったけど、ミヤコはまだなんかある?」
「うんと…」
ふと、旅の予定を聞いて思いついた事といえば、レーズンとはその都市サクラギで別れる事になるのか、という疑問。魔王城まで付いてきてくれて、レベル上げを手伝ってくれる~なんてことは、危険だし、無いだろうな。打ち解けたばかりで、よおし旅を始めるぞ!という時に、別れの時を意識するのはなんだか切ないが、仕方ないか。
「じゃあサクラギに着いたら別行動って感じかな」
「うん、そうだよ。それまでよろしくね、ミヤコ!」
「よろしくね」
心細くなるなあ。…次の目的地で仲間を募れば、多少は心強くなるだろうか。
**
おかえりはこちらから、と書かれた看板。木々が絡みついて出来た門をくぐる。道が整えられた森の道が広がっている。その道の途中には…。
青々としたゲルがうようよいる。……あれが、モンスター。思わず身を抱きしめた。
「これを倒すとお金、そして勇者としての経験値…」
「そだね。…大丈夫だよ!そんなに顔を強張らせなくたって、あいつら弱いし、やられる人なんていないよ~」
…確かに、見れば見るほど緊張感のない、間抜けな顔をしている。それが割と可愛い。これを倒すのは躊躇われるなぁ…。
「でもお金の為なら仕方ないよね!」
「おーい、勇者抜けてるよー」
腰に提げた剣を抜く。仕方ない仕方ないと自分を納得させ、割と可愛いモンスターに切っ先を向ける。だが、モンスターは無反応。戸惑うが、えい、と腕を振り上げ、切りつける。
なんともいえぬ感触が剣越しに伝わる。そして名も言えぬモンスターは、ぶちゃ!という音と共に裂けて、はじけて、地に溶けた。少量の銅貨が転がっている。
…やってしまった。私は罪を犯してしまった。その場に崩れ落ちる。
「最初は皆こんなもんだよ」
レーズンが私の肩に手を添えた。…固く頷きながらも、そっと銅貨を麻袋にいれる。…白い目を向けられている気がする。
立ち上がり、膝についた土を払うと、そんな目を向けてくるレーズンに口を尖らせ、言い訳をしてみた。
「お金、大事」
「まあ、うん…そうだけど。結構がめついんだね」
「うぐ…」
ド直球の言葉に打たれる。そ、その通りです。ふふ、と笑われるも、返す言葉がございません。
「つ、次いこうか」
気を取り直して次のゲル退治にかかろうとした際、耳をつんざくような女性の悲鳴が近くから聞こえた。顔を見合わせる私たち。
「こっちからだったね」
「…えぇ!?行くの?」
「…と、とりあえず」
レーズンの引き止める声に、はっと我に返る。もしかして凄まじいモンスターが現れた。襲われ、女性が重傷…とかだったら、どうしよう。恐ろしい光景が頭に浮かび、足が止まりかけた。近くにいる私が何もせずに帰っていいのだろうか。……いや、よくない。
私は道を外れた木々の茂みへ飛び込んだ。レーズンの羽ばたきの音も遅れて背後から聞こえた。
「ろくでもない事にまきこまれるんじゃ…」
「そんなことより、まずは人を見つけないと!」
レーズンの言っている事はもっともだった。だが、悲鳴を聞いておいて、放っておける勇気を持ち合わせていなかった。声をひそめながら私達は木々を駆け抜ける。女性の悲鳴はまだ続く。
足を止めたのは、悲鳴の持ち主の姿が現れた時だった。
金髪の、耳の長い女性が涙目でのろのろと走っていた。彼女の後方ではあの青いゲル達が彼女を追いかけるように跳ねていた。おもわず顔をしかめた。アレ、一撃で倒せた筈だが。
一旦は首を傾げてしまったが、彼女が所々に怪我を負っているのに、再び緊張感を持つ。攻撃を受けると、怪我を負うくらいに強いのかもしれない。そんなゲルに大量でこられるとは大変なことだ。
私は彼女を庇うようにに飛び出した。「ふえ?」と驚く涙目の女性。
「逃げて!」
「で、でもぉ…!」
ゲルが私に向かって一匹突進してくる。やられる!反射的に盾を顔の前に構えた。
胴に強い衝撃が…!…こない!おそるおそる盾を顔からどけるとそこにはファンシーな図が広がっていた。
ゲル達が一生懸命私に向かって当たりにきている。だが感触はやわっこいもの。…え?と私は背後にいるであろう女性に目を向ける。
女性は顔を赤くして、口を手で覆って、なぜかきらきらした目をこちらに向けている。
とりあえず私は良心の呵責に苦しみながら、剣でゲルをばっさばっさと斬っていく。全部斬り終わって、銅貨を拾い終えた時、改めてエルフ…?の女性に話を聞くことにした。さっきからぽうっと私を見つめている。
「あの…大丈夫、ですか」
「……は、はいっ!!大丈夫です!剣士様…」
「剣士様、ね」
先程から苦い顔をしていたレーズンがかすれた声で恥ずかしい名称を繰り返す。レーズンめ。彼女を睨んだ後、エルフの女性に再び向きなおす。
「あの、どうしてスラ…あのモンスターに追われたんですか?」
「…あ、えっと…。弓でモンスターを狩ろうと思ってたんですが、…全然あたらなくって。矢が他のモンスターの所にばかりいってしまい、大勢のモンスターに追われちゃって……。すみません」
「えーっと、じゃあその傷って…」
「逃げる途中で、転んでしまって…」
愕然とする程、弱いってことなの?この女性。でも弓術は難しいから仕方ないのかもしれない。慰めるべきか、彼女にとる対応に困っていると、レーズンが冷ややかな目でエルフの女性を見つめている。
「…あのさぁ、本当にキミってエルフなの?」
レーズンの言葉に、エルフの女性は辛そうに目線を下に向けた。どういうこと?首を傾げる。
「エルフ族にしては、へっぽこすぎるよ。彼女達一族は弓術や魔術のエリート揃いだって聞いたけど。もしかしてエルフを騙って何か企んでいるの?」
「…ううっ」
「な、何泣いてるのさ!」
「レーズン、きつく言いすぎじゃないの」
「だ、だって…」
「ごめんね、えっと…」
エルフの女の子は涙を堪えきれず、泣き出した。私は慌ててハンカチを取り出す。持ってて良かったハンカチーフ。彼女の濡れた頬にそっとハンカチをあてた。
驚いて目を見開くエルフさんは、すぐに堰が切れたようにぼろぼろ本格的に泣き始めた。彼女はハンカチを手に取ろうとせず、泣き止むまで終始、大人しく私のされるままでいた。庇護欲あふれる子だ。
しかしじっと泣く彼女を見つめてみれば、ぼろぼろ泣いていても絵になる。エルフといえば美女のイメージ。やはり彼女もエルフなんじゃなかろうか。耳も本当に着いているみたいだし。
レーズンはというと、居心地悪そうに視線をあっちやこっちに向けていた。悪いことをしたように目線をおとしている。
「…すみ、ませんでした」
「いや、悪いのはこっちだよ。大丈夫?」
「……イザベルです」
彼女はやはり頬をりんごのように赤くさせ、下に目を向けている。泣き止んで、落ち着いたのだろうか。多少鼻声だが、しっかりとした口調である。
私はぐっしょりと濡れたハンカチを手に持ったまま、首を振る。
気遣いの返事は自身の名前のようだった。「イザベル、ちゃんか」と繰り返すようにつぶやいた。私より見た目はお姉さんみたいだけど、どうも「ちゃん」を付けてしまう。
つぶやいた瞬間に彼女の耳がぴょこんと動いた。顔もより赤くなっていく。
「えーっと、とりあえず…。どうしようかな」
今、道から外れた森の中にいる。どうやって道に戻ればいいんだろう。レーズンに助けを求める視線を向ける。あれ、いない。
「れ、レーズンさん?」
周囲を見渡すも、いない。どこにいった。置いてけぼりにした訳じゃなかろうな。今まで格好をつけていたイザベルちゃんの前で取り乱す。今度は私が泣く番か。
ふいにレーズンの羽音が上から降りてくる。咄嗟に上を見上げると、レーズンが木々の間から降りてきた。
「なに?騒いでたと思ったら、真顔になって」
「いや~、別に。で、何してたの?」
「上から、元来た道はどこか見てたに決まってるじゃない」
「…あ、あったまいいー!」
「べっつにー?」
なるほど、飛行キャラを持っていると迷った時に役立つんだな。うんうん、と頷く。
「こっちをまっすぐ行くと道に出れるよ。…キミはどうするの」
レーズンはイザベルちゃんに気まずそうに目を向ける。イザベルちゃんも怯えながらも返事をしてくれた。
「…ついていっては…駄目、でしょうか」
「いいよいいよ!一緒にいこうか」
「即答すぎやしない」
「仲間は多いほうがいいじゃない」
ね!と自信たっぷりに微笑んでみせるとレーズンは複雑そうな顔をした。イザベルちゃんは「ありがとうございます!」と喜んでいた。