2.妖精の村
レーズンを先頭に大樹から出ると、重い空気から開放された気になり、深く息を吐いた。それを見たレーズンがけらけらと笑う。
「長様怖かった?」
「あ、いや…、そういう訳じゃないよ」
「ふうん?」
ぶっちゃけそうなのだが、村長さんを慕っている様子のレーズンに安易に「怖かった」など言えない。私は苦笑いしながらレーズンの隣にならんだ。そして、改めて村を見渡した。
女性達で賑わっている妖精達の市場や、看板の出ている木の家々、どこから行ってみようか。RPGなら大体は人から話を聞いたり、装備やアイテムを整えるのものだ。
「まずは装備から買おうかな…」
市場に先に行ったら、現実では見られない物ばかり並んでいそうで、ついつい散財してしまう気がした。…いや、それはまずい。この世界を生き抜く命綱である装備を買えなくなったら、この村から出られなくなる。限られた所持金の使い方次第で人生が詰む。…人生初の体験だ。おおこわい。身震いしそうになる中、レーズンが私の独り言を拾った。
「じゃあ、妖精工房に案内するよ」
「工房?自分達で装備を作っているの?」
「うん。獣族程じゃないけど妖精達は工作が得意だからね」
「じゅうぞく…?」
「ミヤコの世界じゃいないんだっけ?獣族ってのは、ケモノの人間みたいなもんだよ。…そうだな、この世界についても説明した方がいいよね」
「うん、お願いします」
工房に行く間に、レーズンはこの世界の事を説明してくれるようだ。頭に叩き込む勢いで真剣に言葉を聞くことにした。得意な顔のレーズンはまず、この世界で暮らしている種族について話してくれるようだ。どこからともなく地図を取り出し、私に見せてくる。
地図の中心はクリスタルタワーのような神殿。その北には黒く描かれた城、レーズンが魔王城だよ、と説明してくれて、私の顔がこわばる。傍には険しい山と、雪の降り積もる森。神殿の西には桜がはみ出るように咲いた城塞都市、東には丁度村長さんと話したような巨大な木に青々とした森、妖精の村だろうか。村から南になるにつれ、木々は赤くなっていく。真っ赤に染まった森の中には村らしきものが描かれている。その西側には巨大な湖があった。
「この世界には人間と、魔族、エルフ族、獣族がいるんだ。人間は分かるだろうけど、魔族は魔王とか…人型の魔物達の総称。昔はやんちゃしてたけど、今は魔王城でのんびり暮らしてるみたい」
「えっ?」
のんびり、暮らしている、だと?先程の長との会話を思い出す。確か前の勇者は魔王を退治しにいったみたいだが。…どういうことなの。目を瞬かせる。
「今の魔王は昔みたく魔物を使って村を襲ってこないんだよ。停戦協定があるから。…勇者に退治されたから頭が冷えたんだろうね」
「そ、そうなの?…じゃあ私が倒す敵って…」
「なんなんだろうねえ」
レーズンはまさに気楽である。勇者という当事者でないからだ。
それにしたって魔王がいるけど、今は停戦してるって…。裏切りフラグが凄いたってる気がするの。
その後、他の種族について教えてもらった。エルフとダークエルフ。両者は昔、戦争をする程憎みあっていた。信仰する神が違っていたらしい。戦争の勝者はエルフ。敗者ダークエルフは極寒の地に追いやられ、細々と暮らしているとか。地図の紅葉の森がエルフの村、雪の積もった森がダークエルフの村のようだ。
どちらのエルフ族もあまり人と交流したくないらしく、同じエルフ以外、エルフの里には入れないようだ。自分達で自足自給の生活を行っている。レーズン曰く、排他的だと色々不便だろうに大変そう、とのこと。…妖精村は観光地やってるもんね。
獣族は魔族から外れた者達。動物のような外見で、鍛冶が得意のようだ。魔族本拠地、魔王城に近い、切り立った山々の中で生活している。そこには火山があり、温泉が沸いているとか。
そして、付け足されるように「人魚族もいるにはいるんだよね」という言葉。彼女達の存在は確認されているが、生態がまったく不明のようだ。分かっているのは彼女達が湖の奥深くで暮らしていること。なるほど、それでは調査のしようもない。
それと、元の世界の伝承通りに、人魚達は他の種族を襲っているようだ。なにそれこわい。でも襲われた人は、水中に引き込まれて意識を失うんだけど、気がついたら海岸に打ち上げられているとかなんとか。…なんにせよ湖に近づかない方がいい。
そうこうしている内に鍛冶屋についた私達は、鍛冶の熱がただよう店内で装備を品定めし始めた。
とりあえずショートソードと、ウッドバックラーか。後、剣をしまう鞘。一番手ごろな価格のそれらを手に取る。思っていたより装備は軽かった。これも1、3倍の効果か。
私の格好をまじまじと見つめる店主さんにお金を払い、早速装備。装備しないと意味がない。レーズンが「様になってる」と褒めてくれる。
「後は道具屋でもいく?」
「うん。回復アイテムは死ぬほど買いたい。…そういえば回復手段って何なの?」
「ポーションだよ」
頭の中で毒々しい赤と、食欲のそそりそうもない青色が浮かんだ。美味しいグミとかな訳、ないか。げんなりしながらレーズンについていく。
すれちがう女の子がみな、私の格好を見つめている。やっぱり制服は浮くのか。ファンタジー世界に制服って。…手ごろな皮の装備でも買えば良かったかな…。いや、そうしたら貴重な回復が…。…いや、考えこむのはよそう。
道具屋では、いろいろ収納出来るポシェットと勿論、ポーションを買った。やはり素晴らしいくらい赤と青のやつ。試飲サービスをやっていたので、恐る恐るポーションを飲んでみたが、意外とすっきりとした甘味を感じられた。なんでも薬草と果実を特別な配合で調合したらしい。その材料から、この澄み切った液体のポーション、どうやって作ってるんだろう。まるで何も知らない、きらきらした子供の目をしていたのだろうか。店員さんに「作り方は企業秘密です!」と手でばってんを作られた。
「うちのポーション、人が作ったものより効果が高いんだよね」
「薬作りも得意なんだ」
「うん、そうなの。鍛冶や工芸より、一番力を入れてるんだ」
「へえ」
お店を見ている間に、旅の仲間をを知るということで、レーズンの事をどんどん質問する。「妖精って魔法つかえるの?」とか「レーズンも何か作れるの?」とか。レーズンは素直に答えてくれた。「みんな大体、初級魔法程度なら出来るけど…。妖精族はあまり強くないんだ」「まあね、妖精村で扱ってる商品は大体作れるけど、一番得意なのはやっぱり薬づくりかな。爆薬とか毒薬とかね!」
爆薬毒薬。随分物騒だが、すごい!と素直に褒めると得意になって、危険なおくすりの魅力を教えてくれた。うん、うんと話を聞く。
その内笑顔で「次行こうか!」と私の手を引っ張った。
「妖精市場を見ようよ」
次は妖精の市場。誰しも足を止めたくなるような露店が並んでいる。遠目で見たら雑貨屋とかあった。後は食べ物の屋台?ポシェットを覗きこむ。…残りの金貨を見て、頷く。ちょっとくらいなら、何か買えそうだ。
とりあえずミーハーなので、人の賑わっている店から見る事にした。
一軒目は屋台。女の子達が群がっている。どんな食べ物を置いているんだ…?と人だかりから背伸びして屋台を覗き込むと、先程の店で売っていたようなポーションが並んでいた。桃色やオレンジ色など、こっちの方が美味しそうな印象。もしかしてあそこよりもっと美味しいポーションなのか?先にこっちを見ておけば良かったかな、と思いながら、店に近づいた。
「愛しい人に盛りたい惚れ薬に媚薬、恋敵をけん制する毒薬に、色んな用途に使える麻痺薬!なんでも揃ってますよ~!この店に並んでる薬はぜ~んぶ妖精村だけでしか売ってません!効果もお墨付き!安いよ安いよ~!」
笑顔を振りまく店主。その呼びかけの内容に、私はおもわずレーズンの方を振り返った。
「なにその凄い顔」
「いや、だって…。惚れ薬に媚薬?…大丈夫なのこれ…」
「え?元の世界にはないの?」
「ないよ!!…マジで惚れさせるの?ありなの?」
「いや、効果には期限があるし、毒薬もまぁ、ちょっとダメージ食らうだけだから」
「いやいやいや…、う、うん?でもゲームによっちゃあ、こういうのもあるよな…いや、でも…」
「この程度で驚いてもらっちゃ困るよ」
得意になったレーズンに再度手をひかれて、屋台をめぐる。
「ほら、あの店は呪いをこめたアクセサリーを扱ってる」
「呪い」
見た感じ何の変哲の無い、可愛いネックレスを並べた屋台。宝石みたいに透き通った石や色のついた石が散りばめられている。私の目に留まった桃色のガラスのネックレス…の横には「誘惑効果+10%」と書いてある。他にも、金色の宝石が埋め込まれた指輪は「獲得金額10%増し」、黄緑色の石を散りばめたバレッタは「猛毒耐性50%」とか。
「こ、これがエンチャント…」
「なんだ、知ってるんじゃん」
残念そうな顔をされた。ここは驚いておくべきだったか。
その後、一定時間獲得経験のあがる団子、攻撃力が増す焼き鳥…などを売っている屋台達を案内された。これはバフ効果とやらか。とりあえず小腹が空いていたので、妖精焼きそばを頼んだ。なんだか力が湧いてきた気がする。(一定時間体力アップ)
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一方、暗雲立ち込めた城。王座と思わしき場所で、椅子に鎮座した少女が跪いた女の報告を聞いていた。
「…始まる、か」
額から角を生やした少女は立ち上がり、マントを翻す。
「これより、王都を中心に魔族を遣わせよ!」
彼女の前には並んだ魔族たち。皆うやうやしく頭を下げて、謁見の間から出て行った。