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プロローグ

「新崎っ!!何度言ったら分かるんだ!」

はげ頭の中年は殴りつけるように、こう言う。

それは毎度のことで、なんとも理不尽なことだ。

こいつは自分のミスを俺に押し付けているんだ。

それもこうやって大声で。

会社の皆に知らせるように……。

「……すみません。」

謝りたくもないが、謝罪の意として頭を下げ言葉を口にする。

そんな俺に向け、部長(はげ頭の中年)は追撃の説教を口にする。

大体そのパターンの多くは、自分の昔語り。

「俺が~~だった時は……」から始まる、昔話。

そして何分か経った後、部長は頭を下げた俺を背にどこかへと去っていく。


「散々だったなぁ……。あのミスは完全に部長アイツが悪いってによ」

俺の同期の同僚が声をかけてくれる。

こいつも、俺と同じく部長のストレス発散用具の一人である。

そのせいか俺のことを分かってくれているため、優しく声をかけてくれる。

本当にいいやつだ。

こいつがいなければ、絶対に会社を辞めていた。

「今日は飲みに行こうぜっ!」

久留田は俺の背を軽く叩き、仕事に戻っていく。

少し感動を覚えながらも、俺もまた自分の席に着く。


居酒屋『海の風』はよく行く居酒屋。

店名通り海産物を主に使っている。

机の上にはカセットコンロがおかれ、その上には大粒のアサリやハマグリ、ホタテなどが味の滲みたスープで茹でられパカッと貝のふたが開いていく。

「お、煮えたみたいだぞ」

「そうだな……」

久留田は小皿を片手に、鍋の中へと箸を入れる。

数個拾ってから小さなお玉でスープをかけると俺へと手渡す。

「まあ、食えって!」

「あ、わるい」

「いいってことよ!」

「俺が女だったらお前に惚れてるかも……」

「き、気持ち悪いこと言うなよっ!俺にそっちの毛はないからなっ!」

久留田は怒鳴り気味に言う。

もちろんただの笑い話だ。

二人して手に持った中ジョッキを一気にあおる。

「「ぷはぁ~」」


「で、最近のおすすめはあるか?」

酒も進み、話のネタに久留田が切り出す。

ここでいう「おすすめ」とは、深夜アニメのことを指す。

あんな会社にはいっているのだ、現実から逃避するために二次のコンテンツに触れるのもしょうがない。

まあ、アニメは中学から触れていたのだが……。

久留田は俺とは違い、アニメなどには興味がないが俺に話を合わせてくれているのだ。

なんともいいやつ、涙が出てきそうだ。

「今期はなぁ~……」

俺が語り出すと、久留田はうんうんと相槌を打ちながら親身に聞いてくれる。


酒はどんどんと進み、時間も随分とたった。

「お勘定~お願いしまぁ~す」

「はい、只今」

店員さんは酒に酔った客をとっとと帰したいのか、足早に会計を済ませ俺たちを出口へと送る。

すっかり、二人そろっての千鳥足。

互いで肩を組みながら帰路につく。

「あのはげおやじぃ~とっとと会社やめろぉ~!」

「そうだぁ~!」

右へ左へヨタヨタと歩きながら、心の壁がなくなった俺たちは部長(嫌な奴)の悪口を飛ばす。

「部長のばかやろぉ~!」

「ばかやろぉ~!」

えいや、と拳を突き上げる。

しかし、ほんとにバカだったのは俺たちだった。

「キィーーッ!!」

それはブレーキの急制動の音。

振り向くとそこには、大型のトラックがいた。

まさに目の前だ。

とっさに俺は久留田を押し飛ばした。

「なにするんだぁ~!」

久留田は俺に抗議の目を向ける。

しかし、久留田の目には俺は映らない。

俺は遠く、十メートルは吹っ飛ばされていた。

ゴロゴロとコンクリートの固い地面を転がり、電柱に体をぶつけくの字に折れる。

痛みは感じなかった。

あまりにも一瞬のこと。

ガンガンと頭がなる。

視界がぐるぐると回る。

誰かが、俺の体を揺らしている。

「新崎っ!新崎っ!」

それは、久留田だった。

その表情は鬼気迫るもの。

(大丈夫だ……)

そう口にしたかったが、どうにもうまく言葉に出せない。

(ああ、俺は死ぬのか……)

そう、直感的にいや本能的に理解した。

寒くなっていく。

なんともバカな一生だった。

走馬燈のようにぐるりぐるりと、記憶の断片が俺の好きなアニメのように映る。

最後の断片には……笑顔で一緒に酒を飲んだ久留田が映っていた。

(そうだ……お礼をいわなきゃ……)

震える手、いつもの様には動いてくれない手をどうにか久留田へと伸ばす。

久留田は俺の手を両手くるむように取ってくれる。

「あ…りが……と………な」

ふり絞るように出した俺の声はひしゃげていた。

けれども、どうにか伝えた。

これでやり残したことはない……。

目を閉じる。

真っ暗な暗闇に沈んでいく。


この日、俺は死んだ。

そして……



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