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鮮魚

 雨月は、今日からスーパー勤務になる。ジョブパートナーの中村の自家用車に同乗させてもらい町の中心へと向かう。

彼は、発達障害の特性で、想像力が働かないので、今度の職場がいいのか悪いのか予想すらできない。そもそも、雨月は客としても魚屋に行った経験がほとんどないので、職場環境や業務の内容があまり把握できていない。その疑問も少しずつだが頭の中で形になっていく。粘土がこねられて具体的な造形物になるまで時間がかかるように、雨月の職場に対するイメージも時間を追うごとに少しずつ鮮明になってくる。


 雨月は、昔から不器用で、折り紙も満足に折れなかったのに、魚を切ることができるかという不安が形になってきた。直後にスーパーへ車が到着する。ジョブパートナーの後ろから付き従って公設市場へ入る。いろいろ説明をされるが、頭の中に入って文章として認識される前に次の文章が覆いかぶさってくる。なので雨月は生返事しかできない。雨月の脳裏に「ここの人は発達障害の人との対応をマスターしていないんじゃないか」との疑問がわく。


 雨月は食堂のようなスペースで、大量のレジュメと小冊子を与えられた。業務に必要だから熟読するようにとのことだ。もう少し早く手元に渡っていれば、もう少し余裕をもって勉強できたかもしれない。今から読み始めて間に合うのだろうか。


 そこへ、鮮魚担当の直属の上司がやってくる。名前は稲留という。外見はいたって普通の中年男性だった。紙製の帽子にワイシャツの上に上っ張りを着てエプロンを締めていた。笑顔で銀歯を見せて笑っていた。「やあ君が雨月君か、話は聞いているよ。鮮魚は厳しいがしっかりやってくれ」などと言われて「はぁ」と気のない返事をしてしまった。「厳しい」という言葉が雨月には引っかかる。ただでさえストレスに弱い発達障害者に対して「厳しい」という言葉で脅して不安を与えてしまっていいのだろうか?

疑念は膨らんでいく。


 ジョブパートナーは、「手に職をつけることで長期就労が期待できる」と語っていたが、あくまでも才能やスキルを無視した楽観論でしかなく、ただでさえ臨機応変な対応が苦手な雨月が、鮮魚という器用さや対人関係を要求される場で適応できるかどうか気になった。診断前に受けた知能テストのデーターを、この町では生かそうとしないのだろうか? 雨月は思った。


 鮮魚に限らず、スーパーでの就業時間は、通常より早いと聞かされる。明日から仕事だが、開始時間は六時と聞き絶句した。身支度その他で逆算すると、大幅に見積もって五時か四時半起きになってしまう。生まれてこの方起きたことのない時間帯だ。果たして遅刻せずに起きられるのだろうか。しばらくはジョブパートナーの車で通うとしても、早すぎてめまいがする。昔から遅刻癖のあった自分には、きついハードルがまた一つ増えたように感じた。相部屋の高木は工場勤務だから、起こさないように、近いうちに振動式の目覚ましをセットして起きなければならないだろうな。


 高木に約一時間ほど、起床が早いことを告げると、「困ったなあ。なるべく静かに起きて支度してくれよ」と言われた。


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