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転職

 自閉傾向のみの高木は、工場の仕事にうまく適応しているようだ。残念ながら雨月は、薬が効かないのもあるが、単純作業にすぐ飽きが来てしまい、中々集中力を保つことができない。前よりも、シングルタスク的な持ち場に変えてもらったりもしたが、もともと立ち仕事に向いていないのと、工場の環境が予想外にストレスフルだったことも相まって、思ったような成果を出せないでいる。五感のうち味覚を除いた全てが過敏であり繊細でもある。工場での光の加減や、音の種類や大きさ、いろいろな臭い、防塵服の肌触り、すべてがすぐに投げ出したくなるぐらいの嫌さ加減なので、ここにはそう長くはいられないだろう。


 ジョブパートナーが、何度か雨月のもとを訪れて、舌打ちをして去っていく場面が多くなった。ここの指導者もまだ発達障害者に慣れていないのか、やる気のなくすような対応をしてくるのはまずいと思う。だからといって結果を出せないのに、強く出られる状況でもないのだ。このままいくと、近いうちに差しで面談をすることになるだろうことは、想像力のなくてもわかる。


 雨月は部屋に戻ったが、つまらなそうにしている。聖書をめくってみる。ソドムとゴモラの話が出ていた。神の怒りに触れて滅ぼされた町の話だ。神とは裁くものらしい。もし、前世というものがあるのなら、発達障害者はいったい何をしたのだろうか。いろいろ考えてみる。えらい王様か何かで、他人を見下していたので、今度は見下される側に生まれ変わったのかと、いろいろ前世のストーリーを考えてみた。スピリチュアルにはまりやすいのも発達障害の特徴かもしれない。理詰めで考えると突然変異として生まれた、生存競争に不向きな個体という真実が炙り出されて嫌になる。宗教的なものに救いを求めたくなるのもわかる。しかし、それはまやかしでしかないのかもしれない。


 翌日、昼食の休憩時間を半分にされて面談が始まる。ジョブパートナーの話だと、工場での勤務態度についてあまり評判が良くなく、他の従業員の士気にも影響すると言われた。雨月自身は気づいていないが、あくびをしたり、ため息をついていることが多いのだという。彼はまったく、自覚はしていなかった。雨月の行為が、かなり上司の心証を悪くしていることに、今更ながら気づかされる。このことについて無自覚だったメタ認知のなさに失望したのか、天井を見て視線をさまよわせた直後、ため息をついた。


 やんわりと転職を進められる。管理側の視点から見ても、工場労働は不向きだと認識しているようだ。確かに、疲れと眠気が同時に襲ってくるような職場でパフォーマンスを上げることはむつかしい。そもそも、薬が全く効かない体質なのがハンディキャップでもある。今度の仕事は、町の中央にあるスーパーストアーでの仕事になるようだ。元々接客向きではない障害のはずなのに上は何を考えているのだろうか。このまま飼い殺しにするのか、それともいろいろたらい回しにして様子を見るのか。雨月の心の中に不満がたまってきたのか。口をとんがらせている。ジョブパートナーもそれに気づいてしまい。気まずい無言の間が続く。


 噂レベルでしか、この町については、現実世界では知らされていなかった。ここで務まらなかった人はどうなるのか。一番知りたい情報に関しては完全に秘密にされている。雨月がその第一号になるのか。いや、他にも適応できなかった人間はいるはずだと思う。発達障害者は環境の変化に弱く、先の見通しが立たないと不安に襲われる。今の状態こそが、雨月を一番苦しめる状況だった。


 自室に戻る。

「なんか今日面談でスーパーに行けといわれてしまいました」

「ああ、そう。工場が不向きだったんだね」

「新しい仕事についてはまだ詳しく知らされてはいないんですが」

「その仕事についてわからないんじゃ、ぼくも何も言うことはできない」

「ここは出なくていいことになりそうです」

「ああ、じゃあ新しい職場でも頑張って」

高木は上手く適応できている。同じ発達障害でも差があるのは、なぜなんだろうか。自分はほかの人と比べて合併していたり、薬が効かなかったり、より不幸なのはどうしてなのだろうか。雨月は自分だけが他の人と比べてハンディを負っているように感じてしまった。心が自己憐憫に襲われる。過去をいろいろと思い出し、当時幸福そうに見えた人たちに自分を投影して、そのギャップと不公平さに憤りを感じる自虐しかないゲーム。しばらくその妄想で時間をつぶした。


 また聖書を読んでみる。たまたまめくったところに、障害者について書かれていた。

神が奇跡を起こすために、彼は生まれたのだという。

自分に奇跡は起きるのだろうか? それはないと雨月は思った。

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