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 振動式目覚まし時計は、音もたてずに自分を起こしてくれた。相部屋の高木氏はすでに目を覚ましていたようだ。

 

「おはよう。早起きもいいもんだ。朝の静かな時間を勉強にあてられるから」

「おはようございます。眠くないですか」

「一時間寝るのを早めたから大丈夫。言ってなかったかい」

「はい。聞いています。自分の場合眠くて大変です」

「早く慣れるといいね」

「ありがとうございます」


 高木氏は、前の世界にいても出世できるタイプだと思った。なぜ、この不便な町に来たのだろうか?

寝間着を着たまま、給湯室の冷蔵庫の扉を開けて、紙パックの飲料を取り出す。部屋に戻り菓子パンをいちご牛乳で流し込む。背広に着替えて、頭を手ぐしでとかした後、荷物などをたずさえて自転車に乗り込む。半分ぐらい進んだところで、今日の天気予報を調べるのを忘れていた。今までは談話室に置いてある電話で聞いていたのだが。日課にしていることでも忘れてしまうのがADHDの辛いところだ。


 空を見る、一面の青空に、少し紫がかった怪しい雲が浮かぶ。神様、どうか雨など降らせませんように。

多少の不安を感じながらペダルに力を入れる。流れる風景、早朝で車も少なく、すいすい進む。


 職場について、制服に着替えて作業室に入ると、まな板の前に魚の基本的な解体方法が写真入りで貼られていた。聴覚情報に弱く、つい気がそれてしまう自分にとって、このフォローはありがたい。あとは、叱られれることが少なくなれば、どんなにか精神衛生上いいだろうか。と考えていたら「こらっ!ぼーっとしてるな!」と早速一発目の叱責を受ける。慌てて、手を洗い爪を洗う。先輩に作業の手順を聞いて、冷蔵庫や冷凍庫から材料を出したりする。よく見ると商品名のシールが貼ってあった。誰でも見てわかることを見落としていることがよくあるので、いったい自分の眼はどうなっているかと自問自答する。


 やがて商品が搬入されて、それをなんとか積み上げて、ゆるゆると運ぶ。パズルゲームをしているようで、自分は昔からパズルが苦手だった。積み荷ゲームでも開発して欲しかった。いつものように、パートさんも出勤してきて、パック作業が始まる。仕事上の記憶は仕事で覚えるという態度が悪かったのか、まだシールのコードナンバーがなかなか覚えられないでいる。それでも少しずつ積み重なって入るのだが。英単語を覚えるように強引に記憶に焼き付けるしかないのか。


 そして、魚を捌く作業。図入りなのでなんとかできるようになるが、生来の不器用さはどうしようもない。どうしても、肉が上手く切れなかったり、仕上がりが汚くなってしまうのは、慣れるしかないのだろうか。「普通はどのくらいで上手くなりますか?」と訊いてみたが「今はまだ気にするな」と返されてしまった。もしかして、余計なことを聞いたのかもしれない。


 上司と昼食をとることになった。いつも怒鳴ってくる上司は苦手で、食堂で話題に困って、結局何もしゃべらずに食事を終える。上司は割と笑顔で「まああんまり焦らず、仕事してくれ」と話しかけてきたので「あっ、はい」とおぼつかない返事をした。


 午後から先輩が、刺身を切るところを見せるという。

特に興味もなかったが、仕事の一環として仕方なく見ることにする。

まさか、いきなり刺身を切れとは言わないだろうなと思う。


 工場から来た切り身に、斜めに刺身包丁を当てて柵を作っていく。透明感あふれる瑞々しい切り身の美しさに目を奪われる。ちゃんと商品として見栄えがするような大きさで切りそろえていく。それは一種の表現行動と似ていた。元々自分はクリエィティブなことに興味があったので、一瞬、刺身を自分で切りたくなった。


 だが、自分はものすごく不器用だ、切り身ですら切ったこともないのに、繊細な刺身を切れるのだろうか。今までの経験から想像するだに、難しい。


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