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アイアン’ズ ドリーム  作者: 三葉野黒葉
7/11

終わった世界と一人の男⑥

遺されたデータを見たり、聞いたりしながらの探索は荒廃世界っていうジャンルの醍醐味だと思う。

 

 麻袋に一纏めにした荷物を小脇に抱えて地下倉庫へ飛び込み、

 重い引き戸を締め切って、一目散に右奥の金庫室前の扉を目指した。


 後方からはまだ大ネズミが追ってくる様子はない。


 なので最初こそ駆け足であったが段々と速度は落ちていき、

 やがては落ち着いた足取りとなってそこへと至る。


 想像していたのは厳重なロックがかかった大扉。


 しかしそれに反して、

 そこはまるで、誰でもウェルカムと言うかのように手を広げて彼を待ち構えていた。



 その理由は直ぐ側にいた。


 扉近くの壁に背を預け、既に事切れて骨へと変わった一人の人間である。



 先駆者よ。お前はここで終わったのか。

 足はどうした。どうして上半身だけでそこにいる。


 白骨死体は生前の服を未だに着ていた。


 モスグリーンのタクティカルベストと簡易な黒シャツ。ベストのポケットは所々が膨らんでいる。


 非常であるが仕方のないことを彼は行う。


 すなわち死体漁りだ。


 見つかったのは、

 ベストのポケットに未使用の銃弾が収まったスピードストリップが二つ、

 背中側の腰元に隠されるようにぶら下がっていた小型超振爆弾、

 握りしめられていた電力の切れたボイスレコーダー。


 ストリップに収まっている銃弾は今でも使えるものだ。


 爆薬として旧文明で最も多用されていた高性能完全無煙火薬は

 自然分解する速度が十分に遅く、


 経験則だが今までに発掘してきた中で最も劣悪な環境に置かれていた物ですら、

 九割以上が暴発や不発なく使用できた記憶が彼にはある。


 マグポーチにそれらを仕舞い、超振爆弾は腰元にぶら下げた。



 ふと、

 少し離れた場所にリボルバーが捨てられているのに気がついた。


 拾ってみて観察すると弾倉には残弾はなく、銃身に錆が見受けられる。


 だが本体自体は整備すれば未だ使えると判断して、

 そこらのコンテナから布を引っ張り出してリボルバーを包み、

 麻袋の中へ少々無理やり詰め込んで、口紐をきつめに絞った。



 彼は手に持ったボイスレコーダーへと視線を移し、

 中の電子チップを抜き、本体は己のBDUカーゴパンツのサイドポケットに無造作に突っ込んだ。


 そして、

 太腿のポケットから厚めの金属カバーに入れられた

 小型の情報端末(PDA)を取り出して、そのチップを差し込む。


 このPDAは基本的に電子チップを読み取らせてデータを閲覧・再生・修復したりするために用いる物であり、


 機能はそこまで多くはないが、シンプルゆえに使い易く壊れにくいものとなっている。


 幸いにもデータは壊れておらず、

 読み込ませてからそう時間もかからずに音声の再生如何を液晶越しに問われた。




 すぐに許可をだすつもりであった。


 その前に、たかが死体に対して取った行動の理由を、彼が説明することはきっとない。




 PDAを床に一旦置き、腰を落とす。


 外側に放り出されていた両腕を内側にさせて体の前方で指を組ませ、


 横にさせる為に抱えようとして、しかし

 触れた感じから下手に力を加えれば崩れてしまいそうで、

 やむを得ず伸ばした手を引っ込めた。


 どこか安らかに眠っているような、そんな状態へと死体の態勢を整えた。


 彼のゴーグル越しの瞳を読むことはできない。



 死者を悼むような行為は久々のことであった。


 普段、地上で見る放置された死体や己の手で作り出したものに感傷を抱くことはほとんどないからだ。



 現在の人間には自分本意な者が多い。


 仲間を持っても、それは所謂ビジネスライクと言うやつで、

 真に絆というものを結んだ『集団』を彼はほとんど見たことがなかった。


 それゆえに他者を蔑ろにする光景を見ることは日常事であり、


 結果としてそういった世界で生きている者は基本的に他者を、

 ましてやただの死体を気にかけることなど無に等しいのである。



 一人、二人ならば深い親交を結ぶ場合もある。

 彼にだってそういう存在はいる。


 そういった者の死ならば、きっと大層悲しみ、盛大に悼むだろう。


 だが見ず知らずの他人では、

 たとえ平和な世界であったとしても、

 まったくほとんどが無関心であるに違いない。



 それが地上での彼の死生観である。

 しかしながら、地下では少し例外があった。


 暗く湿った、

 下手をすれば誰にも発見されないであろう場所で惨たらしく屍を晒す。


 それは彼のような存在にとっては常に付きまとってくる仕方のないことだ。


 その仕方のないことを彼は善しとは思っていなかった。


 何を戯けたことをと他者はきっと言うのだろうが、


 我が身の事を考えたならば、

 見つけてしまった憐れな死体をそのままにしておこうと一体どうして考えられようか。


 ただそれゆえに、彼は自己満足と分不相応な感傷を散らす為に無言で行動を起こすのだ。




 追悼も終わり、立ち上がってPDAに音声データの再生許可を出す。


 するとまずノイズが流れ、

 その後にテノールの男性声が在りし日の記録を読み上げだした。


 手に持ったままでは面倒なので、

 PDAの背に付いているフックを利用してベストのポケットに引っ掛けた。




 ――――――――ザ、ピッ、ガッ、ザーッ…………


 あー、テステス。コホン。本日、砂が眼に入った不幸な日。

 

 こうやって偶にボイスダイアリーをつけることにした。


 相棒は字が書けるからわざわざ小さな手帳を買ったらしいが、俺的にこっちの方がただ喋るだけでいいから楽で好きだ。


 どうせ一年に一回とか、何かイベントでもねぇ限り記録なんぞしねぇしな。


 小汚ねぇ路地裏で育った俺らも漸く『墓荒らし』として板についてきたと思う。


 最近だと飯を抜かなくてよくなったし、弾をケチるようなことも少なくなった。


 まだまだ安定した生活には程遠いが、それでも俺は相棒となら


 <ノック音>


 ちょ、ちょっと待ってろ。今行く


 ガタッ、ピッ、ザッ、ザーッ…………――――――――




 音声はまだ続くようだ。

 流したまま、既に彼は金庫室の中へと入っていた。


 内装をじっくりと見る前に天井を見渡す。


 予想通り天井の奥端に大穴が開いているのを確認し、愁眉を開いて彼は小さく息を吐いた。


 そして改めて内装の観察を行う。


 倉庫と比べると手狭な部屋だ。

 大体二十五平方メートルといったところか。


 入口を背にして両側の壁には

 ほとんどが開け放たれた状態のロッカーが隙間なく並べられ、


 奥の壁には倉庫内にあったものと同じ品だが何も置かれていないスチールラックと、

 さらにガンラックが並んでいた。


 一先ず開いているロッカーの、幾つかの中を覗いてみる。




 ――――――――ザーッ…………


 今日は、小便入りの酒瓶を酒と間違えて飲みかけた日。


 『グローリー・ドーラス』にやって来た。この辺りじゃ一、二を争う大規模コミュニティだ。


 地上で旧文明の快適な暮らしをっつー謳い文句らしいが、確かに今まで見てきた都市型遺跡に比べると残存している建物も多い。


 中にはほぼ完璧な状態で建っているのもあった。


 だがどうも落ち着かねぇんだよなぁ。


 柔らかいベッドってのは背中が痒くなるぜ。


 幸い酒は十分に買えたし、相棒と語り合うとするか。


 あの頃の底辺暮らしに乾杯ってな


 ピッ、ザーッ…………――――――――




 見たものは全て中身が空であった。


 しかしどうしてか、


 探索の最中に

 金庫室には似つかわしくない、

 中身をパンパンに詰め込まれた大型のバックパックが床に置き去りにされているのを発見した。


 入っていたのは恐らくロッカーの中身であろう多数の貴金属類や、

 ガンラックに掛けられていたのだろうショットガンや自動拳銃、

 ラックに置かれていたと思われる小型の弾薬ケースである。


 先駆者がこれをしたというのは簡単に見当がつくが、

 どうしてここに置かれているのかが分からない。


 レコーダーに記録されていた二人の登場人物のうち一人はあの白骨死体で間違いないとして、

 もう一人はこれを持ち帰ろうとしなかったのだろうか。




 ――――――――ザーッ…………


 ハッハァ! 酒が美味ぇ日だ!


 最高だぜ。生きていて良かったってのはこういう日に言うもんだ。


 ただの民家かと思ったら地下に大量の銃火器や爆弾が保存されてやがった。


 相棒が遺されていた電子チップのデータを復元してくれたが、どうやら反社会性のテロ組織が武器庫として使ってたみてぇだ。


 そいつらはもうとっくに死んじまってるが、発掘したもんはまだ十分現役だぜ。


 しかも復元データの目録によると爆弾の中に当時の最新式が二個あったらしい。


 この後山分けするが、丁度良い数だしソイツは揉めねぇで済みそうだな。


 兎にも角にも祝杯だ。流れは俺らの方に来てるぜ!


 ピッ、ザーッ…………――――――――




 音声を聞きながら物色を続けていた彼はそのとき己の腰元に視線を落とした。


 そこには先ほど漁って手に入れた小型超振爆弾がある。


 男の瞳の奥にまた、対象の情報が羅列されだした。



 これは一種の音響兵器だ。


 設置した箇所の材質を内部の機械が解析し、

 固有振動数を割り出すとともにその振動数に等しいないしは十分に近い超音波によって共振、

 さらに発生した振動を増幅させることにより対象を破壊するというものである。


 振動数の割り出しに多少の時間がかかることを除けば、

 通常想像するような爆風を生み出す一回限りのものとは異なり、

 回収さえできれば電力が続く限り何度でも使用可能という点も含めて、

 工作兵を用いた奇襲などによく使われている。



 そこまで調べ、ふと天井の穴を見た。




 ――――――――ザーッ…………


 いよいよ明日だ。


 明日、前に潜った市民避難所跡で手に入れた情報にあった、流行病で早期に破棄されたらしいシェルターに潜る。


 一つの墓を暴くと、また別の墓の情報が手に入る。


 こういうことがあるから俺らみてぇなのは何度も命を懸けるんだろうさ。


 それに、なんでも裕福な奴ら用に作られたみてぇで、かなりのお宝が眠ってると相棒は考えているらしい。


 まぁ、なんでもいいさ。俺はいつも通り肉体労働担当をすりゃあいい。


 ピッ、ザーッ…………――――――――




 もう十分に部屋の探索は行った。


 取り零された物をバックパックにさらに詰めて

 麻袋の口紐を適当な所に結びつけるだけで、

 あとは先駆者がやっておいてくれたのだから大分楽に終わってしまった。


 ずっしりと重いバックパックを背負い

 横の壁のロッカーに密着させるようにスチールラックを合わせると、

 ラックの棚受けを足場にして登る。


 穴の縁に手をかけて荷物の重さを物ともせずに腕の力だけで体を持ち上げ、足をかけんとした。



 そこで、最後の音声データが読み上げられた。




 ――――――――ザーッ…………


 グッ、ガフッ、あいつ、逃げられたんだろうな


 さっきの爆発音、いや、大、丈夫、大丈夫さ


 ああ、金庫。開けっ放しじゃあ、ねぇか


 勿体、ねぇ。何かお宝、あったのかねぇ


 チク、ショ、眼が、霞む。体が、熱い。足は、俺の、足はどうなった


 血がまるで、硫酸見てぇに、体を溶かし、やがるッ


 ッおい、おいやめろ。テメェラ、グるな、グうな!


 俺は、オれはまだ。あぁ、にグが。ボねがァッ!


 苦しい、痛い、助け、相、ぼ、あい、ぼぅ


 ピッ、ザーッ…………――――――――




 データの読み上げが終わった直後。


 途轍もない衝撃音を伴って、倉庫入口の扉が突き破られた。



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