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アイアン’ズ ドリーム  作者: 三葉野黒葉
6/11

終わった世界と一人の男⑤


 逡巡せず、もはや物音を立てることなど考えても仕方なく、

 大いに床を踏み込んで彼は弾かれたように上階へと駆け抜けた。


 置き土産として腰元に下げてあった破片手榴弾を一つ、群れの中心に御見舞しておく。


 およそ五秒のラグを経て地下に爆音が響き、

 汚く甲高い断末魔を伴って、被害範囲外へと逃れた彼の耳に入った。


 しかしながら、

 破片により多数の大ネズミが致命傷を負ったものの、

 見落としていた物陰にある壁穴より後続が未だ大量に湧き出てくる。


 加えて爆音や足音によりついに王鼠も彼に気が付き、追い始めた。

 

 その巨体ゆえ自身の進行方向にたむろする小さき同胞にも被害を与えてしまうが、

 しかし速度は緩めず、むしろそれらを邪魔なのだと

 軽く蹴飛ばし物凄まじい音を立てて階段を駆け上がっていく。




 上階の廊下へとたどり着くと、そこを一気に抜けて共同スペースに入り、

 後方の様子も確認せずに扉を閉めた。


 簡易的なバリケードにならないかと幾つかの棚に手をかけるも転倒防止がなされており、

 無理に動かすことが出来ないわけではないが、

 これを活用するには圧倒的に時間が足りない。


 ざっと見渡しただけで反射的にバリケードの構築は不可能だと直感する。



 次の瞬間、扉がけたたましい音を上げた。

 向こう側で大質量の物体が衝突した証左だ。



 足止めに見切りをつけて

 コーヒー豆の入った麻袋と手提げ金庫へと駆け寄る間にも、衝突音は絶え間なく鳴り響き、

 見る見る間に扉は歪んでいく。


 そうして残念ながら、

 荷物を手に取るのと王鼠が扉を打ち破るのは同時であった。


 僅かに巨体へと目をくれた後に出口へと走る彼の背に向かって、王鼠もまた突進する。



 引き戸の取っ手に手をかけ乱暴に開けて。



 目にしたのは、暗視フィルタの中で不定に蠢き連なる眼光のうねり。



 無数の大ネズミが、

 先ほど彼に蹴落とされたコンテナによって隠されてしまっていた壁穴から絶え間なく這い出てきている。


 獲物の姿を認めた群れは皆一様に動きを止め、

 一斉にその視線を彼へと浴びせた。


 後方の王鼠が彼の背に飛びかかるまで一秒もいらない。

 前方の大ネズミの波に飲み込まれるのも同じ。



 であれば、道など横にしかないではないか。



 彼は王鼠が地を蹴り飛びかかってきた瞬間に、真横へと体を投げ出した。


 地に足がついておらねば軌道など変更できようもない。

 そのままそれは開け放しの入口へと巨体を突っ込んだ。


 思わぬ幸運となったのは、

 大ネズミの群れのうちの数匹も、ほとんど同時に襲いかかっていたことである。


 王鼠と入口の間にある小さな隙間に更にそれらが入り込んで潰されてしまった所為で、

 奇しくも見事にその巨体は嵌まり込み、

 身動きすら出来ない状況になってしまったのだ。


 もがく巨体を見て彼が状況を把握したのもつかの間、

 完全封鎖されているわけではないので件の入口の隙間から、また地下側の扉から、

 大ネズミは尚も侵入して来る。


 それらを、弾がもったいないと心の何処かでケチ臭く考えながらも自動拳銃で貫いた。


 倒れる同胞と発砲音とが威嚇となって、大ネズミ共の足が鈍くなる。


 三発の銃弾を撃った後に後退すると、背には既に壁が迫っていた。


 ここに来て彼の置かれた状況が完全な密室となっていることに直面する。


 三つある出入り口は、

 一つは崩落、

 一つは巨体がもがき尻を振っていて、

 もう一つは地下へと繋がるもの。



 地上へ戻る道がない。



 だが、

 怯まぬ彼の脳裏には地下で発見した倉庫の見取り図と、

 そして崩落した通路の先に空く床の大穴が映し出されていた。


 よく思い出す必要がある。

 この部屋のほぼ真下が日用品の倉庫だ。



 であればあの大穴は。



 地図と実際の空間を比較して、

 それが何処の上に位置しているかの当たりをつける。


 確証はない。ないが、もしかすると。



 あの穴は金庫室の天井を抜いているのではないだろうか。



 その考えに行き着くやいなや彼は飛び掛かってくる敵を手刀で撃ち落とし、

 地面の一匹を多くに巻き添えを食らわせる方へと蹴り飛ばし、

 進行方向を蹴散らしながら地下へと向かった。








 未だ王鼠はもがいている。

 どうにも本当に気持ちの悪いほど上手く嵌ってしまったらしい。


 あの巨体が全力で荒ぶっているのに抜ける気配がまるでない。


 改めて、これがいなければそこまでリソースを割く必要はなかっただろう。


 破片手榴弾も拳銃の弾も両方共それなりに値が張るのに、

 その代償を払って手にしたのは今のところコーヒー豆と手提げ金庫だけ。


 この程度の金庫の中身なぞたかが知れている。

 共同スペースに置かれていたのも大きい。


 盗まれても構わないわけだ。

 逃げられない状況下で盗みを働く者がいるかは置いといて。


 これでコーヒー豆を売り捌く伝がなければ致命的な赤字になっていたところだ。


 殆どの人間にとって宝の持ち腐れである質の良い嗜好品は、裕福な一部の上位層との直接取引でない限り利益は出ない。


 市井では需要がなく、

 官営店では足元を見られて買い叩かれるからである。


 一番の消費先が自分自身と言うのは贅沢なのか悲惨なのか。



 と、ここまでで何を言いたかったかというと、

 彼は実際『むかっ腹』が立っていたのだ。



 クソネズミめ。

 貴様の危険性が不明でさえなければ堂々と真正面から息の根を止めてやるものを。

 巫山戯やがってチクショウが。


 という風に。


 ゆえに寂として数秒。

 その間の後に、タタタタッと場面からフェードアウトしたはずの彼が駆け足で戻って来る。


 真正面がダメならば、真後ろから一矢報いるまでである。


 喰らえとばかりに勢いそのまま王鼠の尻を蹴り上げた。


 思わぬ一撃に仰天した王鼠は、上下左右に尻を振って暴れだす。



 あな滑稽であることよ。


 他の同胞の分も食料を食らってそこまで肥大化した罰が当たったのだ。


 きっと骨と皮だけになるまで抜け出せることはないに違いない。


 無様な姿を前にして腕を組む彼は、

 幾分気も晴れたのかザマァミロと鼻で笑い、

 再び地下へと向かうのであった。






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