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アイアン’ズ ドリーム  作者: 三葉野黒葉
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終わった世界と一人の男③




 扉の奥は縦に長い半楕円形状の通路が伸びていた。


 通路の幅は横ばいになった大人がすれ違える程度だ。

 やはり光源はない。


 再び、しかし今度はナイフを順手に持ち用心して進む。


 コツコツという靴音は、通路の壁が崩れ内部の配管や鉄筋が見えているので大きく反響することはないが、それでも生物の気配がないこの場では唯一の音源のように思えた。


 視界にかかる暗視フィルタのおかげで手探りで進むような事態にはならずとも、

 ほとんど無音の空間、何が現れるとも知らない場所を全てが緑と黒で構成されている視界で歩くのは酷く薄ら寒いものがある。


 所々で崩れ落ちた壁の残骸があり、それを避けて通ると、

 その動きに反応したのか瓦礫の影から先程のものよりは三回りは小さいネズミが現れた。


 その体の小ささゆえか彼の姿に臆し一心不乱に奥の方へ逃げて、

 壁に空いていた穴に潜り込んで何処かへ行ってしまう。



 ふと足を止め思った。

 どうにもきな臭い、と。



 脳裏に浮かぶこの手で殺めた大ネズミの死骸。


 着目したのはその体長。


 大ネズミ自体が元々巨大な成体へと育つ種とはいえ、

 あれだけの大きさになるには潤沢な食料と外敵のない生活を送れる環境がなければならない。


 思い返してみると、彼が入り込んだ場所にはおよそ数十年は人が訪れた痕跡がなかった。

 それはつまり、あの場所からは彼のような存在すらも侵入していないということになる。


 内部が全くの手付かずの状態であるとして、

 人間もいなかったことにしよう。


 正しくネズミにとっては楽園とも言える場所の出来上がりだ。


 仮にそうであったならば――――そこまで考えて、やめる。


 地下の人間が何時いなくなって、

 どれだけの物資が残っていて、

 大ネズミは何処から入りこんだのかなど、


 考えても分かることではない上に退く理由にはならないからだ。


 命こそが掛け金であるゆえに。

 

 第一、前提として半世前からを想像したが、

 それ以前に誰かが侵入していれば表の痕跡からでは読み取れるわけがない。


 あれこれ考える前に動く。見た方が早い。至言である。


 古びた通路の先に一体何が待ち受けているのか。


 特段心躍るような事もなく、

 彼はただ有用なものがあることだけを願っていた。



     ◆



 通路の先では電子ロックを施された両開きの自動ドアが道を塞いでいた。


 先の石扉より断然薄いが、

 ピッタリと閉ざされているので何かを差し込んで無理に抉じ開けようとする事もできない。


 試しに軽く手の甲でノックをしてみた。

 コンコンと軽い音が鳴る。


 扉の向こうで音に何かが反応する様子はなかった。



 現状打破の解法は一つ。

 


 ゆえに数秒の逡巡もなく、

 前動作なく蹴りを叩き込むのだ。


 尋常ならざる膂力を土台に打ち込まれた衝撃により、

 自動ドアは両開きの接面より呆気なくひしゃげる。


 すると同時に向こうで何か重い物が多数落ちる音がした。


 ひしゃげて隙間ができた部分に両指を差し込み、開帳を強制する。




 なるほど、当然と言えば当然のことで、

 ドアの向こうには金属コンテナのバリケードが築かれていた。


 石壁の事も考慮して、もしも侵入者が現れた際の用心であろう。


 下部には大型のコンテナを置き、

 半ば辺りから小型のコンテナを積み上げることで作られたバリケード。


 蹴りが入ったのはちょうど大型と小型が入れ替わる層であった為、衝撃により土台が歪み上段の小型コンテナの一部が崩落した。


 その結果があの音というわけだ。



 しかし小型とはいえ十分に中身が詰まっているのに、ドアという盾を超えて奥の物を崩すとは。

 既にその怪力の一端を垣間見ているので驚きは少ないが、この男の身体能力のスペックは常人を遥かに超えているという評価は妥当なものであろう。




 さて、上部の小型コンテナが蹴りの衝撃が抜けていく方向へと落下したことからして、

 そうなるだけの余地が向こうにあるのだろうと推察する。


 であればこのバリケードを破るのはそう難しいことではない。


 再び大型と小型の入れ替わる層を狙って蹴りを叩きこむ。


 まるで中身のない段ボール箱にそうしたような容易さで、

 足裏が直に当たった部分は大きく後ろへ吹き飛んだ。


 そうして空いた部分に吸い込まれていくかの如く、

 整然さを欠いた左右のコンテナ壁がなだれ込み、

 連鎖的にバリケードは瓦解する。


 一分の隙もなく積まれていたコンテナであったら押し込んで動かすのは難しかっただろう。


 いや出来ないことはないが、単純にそんなことに労力を割くのは愚の骨頂であると言えよう。


 しかしこの様にあちこちに隙間のある、重心も何も考えられていない状態へと変わったバリケードを崩すなど赤子の手をひねるよりも楽なことだ。


 バランスの悪いコンテナの一つを軽く押し込んでやると、先程の瓦解がもう一度始まる。


 それを二、三回続けてみれば、彼が通れる道など簡単に拓けるのだ。




 邪魔なコンテナを無理やり足で除けて、立つ場所を確保しつつ侵入する。


 ドアの向こうは部屋ではなく、それなりに幅のとられた廊下の様であった。


 今しがた通って来た通路に直行するように伸びる廊下にはその両側に計六つのドアがあり、

 その外観が蹴り壊されたものと同様であることから、その向こうも既知の光景が広がっているのだろうと考えられる。


 見てみると、右も左も廊下の突き当りはそう遠くはない。


 まずは入り込んだ時の状態から向かって右の突き当りへと向かった。

 そこのドアには電子ロックがなく、横に引けば開いた。


 中は物置。


 プラスチックのバケツとそれに突っ込まれたモップ、

 洗剤やボロ毛布、詰まるところ日用品の備蓄がされている。


 今ではもう使いようがあるはずもないが。


 ふと、それらの中に日用品とも思えない、

 バケツと同程度な大きさの電動真空密閉型の金属容器が一つ、

 隠すように置かれているのを見つけた。


 しかし、内蔵バッテリーが切れているので蓋の開閉スイッチを押しても反応がない。


 であるが、奮、と一息気合を入れると

 彼の両手の指はメキリと音を立てて容器の側面を貫いた。


 そうしてこじ開けて、

 容器の中身は小脇に抱えられるくらいな大きさの麻袋。


 ああ、コイツはお宝だ。


 中身は黒々しいコーヒー豆。


 これはいい、好事家に法外な額で売りつけられれば相当な稼ぎになる。

 あるいは、知り合いのコーヒー狂いにふっかけるのも悪くない。


 ゴーグルの中の瞳を僅かに輝かせた彼は、

 ざっと見て他に目ぼしい物はないと見なし、

 麻袋を片手で抱き、今度は反対側の突き当りへと移動した。




 こちらのドアも物置のと同様であったが、思いの外向こうの空間は広がっていた。


 未だに残る生活感から推察するに、

 リビングかダイニングとして使われていた共同スペースだろう。

 広さは六十平方メートルほど。



 無機質なコンクリート造りの壁を彩っている落書きがあった。


 暗視フィルタのせいで黒でしか判別できないが、

 大きな笑顔マークとその横に『Always smiling!!』の文字。


 恐らくこの地下シェルターに逃げ込んだ後に

 悲惨な状況に負けぬように打ち立てた目標であったのだろうが、


 これを描いた人物も、共に過ごしていた者たちも既にいない。



 ある種静謐な空間で、かつてを知りながら依然としてこれを見続けるのは、

 向かい合う壁に面したキャビネットに座る、姉弟人形な彼らだけであった。



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