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アイアン’ズ ドリーム  作者: 三葉野黒葉
3/11

終わった世界と一人の男②

活動報告にも書いたけど、一章に会話文はないです


 用心していたような敵性体の襲撃はなかった。


 だが、気を抜くことはない。

 ナイフを構えたまま『視界のフィルタ』を切り替えるのだ。


 キリキリと何かを引き絞るような微かな金属音が聞こえたかと思えば、

 瞬時に彼の視界は暗視フィルタ特有の、あの黒と緑色だけで構成されるものへと変じた。


 地下室の内情が見える。


 ドアのすぐ近くには倒壊したいくつもの棚、

 コンクリートの破片、

 そして中身のない錆びた缶詰が数個。


 注意を払いつつ中へと踏み込んでいくも新たに発見された物は、上部が抜け落ちた二段ベッドと辛うじて原形を保っている大きな洋箪笥くらいか。



 部屋の中心に佇み周りを見渡すもこれといって目につくものはない。


 再びこめかみあたりから金属音が鳴り、

 今度は視界のフィルタがサーモグラフィーへと変わる。


 暗視フィルタのように内情を観察する為のものではなく、

 今度のこれは生物を発見する為のものだ。


 暫くそこに留まり様子を探る。

 体の向きを幾度か変え、やがて洋箪笥に背を向けた。



 刹那に見えたのは、視界の端に閃く高体温を表す赤い軌跡。

 突如、何かが襲来する。



 直ぐ様視界を暗視に切り替え、

 荒れる床を器用に駆け抜ける音と正対せんと向きを変えた瞬間。



 既に彼の眼前には艶めかしくも鋭い二つの光があった。



 残光が走る中、瞬時に彼は襲来したものを体長四十センチほどの生物だと認識する。


 より正確に暗視フィルタ越しに視界に映った姿を呼称するならば、

 それは異常なまでに巨大化した『ネズミ』である。


 げっ歯類特有の発達した門歯が剥かれ迫り来るが、

 しかし彼はその単純な突進を苦も無く避けた。


 空中で方向転換なぞ出来ない大ネズミは

 そのまま何にもぶつかることなく地面へと降り立つ。


 即座に獲物の方へと向き直るも続けて攻撃してくるようなことはなく、

 爛々と怪しく光る双眸を揺らめかせる。


 対する彼も腰を落として逆手に持ったナイフを構えた以外に攻め手に回ろうという動きはしていない。


 経験則から、野生動物のトリッキーな動きに対応するには

 受動的にかつ全体の行動を観察して動きを予測する事が必要であることを知っているからだ。


 目の前の一匹以外他に仲間がいる様子はない。


 ならばと、

 彼は大ネズミから目を離さずに一層腰を落として床に転がっていた瓦礫を手に取った。


 そして、それを対象に当たらずしかしすぐ傍に落ちるように狙って放り投げた。


 見事瓦礫は狙った場所に当たり大きな音を立てる。

 

 驚いた大ネズミはキィキィ鳴きながら

 床の障害物を縫うように大回りに走り抜けて、再度飛びかかった。


 先の奇襲とは違い今回は敵が何処から来るのかがよく分かっている。


 であれば、この程度の畜生に後れを取ることはない。


 この様な場所に独りで探索に来ている上に

 その事に慣れてすらいる彼のスペックは、

 たかがネズミ程度が相手になるようなものではないのだ。


 先の焼き増しの様な状態に対して、

 大ネズミの頭の付け根を左手で掴みそのまま力任せに床へと押し付けた。


 拘束を振り解かんとその巨躯を活かして暴れられるも、

 彼の膂力は並一通りではなく、決してそれが逃れることを許しはしない。



 そしてナイフが振り下ろされ、

 さくりと眼球を通り抜けて脳が貫かれた。



 断続的に甲高い悲鳴を上げやがて一度絞り出すように鳴いて、


 体を痙攣させ、その息の根が止まる。


 何の感慨もなく淡々とナイフを引き抜くと、

 半拍おいてゴポリと血が噴き出る。


 しかしながら、

 流れ出た血の量に比べナイフにはほとんど血が付着していなかった。


 代わりに、恐らくは脳味噌の一部と思われる生々しい小さな塊がへばり付いており、

 やがて刃を伝いピチャリと床へと落ちた。


 未だナイフは汚れている。


 彼はこれを二段ベッドの残骸に紛れていたボロ布で拭い取り、

 ナイフシースにしまうと、先ほど大ネズミが隠れていたと思われる洋箪笥へと近づいた。




 一見するとその洋箪笥に可怪し気な所はない。


 在りし日ですら特別目を引くような物ではないと思える程度の普通に普通な物である。


 ゆえにこそ、

 それに対して疑惑を覚えるようなことがないからこそ、

 より隠された何かが発見される可能性が小さくなるのだ。


 まず箪笥の戸の、中には崩壊するのもあったが、その全てを開けた。


 何も目ぼしい物はなかった。


 ただその過程で、これが少しだけ壁に沿わずに置いてあることに気がついた。

 まるでこの後ろに潜り込む為に片側を前へとずらしたかのようであった。


 この後ろに何かあると確信し、調べる為に位置を横へ大きくずらす。

 出てきたゴキブリが気色悪かった。


 だが見つけ出した。

 洋箪笥の後ろに、少しだけ奥へと開いた状態の分厚い石扉を見つけ出したのだ。




 本来の未だ電気が通っていた頃、

 この石扉は機械的な力を用いて開閉されていたのだろう。


 この厚さでは常人が手軽に動かせる重さではないのでそう推察する。


 然れども突然の非常事態、機械の故障か配電線の断線かあるいは別の原因か、

 とかくそのような理由から開閉が途中で止まってしまったのであろう。


 開いている部分は痩せ気味の大人が一人辛うじて通れるかどうかといったほどだが、

 当時の此処に逃げ込んでいた者はこの程度のものでも随分慌てたはずだ。


 なにせつまり、この石扉の奥はシェルターないし安全な場所へと通じる隠し通路だ。

 その入口が完全に閉ざせなくなったなど笑い事ではない。


 ゆえに、当時の某はこの隙間を隠す為に洋箪笥を置いて隠し、

 自分もその隙間を使って奥へと入ったが、

 その侵入方法からどうしても洋箪笥の配置が歪になってしまった。

 

 そう考えるとしっくり来る。


 先ほど始末した大ネズミはこの奥で成長し、

 偶々今か少し前かに此処へと入り込み、不幸にも彼と出くわしてしまったと言ったところか。


 得心してから、おもむろに閉まりきっていない石扉へタクティカルグローブに包まれた両手を押し当てた。


 次いで左足を軽く前に、右足を後ろに。

 足裏で地面を掴むように踏み込んで、

 そして力の限り両手を押し込んだ。


 あろうことかこの分厚い扉を人力でこじ開けようというのだ。


 人ならざる力を用いて漸く開閉できる物を個人でどうにかしようというのが馬鹿げている。


 だが、押し始めてよりほんの数秒後。


 物々しく鈍い擦過音と共に石扉が徐々に口を開けてゆき、



 果たしてその背はピッタリと壁へと密着した。



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