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おとしもの。  作者: くくのち
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邂逅

この現代の日本で、義務教育である中学校を卒業出来ない人間は何人いるんだろうか?

担任の教師が言うには卒業に必要な出席日数があり、足りないと留年することになるそうだ。


別に健康を害した訳でもなく、家庭に事情がある訳でもなく、事件に巻き込まれた訳でもないケースで卒業出来ないなんて説明する教師にはなんとも呆れる話だっただろう。


とはいえ行かねば卒業出来ぬと言われた以上、嫌でも登校しなければならなく精神的に重い身体を歩かせ久しぶりに学校へ向かったのであった。


教師や同級生には疎まれていて、時には貶され嫌味を言われ偶に絡まれたりしたものの俺は虐められているとすら思ってなく、性格的に我慢が出来なかったら反発できる自信を無駄に持っていたし、なんだかんだで誰がどういうやつで、集団ではなく個人として接すれば普通の人ばかりだと知っていたからだ。


それに入学してから友達が一人も居なかった訳でもない。

寺育ちの塚原栄治とはクラスが一緒になった事はないが、帰宅部で登下校を共にし趣味が合い親友だとすら思っていた。


「本当に来たのか、来る来る言っといて毎回いつも来ないから今日もそのパターンだと思ってたわ」

「どうせ授業出たところでとは思うんだが、留年なんてしたくないからな」


こいつといると重い気分は多少にしろ楽になる。

お互いに気心の知れた間柄でクラスは最後まで同じになることはなかったが、一緒に登校することで俺は教室まで辿り着くことが出来た。


教室の前で別れ、ここから先は一人になる。

重い気分で扉を開けるとそれまで騒いでいた教室いる連中が一瞬にして鎮まり、集団の視線が俺を異物のように感じさせる。


この教室に、俺の居場所は無かった。


だが、ここまで来ればもう俺は大丈夫。

動悸を抑えいつものことかのように自分の席に着き、軽く周りの連中に声をかけ寝る姿勢に入る。


すると教室は興味を無くしたのか元の空気に戻り騒がしくなり、疎外感を覚えつつも時間が過ぎるのをただひたすら待つ。


学校を行ったり行かなかったりしていたからこの感覚は知っていて、久しぶりに来る時はいつも最初は異物を見るような目で見られその後は居ても居なくても同じような扱いで、そういう意味ではいつもと変わらぬ日常だった。


ただ一人、俺を凝視していた女の子がいたことを除けば。


「驚天動地だ...」

「そこまで言うのかよ栄さん」


昼休みの時間、学食を食べ終わり食堂から早々と教室に戻り誰もいない教室で机の中に入っていたゴミを捨てていると、朝には入っていなかった手紙みたいな可愛い紙キレが中に入っていた。


筆跡は明らかに女の子が書いたと思われ、そこには時間帯と人があまり訪れない場所と話したいことがあると、まるで告白を期待させるかのようなことが書いてあった。


「いや、ないな」

「なんかムカつくけど俺もそう思うよ」


クラスの誰かが悪戯に揶揄うためこんなのを用意したのかと一瞬は思ったが、よくよく考えると基本的にあのクラスの男子と女子は仲が悪く、そしてそこまで性格が捻くれたやつは居ないと信じたい気持ちもあった。


紙キレも筆跡自体も可愛らしいが、内容はいたって事務的というかお前と話してる所なんて人に見られたくないから、こっそりこの場所に来いとでも言いたげな感じだ。


「行くん?残るなら俺は先に帰るよ」

「薄情なやつだなぁ...」


しかし、もしかしたらもしかするかも...こんな好機は俺の人生ではもう二度と無いのかも知れない。

もう進学しないと決めた今、この時この瞬間が最後の学生生活なのだった。


仮に前から絡んでくる藤森が犯人ならそろそろ我慢の限界だ、相手が一人の時を狙って強襲仕掛けて、とそれからはもう授業中に考えることは淡い恋の期待ではなく、どう暴力を回避し復讐出来るかに変わってしまった。


後になって聞いた話だが、待ち合わせ場所に行く時の俺は武器を持ってまるで決闘にでも行くようだったという。


放課後を図書館で時間をつぶしてから呼び出された場所へ歩いていると様々な音が聞こえる。

運動部の掛け声やら吹奏楽部の音色、放課後に教室に残りお喋りし笑う声を聞きながら窓を見ると綺麗な夕焼け。


普通にどこの学校でもある普通な光景、日常。

だけど俺はそれが途轍もなく羨ましかった。


なぜ皆んなと同じように普通に勉強し、普通に通学することが出来なかったのだろうか?

確かに授業として教室に拘束されるのは好きではなかったが、それは皆んな我慢していることだと思う。


人間の最大の敵であるがん細胞は、早期の発見が治療の鍵を握ると言われていて症状を放置しているとがん細胞が転移し治療が困難になってしまう。


つまりは自分の問題も早期に解決せずに問題から目を背け続けたことによって、もう解決することが出来ないところまで来てしまったわけだ。


あの時やっていれば、この時こうしていれば。

今になっては思うが、当時はたとえタイムスリップして俺が俺に危機感を煽ったとしてもやりはしなかっただろうし、開き直りではないが出来なかったことは出来ないのだ。


そんなことを考えながら、学校の殆ど使われていない物置場と化している部屋に辿り着き深呼吸してから扉を開けた。


どうせ誰も居ないだろうと思っていたが、そこには扉が開いた音に驚いたのかこちらに振り向いて目を見開いた女の子がいた。


「あっ...」


そして女の子は俺の顔を見ると俯き、静寂が場を支配するも俺は想定外の出来事に、心臓の鼓動を落ち着かせようと必死になる。


思考が瞬時に有らゆる可能性を掲示してくる。


女の子が入れた便箋の机が違っていた?

女の子を使い他の誰かが隠れて笑っている?

女の子も誰かに悪戯で同じような便箋を入れられた?


この時になっても本気で女の子が俺に用があるなんて可能性を微塵にも考えることはなかった。


あたりを見回すも誰かが潜んでいる気配はない。

改めて女の子を見ると、肩までの若干短い黒髪で泣きぼくろを隠そうと髪に手をやる仕草が可愛らしく、この俺でも名前は知っているほど男に人気のある人だった。


「...桜井さん、だよね?自分に手紙をくれたのって」

「うん、平山くん...久しぶりだね」


彼女の名前は桜井千春といい、会話するのは学校に入学してから実は初めてだったりする。


「吃驚だよ、こんな手紙を貰うこと自体が初めてだから最初から悪戯かと思ってたよ」

「そうなの?だからあんな顔してたんだ...私は呼び出されて怒っているのかと思っちゃった...」


「それで、俺に何の用なの?確か桜井さんは生徒会にいたよね、俺が居なかったことで何か困ることとかあったり迷惑だった...?」


淡い恋の期待なんてするもんじゃない、冷静に考えて彼女が自分に呼びつけてまで言いたいことを考えるとそれぐらいしか思いつかなかった。


しかし俺は、彼女の目から光るものを認識した時、冷静には居られなかった。


自分と彼女しか存在しない教室が夕暮れ時に染まる。

彼女の目からは涙が頬に軌跡を作り雫となって落ちていく。



その美しい場面はまるで物語のようで、俺の心にとても深く、深く残り、刻まれていく気がした。



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