プロローグ
タイトルですが、正式には「トリスッツァ」に、なりますが、敢えて「トリステア」にしています。
長めになる予定です。
残酷な描写はないとは思いますが、もし出てきた場合は申し訳ありません。
プロローグ
黒い炎が轟轟と空気を巻き上げながら、渦となってその身を包み込んでいく。
白く透き通った肌は、炎の橙に染まり、好きではないと嘆いていた朱茶けた髪は、赤黒く踊る炎とひとつになって空へと伸びていく。
熱に焼かれ炎に曝され。悲鳴は既に絶えていた。
それでもまだ、民衆には、火を放った兵には、立ち竦む男には、炎を纏って天空へ両手を掲げ上げた女の声が耳に残っていた。
「国とは、王とは、民とは、人とは、街とは、この世界とは!!」
焼け爛れた筈の喉から、もう出ない筈の声が朗々と流れ出た。
「なんだなんだなんだなんだ!!
なぜっ、なぜっ、なぜっ!!!!」
-なぜ、私が火に焼かれ、愛した人々に憎悪を向けられるのか … ―――
涙も既に枯れ、瞳は何も映さず、女の視界にはただ、塗り潰された黒と、揺れる赤に染まり、愛する男の姿さえ見つけられずにいた。
もう二度と、二度と女は男をその瞳で捉えることはないのだろう。
「この空さえも……赤く染まり、憎しみの色をしているではないか……」
どんなに見開いても、天空の蒼は憎悪で赤に塗り潰されていた。
もう一度だけでも、触れたかった髪も、聞きたかった声も、見せて欲しかった笑顔も、もう女の元へ訪れない。
放たれた炎が壁となって、絡みつく炎が鎖となって、女から生命という自由を奪い去って行く。
「この世界に、救いなどないではないかっ!!
ただ愛し、ただ与えた者に、世界が何を与えてくれたっ!
請われるままに与え、慈しんだ者に、国は、王は、民は!!
何を返し、何を救い、何を与えてくれるというんだっ!!!!
奪うばかりではないかっ!!」
女は天を仰ぎ、両の手の平を突き出して吠えた。
「私から愛するものを奪うばかりの世界なら、私はもう、この世界を愛したりはしないっ!!」
炎を囲う様に、一点を見つめる民衆は息を呑んで女の言葉を聞いていた。
そのあまりの言葉の重さに、女の声の悲しさに、込められた憎しみの凶々しさに、女に薬を請い、熱が出たと夜中に頼り、貧しさに乞いた人々は、足を動かせずに、ただ立ち竦むことしか出来なかった。
ただひとり、炎へ向かって呼びかけ、兵に取り押さえられながらも両手を伸ばす男が、焼かれる女へとひたすらに声を振り絞っていた。
「国よっ!王よ、民よ、人よ、街よ、世界よっ!!」
そして女は一度、灼熱の空気を胸へと大きく吸い込んだ。
「歪な世界しか作らぬ歪んだ神よ!!」
―私はこの世界を、神を愛しはしない ―
肺を焼く熱に大きくむせながら、女は炎に飲み込まれていった。
憎しみによって紡がれた呪詛の声が、夜に響き、世界を包んだ。
「あ……ああ……あああああああああああっっ!!」
そして、世界にはまたひとつ救われない憎しみが生まれた。
ただ愛し、ただ求め、与えられる幸福を守り、返していく未来を望んだ男が、愛しい人を、国に王に民に人に街に世界に神に、奪われた。
「ああああああああああああああああっっっ!!!!!」
― さようなら愛しい人、ありがとうって、もっと沢山言っておけばよかったね ―
「―――っ…!!」
あの日、叫んだ君の名前をもう、俺は思い出せない。