お誘い
その後、チームを変えて二回やると、夕方になり子どもたちは門限があると言って帰って行った。
時和と二人で子どもたちを見送ると岐路に着いく。
「久しぶりに動いて楽しかったわ。またみんなでやりましょ」
体を解すように背伸びをする時和。
「それよりなんで小学生と遊ぶことになったんだ?」
「偶に公園に寄るとみんなが遊んでいるから入れてもらうのよ」
道理で小学生たちと初対面じゃないと思ったら、これが初めてじゃないのか。
「お前なぁ。そんなことするなら学校の奴と遊べばいい。そんなんだから友達ができないんだよ」
そのために学校通ってるんじゃないのか。
「学校のみんなと遊ぶとお金が掛かるから遊べないのよ。それに最初はみんな誘ってくれていたけど断り続けたら誘われなくなっちゃったわ」
確かに高校生の遊びには金が掛かる。カラオケ、ボーリング、映画、どれをとってもとても安いとはいえない金が必要だ。
これが時和に友達ができない原因か。
一つ目は時和自身が臆病になっていること。
二つ目が高校生は人の裏側や秘密に興味津々なこと。これは個人の努力でどうこうできる問題じゃない。
そして最後が人間の世界で生きるうえでの必要最低限なものを持っていないこと。
この三つをどうにかしないと時和に友達はできない。
つまり気持ちと金があればいいわけだ。
「それよりどうして縁くんが私が友達できないことを知ってるの」
そこで口が滑ったことに気が付いた。このことは百目鬼から教えてもらったことで時和本人からじゃない。
でも、口止めされてたわけじゃないし。
「百目鬼ね。まったく普段は無口なくせに口が軽いんだから。縁くんも私が友達のいない悲しい神様だと思っているようだけど違うわよ」
「へぇ友達がちゃんといるのか?」
「もちろん。休み時間にはみんなと話すし、移動教室の時はみんなで一緒に行くわ」
「でも気の許せる友達はいない、と」
時和は「う、むぅ~」と言い淀む。
「気になってたんだけど、時和の言う気の許せる友達ってどの程度行ったそう呼べるんだ?」
「自分の正体を明かせるくらいかしら?」
ポツンと出た言葉はかなりハードなものだった。それはつまり時和が神様だ、と知っても普段通りに接してくれる友達ということだ。
それは流石に無理じゃないか……。
「時和、もう少し現実的なものにしないか。休日一緒に遊んでくれるとかさぁ。じゃないと三年間で気の許せる友達なんてできないぞ」
というか信じてすらもらえないだろ。
「私はそんなことで妥協したくないの。それに自分の正体も明かせない相手が気の許せる友達とは言えないわ」
「確かにそうだけど……。時和、正直言ってそんな奴いない。お前の正体を知ってもお前を普通の友達として接してくれる人間なんてこの世には存在しない」
突き離すようなことを言っていると自分でもわかってる。でも、誰かが言わないといけない。時和が思っているほど人間は出来た生き物じゃない。自分と違うものは遠ざけるし嫌う。
そんな考え方でいたら傷つくのは時和だ。
そのために厳しく言い放ったつもりだったのだが、時和はこっちを向いて微笑む。
「いるわ」
「時和、もう少し現実を見ろ。人間はそんな綺麗な生き物じゃない。神様のお前ならそのぐらいわかっているのだろ」
ここで引いちゃダメだ、と強気で言った。
だけど時和は微笑んだまま――
「だって縁くんは私と一緒にいてくれるじゃない」
とだけ言った。
「……」
二の句がでなかった。「俺にはこの目があるから」だとか「百目鬼に頼まれたから」だとかいろいろ返す言葉はあったのに、何も出てこなかった。
時和が自分をそんな風に思ってくれていたことに驚いた。俺自身、ただの便利な人間としか思われてないと考えていた。だからあの言葉がこうも心に突き刺さった。
そんなこと言われたら協力するしかなくなるだろ……。
「おい、お前今度やる一年生の親睦会知ってるか?」
「親睦会? 初耳だわ」
もともと俺が公園に来た本当の目的は親睦会に誘うためだ。いろいろと遠回りになったけど。
「その名の通り親睦を深める会なんだけど。お前、行くか?」
そう言うと時和は目を見開いた。
「もしかして誘ってくれているの?」
「まぁそうだな」
そうはっきり言われると恥しいものがある。
「そう。縁くんから何かに誘ってくれたのは初めてね。なんだか嬉しいわ」
と本当に嬉しそうな顔をする。
「それはお前がいつも俺を連れ回すからだろ」
「あら、じゃあ私が誘わなかったら誘ってくれたの?」
「…………」
そう言われると誘わなかっただろうなぁ。
「ほら見なさい」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてあるわ」
無意識に顔を触ってしまった。
その姿を見て笑っている時和を見てしまったと思っても遅い。時和の目は「ほらやっぱり」と言っているようだ。
「まぁいいだろ。今、誘ったんだから。それで行くのか行かないのか」
「そうね。縁くんがエスコートしてくれるって言うなら行ってあげもいいわよ」
「親睦会だってのに俺がエスコートしていたら意味ないだろ」
「それもそうね」
あっけらかんと言う時和。
コイツやる気あるのか。
「なら行かないわ」
「はぁ!」
思わず声を上げてしまった。
やる気以前に行く気がないのかよ!
「お前、だって友達がほしいんだろ」
「ええ。でも、お金が掛かるんでしょ?」
そうかそこを気にしているのか。
「縁くんにお金のこと教わってだいたいの価値はわかっているわ。これ以上誰かにお金のことで迷惑かけたくないの」
「俺の小銭はとっただろ」
「あれは勉強のためよ。使ってないし後で返すわ」
そう言われると俺が六六六円程度でウジウジ言ってる器の小さい人間の思えてしまう。
思い通りに伝わらない苛立ちから頭を掻く。
「あのさ、今まで散々連れ回しといて、今更遠慮とかするな。確かに金は掛かるけど千円だ。俺にだって二人分くらいは出せるし、このままだと友達なんて出来ないままだぞ」
そう言われて時和は梅干しを食べたような渋い顔をした。俺の言葉と自分の信念が戦っているのだろう。
まったく常識があるんだか、ないんだかよくわからない奴だ。ほぼ毎日のように俺を呼び出して連れ回すくせに、金のことになると消極的になって遠慮する。その二つを足して二で割ったらいい感じなるな。
そんなことを考えていると戦いは勝敗がついたようだ。
ジッとこちらを見つめたかと思うと、腰を四十五度に曲げた。なんとも洗礼されたお辞儀だ。
「よ、よろしくお願いするわ」
何今更改まってるんだ、と思わず笑いそうになったが耐えた。
譲歩した結果、礼を尽くすことで自分の尊厳を引っ込めたらしい。その決断を笑うのは失礼だ。
「わかった」
こうして俺と時和は親睦会への参加が決まった。