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神様な彼女  作者: Uma
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理事長からの呼び出し

 六時間目の数学。なんとも気の弱い教師による授業は、まるで幼稚園のお昼寝の時間のように生徒たちが睡眠をとっている。

 その隣の席。篠崎もその一人なのだが。

 ぐぅ~~~。

「があぁ~、すぅ~、があぁ~、すぅ~」

 なぜかイビキと腹の虫が合掌していた。

 昼休みは俺と親睦会のことで話していて昼食を食べ損ねたことは知っている。その原因が俺にもあることも。

 だが、どうして、こんなにだらしないんだか、器用なんだか、わからないことができるんだ。

 おかげで授業中に寝ていない俺は集中して受けられなかった。

 授業が終わって文句を言ってやろうと席を立ったところで、教室にあるスピーカーから放送が入る。

『一年三組、五月女縁。至急理事長室まで来い』

 教室内が急に静かになった。

 この声は百目鬼だ。しかも相変わらずのぶっきらぼうな言い方で怒っているように聞こえる。

 教室内からは、

「なにやったんだ、五月女のやつ」

「理事長室に呼び出しって聞いたことないぞ」

「そういえばほら五月女って時和さんに手出してるって噂だから理事長が怒ったんじゃない」

 とこそこそと聞こえてくる。

 頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、理事長室へと向かう。廊下で知れ違う生徒たちの視線が痛い。まるで珍獣でも見るかのような目だ。

 理事長室前に来ると、自分の身なりを整える。たとえ理事長が百目鬼でも理事長室に入るのは緊張する。

 覚悟を決めてノックをする。

「五月女です。呼ばれて来ました」

「入れ」

 扉越しからの返事を確認して中へと入った。

 理事長室というから校長室より装飾が多いのかと思ったが意外と素朴な部屋だ。

「呼び出して悪い。座ってくれ、今コーヒーを淹れる」

 と百目鬼はソファーを指す。

「いや、すぐに教室に行かないとホームルームが始るからいい。それより早く要件を話してくれ、百目鬼」

「学校では理事長だ」

「話してくれませんか、理事長」

 意外ときっちり公私を区別するタイプみたいだ。

「安心しろ。お前の担任にはホームルームに行けないこと言ってある。話が終わればお前はすぐに帰れるようにした」

 それは手回しが早くてありがたいが、ホームルームにいなかったらまた変な噂が立ってしまう。出来るなら早く帰してほしいのだが、理事長にそこまで言われて「それでも帰らせてください」なんて言えない。

「わかりました」と素直に頷いてソファーに座った。

 コーヒーの入ったティーカップがテーブルに置かれると話が始る。

「お前、今度やる一年生の親睦会は知っているか?」

「はい、友達から聞きました」

「…………」

 百目鬼はコーヒーを一口飲んだ。

「お前、友達いたのだな」

 なんで俺の周りにはこうも失礼な奴が多いんだ。

「それなら話が早い。できればそのパーティーに天音を誘ってほしい」

 親睦会の話が出た時点でなんとなくわかっていた。

「それは別にいいですけど、どうして自分で誘わないんですか?」

「……天音は俺から金銭的な工面を受けることを快く思ってないんだ。この高校への入学も私が周りを押さえつけてどうにかできた。もちらん入学金や授業料なんかも俺が払っている。天音はこれ以上迷惑はかけられないと思っているらしい。だから私が親睦会に誘ったとしても来るかどうかわからない。もしかたら嫌な思いさせてしまうかもしれない」

「待て、時和は俺が教えるまで金の価値なんて知らなかったんだぞ。その時和が、そんな気を遣うのか?」

「金の価値を知らなくても、人に金を払わせることが失礼なことぐらいは知っているんだろう。確かに時和の自我が生まれたのは最近だが、そのぐらい礼節はわきまえているさ」

 百目鬼は無表情でたんたんと語る。だが、明らかに様子が違う。初めて会った時の無口な性格はどこに行ったんだと思わせるくらいよく喋る。いや、時和湖の宴会の時もこれくらい喋っていたかもしれない。その時も確か話していた内容は時和についてだ。

 百目鬼は時和が好きなんだろう。恋愛感情という意味ではなく、親が子を想う感情のような意味で時和を大切に思っている。でなければ、こんな面倒な親睦会を開催したりしない。

 時和は恵まれていると思う。こんなにまでも自分を想って大切にしてくれる奴がいるのだから。

「わかりました、引き受けます。でも一つ訊いていいですか?」

「話せることなら」

「どうしてそこまで時和を大切にするんですか?」

 だから俺は時和に嫉妬した。自分を深く理解してくれる人がいることに嫉妬してしまった。

 言葉は荒くなり、質問もこれではまるで挑発だ。

 なんで他人をそこまで大切に思える、そんなことをして本当に意味があるのか。

 この質問を俺はこんな意味を込めて言い放った。

 百目鬼は数秒黙った後、口を開いた。

「かなり昔の話になる。俺はある山の大将として妖怪やアヤカシを引き連れていた時期があった。だが、領地を広げようとする他の妖怪の勢力と抗争を起こして負けて、辛くも逃げ切った俺はここに流れ着いた。その時、体はズタズタで満身創痍だった俺を助けたのが、時和湖の一つの自我として目覚めたばかりの天音だった」

「つまり恩返しってことか?」

 百目鬼は首を横に振る。

「いや、恩返しってだけで何十年も誰かの傍にいたりしない。俺は天音の広い器に惚れたんだ。どんな醜悪で邪悪な妖怪でもアイツは受け入れる。それで仲間にして前のように宴会をしてるんだ。誰でもできるようなことじゃない。現に俺は争うことでしか仲間を作れなかったし守れなかった。俺には何年かけてもできないことをアイツは無意識でやっている。それを知った時、俺は天音の力になろうと思ったんだ」

 前に俺は天音と自分が似ていると思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。天音には誰とでもやっていけるし、仲良くなることができる。こっちの世界だと、自分の正体を知られるのを怖がって少し臆病になっているだけだ。俺と接しているような、妖怪やアヤカシたちと宴会をしているような時和を見せれば人の友達になんてすぐできる。アイツはそういう奴だ。

 さっきまでの自分が恥しい。なにを嫉妬していたんだ。だいたい人間の高校生が神様に嫉妬ってどれだけ生意気なんだ。

 自己嫌悪に苛まれる。だけどそのことに気付けたのは良かった。

「そうですか。話してくれてありがとうございました」

 コーヒーを飲み干してその場を立ち上がった。

「いや俺もお前に話せてよかった。これからも天音のことを頼む」

 これまでのことを思い返すとすぐに「はい」とは返せなかった。当たり障りのないように「努力はします」とだけ言っておいた。

 理事長室を出てすぐに教室に荷物を取りに行った。教室には何人かの生徒が残っているようで、俺が入るとすこし雰囲気が重くなった気がした。なぜか本格的に時和さんに手を出している悪人として定着しつつある。

 そんな雰囲気に耐えられるはずもなく、さっさと教室を出た。

 昇降口までくると、靴を履き替えるために下駄箱を開ける。

「今日はないな」

 この頃は履き替える前に下駄箱に便箋が入ってないか確認するのが習慣になってきている。今でも時和は俺を呼び出すときに便箋を使っているのだ。前にその理由を訊くと「そっちの方が二人だけの秘密みたいでいいでしょ」と茶化すように言っていた。

 まったくもって自然環境に悪い神様だ。

 とりあえず放課後が自由になったことで解放感が生まれた。今日は家でゆっくりできる。久しぶりに昼寝でもしようか、なんて考えてコンビニの前に差しかかった時、不意に頭になにか当たった。当たったというより後頭部に何かが触れたと言う方がいいだろうか。

 振り返るが、そこには誰も何もない。不思議に思って後頭部を撫でるが特に何か付いているわけでもない。

 気のせいと思い、歩きだした瞬間、何かを踏んだ。

 足元に視線を向けると、そこには便箋で作られた紙飛行機があった。しかもこの便箋は時和のものだ。

「まさかな」

 ただの偶然だろう、とそれを拾い上げて紙飛行機をただの一枚の紙にした。

『学校近くの公園に大至急集合』と書かれていた。

 俺は慌てて辺りを見回した。そこに時和の姿もなく、紙飛行機を飛ばしたような人もいない。

 じゃあいったいこれは何処から来たんだ。

 考えるのは後にして公園に向かって歩き出した。たぶんそこへ行けば答えはわかる。


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