不本意な写真
その帰り道、時和は二枚撮ったうちの最初の一枚を記念として貰い、その写真を見つめて嬉しそうにしている。
そこには満面の笑みの時和と慌てふためく俺が映し出されていた。
「なぁその写真捨てないか?」
「ダメよ」
即答だった。
「こんなによく撮れているのに何が不満なの?」
「いやよく撮れてないだろ。俺、かなり慌ててるし」
「それがいいんじゃない」
「おい、やっぱり捨てろ」
コイツこの写真使って何しでかすかわかったもんじゃない。
「ダメって言っているのが聞こえないの。そうね、じゃあこの写真で私の頭ぶったこと許してあげるわ」
最後の最後にそれを盾にしてきた。
こうなったら諦めるしかない。
「それにしても今日は楽しかったわ。パフェも美味しかったし」
そうだ。俺は一番訊きたかったことを訊いていない。
「お前よくあのパフェ全部食べられたな。何か神様の力使ったのか」
「確かにあれは私みたいな神様じゃないと食べられないわね。人には無理だわ。でも、力と呼ぶには大げさかしら。私は神様だから食べなくても平気っていう話はしたわね」
頷く。
「それはつまり食べても太らないし、満腹感もないってことなの」
「それってつまり無限に食べられるってことか?」
「そう、だからあのパフェが食べられたってわけなの」
それならそうと早く言ってくれ。あの時俺がどれだけ慌てたことか。
そう呆れていると不図思った。
食べても、食べても満腹になることはなく、無限に食べ続けられる。ただ聞けば別にどうってことのない、聞く人が聞けば便利とさえ思うかもしれない。それはつまり食べるという行為で満たされないということじゃないか。
それは便利なことではなく、不便、いや苦しみにさえ感じる。
これは人間としての価値観であって、神様の時和はそう感じてないかもしれない。
けど俺にはそう感じる。
俺はできれば神様なんかにはなりたくない。
「でも、縁くんから貰ったあのめろんそーだって言う飲み物には驚いたわ。飲んだら舌がヒリヒリするのだもの。毒でも入っているかと思ったわ」
考えごとをしていると時和が話しかけてきた。
暗い顔を一度リセットする。
「だからって店の中で毒が入っているって騒ぐことはないだろ。店員と客どん引きだったぞ」
その後、俺が必死に誤解を解いた。流石に炭酸飲料も飲んだことがないお嬢様っていう言い訳は怪しかったかもしれないが。
「だいたいなんで炭酸飲料を知らないんだよ。お前高校生だろ」
「しょうがないわ。私の自我が生まれたのは、まだ十五年前だもの」
時和がとんでもないことを口走った。
「待て、時和はもっと昔からあったんじゃないのか?」
「ええそうよ。でも、土地が生まれたからってすぐに土地神が生まれるわけではないわ。土地神はその土地を想う人の気持ちや想いで生まれるんだから」
となぜか偉そうに言う。
「ってことはなんだ。お前は俺よりも年下なのか?」
「そういうことになるわね」
二の句が継げない。あまりの事実に驚きが隠せない。
だが、神様だからすごい長生きだろう、と勝手に思っていたのは俺だ。時和は一言もそんなことは言っていない。
そこで今日のパフェの値段を思い出す。
「もしかしてお前、金の価値を知らないんじゃないのか?」
「お金? 触ったことすらないわ」
道理で平然と一万円のパフェを人に奢らせようとするわけだ。
「いや待て。じゃそもそもお前はどうやって高校に入学したんだ」
高校に入学するとなれば、金だって必要だ。
「百目鬼に頼んだら、入学させてくれたわ」
「……」
物凄く他力本願だった。
この神様は高校に入学して二ヶ月間、よく生活してこれたな。せめて金の価値くらい知っていないとダメだろ。
「ここでちょっと教えるから覚えろ」
と道中だが財布を出して、二枚のお札を取り出す。
「これが五千円でこれが千円だ」
「どちらも人の顔が映っているわね」
お札をしまって、今度は小銭を取り出す。
「順番に一円、五円、十円、五十円、百円、五百円だ」
「そんなにたくさん覚えられないわ」
「覚えろ。これから最低三年間はこっちで生活するんだろ。知らなきゃ不便だ」
人間なら不便なんてレベルじゃない。普通生きていけない。
神様のコイツだから許される無恥さだ。
「これが一円、これが十円、これが百円」
時和は俺から渡された小銭を触りながら呼んでいく。
「これが五十円?」
「それは五円だ」
「どっちも穴が空いていて見分けづらい。これが五円ね」
と五円玉を持つとそのままジッと見つめる。
「つまり五円は縁くんってことね」
「はぁ?」
どうしてそうなる。
「だって五円を言いかえるとご縁でしょ。ほら縁くん」
「そんな言葉遊びはいいから覚えろ」
「覚えるために言っているのよ。縁くんは五円って覚えればいいわけね」
コイツは喧嘩を売ってるのか?
時和湖に着く頃にはすっかり覚えたらしく。言い詰まることなく、それぞれの金の名称を言っていた。
「ねぇ、このお金私にくれない?」
と別れる時にそんなこと言ってきた。
「別にいいけど、五千円と千円はダメだ」
五百円はオマケでいいだろ。
「え、どうしてその二つだけダメなの?」
まぁ名称を覚えたところで、その価値を知らなかったら意味がないけどな。
それは追々教えるとしよう。
それからも時和の呼び出しは何度かあった。
時和湖の湖畔の雑草が伸びてきたから草むしり手伝えとか、お寿司が食べてみたいから店に連れてけとか、昨日なんかは釣りがしてみたいとか言い出したので、釣竿を貸して時和湖でやらせた。流石に自分自身に釣り糸を垂らすのが不服だったのか、すぐに止めていたけど。
未だに俺と時和の呼び、呼ばれる関係は続いているわけだ。
だからこんな日もいつかは来ると思っていた。
「おい、五月女。お前時和さんと付き合ってるって本当か?」
昼休み。さっき食堂へ行ったはずの篠崎が飛んで戻って来た。
「また噂か?」
「そうだよ。食堂で今さっき聞いたんだ。時和さんと五月女が付き合ってるんじゃないかって。どうなんだ。どうなんだっ! 五月女っ!!」
篠崎が俺の机を叩く。目が血走っていてかなり怖い。
「いや、付き合ってない」
「嘘吐くな! ネタは上げってんだよ!!」
ここは取調室か。
「商店街の喫茶店でツーショットの写真を見たって言う奴もいるし、駅前の回転寿司でお前たちを見かけたって奴もいる。これはデートじゃないのか? どうなんだ!」
コイツは俺がどう言えば納得するんだ。
「だから俺と時和がそんな関係じゃない。確かに俺は写真も撮ったし、回転寿司も行った。でも、それはただの友達として付き合わされただけだ」
そう説得すると「つ、付き合わされた」となぜか頭を抱えてそのまま崩れ落ちた。
「付き合わされた……つまり向こうから誘ってきた。向こうから、つまり脈アリ。可能性大……」
なにかぶつぶつ言っている。
怒ったり落ち込んだり忙しない奴だ。
そんな篠崎はほっておいて俺はさっさと昼食を食べ始る。コンビニで買ってきたパンたちを広げる。
まずは焼きそばパンから、と一口食べると、篠崎がバッと立ち上がった。そして俺に顔を近づける。
「顔近いぞ」
俺の要求は無視して、篠崎はべらべら喋り出した。
「お前と時和さんの友達以上恋人未満な関係は認めよう」
いや誰もそんなこと言ってない。
「だからそのお前に頼みがある」
「頼み?」
「実は今度、一年生親睦会という名目でパーティーをすることになったんだ」
「この時期に親睦会って、ちょっと遅すぎるんじゃないか?」
「いやいやまだ他のクラスで知らない奴とか多いだろ。それにお前みたいな奴もいるし」
大きなお世話だ。
「だからこの親睦会で友達をいっぱい作ろうって計画だよ」
どうも胡散臭い。だいだい最初に親睦会という名目って言っているし。
「口実はいいから。本当はどういう会なんだ?」
「男女の出会いの場の提供」
「…………」
まぁなんとなく予想は出来ていたけど、こうもはっきり言われると呆れてしまう。
そしてこの話の流れでくれば、俺への頼み事もなんとなく予想できる。
「それで俺に時和を誘ってきて、というわけか?」
「流石は五月女、察しがいいな」
思わず溜息が漏れる。そんな面倒なことをなんで俺から誘わないといけないんだ。それに時和がそんな怪しい会に来るわけ…………どうだろうなぁ。
時和は友達をほしがっているし、名目だけ聞けばのこのこ行くかもしれない。
「なぁ頼むよ。場所は駅前のホテルのパーティー会場でやるんだ。結構本格的だろ」
確かに駅前のホテルって言えば結構な高級ホテルだ。
「よくそんなところで出来るな。参加費とか高いんじゃないか?」
誘って時和が行くとなれば必然的に俺も行くことになる。そうなれば時和の参加費も俺が払うのだ。一人分でも高かったらその時点で断ろう。
「そうだろ! だが何と参加費はなんと一人千円だ! 学校の方で少し負担してくれるんだよ」
「学校が? てことは学校側も公認しているってことか?」
「そうだ。なんでも理事長がポケットマネーを出してくれたらしい。ホント、理事長様々だよ」
理事長、つまり百目鬼が認めたわけだ。
なんとなく意図が察せた。
つまりこれで問題はクリアしてしまったわけだ。百目鬼が公認してるってことは不純な場でもないんだろう。
「わかった。それとなく話してみる」
「それとなくじゃダメだ! 真剣に話せ! 時和さんが来るとなれば盛り上がるし、参加者も増える」
「わかった。真剣に話す。それで日時は」
昼休みは親睦会の説明を訊いて終わった。