神様の騒がしい宴会
百目鬼が俺の傍からいなくなると時和が「やっと話し終わったようね」と言って近づいてきた。どうやら話し終わるまで待つという常識は持ち合わせているらしい。
「縁くん、野球拳するわよ」
一瞬思考が停止した。まさか、神様の口からそんな言葉がでるとは思わなかった。
「おい、そんなゲーム何処で知ったんだ」
「友達に教えてもらったの」
百目鬼、どうやら時和にはちゃんとそういうくだらない話ができる友達がいるようだ。
「一度やってみたいと思っていたの。やりましょ」
「なに言ってるんだ。するわけないだろ」
「なに、負けるのが怖いの? 大丈夫よ。神様は器が広いからハンデをあげる。私が一回負けるたびに二枚脱いであげるわ」
「それでもやらない」
「無理しなくていいのよ。縁くんぐらいの歳の人間は異性の裸に興味津々なんでしょ。私は神様だから見られても平気よ。やったわ、縁くん大チャンス」
神様と人間とでは感じる羞恥心が違うらしい。まぁ人間と神様を比べるのはおこがましいことだ。
けど、そこら辺は人間と一緒でもよかった。
「だからやらないって言ってるだろ」
そういうと時和は頬を膨らませて不満を表現する。
子供だ……。
「なによ、男のくせに怖がっちゃって。そんなのだから学校で冷血漢なんて呼ばれているのよ」
「おい待て。俺はそんな呼び名初めて聞いたぞ」
女子の間ではそんな呼ばれ方しているのか、俺……。
「あらそうなの」
と言って特にその話題について語らず身を翻した。
くそっ、なんで俄かに不安になるようなことを言い残すんだ。
――しばらくして。
「縁くん、この前友達から教えてもらったのだけど、このトッポーっていうお菓子でやるゲームで」
そう言って時和は長細いクッキーの上にチョコレート付けたお菓子を見せてきた。
「こう男女で端と端を食べ進めて、お互いの唇を当てるんですって。ねえ、やってみない?」
誰だ、そんなことを時和に教えたバカはっ!!
「あのなぁ、人間はそういうことを軽々しくやらないんだよ」
「あら、でも私は神様よ。そんなこと気にしないわ」
なら人間の遊びも気にしないでもらいたい。
「俺は気にするんだよ」
「そんなこと言わずに、人間の世界でも言うでしょ。毒を食らわば皿までって」
「おい、それ自分で面倒事を押しつけてるって自覚してないか」
「間違えたわ」
どんな間違えだ。
「据え膳と鰒汁を食わぬは男の内ではない」
「やっぱり間違えたままでいいです!」
「そう、やってくれるのね」
「今俺、そんなこと一言でも言ったか?」
コイツの脳内はどうなってるんだ。
「とにかく俺はそんなことしない。他を当てってくれ」
断られると不服そうな顔する。
「おかしいわね。この手の話題に男は喜んで喰いついてくるって友達言ってたのに」
おい誰かそのバカ呼んで来い。
――さらに少しして時和が、
「縁くん、王様ゲームやりましょ」
「他を当たれ」
またくだらないことになるのは目に見えてるので、さっさと断る。
「大丈夫よ。今度は縁くんが嫌がらないように命令が予め決められてるやつ持ってきたから」
と言って時和は本格的な王様ゲームの用意をもってきた。
「これどうしたんだ」
「うん? 友達に借りたのよ」
なんとなくわかってはいた。しかし、命令が予め決まっているなら、今までの中では一番健全そうな遊びだ。
「わかった。それくらいならやる」
「ホント、やったわ。じゃあさっそく」
時和はクジを引こうとする。
「待て。二人で王様ゲームはできないだろう」
「そうなの? 友達は二人でやった方がいいって言ってたわよ」
「そんなわけあるか。おいお前らちょっと混ざれ」
近くで酒を飲んでいた三人の妖怪を呼びつける。
当然のことなら妖怪たちが王様ゲームのルールを知るわけもないので、時和が説明する。
「それじゃあ初めるわよ」
「「王様だぁーれだ」」
「あら、私だわ」
時和が赤い印のクジを高らかに上げる。
「じゃあ、さっそく」
命令が書いてあるクジが入った箱に手を突っ込む。
「これでいきましょう。えーと、『王様の隣の人が隣の人にキスをする』」
なに?
「ワシが?」
筋肉質の妖怪と、
「俺か?」
太った妖怪が呟いた。
「じゃさっそくキスしてもらえる」
「きすってなんだ?」
「あれだろう。接吻のことだ」
「ああ、あれか」
と二人の妖怪は躊躇わずキスをした。
思わず目を反らせてしまった。妖怪とかは本当にそう言ったことに抵抗がない。
それよりも問題なのが、命令の内容だ。きわどいとか、ギリギリとかそんなレベルじゃない。いきなり完全アウトな命令が出てきやがった。
一抹の不安を覚えながらも王様ゲームは続けられた。
「じゃあ次いきましょう」
「「王様だぁーれだ」」
「あら、また私」
なんて引き運が強いんだ。神様ってのはいろいろと便利だ。
「これなんかよさそうね。『王様の目の前の人が隣の人の胸を揉む』」
はぁ?
「ワシだな」
とよぼよぼの妖怪。
「って俺か」
と俺。
「じゃさっそく揉んでくれる」
妖怪が俺の胸に手を当てて揉んだ――と思ったら抓ってきた。
「イテェッ!」
コイツ見かけによらず力が強い。抓られたところを摩る。
内出血してないよな。
「なぁ時和、ちょっとその箱貸せ」
「いいわよ」
時和から命令が入った箱を受け取り、数枚のクジを確認する。
「…………」
言葉も出なかった。どうやら俺の不安は杞憂にはなってくれなかったようだ。
俺が引いたクジは『うなじにキス』だとか、『王様を後ろから強く抱きしめる』だとか、残りはとても口には出していけない内容だった。
しかもこの命令、二人でもできる内容が多い。
なるほどだから二人でやった方がいいなんて言ったのか、そのバカは。
「なぁ、もう王様ゲーム止めないか?」
「あら、どうして?」
「いやほら、なんかそれほど面白くないだろ」
時和は考え込むのような体勢を見せて頷いた。
「そうね。命令もよくわからないのが多いし、ここら辺で終わりにしましょう」
時和は王様ゲームの道具を持って去って行った。
――そして再び時和が、
「縁くん、友達からもらったのだけどこのツイスターゲームっていう――」
「もうほんと勘弁してください!」
限界だ。もう俺はついていけない。
湖畔の隅へと逃げ込む。木に背を預けて、そのままずるずると座り込む。
「おい、百目鬼いるんだろ」
「なんだ」
木々の間からすっと百目鬼が出てくる。
「俺には無理だ。時和と一緒にいるだけで疲れるのに友達作りに協力できるわけがない。だいたい気の許せる友達を作るってそんな簡単なことじゃないだろ。普通は長い時間かけてお互いを知って作るものだろ」
作った経験はないけど。
「そんな悠長なことは言っていられないんだ」
百目鬼が初めて表情を見せた。怒りや憎しみ、負の感情が籠った表情だ。そして何より悲しんでいるようにも見えた。
だが、次の瞬間にはまたいつもの無表情に戻る。
なんなんだ、コイツ。
「それよりお前はそれでいいのか?」
「いいって何が?」
「お前はこういった宴会のような賑やかなことが苦手なのだろう。だから天音と接していると疲労を感じる。アイツは気に入った奴には特に親しくしてくるからな」
気に入った奴って昨日知り合ったばかりだぞ。
「お前はそんなんだから、友達が少ないんじゃないのか?」
正論で事実だ。
俺は人と騒ぐのは好きじゃない。その原因はこの目にある。
幼いころから妖怪やアヤカシが見えた俺はよくその存在を他人に見せようとした。自分だけ変な者が見えることが怖かったのだ。結界的にそれで気味悪がられたり、嘘吐き呼ばわりされた。そんなんだから昔から友達と呼べる奴はいなかったし、俺自身作ることを諦めていた。そんな生活が嫌で高校入学と同時に俺のことを知らないこの町に来たのだ。
だけどもう遅かった。対人恐怖症といっては大げさだが、俺は極力人と接しないように、避けるようになっていた。たぶん、小さい頃の思い出がトラウマになって、誰かが俺のことを蔑んで離れていくのが怖いんだ。
その点では時和と同じかもしれない。アイツは自分の正体を知られて友達が離れていくのが怖い。俺は自分が嘘吐きと呼ばれて人が離れていくのが怖い。怖いモノは同じだ。
けど、時和と俺とでは大きく違うところがある。俺は怖くて立ち止まっているが、時和は怖くても立ち向かっているというところだ。
俺は今でも人から避けている。友人と呼べる奴が篠崎しかいないのがその証拠だ。それに比べて時和は自ら進んで人間の世界に飛び込んで、学校にまで通っている。
こんなんだから友達が少ないんだ。
もっとよく時和を見習うべきなんだろう。
でも、そんなことを言うのは負けた気がするので、
「大きなお世話だ」
虚勢を張っておく。
「そんなんだからお前は冷血漢なんて呼ばれるんだ」
「……俺、本当にそう呼ばれてんの?」
というかなぜ理事長が知っている。




